永禄8年/決壊
いや~まさかだよね。大砲もどきや連射火縄などの秘密兵器を使わずともこんな簡単に勝てるなんて。
唐沢山での包囲戦に負けた上杉軍を藪塚の潤沢な物資と人員で補充してやって防人衆を組み込んでやったら意外とスルスルと勝ち進んでくれた。
おかげで上杉からは戦力の温存していたのではないかとか痛い所突かれているけど、まぁ、とりあえずの面目躍如と言った所か。
下野国で勝ち進んだ上杉軍は足利家と再度結託し今度は北条家本元の小田原へ行くらしい。攻勢限界って概念ないのかねこの時代。
もちろん我ら新田衆は負け戦になんか手を貸すわけもなく新田衆全軍帰投命令を出したわけだが。
「猫天丸様、守純様がお戻りになられたそうです。ご挨拶に伺いますか?」
「行かないわけにもいくまい。お貞、手配してくれ。」
「かしこまりました。では少し席を外します。」
各地で連戦連勝で終えた新田岩松大返し、仕舞いには足利の姫を保護したそうな。
上杉謙信のような義を重んじる武家が名目上主家である足利の姫を我らが岩松に預けるなんて、なんだかんだ信用してもらえてるようでなによりだ。
パパンも見直さなきゃいけないかね、そうしたら今後の戦略も立て直さなきゃな。
上杉が思ってる以上に友好的ならば北条に付くよりこのまま岩松家としては上杉についていた方が動きやすくなるやもしれん。史実でも先に秀吉にやられるのは北条だしね。
「入るぞ、猫天丸。」
「おや、父上。先程触れを出した所でした。ご挨拶に伺おうかと思っておりましたが、お尋ね頂けたようで、ありがとうございます。」
「・・・、お前には言っておかなければならんからな。」
「はて、どうかなされましたか?」
「入れ。」
そう言われて入って来た女性。恐らくお貞とさして差がないくらいの齢。
おしろいなのか地肌なのか白い肌、伏目で三角お辞儀、教育も行き届いている姫っぽい姫様だこと。
ああ、そうか。足利の姫を保護して来たっていう事でその処遇を相談しに来たって事か。
「・・・、綾でございます。」
綾姫?足利の血縁では聞かない名だな。
【足利の血縁者としての綾姫を検索した結果、該当者はいませんでした。以下の可能性が考えられます。
1、伝承されていない理由がある人物。
別の武家に嫁いだ経歴などがない、早世したなどが考えられます。
2、別の名前で記録されている人物の別名または幼名。
この場合、里見義弘の妻とされている人物の可能性もあります。
3、唐沢山の戦いからなるバタフライエフェクトの結果。
私とあなたが知っている歴史からズレてしまっており本来居るべき人間が居なかったり居るはずのない人間が居る可能性もあります。】
怖いこと言うなよ、でも1だろうな。なんか幸薄そうな顔してるし、どうせ史実では早世したとかだろ。
しかしこの娘はまーじで爆弾だな。取り扱い一つ間違えただけで最強の名高い謙信公がこっちに突っ込んでくるなんて考えたくもねえ。傷一つ付けて見ろ、阿修羅と化した謙信先輩によるお仕置き(意味深)が待っているに違いない。ヤダモウコワイ。
気が重くなりそうな事を考えつつ綾姫を観察していたらこの娘ちょっとお腹出てるし身重ってるのが分かる、5カ月程度は経ってそうだな。そら謙信も体に気を使って越後のような寒いし遠い国へご招待とはいかんかったわけか。そこで近隣地でもあり軍が帰投したこの新田金山で安産してくれという謙信先輩の御慈悲があったということか。というか、下手したらこの娘の自出如何によるけど古河公方の次代の可能性もあるのか。嫌じゃ!政治闘争の火種は嫌じゃ!
「つまりだな、その・・・。」
「随分と歯切れが悪いですね、このお方についてのご相談ですか?」
「まぁ、そうではあるのだが・・・。」
何やら重苦しい空気が辺りを漂ってるんですが、え、何かやらかしたの、このジジイ。
ヤダヤダ、ただでさえ精鋭部隊を出し渋った張本人として謙信公から直接ではないものの疎まれてるっぽいんだから、これ以上面倒ごと起こさないでくれよ。アレか?この娘の旦那斬っちまってトラウマ抱えてるとかそういうことかな。
「ワシが身籠らせた。足利の血を我が岩松の手に収める事で他家への牽制となろう。上杉やらが何か言ってくるだろうがその始末頼んだぞ。」
「は?」
そう言うとズカズカと出ていこうとするパパンことロリコン変態おじさんとその被害者A姫さん。
ああ、通りで綾姫さん目の焦点が合ってなかったり、立派な着物着てる割に身動ぎ一つしないわけだ。
っておィィィィ!致命傷なんですけどォォォォ!何やってくれてんだァァァァ!
「・・・何を仰ってるのですか?まさか気でも狂いましたか?」
「お主のような小鼠に岩松はやらん、ワシの後はこの綾が生んだ子にする。」
「正気とは思えません、第一上杉が黙ってないでしょう。預けた将軍家の姫を手籠めにするなどと、夢にも思いませんでしょうな。」
「だから頼んだではないか。」
「・・・。」
「芳春院殿(北条氏康の娘)と晴氏(先代足利古河当主)との娘だそうだ、北条への牽制にもなろう。」
「北条氏政殿の姪ということじゃないですか。どうなさるおつもりですか?上杉から攻める口実を与え北条にも泥を塗るなどと。」
「上杉も北条も、所詮は成り上がりよ。新田源氏の血と、足利公方の血が混じれば、奴らもひれ伏すしかあるまい。それが血というものだ。」
「それを聞いて私にどうしろと?」
「藪塚で穢れた民を集めているそうじゃないか。汚れ仕事は貴様の仕事だろう?」
「はぁ、つまり家督を譲らないという宣言と私の事を馬鹿にしたいという用件であってますか?」
「そうでなければ貴様に態々会いに出向かんよ。」
「そうですか、ではお帰りを。」
「・・・つまらん泣かぬ鼠だ。帰るぞ綾。」
そう言うとクソ親父は一瞥もせず綾姫はされるがままに一礼だけして幽霊のように部屋から出て行った。
一度思考をまとめてみる、つまりはだ、北条と足利の血縁関係に勝手に岩松のような弱小が早漏で候したわけだ。どうせバレるんだろうけどバレたら謙信ブチ切れ間違いなし、足利古河公方と北条には何の相談もなく姫様を奪ったと見られるだろうな。
あー詰んだ詰んだ。心どころか首がぴょんぴょんしちゃうわ。
「猫天丸様、準備が整いました。こちらです。」
「ああ、お貞、もういい丁度今終わった所なんだ。」
「左様ですか。しかし、妙印尼様がついでだ、とお呼びです。」
「だああああ、次から次へと!なんだってんだ!」
「全く、仕方ありませんね。ではこれを済ませたら猫天丸様の好きな菓子を藪塚から送るよう手配しておきますから頑張ってください。」
「はぁ~、技術局のチョコを送るようにしてくれ、あれのカカオ無しで調整するの大変だったんだから。」
「はいはい、では行って参りますので猫天丸様も妙印尼様のお待ちしてる客間へ。」
気が重いが仕方ない。妙印尼には全て話した方がよさそうだ。というか同道していた成繁から聞いているかもしれん。それについての対策会議となるのかもしれんな。
こっちの言い分のまとめとあっちの言い分について予測しながら考えていたらすぐについてしまった。
「妙印尼殿、失礼するぞ。」
「おや、岩松の小鼠じゃないか。」
げ、国寿丸。ついでに成繁も居て横瀬勢ぞろいじゃないか。
「申し訳ありませんね、こ度の守純めの失態は我が夫の成繁も手を貸していたそうなので、その謝罪と今後の対策について…」
「・・・ククク、ブワッハッハッハ!!あの間抜け、まんまと掛かりおって、ワシが少し唆したらこれだ。お主の父上は鼠のように子を作るのが上手いなぁ?ハハハ!」
「あなた様!何を仕出かしたのかまだ分からないのですか!?」
「なあに、上杉とてあの異様な、防人衆といったか?奴らの働きをその目で見たのだ。手を出せまいよ。」
「父上、その防人衆についてですが。」
「ああ、そうだな。若君もいらっしゃることだ。そうだな、あ奴らは戦場を熟知した戦の化身よ。」
そうして成繁から防人衆の活躍が語られた。
唐沢山から古河公方へ至るまで、猫車による兵站管理、紙薬莢による速射、統率の取れた軍としての動き、戦場からその先の情報まで掌握し、全ての動きが無駄がなくそして全てにおいて北条家の軍を、そして上杉の軍すらも上回っていたと。
「・・・だからこそ、上杉もあの少数ながらも此度の戦を決定づけた奴らの飼い主たる若君には手が出せないだろうよ。」
「お役に立てたようで何よりです。」
「とはいえ、数で圧されてはどうにもならんでしょう。どうするんです?上杉も北条もこちらへ敵意を向けてくるはずですよ。」
「輝子、お前の考えはどうだ?」
「私のような一介の尼ではなく意見を伺うべき御方がいらっしゃるでしょう。」
「…私か?あーそうだな、直接的に将軍家の姫を預けた上杉は敵対する、これはもうどうしようもない。しかし、北条なら話をすることくらいは出来るやもしれん。今の話を聞くに防人衆がよくやってくれたおかげであちらにも我々が寝返るという利があります故。」
「私も同じことを考えておりました。さすれば早速北条へ打診の手紙をしたためましょう。」
「なんだ小鼠、臆したのか?私の見立てでは織田辺りと協力して武田を滅ぼすべきだと考えているが。」
「別に我ら岩松は大名家として天下に覇を唱えるべきだとは考えておらん。」
「下克上の世ぞ、そんな甘い考えでは足元を掬われるぞ。」
「国寿丸、君に言われると背筋が凍る思いだよ。」
「それにだ、此度の守純の失態はどう責任取るんだ?現時点では一応、若君が岩松の頭なんだろう?」
「外へ向けての施策ばかりで内への対策は…考えておりませんでした。そうですね、いっそのことこの度の件でご迷惑をお掛けしたので幽閉しましょうか。鼠のように増やされては困るのでアレはちょん切って。」
「ククク、あの手の速さだ、そうする他あるまいよ。しかし、そうしたら若君は晴れて当主になるって事か?」
「そうさせてもらえるとありがたいんですけど。」
不俱戴天の仇と思っていた国寿丸とも成繁とも談笑しながらこの先、未来について話す時が来るなんて思ってもみなかった。妙印尼も交えてこれからの戦略を練り、意見をぶつけ合う。当たり前にあったであろうその未来を。
「猫天丸様、失礼いたします!三日月の手のものです。藪塚で水路が決壊し犠牲が多く出ている様子です!」
掴み損ねた、そんな気がした。




