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草を食らうエルフ

 ポーション職人の朝は早い。


 もうすぐ太陽が顔を出す頃。

 冒険者ギルドの裏手、女性職員寮の横のちょっとしたスペースで、黒いスポブラ&スパッツ姿のマステマは若草色の同じ格好をしたムチムチの若いエルフの女とともに素振りをしていた。


「マァァァアアッッッッスルぅぅぅううッ!」


 地を震わせる野太い声とともにエルフが鉄塊を振るう。柄と中腹に取っ手の付いた鉄塊の大きさは全長2メートル、全幅30センチ、厚さ5センチ。刃はついていない。実に推定200kg以上の狂器(・・)であったが、彼女は重さを感じさせぬ動きでブォンブォンと流麗に振り回していた。


 何を隠そう、いや別に隠してもいないが、このはち切れんばかりの筋肉ムッチムチな若いエルフの女性こそが、我らが冒険者ギルドのギルド長である。


 ちなみにマステマが小さな身体で頑張ってヘロヘロと振っているのは直径3センチ、長さ72センチの鉄の棒だった。ギルド長の巨大鉄塊に比べるともはやマチ針のようなものだが、これでも重さは4kgもある。マステマの体重の10%以上の代物なので、身体強化で筋力を補ってもふつうに振るのが難しい。


「ふんぬぅうぉおおおおぉおおおお!!!」


 力学的には体重より重い質量をぶん回しても軸がぶれないギルド長がおかしいのだが、高ランクの冒険者は【身体強化】で慣性質量をも自在にコントロールするのだから、異世界ではかのニュートン先生も涙目である。


「パゥワァァぁああぁぁぁああああああッッッッッ!!」


 もう一度言うが、この腹に響く低い声で雄々しく吠えているエルフの若い女性がギルド長である。


「プロテイイイイィィィイイイイインンンンッッッ!!!」


 エルフの、若い、女性である。


「いや、『プロテイン』は掛け声としておかしいだろ!?」

「ああん?なんだい?プロテインは筋肉の素になるもんだって、マステマが教えてくれたんじゃないか?」

「それはそうだけど、筋トレで栄養素の名前を叫ぶのはちがう!……いや、『マッスル』も大概だがな!!」


 ギルド長は鉄の塊をずずぅぅうんんと地面に下ろし、目いっぱい口を横に開いて狂気じみた笑みを見せた。何も知らない人が見たら山奥で子どもを攫って食らう山姥(ヤマンバ)や魔女の類だと思うかもしれないが、この人が大変おもしろいときの笑顔は間違いなくこれなのだ。澄ましていると美人なエルフ顔だから余計に怖い。

 そして筋肉ゴリラのバルドルドを凌駕する筋骨隆々な肉体にエルフのこぎれいな顔が乗っているので、毎朝、何度見てもクソコラ感が半端なかった。初見のときには、マステマはマジで何か化け物の類がギルド長に成りすまして人間社会で生活しているのではないかと疑ったものだ。


 筋肉お化けことギルド長は地面に突き刺した鉄塊から手を放し、太陽に向かってポージングを決めはじめた。毎度思うが、行動が謎すぎる。


 地球における現代ファンタジーのエルフといえば、器用で俊敏、思慮深く魔法に長けており、肉体的には華奢で、森の中に住みその恵みを糧に静かに暮らすイメージだ。


 しかし、この世界のエルフは魔力の扱いには長けているが、平地や野山で農業をして暮らす者も多いし、生産した野菜と穀物をもりもり食べるので身体は屈強で筋肉質な者が多かった。太い細いの差はあれど、エルフは総じてマッチョなのである。

 エルフに幻想を抱いている一部の冒険者には気の毒だが、線が細くておきれいなアーシア先輩もギルドの制服の下では腹筋がバキバキに割れていることだろう。笑顔でアイアンクローされそうなので絶対に言及しないが。


 エルフがマッチョなのは生物学的な理由だとマステマは考えている。


 昨年エルフ王国に滞在したときに注意深くエルフを観察したが、どうもエルフはガチの草食動物であるようだ。草食動物と肉を食う動物との違いは、植物の基本構造素材であるセルロースを分解できるかどうかだ。草食動物は総じて『重力に歯向かって植物を起立させるほど強靭なセルロース繊維を分解できる強力な微生物』を消化器官内に飼っているのである。


 草食、肉食、雑食に関わらず、動物の筋肉を育てるのに必要な栄養素はタンパク質(プロテイン)だ。肉食や雑食は言わずもがな他の動物の肉を食べることでタンパク質を摂取する。では草ばかり食っている草食動物がどこからタンパク質を得ているかというと、消化器官内の微生物からだ。草食動物はセルロースなど植物由来の栄養を体内の微生物に与えて培養し、増えた微生物を吸収することで筋肉に必要なたんぱく質を賄っている。つまり草食動物は草を食んでいれば絶えずタンパク質を補給し続けることができる驚異の筋肉生命体なのだ。


 狩りが成功した時しかタンパク質を摂取できない肉食獣よりも、野生の草食動物が筋肉質に見えるのはこれが理由である。そして消化しにくいセルロースより微生物が分解しやすい穀物や豆類を自ら生産するようになったエルフは、自然界最強の筋肉を手に入れやすい生物になった。


 もっとも、さすがにギルド長クラスのボディビルダー体形はエルフ王国にもそうはいない。


 ギルド長がおかしな体形なのは、彼女が肉や卵を食べるからだ。

 野生の草食動物でも極度の飢餓状態では小動物を食べる事例が報告されている。だから草食だからと言って絶対に肉を食べないわけではないし、食べられないわけでもない。彼らが普段動物を食べないのは、消化しやすい肉は微生物の分解が過剰になり身体に異常をきたすからだ。

 ギルド長は身体に異常が出ないごく少量のタンパク源を気合で摂取することで、微生物の量を増やしつつより多くのたんぱく質を摂取し、身体強化を巧みに織り交ぜながら毎日数百キロの重りを振り回す異常な筋トレを続けているのだ。

 そりゃ、あんな進化の方向性を間違えたような身体にもなる。


 尚、都市の権力者の一画を担う冒険者ギルドのギルド長がエルフであることに難色を示す貴族も多くいる。


 王国の貴族がエルフを嫌うのは、自分たちより優秀で、自分たちより見目がよく、自分たちよりずっと長生きで、自分たちより武力を持っているからだ。

 もう少し政治的な観点で言うと、優秀で年老いないエルフを国に取りこんでしまうと国内の権力ポストが全部乗っ取られてしまうからだ。当たり前だが国会議員や省庁の役人の過半数が外国人の状態は国家としてヤバいし、権力の座を追われる貴族としても面白くない。だから貴族たちは基本的にエルフを外患と認識し、毛嫌いしているのだ。


 だからと言って貴族が野蛮な冒険者のトップを引き受けたいかといえば、もちろんノーである。

 そもそも血の気の多いヤクザ組織である冒険者ギルド。トップは一番強くて信頼できるヤツだ。ギルド長の姐さんはその点において文句は出ない。

 またガーラント伯爵領はエルフと昔から交流があり、30年前に辺境都市ガーラントが魔物に飲まれたときにガーラント市民を助けたのはエルフたちだった。そのこともありガーラントでは冒険者ギルドのギルド長にエルフが収まることが許容されている。


 まともに素振りにならないマステマは鉄棒を両手で持って万歳し、左右にゆっくり傾けてわき腹ストレッチをはじめた。鉄棒が重いので身体強化を切るとなかなか筋肉を使って、マステマの華奢な身体にちょうどいい。

 ギルド長の方は鉄塊を肩に担ぐとバーベルスクワットを始めていた。


「ぬぅん……!マステマ。錬金術師のお嬢さんはどうだい?」

「あん?どうって……別に、いい娘だぞ?おもしろいし……ふぅ~。ああ、素人判断だが錬金術の腕はいいと思う」

「ひっひっひ、そうかいそうかい」

「お、なんだ?キャルも囲うのか?わたしは歓迎するぞ」


 マステマはギルド長がそうするだろうと思っていた。

 というかすでにそうするように関係各所と調整済みだと考えていた。


 キャロリナが冒険者ギルドにやって来たときに、ギルド長はマクファーレン男爵家とユーリア嬢に持たせた書簡を通して接触している。そこでキャロリナ嬢を錬金術師ギルドではなく冒険者ギルドに所属させることを決めたはずだ。そうでなければ家の用意した護衛付きでこんなに早くキャロリナが冒険者ギルドに姿を現すようにはならない。

 ギルド長はマステマの考えを肯定するようにただ黙って口元を横に引き上げた。見れば見るほど凶悪な笑みである。


「しかし、キャルを冒険者ギルドに招くとなると、姐さんの嫌いな錬金術師や貴族のゴタゴタに巻き込まれるんじゃないか?」

「それがねぇ、もう一通りゴタゴタが起こった後なんだよ」

「うん?」


 マステマはギルド長の巨体を見上げた。


「カルロス坊や……カルロス・マクファーレンというのがキャロリナ嬢の父親なんだがね。やつは腕のいい錬金術師のくせに相手の弱みに付け込んだ商売をしない真っ当な変人なんだが、そのことでギルド長と揉めてギルドを追放されていたよ」

「主人公かッ!」


 ギルド長は200kg負荷のスクワットから2メートルほどジャンプし、それだけでは足りなかったのか回転やひねりも織り交ぜ始めた。そんなひとり異次元オリンピックを開催しているギルド長の説明は次の通りである。


 まずキャロリナの父カルロス卿は何かにつけて冒険者を含めた平民側に立ち、貴族と金持ち優先のギルド方針と対立するため、最終決定権のある錬金ギルド長に順当に疎まれていた。


 そんなカルロス卿は仕事のできる有能な錬金術師で、去年の秋ごろにガーラント伯爵の依頼で功績を立てた。ギルド内外で発言力の増したカルロス卿は兼ねてより主張していたポーションの増産と値下げを進言。錬金ギルド長はこれ幸いとカルロス卿をポーションの生産責任者に任命した。

 なんと中級ポーションは1本作るだけで、高位の錬金術師でも保有魔力のほとんどを持っていかれるそうだ。下級ポーションすら1日に10本も作れば魔力は空である。魔力は0の状態から完全回復するのに自然に3日、魔力ポーションを飲んでも1~2日かかる。つまりポーションは生産物として非常に効率が悪いのである。他にも仕事はあるというのにポーションを作るだけで手いっぱいになってしまうため、錬金術師からは嫌われる作業なのだ。

 錬金ギルド長からすればそんな害悪製品の生産をカルロス卿に押し付けられて万々歳、成功しても錬金ギルドにとって損はない采配だった。


 カルロス卿はポーションの値段を冒険者が入手しやすいところまで下げても、その分数が出るから採算は取れると踏んでいた。中級ポーションが入手しやすい価格となれば新たな顧客も生じる。そう考えて張り切って一括契約で安価に大量の素材を定期購入したそうだ。


 しかし、どういうわけか冬の初めころから下級ポーションは冒険者に全く売れなくなり、ただでさえ冬は低い中級ポーションの需要も例年より大幅に落ち込んだ。


 なんでも冒険者ギルドで下級ポーションが大量生産されるようになって、錬金術師ギルドから購入する必要がなくなり、低価格良質のポーションとともにその有効な使い方が広まったことで、中級ポーションでやっていたことの一部が下級ポーションで間に合うようになったらしい。


「……わたしのせいじゃねぇか!」


 それに加えてこの冬は中級ポーションが必須であるクエストがほとんどなかったこと。冒険者ギルドに帰ってきた冒険者の負傷に目を光らせるなんかちっこいのが出没するようになって、冒険者の暗黙の了解として無理をしない堅実な戦い方が選ばれるようになったことなどが相まって、中級ポーションはとにかく売れなかった。そして冬を越えて使われなかった素材は寿命が尽き、ほとんどがダメになった。


 例年より多くの材料を見込み発注した錬金ギルドは当然のように例年より大きな赤字をたたき出し、カルロス卿はその責任を取らされて無事にギルドを追い出されたそうだ。


「うごご、無職のおっさんをひとり産み出してしまった……!」

「ひっひっひ。マステマが気にすることはないさ。あんたを確保して作らせてるのはあたしだし、カルロス坊やは親戚筋や伯爵さまに仲裁に入ってもらえば追放取り消しは可能だったよ。でもそこまでして錬金術師ギルドに所属する価値はないと思ったようだね。今はガーラントの男爵屋敷で娘に錬金術を教えながら平穏無事に過ごしているよ」

「それはよかった……のか?」


 この場合、追放する方もされる方も納得しているので特に波風は立ちそうにない。それこそ追放モノの作者の都合で無理やり動かされでもしない限りは、もう終わった話である。


「ただねぇ、困ったことに冒険者ギルドは事実上の中級ポーション調達先を失っちまったわけだ」

「それでキャルとオヤジを冒険者ギルドに?」

「いいや、カルロス坊やは伯爵さまがかっさらいそうだ」

「へぇ。キャルはいいのか?」

「仮にカルロス坊やが錬金ギルドに残っていて、キャロリナ嬢ちゃんが錬金ギルドに入ったとしても、見習いの仕事は下級ポーションの生産や雑用だそうだ。だったら別に冒険者ギルドでも問題ない。錬金ギルドも追放したヤツの娘なんざ面倒くさいだろうさ」


 ギルド長はニッと口端を引き上げた。

 問題はある。錬金術師なんて存在そのものがレア生物だ。捕まえれば売れるだろうし、その装備品は宝の山である。マドラーステッキも錬金釜も特注品だろうし、肩に下げている魔法のカバンなんかいったいいくらするのかも想像つかない。

 それにキャロリナはマステマと同じく『ポーションを作るだけの冒険者』だ。それも、その気になれば弱い魔物くらいなら狩れるマステマと違い、本格的にポーションしか作らない。なんならいつも楽しそうに冒険者ギルドに訪れる。そんな彼女に生活がギリギリの限界冒険者が不満をぶつける可能性は大いにあった。


「そういうわけで、ギルド準職員マステマ。優秀な錬金術師の卵が来訪した際にはその護衛をし、冒険者との間を取り持ってくれ。可能な限りで構わん。依頼料は給料に乗せとくよ」

「ふん、まあそうなるだろうな。橋渡しは構わんが、というかキャルのダチとしてふつうにやるが、護衛は男爵家のヤツを連れているだろ?」

「多くても困りゃしないさ」

「いやわたしの素振り見てるだろ?戦力としてはあまり期待しないでくれ」

「アーシアからヘルミナを止めたって聞いたぞ?」

「あんなん本気出されたら突破されるわ。あいつマジ強ぇし、変態なのに」

「ひっひっひ、どこかしらぶっ飛んでるヤツは強ぇのさ!」

「…………そうだな」


 マステマは筋肉の塊のエルフを通してかつて生きていた人類社会を見てしまい、軽くため息を吐いた。

 異世界の空も青く高い。


「あ、そだ。姐さんちょっと時間ある?例の苗を見て欲しいんだけど」


 マステマは鉄塊を持った筋肉の塊を伴い、訓練場の端っこに作られた柵で囲われたスペースにやってきた。3月の朝だが、夜間に稼働させていた魔道具によってここだけ少し暖かい。

 そこには竹を切って底に穴を空けて作った簡易育苗ポッドが数十個並べてあった。ポッドには森から持ってきた土が詰められており、半分はバジルに似た芽が、もう半分は木の枝のようなものが刺さっている。


「ほーう、ちゃんと生えてるじゃないか」

「今のところはな」


 実は薬草という名で知られるホーリーバジルは、冬でも雪の山で青々とした葉を付けるほどの特異な植物にも関わらず、人里には生えず、畑でうまく育たなかった。マステマがポーションを作るために使っているホーリーバジルは森の奥に自生しているものを採集メインの冒険者が回収してきたものである。そのためポーションの原材料費の割合は高い。


 その打開策が目の前の苗である。


「少なくとも空間の浄化魔法は有効なようだ。まだ予想の範疇を出ないが、薬草が人里で育たないのは猿獣人(ホモサピエンス)やエルフから出る何らかのフェロモンが薬草の生長を抑制している可能性は高い」


 この区画は普段、厳重に立ち入り禁止の立て札とロープが張ってあり、職員でも近づけないようにしてある。今もマステマとギルド長は柵から3メートル開けている。このように人との直接的な接触を避けた上で土壌細菌や共生している細菌を殺さないように、有害物質だと考えられるものを浄化魔法で丁寧に除去してやり、発芽適温を保つことでようやく芽が出たのだ。


「ひっひっひ、エルフ王国でも浄化魔法で偶発的にちょっと育った例はあるが、ここまで生えそろったのを見たのは初めてだよ。よくやったマステマ。量産はできそうかい?」

「そうだな……。現状、わたしの【浄化魔法】に依存しているが、植生は耐寒性の極めて高いバジルだから、このまま無事に育てば葉っぱはなんぼでも生えるはずだ。まあ、実際ポーションが作れるかどうかはちゃんと検証しないとならんが」


 薬草ジェノベーゼパスタに一歩近づいた。ピザにも使えるし、香草焼きもおいしい。

 ギルド長に認められ、ちょっとだけ得意な気分になったマステマが薬草バジルを使った料理に思いを馳せていると、ギルド長が宣言するように言った。


「よし。マステマ、ギルドの畑作るよ」

「お、マジか!」


 冒険者ギルドの畑は前々からマステマが要望を出していたことだった。ガーラントはエルフ食材も流入してきて食材が豊かになったが、やはりまだまだ前世日本に比べると野菜も果物も種類が少ない。菜園を作って改善したい。その前段階兼交渉材料が竹ポッドの薬草苗だった。


「位置づけとしては実験農場。場所はこの辺と、隣の土地は暫定で確保してある。討伐で食っていけない農村出身や孤児院のガキどもをクエストで雇う形式にしよう。その一角に緩衝地帯と囲いを設けた上で、マステマの薬草畑を整備する。必要なものを見積もりな」

「あいまむ。できれば南からナス科の種を持ってきたからそれも作らせてほしい。あと魔力の実の刺し木が上手くいったらこれもだな。こっちは時間がかかるが」

「ひっひっひ、いいよいいよ!マステマの好きなもんをどんどん作りな!」


 畑の計画はマステマに任せる。ギルド長はそう言って森に棲む魔女のように笑うので、マステマも歯を見せてニカっと笑った。この使える人間を豪快に使う精神は実に見習いたい。


「ところで土地の使用許可とかとったの?」

「ああ、それは大丈夫さ。土地の話をしに城に行ったときに聞いたんだが、もともとガーラント伯爵は拡張した街壁内で農作物を収穫できないかをかなり真剣に検討していたそうだ」

「はぁ?都市内の農業はお世辞にも効率がいいとは思えないが?臭ぇし」

「ひっひ、やっぱり30年前の魔物大氾濫(スタンピード)が堪えているんだろうね。このガーラントは今も昔も領内外の農村で作った作物で成り立っているが、あのときは魔物に囲まれて食料供給が1ヶ月途絶えたからね。食える魔物もいたからどうにかなったけど、特に最後の1週間は酷いもんだったよ」

「うぇ~、想像もしたくないな」


 30年前の大規模な魔物の襲撃でガーラント伯爵領はかなりの被害を被った。当時の領都ガーラントは旧貴族街を囲む城壁とその外にもう一回り大きな街壁を持つ円形二重構造の要塞だったが、外側の街壁は破られ、エルフ王国の救援が来るまで城壁内での過酷な籠城戦を行ったそうだ。若い連中は生まれてもいないし、当事者も減って風化しつつあるが、代替わりしたガーラント伯爵はその歴史をよく学んでいるようだ。


「悲劇を繰り返したくなくて街壁を強固に拡張し、そこで苦肉の都市内農園か……成功するかなぁ?」

「だから踏ん切りがつかなかったのさ。一応穀物の栽培は試していたようだけど、()の中じゃ収穫量がたかが知れているからね。そこに冒険者ギルド(うち)が『ちょっと畑を~』なんて言ったから土地と一緒に話が降って来た。面倒だから保留にしていたが、薬草と魔力の実を栽培できる可能性は無視できないよ」


 冒険者ギルドを監督役として労働力を確保でき、成功したら万々歳。失敗しても伯爵側は痛くない。畑が無理だと分かれば建物で埋めればいいだけだ。おいしい采配である。


「何を育てるか迷ったらとりあえず緑の草を植えておくれ。サルの獣人は最低でも穀物がなきゃ戦えないが、エルフは最悪、草さえあればなんとかなる」

「やれやれ。エルフが土地の略奪に貪欲だったら、今ごろ他の人類は淘汰されていただろうな」

「ひっひっひ、あたしらはそんな面倒くさいことはしないよ。覇権なんてものに興味はない。そもそもここ数百年、どんどん増えていく魔物のおかげでどこの国も戦争する暇もないのさ」

「くっくっく、違いない」


 人類の平和を脅かす魔物の増加のおかげで平和が保たれるとは、なんとも皮肉な話である。


 汗ひとつかいていないギルド長は自前の収納魔法倉庫に鉄塊を突っ込むと、件のどんどん増えていく魔物の対処をするためにギルドへ。マステマは鉄の棒を魔法倉庫にしまってバジルの苗に水と丁寧な浄化とを掛けると、寮の風呂場へ汗を流しに行った。


 また冒険者ギルドの1日がはじまる。



次話は1週間後 → すみませんが、体調不良で休みます.次話:未定

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