わたくしが来ましたわー! 前編
春の日差しがぽかぽかと温かい今日この頃。
冒険者ギルドの食堂兼酒場の窓際、一番奥にある4人掛けテーブル。褐色黒髪の少女の見た目のマステマはいつもの黒いワンピースで自前の緑茶をすすっていた。残念ながら茶畑の完全に管理された木ではなく、自生している茶の木の新芽から作ったので味はそれほどでもないが、前世で安物の煎茶ばかり飲んでいたマステマにとってはまあまあの出来だった。
今日の下級ポーションのノルマは9本。ギルド備蓄にも売店の在庫にも余裕がある。
一応頑張って、丁寧、丁寧、丁寧に半分寝ながら作ったのだが、冒険者たちがクエストに出かけてロビーが落ち着いたころには終わってしまった。
ずずずずず。
「ふぃ~……。さてと」
そろそろ受付にクエストの在庫を確認に行こう。
マステマは冒険者ギルドの準職員として若干の基本給ももらっているので、それに見合うように他の内職があれば積極的にこなすようにしていた。そういう雑用をこなす人間がいることで組織が円滑に回るようになることは日本での経験で知っている。
太陽の光を浴びながらお茶をすすり、湯呑を収納魔法倉庫に収めた。
重い腰を上げて猫背防止ストレッチをし、くぁ~っと欠伸をしながら受付カウンターにのんびりとちとちと向かう。
すると、ひとりの少女がエルナの受付窓口の前に立っているのを見つけた。
「わたくしが!冒険者ギルドに!!来ましたわー!!!」
(……どこの物まね芸人だよ)
鼻息荒くそう宣言をしたのは金髪ロリダブルツインドリルデコリボン令嬢。虹彩は澄み渡る空色で、睫毛はバシバシと天を向いている。値が張りそうなたくさんのフリルに身を包んだその女の子はマステマと同じくらいの大きさの身体で、両手を腰に当て、ふんぞり返って、何故か大変に満足そうであった。悪役令嬢モノの登場人物のような彼女はどう見ても冒険者には見えないが、どこか冒険をやり遂げて来たような雰囲気だった。
対する受付嬢エルナはというと、威風堂々たる少女の雄姿に呆気にとられ、しばらく口を開けてぽかんとしていたが、再起動するとゆっくりと小首をかしげて問いかけた。
「迷子ですか?」
「ち・が・い・ま・す・わー!」
ふんすか!ふんすか!
ドリル少女は『やってやりましたわ!』みたいな雰囲気を霧散させて鼻の穴を広げて憤った。
「まったく失礼な受付ですわ!」
その通りである。
ギルドの受付としては「何かご用ですか?」か、せめて「冒険者登録ですか?」か、ないとは思うが「クエストのご依頼ですか?」が適当な対応だ。隣のアーシア先輩も頭に手をやって天を仰いでいる。
胸も対応も残念なエルナはあとで先輩方に教育してもらうとして、問題は目の前の少女の方だ。そこはかとなく厄介事の気配がする。偶然受付前を通りかかった黒ローブの凄腕ソロ冒険者ポーさんも目を細めて少女を見たが、一瞬で危険を察知したのかマステマにペコリと頭を下げると足早にギルドを去っていった。
なんとなく「対応よろしくお願いします」と言われたような気がするが、どのみちマステマはギルドの職員側に片足突っ込んでいるのでやらないわけにはいかない。とりあえずポンコツ受付嬢エルナに視線を飛ばした。
『おい、責任もってエルナが相手しろよ』
『えー!?やだよー!貴族っぽいもん!!助けてアーシア先輩!』
『貴族相手にエルフが出るのはよくない。これはユーリア案件。奥にいるから呼んできてちょうだいマステマ』
こんな感じで大して長い付き合いではないが無言で会話をし、マステマは上司アーシアの業務命令に従い今も貴族籍を持つユーリア嬢を召喚すべく回れ右をした。が、1歩を踏み出したところで少女に引き留められる。
「まあ、この程度の扱いは想定内ですわ。受付のあなた、このギルドに『マステマ』という、ポーションばかり作っている変な冒険者がいるらしいですわね?」
「それは、あ~、えーっと」
「おうふ、わたしの客だったか……」
マステマはふたたび回れ右をする。エルナはにぱーっと笑いながら両手を上げて喜び、マステマの代わりにアーシアが席を立ち奥の執務室へと向かった。
「あなたがマステマとかいうポーション職人ですの?」
「そうだが?」
「ふーん、ほーう、へーえ、こんな子どもが……?ですわ?」
(いや、あんさんも子どもですやん……)
マステマと背丈が変わらないということは、長命種のエルフやドワーフ、あとは魔族でもない限りふつうは子どもだ。生まれた時から10歳児くらいの身体で以降成長がなく、魂は異世界の34歳のおっさんであり、他国での冒険者登録の都合で2年前に無理やり14歳ということにした現在16歳(2歳3ヶ月)のマステマがちょっと特殊なだけだ。
というか保護者はどうした?
冒険者ギルドはなんだかんだで荒くれ者の集まり。魔物駆除・卸し業をシノギにしている武力を持ったヤクザ組織のようなものだ。もちろん冒険者ギルドには貴族からの依頼もあるが、そういうときには行政の役人か、ある程度立場のある使用人が足を運ぶ。暫定貴族令嬢が先ぶれもなしに単身ふらふらやってくるようなところではない。
そういうところもあって、あまり相手にしたくないのだが、指名されたからにはここでとんずらをこくわけにもいかなくなってしまった。
「わたしに何か用か?」
マステマを上から下までたっぷり検分した少女は得意げな顔になり、左手を見せびらかすように開いて方の高さに上げた。本当に小さな悪役令嬢のようだ。その小指には銀色のリングが光っている。
「ふふん?見て分かりませんこと?わたくし見習い錬金術師ですのよ!」
ざわり。
ギルドに残っていた数少ない冒険者たちやギルド職員が俄かにざわついた。
錬金術師と言えば『金の亡者』『高圧的態度』『貴族』の庶民に嫌われる3K職業だ。冒険者は足元を見て中級ポーションを高額で売りつけてくる錬金術師のことを嫌っており、中には酒に酔った勢いで暴言を吐く者や、錬金術師ギルドの武力制圧をほのめかす者までいる。しかも今日は場を治めてくれそうな辺境トップ3パーティが不在だ。暴動になったら鎮圧できない。
マステマは仕方なく、わざとらしく関心がなさそうな表情をした。
「全然分からん」
「なんでですの!?ほらこの指輪をごらんなさい!錬金術師が師匠から弟子に送る師弟リングですわ!見習いは植物の装飾が施されている銀の指輪ですわ!」
「へぇー、知らんけど」
「なんで知らないんですのーッ!!……って、それはいいですわ!本当はよくありませんが、今すぐ対処すべき問題ではありませんわ!完全アウェーは承知の上ですわー!」
少女がキャンキャン騒ぐので周囲の冒険者たちの空気は弛緩した。
そうそう。ここにいるのはただの子どもだ。キミたちの憎き敵対組織の代表者ではないのよ。
少女はマステマが印象誘導していることに気づく様子はなく、何故かその場で意味もなくくるりとターンした。それに伴って後ろの金髪ツインドリルがブオンと振り回されてきたのでマステマは一歩引いて避ける。一回転した少女は少し離れたマステマにズビシッ!と指を突きつけた。
「というわけでマステマ!わたくしとショーブですわ!!」
「どういうわけだよ、……って、勝負?ほほう?勝負、勝負ねぇ……」
マステマはちょっと考えたが、すぐに歯を見せてニカっと笑った。
「いいだろう!タコ焼きをひっくり返させたらガーラント随一と言われる東北人のこのわたしに勝負を挑もうとは、くっくっく、身の程知らずも大概にするのだな!8本腕の悪魔の味をその身に刻むがいい!」
「た、たこやき……?8腕の悪魔!?な、なんですのそれは……!?」
少女はマステマの意味不明な台詞に戸惑っている。周囲も戸惑っている。いい感じだ。
マステマが妙な啖呵の切り返しをしている間に、ユーリアとアーシアがギルドの奥からやってきていた。
『エルナ、たこやきって何?なんの話?』
『あ、ユーリア先輩。タコ焼きは分かりません!けどマステマのことだからきっと美味しいものですよ!じゅるり』
ポンコツ食いしん坊キャラとかしたギャグ要員エルナに小声で状況を聞いているが、果たして理解できるだろうか。
「くっくっく、タコ焼きは悪魔の断片を小麦粉に閉じ込めて焼き上げる異界の料理だ!うまさのあまり服がはじけ飛ぶぞ!」
「はぁああ!?いくら美味しくても服がはじけ飛ぶなんてありえませんわ!?……じゃなくて、お料理勝負なんていたしませんわ!」
少女は、うがー!と否定した。
残念、マステマの物語は異世界料理・装備破壊無双モノではなかったようだ。
そしてこの少女、律儀にツッコミを入れてくる当たり、存外に扱いやすい。
あからさまに眉を顰めるユーリアに『ここは任せろ』と目で合図をすると『何やってるんですか?』とジト目を返された。何って、見ての通りおもしろ見習い錬金術師のお相手をしているだけだが?美人のジト目はご褒美です。
「え~~~料理じゃないのかぁ~……はぁ。じゃあなにで勝負するの~ぉ……?」
「あからさまにテンションダダ下がらないでくださいまし!もちろん、ポーション職人と見習い錬金術師の勝負と言えばポーション作りに決まってますわー!!冒険者ギルドでは下級ポーションの作成クエストが毎日出ていると聞いています。どちらがより多くクエストをこなすか勝負ですわ(くるり、ズビシッ)!」
「くっくっく、ポーションの味にはちょっと自信がある!!」
「あ、味はどうでもいいですわ!どうせどれもホーリーバジル味ですわーッ!!ハチャメチャに不味いですわー!!!」
どうやら少女はバジル苦手勢のようだ。やはり近いうちに薬草ジェノベーゼパスタをガーラント全域に布教しなければならない。
「しかしポーションクエストを受けたいのか……。残念だが今日のクエスト分はもう全部作ってしまったぞ」
「ええぇ!ですわ!?」
「多少の在庫はあってもいいが、薬草を浪費して無体に作るわけにもいかん」
「当たり前ですわ!素材を無駄にする錬金術師なんてクソですわー!錬金術の産物は人の役に立ってこそですわー!ふんす!」
「おお、いいことを言うじゃないか」
「仕方ありません、出直しますわ!」
マステマは悪魔焼きを想像して百面相をしているエルナに指パッチンを贈った。
「へいエルナ、明日のクエストの予定は?」
「お、おう?えーとね、明日は備蓄の期限切れの補充があるから、まあまああるよ、うん」
「ということらしいが?」
「なら、また明日、参りますわー!!首を洗って待っておくがいいですわマステマ!」
少女はそう言うとずんずんと素直に帰っていった。
ユーリアがすかさず信頼できる斥候の冒険者に尾行と護衛を依頼している。やはり護衛も何もなくひとりで来たようだ。危なすぎる。
「お疲れマステマー」
「うむ。なかなかおもしろい娘だった!」
「あはは。んーと……結局、あの子は何だったの?」
「あん?なんだ分からんのかエルナ?あれはな、ただのかわいい娘だ!」
「えー、なにそれー?」
「くっくっく……!」
そんなことよりギルド長が手招きしているので、マステマはことの顛末を報告しに行った。ついでにエルナの再教育を受付の先輩方にお願いしておいた。
そして次の日。
昨日と同様にマステマが特等席で茶を飲んでいると、完全武装の筋肉ゴリラ、さわやかイケメン戦士、変態脳筋女騎士がガシャガシャと席に着いた。
「よう、マステマの嬢ちゃん!今日は『お客さん』が来るんだってな!?」
「錬金術師の貴族と全面戦争と聞いております」
「とりあえず斬ってみる!話はそれからだ!!」
「いや、キミら暇なの?って、おいヘルミナ。当然のようにわたしを膝の上に乗せるな」
「マステマは今日もかわいいな!くんかくんか♥ボン・フローラァアアル!」
こいつはもうだめだ。
完全武装のヘルミナは丈夫な作りのギルドの椅子が軋むほどの重鎧である。なので座り心地が死ぬほど悪い。マステマがそのことを伝えると、ヘルミナはすぐにマステマを椅子に戻してくれた。一応、この変態はちゃんとお断りするとやめてくれる理性がある。たまにとんでもなく暴走するし、今もちょっと距離は近いけれど。
「ふっふっふ。安心しろ。マステマの敵は私が排除してくれる!」
「いや、あのなぁ……来るのは自称見習い錬金術師の女の子だ。ポーション作りに来るだけだからな?くれぐれも手ぇ出すなよ」
「「「…………」」」
3人は黙ってぷいっと明後日の方向を向いた。
「子どもかお前ら」
高ランクの冒険者のしょうもない行動にマステマは嘆息した。
ギルドとギルドの接触は、利益もそうだが、基本的に面子と面子のぶつかり合いだ。舐められたら負け、マウントを取った方が勝ちという泥仕合だ。これは貴族と貴族、国と国、研究室と研究室、企業と企業、ヤクザとヤクザ、人間社会のどこでも同じである。実にくだらない。くだらないが、これがすべてだ。
ギルドの看板を背負うトップパーティの面々が息を巻くのも理解はできるが、なんというか、世界が変わっても人間は変わらない生き物であるらしい。かつて生きていた地球の人類もどうしようもなく矮小でしょっぱい生き物だったなぁ、とマステマが前世に思いを馳せていると、
「わたくしが、来ましたわーッ!!!」
かわいらしい雄たけびが少女の来訪を告げた。
長くなったの分割.