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第9話 遠本家の日常

2024/10/12

書見の程よろしくお願いします。

「初来愛の携帯か?」


「私は違うのです」


 気遣う恋理と受け応える初来愛の視線が、消去法から導き出されるニルトに向けられる。

 鳴り響くバイブレーションに、「ボクかもしれない」と気付いたニルトが、戦いの後の余韻に浸っていた気分を打ち消し、急ぎ黒いソファーに足を運ぶ。

 茶色い指定鞄を両手で持ち、焦るように中から携帯電話を取り出していく。


 着信表示の宛名が朱火からだと解し、校門で待ち合わせていた予定を思い出して、姉が心配する様子を想像し、それを確認するために、急ぎ左親指でパネルを操作していく。

 通話を可能にし、左耳に携帯電話を当て、「もしもし」と、不安な声を出し、叱られた子供のように眉を曇らせる。


「遅い。今どこにいるんです?」


 甘く特徴的な声色が、携帯電話越しから少し強めに響いてくる。


「図書館だけど……」


 おそらく約束の時間が過ぎ、待ち合わせの場所に居ないことに怒っているんだろう。

 気を落としたニルトが、ブラウンゴールドの長い髪を人差し指で触れ回す。


「なんでそんなところに居るんです? 今が何時だと思っているんですか?」


「三時半くらい?」


「もう四時です! すぐに玄関口前まで来てください!」


「う、ごめんなさい……」


「待っていますからね!」


「うん……」


 朱火からの通話モードが遮断され、左耳から携帯電話を放したニルトが、パネルに視線を当て、右指で操作し、鞄に仕舞い込む。

 その鞄を床に置き、恋理と初来愛の二人に向いて、スカートのポケットからシュシュを取り出す。


「あの。急いで帰らないといけないから、続きは次に来た時にでもいいよね?」


 ブラウンゴールドの柔らかい髪をなびかせ、両手で髪留めを通していく。

 慣れた手付きでテールを作ったニルトの様子を目にした恋理が、「分かった。ありがとう」と告げ、ほほを緩ませる。

 その声に続く初来愛が、「お疲れ様なのです。気を付けて帰ってくださいね」と、心配事を口にし、晴れやかに黒い眉を上げ、笑みを浮かべる。


「うん」


 小さくうなずくニルトが、帰り道の覚えに自信がなく、階段を何回登ればいいのか記憶が曖昧。その不安から茶金の眉を寄せ、左手で鞄を持ち上げ、急ぐように入口へと歩き、堅いドアノブを回し引く。

 振り向き、「お疲れ様」と、一言口にし、学園指定の黒い靴で、通路へと踏み出していく。


 それを目にした恋理が、机の上に分別されたアーカイトの欠片に近づき、状態を保存するため、容器にふたをして、他の部員に告げる案内文を思案する。

 パソコン席に歩み寄り、椅子に座り、文章作成ソフトを起動していく。


 同級生の後姿を黒い瞳に焼き付けて余韻に浸っていた初来愛が、先ほどまでの出来事を思い出し、これからの生活がより楽しくなると期待して、恋理に片されたアーカイトに視線がいく。


「急がないと朱火ちゃんに嫌われる」


 自然と口から零れ出る愚痴のようなささやきに、早歩きと脚を動かすニルトが、非常口の階段を上るため、急いで地下書庫の区画を歩き通る。

 暗い通路が進む動きに合わせ、光源が点灯していく。

 来た道を何度も曲がり、ようやく非常口の扉にたどり着く。

 堅いドアノブを回し、扉を開けて、非常階段の前に出る。

 目的の場所へと行くには踊り場を三回通る必要がある。

 そう考えを巡らせ、地下一階から三階へと登っていく。

 一気に駆け上り、金属ドアのノブに手を掛け、回し押す。


「おっと」


「え? あ!」


「危ないよ? ドアを押すときは気を付けないとね」


「ごめんなさい」


 高等部の学生かな? ちょっと怒られちゃった。

 見上げるように目線が合い、引き戸の押さえを男性に引継ぎ、後ろの男女二人の間を抜け、広間へと足を運ぶ。

 エレベーターがある場所から一直線に出口へと駆け出していく。

 広く長い階段の段差を二段飛ばしで素早く降りていく。


「やっ、よっと」


 飛び降りるようにテンポ良く体を動かす。

 エスカレーターに搭乗し、立ち並ぶ人たちが、その様子に注目していく。


「元気だねえ」


「誰か注意をしろよ」


「まあ、そう固いことを云わずに……」


 そんなささやきが響く中で、美少女が階段を飛び降りる姿に目を奪われる衆目たち。

 金の髪をなびかせ、軽やかで跳ねていく。

 それが改札口まで続き、異様な気配を漂わせていた。


「早く通して」


 センサーへ向けたつぶやきに応じ、改札口の仕切りが開いていく。出口のパネルランプが黄色から緑色へと変光する。

 すかさずステップを踏む。

 出入口まで駆け進む。

 自動ドアの前で立ち止まり、ガラスが左右にスライドする動きを待つ。

 新しい来客者と視線が合う。

 なぜか笑顔を向けられ、待ち時間の間に身体を揺らし、ガラスドアが最後まで開かれた瞬間に、足を踏み出していく。

 コンクリートの広い階段を二段跳びで駆け降りる。すれ違う人の多くの視線をかい潜り、来た道をまっすぐに走り進む。

 風を切る速度を出す。

 淡い緑のスカートを払い、大胆に脚の素肌を顕わにする。

 緑の草木が風で微かに揺れる速度で、グラウンド脇と校舎横の道を通り抜ける。

 すぐに迎える十字路の角。

 流れるように左へ曲っていく。

 通行中の先輩方を横切り、急いで校門前にたどり着く。

 息を切らした素振りもなく、緑の生垣で囲われた大きな入り口を通り、玄関口の前で足を止める。

 下校時間で開かれたガラス扉の前に朱火ちゃんが居る。

 誰かと会話をしている。

 そう理解したニルトが、山吹色のスカートを基調とした制服姿の二人と、同じ服を着たあかいショート髪の姉を背後から見上げ、物怖じと茶金の眉を落とし、重苦しく口を開く。


「えっと、朱火ちゃん。来たよ?」


「ん?」


「あっ! 妹さん? 可愛いね! さっき言っていた通りだ!」


「本当だ! 小さくてお人形さんみたいだね!」


 振り向く朱火に合わせ、二年生の二人もニルトに顔だけ合わせてくる。

 視線が合い、「可愛いね」と、本心から言葉にした二人に朱火が、「じゃあ、妹が来たからまた明日ですね」と告げ、左手を上げ、ニルトにそっけなく紅い瞳を細める。

 すれ違いに、「ん、行こう」と、小さく声にした。

 その様子を目にしたニルトが、紅く熱い魔素を瞳で捉え、怒っていると感じ、「うん」と一言返しと、眉を曇らせる。

 先輩方に向け、「さようなら」と告げ、すでに後姿が見えない姉に付いていく。


「ばいばい!」


「またね!」


 背後から響く声を気にする余裕もなく、ニルトが朱火に追い付いていく。

 横から振り向き、少し膨れている顔に声を掛ける。


「朱火ちゃん。怒らないでよ」


「朱火お姉ちゃんです。言葉遣いには気を付けて欲しいですね」


「朱火ちゃんは朱火ちゃんなんだよ? ボクはそう呼ぶもん」


「ん」


 その一言で会話が終わる。

 黙って歩けとするオーラが、紅い魔素の熱い輝きで分かってくる。

 そう判断したニルトが、朱火の後ろへ下がり、早歩きの速度に付いていく。


 水量の多い用水路。広い橋道の脇を通る。

 朱火から紅い魔力の波が漂い、ニルトはそれを彩覚で視認する。

 まだ怒っていると感じ、会話を控え、五勘を収め、黙って付いて行く。


 ニルトくんの馬鹿。私の気持ちを考えて欲しいですね。

 本気で心配したんですよ?

 一度沸点が上がると抑えられない朱火が、大好きな妹に意識を向け、通り道を歩き続けていく。


 学園の敷地を出て、大きい十字路に差し掛かる。

 信号を待ち、赤から青に変わった後、ビルが立ち並ぶ都心国道沿いの道をまっすぐ歩く。

 出た先は車の通りが多く、甲高い音が鳴り響く。

 交差点を何度か渡り、山手やまのて線沿いを歩くと、途中で良く知る車が走っていく。

 ニルトがテレビのCMを思い出す。

 マナコンバーションジェネレーターを搭載し、水と水素を効率よく変換する仕組みを実現する。

 そうした演出を覚えに、前世で知るハイブリッドエンジンの記憶が新しく、時代は変わったんだなと、エメラルドグリーンの瞳を道橋の線路に当てる。

 通り過ぎるオートライトリニアトレイン、ALLTオールトの静かな駆動音を五感で捉え、朱火の背中を視線で追い、人が増えてきたことに眉を寄せる。

 歩き辛く、顔の表情が自然と曇る。

 道橋下を通り、国道の歩道を進む。

 突然、開けた緑の多い新しいビルが立ち並ぶ。

 ここから河川敷まで、大災害と呼ばれるダンジョンの暴走により、壊滅した経緯がある。

 都心は新たに地区開発を行ったため、一部の地域名が一新している。

 昔は多くの人が歩く芸能の街だったのに、今ではより華やかに人が集まる場として、緑と一体化した新しいビルが建ち並ぶ。

 中央区新銀座の大通り。

 細い通りがある場所で、大きい建物が並び、行き交う人が大円堂百貨店ビルの前で、混雑を作る。

 制服姿のニルトと朱火に、出会いを求める少し上の若者の視線が集まる。

 立体交差点の信号が青になる。

 慣れた足取りで、すれ違う人の肩を避ける朱火と同じ動きをしていく。

 小さく旬の音楽が聞こえてくる。これもイメージセンシング技術なんだと感心し、野外の音楽表現が著作権で禁止されていた時代とは違うことに、眉を晴らしていく。

 人の混雑が高まり、朱火の背中を見失わないように、童顔の瞳を丸くし、らしていく。

 交差点を四度渡り、商店街のビルを通り過ぎる。

 人が少なくなったことに安心し、背筋の緊張を落ち着かせる。

 コンビニや飲食店が並び、その脇道を歩き、マンションや一軒家が建ち並ぶ。

 どこか落ち着いた雰囲気で緑が豊か。

 海が近い中央区月路に着く。

 昔は築地と呼ばれ、市場が在った場所。

 人通りがなく、やっと会話ができる。

 そう考えたニルトが、朱火の隣に着く。

 赤いショートの尖った髪の赤い瞳に目線を行き、美人の姉に、笑顔を向ける。

 大好きな姉に嫌われたくない一心で、切なく声を上げる。


「ねえ、ねえ? ボクさあ。図書部に入ったんだよ」


「そう」


「朱火ちゃんはどこの部活に入っているの?」


「合研ゲーム部です」


「そうなんだ。楽しそう」


「ん」


 朱火は考えていた。

 学園の帰りの待ち合わせの時間に遅れただけで、冷たく当たってしまったのは行き過ぎていた気がする。

 辛く当たるつもりはなかった。

 怒ってごめんなさい。

 私も悪かった。

 その気持ちを心内でささやき、怒りを収め、自己完結し、自然と目元が緩み、口元が柔らかくさせる。

 そうした気配を読み取ったニルトが、機嫌が直ってよかったと、朱火の微笑みに胸を撫で下ろす。

 二人は月路の道を歩く。

 都市開発の一環として、ワーレフ向けの賃貸物件が多く並ぶ場所。

 他の地区ではマンションやビルが多い中で、ぜい沢にも個人事業者向けの一軒家が並んでいる。

 そんな場所に住むニルトと朱火が、互いに表情を明るくし、まるで自衛隊の訓練場を思わせる物々しい武装車や、一風変わった二脚型魔装機が庭先に鎮座する雰囲気の道を歩いていく。


 時刻は午後七時。

 家に着いてから三時間ほど経つ。

 今日の夕食はお鍋。

 着ぐるみ姿のニルトは、すでに風呂から上がった後。

 白いエプロン姿に身を包み、具材を切り分ける剣のお手伝い。

 リビングの吹き抜け調理場から、大きい二基の机に皿を並べていく。

 台所に戻る途中、入って来る短パン姿の弾矢と鉢合わせる。

 髪が湿って男前としたイケ面姿の瞳に、青緑の瞳が合う。


「…………」


「…………」


 二人が無言になる。

 ブラウンの瞳にニルトの整った視線が重なり合う。

 調べの能力で見知るマンドラゴラスーツで全身を包む。

 弾矢のワンブロックブラウンショートの湿った髪が格好良く、着ぐるみフードから覗くつぶらな瞳が、男らしさをうらやむ気配の輝きを生む。

 そんな妹の様子が愛くるしく新鮮で、思わず草柄の突起物に手をそえる弾矢が、ポンポンとフードを撫で回し、親愛のスキンシップをする。

 嫌なのになぜか心地がよく、咄嗟に微笑みを作るニルトの前に、遅れて来た弾矢の友人三人が、ドアから登場する。


「弾矢、何してんぜよ? お! ニルトちゃんか! 今日はごぼうの服なんか? なんや知らんけど、可愛いぜぇな!」


「うむ。元気がいい」


「いいですね。とても似合っていますよ」


「そうだよな。ニルトはいつもオシャレで可愛い自慢の妹だ」


「うう……」


 魔力を回復する効果がある服だから身に着けていたのに。

 可愛いからなんかじゃないんだからね。

 そうした想いとは無関係に、弾矢とその三人は、ぽむぽむとニルトの頭を撫で回し、暖かい視線を向けていく。

 パーカーに綿パン姿。

 金髪トゲトゲ頭の春夏冬しゅんかとう環太郎かんたろう

 背が高く赤いジャージを着こなす。

 緑と黄緑きみどりのマーブルショートヘアーを青いバンダナで隠す田大厳永だだいげんえい

 袖長いシャツに長いズボン。

 淡い水色のオールバックに、眼鏡が似合う槍樹流兎そうじゅると

 それぞれが実家に居る年下の家族を思い比べ、ニルトの恥じらう赤いほほが可愛く、三人は口元を柔らかくさせている。

 備品倉庫で武具の手入れをした後で、風呂に入ったばかり。

 四人の男臭いさわやかなリンスの香りに、なぜか胸の高鳴りを覚えるニルトが、分からないとした淡い気持ちを胸に押し込めて、男であることにうらやむ瞳を瞬かせる。


「あっ。剣さん。俺も手伝いますよ?」


「そうか。流兎は気が利くな。ではもう一つの鍋をガスコンロの上に置いてくれないか?」


「分かりました!」


 流兎が率先して剣を手伝う。

 集まりがあるといつも決まって同じようにする。


「ワイも手伝うぜぇな!」


「わしは箸を並べよう」


「じゃあオレは飲み物を取ってくる」


 遅れて三人が流兎に続いていく。


「いい湯だったね」


「そうですね」


「あ! あんたたち何をしているのよ!」


「ん」


 準備が終わり、先に飲み物を口に含んでいる男子たちに向け、女子四人がお風呂から遅れて上がって来る。

 全てが整い、全員がいつもの席に着き、食事の開始を剣が告げる。


「さあ。皆、いつものように遠慮なく食べてくれ!」


「はい。いただきます」


「いただくぜぇな!」


「ごっつあん」


「いただき、いただき」


「いただくわ!」


「うん。いただきます」


「旨そうだな」


「ん、いただきます」


「創生の女神に感謝し、恵の糧に祈りを捧げ、有り難くいただきます」


 決まった席に座る十人。

 二基のテーブルで二つの鍋を囲う。

 ニルトは一番下座の席。

 筒美砂子つつみすなこ能富手麻里のうふてまりの左右隣で鍋奉行。

 今日は鳥と魚のつくね汁。

 白味噌ベースにこってり豚骨スープ味。

 寒天麺がつるつると美味しく、旬の野菜とキノコがゴマダレと相性抜群。

 味を予測し、風味と鮮度をより高めるために、手に持つ箸に魔素を流し、入れる具材に一工夫。

 つくねに白菜。

 豚肉に魚の切り身。

 箸で持ち上げ、瞬間に魔素を流していく。

 栄養素を吸収しやすくし、味に換えていく。


「美味しいわね!」


「うん。美味しいです」


 何も知らない手麻里と砂子の感激を耳にして、ほほを緩めていく。


「む! これは旨いな! すまんが野菜をもっと追加してくれないか?」


「うん、うん。本当だね! 味付けが丁度良くて温まるよ!」


 余り感情を表に出さない厳永が笑い、ニルトに追加を催促。

 小咲美も取り皿を片手に美味と舌を巻く。

 鍋奉行ニルトに微笑みを返す。

 その様子が嬉しく、「もっと食べてよ」と返答し、鍋の管理に努めていく。

 背が低く、着ぐるみ姿で立ったまま、嬉しそうに取り箸を動かしていく。

 その隣に居る砂子が、柔らかいブラウンの前髪を払い、箸でつくねを摘まみ、口へと運ぶ。

 妹が居たらニルトのように華やかに美味しいものを作ってくれるかもしれない。

 世話焼きな弟が居る実家の生活を思い出し、今になって、家族に会いたい欲望に駆られていく。

 その正面に座る手麻里は、愛らしいニルトが可愛くて仕方がなく、横目で何度も着ぐるみ姿に注目する。

 その様子を肴にするように箸で摘まんだ野菜を口に運び、うなずき、舌鼓を打つ。

 家に遊びに来てくれないかと本気で考え、「ニルトくんは料理が上手ね」と、声を掛ける。自分の存在をアピールし、好感度を高める工作に余念がない。

 その隣の小咲美は、気になる弾矢の新しい妹に好意的。

 鍋に野菜を入れ、子供特有のお手伝いがしたい欲求を満たす愛らしいニルトが微笑ましく、自分にもそんな時期があったなあと、遠くを見詰め、箸を動かしていく。

 その向かいの席に座る厳永が、黙々と箸を鍋に入れ、取り皿に野菜を重ねていく。

 すでに隣の鍋との味比べが済み、その旨味に気付いていた。

 悠々と口を動かし、ニルト鍋に、「美味い」と告げていく。

 しかし、そんなことは関係なく、別の鍋ではそのことに全く気付かない環太郎が、いつものように、「肉をもっと入れるぜぇろ!」と、豪快に声を上げ、それをたしなめる流兎に、「少しは遠慮しろ」と、注意を受けていた。

 そんな光景に何かを悟った朱火が、ニルト管理の鍋に蓮華を入れ、スープをすくい、口に含む。

 紅い瞳を大きく開き、驚いたように、「なんでこんなに美味しいのです?」と、声を出し、瞬き、姉に意思表示を向ける。

 青い結い髪を払い、ご飯を口にする剣。

 朱火の不審な行動に意識が向く。


「む……、なんだ? ああ、そうか。……そういうことか」


 その意味を悟り、着ぐるみ姿のニルトに顔を向け、笑みを浮かべる。

 鍋奉行に務めている末の妹が、また妙な味付けをしたのかと気になり、青い瞳を細め、椅子を引き、席を立つ。

 取り皿を持ち、ニルトに近づいていく。


「妹よ。味見をさせてもらうぞ?」


「うん」


 ファンシーなニルトの横からお玉で鍋の汁をすくい、取り皿に入れて縁に口を付ける。


「ん?」


 美味いな。

 私の味付けと全然違う。

 そう一度うなずき、味の秘密を探るように、口を開く。


「なるほど。で? 妹よ。なにをしでかしてくれたのだ?」


 もう一度口に含むと、明らかに風味と味のバランスが良く、自分の味付けと違い過ぎる旨さに驚く剣。

 なにかと規格外の妹に興味を示し、野菜姿の可愛い容姿に見惚れ、片手でフードの生地を優しく撫でる。

 気恥ずかしいニルトが、当然のように答えを口にする。


「えっとね。リーズン処理って言うんだよ。こうやってね。野菜や肉を煮出したときに出る灰汁で味付けが損なわれないように、魔力通しをするんだよ」


 自慢をするように微笑みを浮かべ、箸にはさんだ野菜に魔力を通す。そんな姿が可愛いと感じた剣が、ポムポムとフードを撫で、妹の顔を赤くさせていく。


「お姉ちゃん。分かったかな?」


「ふむ」


 しかし、リーズン処理とはどういう意味だ?

 通しとはいったいなんだ。料理に【光気】をまとわせるようなものだろうか。

 そう解釈した剣が、ニルトの行為に関心を示す。

 自分も使ってみたい。

 そう考え、「良ければあっちの鍋でもやってはくれないか?」と告げ、青の瞳を黒く染め上げ、【暗気】を使い、魔力の回路である魔脈を視認する。


「うん。いいよ」


 瞬く黒い瞳で、席を離れるニルトのペタペタと音鳴る歩き姿に、視線を当てる。


「なんやよう分からんけど、肉を多めに頼むぜぇな」


「俺は野菜を頼みます」


「うん。分かったよ」


 返事の通り、ニルトが取り箸を手に取り、要望通りに、鍋に肉と野菜を入れていく。

 その瞬間、剣がニルトから放出される微弱な魔素の流れを、闇色に染まる瞳で捉える。

 飽和する魔素量が極端に少なく、その消費される魔力がほとんどないことに気付く。

 だからこそ手に持つ割り箸に余力が集まり、つかむ具材に浸透させることができる。

 黒くくすんだ青い瞳が、その流れを読み取り、鍋に備えた汁が青く光る様を視認する。

 ニルトの巧みな魔力操作に感心する剣。


「凄いな」


 感嘆し、瞳を凝らす。

 暗気や光気のように、スキルの恩恵で直感的に発動させる力とは違い、自在に魔力を操る術は、魔術のように理屈を熟知し、修練で培われた力となる。

 そう考えた剣が、着ぐるみ姿のニルトに近づき、作業中の頭にそっと触れ、嬉しそうに口を開く。


「私にもできるだろうか?」


「うん。お姉ちゃんだったらできると思うよ?」


 姉の好奇心を知り、自分の行為に興味を持ってくれたことに嬉しく感じたニルトが、ほほを深く緩ませる。

 そんな意味深な会話に、今まで食事に専念していた弾矢も参戦する。

 箸を止め、口に入れた物を飲み込み、願いを告げる。


「なあ? ニルト。オレにもその方法を教えてくれないか?」


 魔力の扱いに関わることならばなんだってする。

 オレは弱い。強くならなければならない。

 自分のポテンシャルの無さが悔しく、そうした思いから、ブラウンの眉に力を入れ、神妙に瞳を細めていく。


「うん、いいよ。お兄ちゃんにも夕食の後で魔力量を上げる鍛錬方法を教えてあげるね。あっ、もう食べてもいいよ」


 丁度良く食材が煮え、美味しくなったことを告げたニルトが、上座から環太郎と琉兎に、笑みを向ける。


「おうぜぇよ!」


「では、遠慮なく」


 早速と二人が箸で具材を取り出し、皿にすくっていく。

 剣がニルトの強さの一端が分かるかもと興味津々。青い瞳を鋭くさせ、会話の続きを口にする。


「妹よ。私にもその鍛練方法とやらを教えてもらえないだろうか?」


「うん、いいよ。お姉ちゃんも一緒にやろう」


 その会話から外れ、「うっま! 味が全然違うぜぇな!」「美味しいですね」と、声を上げた環太郎と流兎が、食べ物を口に入れたまま、二人の会話に続く。


「面白そうやなあ。ワイも頼むぜぇな」


「いいですね。ぜひ俺もお願いします」


「ん」


 ついでに朱火も一言のうなずきで応える。

 厳永、小咲美、手麻里、砂子の四人が、割り箸を持つ着ぐるみ姿のニルトに視線を集める。

 それを察知したニルトが、上座から四人に視線を配る。


「ついでだから皆さんもやってみる?」


 草柄の突起が揺らぐフードから覗く整った顔の表情を柔和にさせる。


「おう、頼む」


「そうですね。弾さんがするのでしたら、砂も付き合います」


「うん、当然あたしもやるよ」


「仕方ないわね! 私だけしない訳にはいかないでしょう!」


「決まりだね」


 さっそく段取りを脳内で考えていくニルトが、取り箸を使い、鍋奉行を続けていく。

 そうして、ご飯を食べ終え、手早く後片付けを済ませていく。

 時刻は八時になる。

 コンクリートに覆われた備品倉庫に十人全員が集まり、水入りガラスコップ十個を備えたトレイを持ち、真ん中に立つニルトが、それらを床に置いていく。


「じゃあ皆さん、今から手本を見せるから、しっかりと観ていてね」


 そう告げ、もふもふの茶色い着ぐるみ姿から覗く、小さな両手で一つのコップを持ち上げる。


「水に魔力を流します。色が変わって行きます。じゃあ、行くよ? 三、二、一、はい」


 告げ口の後に、透明な水が黒色から青色へと変わり、緑色からだいだい色に変色していく。次第に赤色から紫色へと変わり、金色に銀色へと変化していく。


「凄いですね」


「なんぜぇや。不思議やなあ」


「色が変わっていくわね」


「どうやるのでしょうね」


「うん、難しそう」


「わしにもできるかのう」


「ニルト、説明をしてくれないか?」


「私は分かったぞ。できる気がする」


「ん? 剣姉?」


「それだったら、最初は剣お姉ちゃんにやってもらうね」


 ニルトが手に持つ白銀色の【魔力水】入りコップを別のコップに傾け、それぞれに数滴ずつ垂らし、その一つを剣に手渡す。


「ボクが造った魔力水を水道水に数滴入ることで、魔力を通し易くすることができるんだよ。これに力を込めてもらえれば、魔力の鍛錬になるから、全力で魔力を通して欲しいな」


「通すというのは、刀に力を込める要領でいいのだろうか?」


「うん。言い方は違うかもしれないけど、合っていると思うよ。あっ、その前にステータスを調べさせてくれないかな?」


「ああ、いいぞ」


 ニルトが手に持つコップをトレイの上に置き、剣の手に自分の手を重ねる。

 アプレイスの能力、調べる者(インベスティゲイター)を行使する。

 エメラルドグリーンの瞳が赤く染まっていく。


『名称:遠本剣(とうもとつるぎ)

 種族:人間

 種別:17

 クラス:ナイト

 レベル:31

 HP:3885/3890

 MP:14241/14251

 戦闘力:79813

 攻撃力:429

 防御力:496

 抵抗力:392

 力感:261

 知感:240

 速感:256

 幸運:315      』


 レベルが三一と高く、魔力量が一四〇〇〇マージを超えている。

 そう認識したニルトが、剣から手を放し、「もう始めてもいいよ」と口にする。


 九人の視線が剣の手元に注がれる。

 瞳を閉じる剣が、両手でコップを握り、食事時に目にした魔脈の流れを自分でもトレースする。全身の魔力感覚を抑え、肩から頭に掛けて蒸気する微弱な魔子の流れを手元に移し、開いた青い瞳をコップの一点に集中していく。


「お姉、がんばれ」


 自然と響く朱火の応援。

 それが合図となり、ニルトにしか分からない剣の魔覚が、黒く流動を始める。

 コップの水に魔力が流れていく。


「その調子だよ」


 ニルトの指摘に、自分の行いが間違っていないと確信を持つ剣が、魔力を高めるように暗気を用いる。

 手先を黒く染め上げ、自分の得物であるフォトンソードの刃先に魔素を通すように、力を込めていく。


「あっ! 色が変わったわ!」


 手麻里の声に全員が息をのむ。

 黒く染まるコップの水が、少しずつその色合いを強めていく。

 まだ妹には届かない。

 瞳を黒くさせた剣が、コップの水を黒とは違う色に変色させるため、全身の魔力を手のひらに集中させていく。

 空気に潜む塵状の魔子を激しく揺らし、肩から頭上に掛けてその流れを飽和させていく。


「そこまでだ! もう止めて!」


 ニルトが注意を告げる。コップを持つ剣の手先に指を重ねる。

 調べの力で魔力量を識別し、その八割が消費したことを察知する。

 今日はもう止めた方がいいという合図を送るため、柔らかい手でポムポムと剣の手先を叩いていく。

 それに応え、剣の体から暗記の気配が無くなっていく。


「ふむ、そうか。意外と疲れるものなのだな」


「うん、慣れない内は辛いと思うよ」


 肩で息をする剣に、うなずきで返事をするニルトが、心内で考えを巡らせる。

 魔力は回復するもの。

 その仕組みは解明されていない。

 時間経過と共に自然の魔素を取り込んでいくという認識は、どの世界でも常識のこと。

 筋肉痛と同じで、生理的に超回復現象を引き起こす。

 回復時には、一定量の魔力量を底上げしてくれるので、こういった鍛錬を続けていくと、魔力の保有限界値を引き上げることができる。

 そう前世の記憶で知るニルトが、剣の持つコップに意識を向ける。

 黒い水。

 良くできている。

 透明から黒へと変えるには、それなりに魔力を必要とする。

 だけど、慣れてくると数マージほどでできる。

 だからこそ奥が深い。

 過去の自分が何日も掛けてやり遂げたことをすぐにできる。

 剣お姉ちゃんは凄いよ。

 初めてだというのに、天才だよね。

 そう思案したニルトが、全員に向けて口を開く。


「じゃあ、次は皆さんの番です。早速やってみてください」


 モフモフの手先を使って、屈んでコップを持ち、一人一人に手渡していく。


「そやな! ワイもやってみるぜぇな!」


「そうですね。腕が鳴ります!」


 それぞれが心の機微にコップを持ち上げ、その場で気合いを込めていく。


「身体から力が抜けていくのが分かるわね」


「本当ですね。なんだか魔力が吸われていく気がします」


「うん、うん。あっ、色が変わったよ!」


「えっ? 小咲美! あんたやるわね!」


「小咲美ちゃん、凄いです」


「えへへ」


 女子三人は和気あいあい。

 小咲美にセンスがあることが気になり、ニルトは彩覚で魔脈の流れを視認する。

 消費魔力に無駄がない。

 数度うなずき、姉を超える天才振りに納得をする。

 対して、他の男子四人はすでに終わりと息を切らし、うなだれるように腰を屈めている。


「きついぜぇな」


「これが魔力枯渇酔いですか。頭がくらくらしますね」


「ふむ」


「はぁ、はぁ、まだだ、まだやれる……」


「お兄、無理しないで」


 これ以上は意味がないと悟ったニルトが、「はい、そこまで!」と、大声を上げ、終了を宣言した。

 全員に目を配り、もふもふの根っこのような身体で手振りをし、合図を送っていく。

 両腕をパタパタと振り扇ぎ、伝えたい思いを口にする。


「魔力が自然回復すると、絶対量が増えると思うから、毎日続けることを推奨します。それと、この水は家に持ち帰って大事に保管してください。それを水道水に数滴混ぜて、毎日の練習に使ってください」


 妖精のアームレースを意識して、両手を前に出し、左手からペットボトルを取り出す。

 それを一つずつ九人に手渡し、ついでと調べの能力で、全員の魔力量を把握していく。

 赤い瞳を瞬き、作業を辞めない息つく弾矢にだけ、「絶対に無理はダメだよ!」と、注意を声にした。





「もう少しで終わりだね」


 西暦2074年、9月3日月曜日。

 一日の長い記録に、最後の文をつづっていく。


「この後でボクは、日記を書き、一日の終わりを振り返る」


 これでよし。

 背筋を伸ばすため、着ぐるみの両手を天井に掲げる。


「ん……」


 疲れた。

 気持ちがいいね。


「じゃあ、行こうかな?」


 今から一階の備品倉庫にある物質転送保存装置MTSDの修復作業に取り掛かろうと思うんだ。

 パパとママの許可は下りている。

 お婆ちゃんの遺品があるせいで、保存容量に限界にきているからね。だから、一度廃棄して、新しい物と交換をする予定なんだけど、もうじき業者さんが来て、見積をすることになっているんだ。

 だったらボクにも触らせて欲しいと、パパとママにお願いをしたら、快く引き受けてくれた。

 中の物を取り出すことができれば、一財産になる。そんなことを冗談のように教えてくれたママに可愛く演技をしたら、一発で賛成をしてくれた。

 工事予定日は二カ月後。見積もりは一週間後になる。

 それまでは自由にしてもいいと云われている。


「もう十時だね」


 作業時間が残り少ない。

 早速ボクは、着ぐるみ姿のまま、廊下に出ていく。

修正履歴

2024/10/13 終わりの方に視点を落ち着かせるため、項の区切りを設ける。

2024/11/16 誤字脱字修正。文章間を空ける。最後の一人称を大きく修正。

2024/12/1 過去形が無駄に使われていたのを修正。取り急ぎなので、また直すかも。

2024/12/26 まあまあ読みやすくしました。全文修正しました。

2025/7/2 全修正しました。次は10話です。題名をさっさと変えます。

2025/8/12 終わりを少し修正しました。


第7話と8話あたりを直すかもしれません。※手直し済み。

ここも手直しするかもしれませんので、よろしくお願いします。

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