第8話 図書部で初めての活動
2024/10/9 投稿しました。
書見の程よろしくお願いします。
左手を指し示す初来愛の自慢気な姿に、少し眉を寄せるニルトが、「合同研究ってなに?」と、口にする。
その質問に、両手を胸の前で重ねた初来愛が、応える。
「大学合同研究というのは、大学付属である本学園の特別な規則になるのです。合研と名の付く部活動は、中等部に高等部と大学が、ひとまとめにしているという意味になるのです」
「ふーん」
やっぱり分かんない。
長い黒髪に目を向け、可愛いかもと、それとなく別のことを考えたニルトが、続く声に耳を傾ける。
「簡単に言ってしまうと、私たちが大学生と一緒になるという意味になるのです。分かりますでしょうか?」
「うん、なんとなく」
顧問とか部長とか分からないけど、活動をする年代の幅が広いというのは、しっかりとしているんだろう。
そう考え、寄せていたブラウンゴールドの眉を柔らかくし、疑問を口にする。
「大円さんが、中等部の部長ってことになるのかな?」
「はい。その通りなのです。基本的には私が責任者になります。それと私のことは初来愛と呼んでください。親しい人からはそう呼ばれているのです」
しなやかに唇を緩める初来愛の愛嬌を目にしたニルトが、女の子って笑うと雰囲気が違うんだなと、自分のことが気になり、「分かったよ、初来愛」と告げ、習うよう笑顔になる。
「ん……」
そうした形が魅力的に映ったのか、初来愛も笑みを強める。
「では入りますよ?」
「うん」
頑丈そうなドアノブに手を掛け、その様子を瞳で追うニルトが、図書部に所属している部員を推測し、おそらく年上の人が居るのだろうと、身構えるように背筋を伸ばす。
「お帰り。遅かったね」
「ただいま。恋理。さっき言っていたクラスメイトを連れて来たのです」
「本当か! でかしたよ! 初来愛!」
嬉しい喜びを体いっぱいで表現した女性が、ドア近くに置かれた大きいパソコン席から立ち上がる。
明らかに大学生で、卵型の顔に、形の良い釣り目と、毛先が曲がった首まで掛かる黒と緑のマーブルセミショートヘアーが個性的。
長いベージュのフレアスカートに、袖長いブラウンのブラウスを着こなし、高価そうな白いヒールを履き、優雅に部屋の奥へと歩いていく。
「今ココアを入れるから、ソファーに座って待っていてくれよ。話はそれからだ」
「ニルト。こっちなのです」
「うん」
初来愛に云われるままに付いて行くニルトが、部屋の中を物色するように瞳を泳がせる。
広い室内。
黒い二基のソファーが高そうに机を囲っている。
その他に古い研究机が四基、丸椅子とセットになって、数基壁際に置かれている。
どれも高級そうで、しっかりした造りをしている。
部屋の壁を囲う備品風の金属棚が、この場とつり合わない様相で、不思議と目立っている。
黒い革製のソファーに歩み寄るニルトが、白い磁器とした洗面台からポットに水を入れる女性の後姿に視線がいく。
「いや、来てくれて助かるよ。学生会が成果を出せってうるさくてね。今月中に活動報告書を提出しなければならないのだが、こっちは私一人だ。やることが多くて困る。あっ? 二人はミルクが必要かな?」
「入れてください」
「うん」
全てが新鮮で目移りしているニルトが、鞄をソファーの床に置き、初来愛の隣に腰掛ける。
部員が二人だけなのかと気になるように、背を伸ばし、興味とエメラルドグリーンの瞳を部屋の壁際に配っていく。
「ふーん」
私物が置いてある。
何かまでは分からないけど、二人の物じゃないみたい。
他にも部員が居るのかと青緑の瞳を左右に振るニルトに向け、初来愛が横目でその様子を分析する。
どうですか?
図書部は気に入っていただけたのでしょうか?
そんな風に思案する初来愛の視線に気付いたニルトが、家族に向ける落ち着きようで、口元を柔らかくさせる。
ポットのお湯が沸いた合図の音が鳴り響く。
蒸気が吹く音色を轟かせる。
恋理と呼ばれる女性が、カップ麺で有名な黄色いアヒル柄のマグカップを棚から取り出し、備え付けの瓶に入ったココアの粉と砂糖とミルクの粉を入れ、溶かすように湯を注いでいく。
高級そうなウエハースのお菓子を箱から取り出し、トレイに置き、それごと持ち上げ、二人が座るソファーの対面に着き、トレイを置いて、前屈む。
ココアを進めるように右手で合図をしながら、腰を下ろす。
「遠慮せずに飲んでくれ。菓子も自由に食べていい」
その一言を理由に、三人がほぼ同時に、アヒルのマグカップを手に持ち、黄色い縁に唇を付ける。
「美味しい」
「そうですね」
「気に入ってもらえてよかった」
食いしん坊のニルトが、予想していたココアと違い、どこかさっぱりとした風味が新しいと感じ、眉をつり上げ、思わずとした笑みを二人に向ける。
その様子に女性が満足したのか、釣り目の黒い瞳と黒緑の眉を柔らかくし、カップを持ったままの初来愛とニルトに視線を配り、瞬きの後に口を開く。
「早速で悪いのだけど、自己紹介をしようと思う。まずは私からだ」
ニルトがマグカップを机に置き、女性に向き直る。
「私の名前は古小恋理だ。ダンジョン物性化学科の一年になる。総代の初来愛に誘われ、図書部を設立した部長の一人だ。初来愛とは家の付き合いで、昔からの知り合いになる。気軽に恋理と呼んで欲しい」
うなずくニルトが、次は自分の番と考え、背筋を伸ばし、小さな胸に右手をそえる。
「初めまして。ボクはニルト・ファブリス・遠本と言います。初来愛から聞いていると思うけど、アプレイスのスキル持ちで、中等部の特待生をしています。すでに入部の許可は下りています。今後ともよろしくお願いします」
小さく礼をして、何気ない直感から、今後のダンジョン生活にも影響しそうだと、本心から図書部への入部を考え、笑みを作る。
丁寧な挨拶だ。
品がいい。
自分よりもお嬢様が板に付いていると感心する古小恋理が、ボクという人称表現に興味を募らせる。
初来愛が微笑みを向けている。うなずきで話を進めてもいいとする許可を問い、その返事に笑みが強まる。
「ニルトさん。いやニルトくんでいいのかな? 改めてよろしく」
「ボクの方こそよろしく」
「そうか、ボクっ子か。その話し方、何か理由でもあるのかな? 良ければ聞かせて欲しい」
西洋系の血が濃いのかもしれない。
金髪とした美少女の全姿を品定めする恋理が、黒い瞳の色を光らせる。
「そのことについては私も疑問に思っていたのです。ニルトの話し方は極端なのです。場合によっては、イジメに合うこともあるかもしれないのです」
「ボクの話し方がそんなに変なのかな?」
「そんなことはない。珍しいだけだよ」
「そっか……」
ボクは男だから、話し方も男っぽく表現したい。
例え女の子の体になろうとも、心が男で居ようとするのは当然なこと。
でも下手なことを言うと変な奴に思われてしまう。何か適当な理由はないものか。
そう考え、青緑の瞳を遠くに向けたニルトが、数カ月間の記憶を探っていく。
閃きを覚え、眉を晴らし、視線を恋理に戻す。
『私はここに来るために、好きなアニメやドラマを見て、日本語を勉強しました。何か私の話し方に不備があったのでしょうか?』
英語での会話に切り返し、豪州とニュージーランドが管理する【ゴッデス島】で一月以上滞在した思い出を懐かしみ、小さく息をつく。
「いや、特に問題はないよ。ちなみに私は時代劇が好きだ。最近では8K用にリマスターされた半世紀以上前ものをよく見ている」
「私はアニメをよく観るのです。特に魔法少女ロボットが優秀なのです。主人公の女の子が黒髪で、私にそっくりなところが、好きな理由になるのです」
「私も初来愛のような黒髪が好きだな。昔の日本人は皆がそうした髪質だった。テレビに映る半世紀前の映像にも、今にはない独特の雰囲気がある。最近は斬新な髪型と時代に合った色合いで、どれもこれもが激しく立ち回るものが多くて困る」
「そうですね。日本人は黒髪が一番なのです」
「二人ともテレビが好きなんだね。ボクはどっちも視るよ。話しが合いそうで嬉しいな」
良かった。
何とか誤魔化せたみたいだ。
ほっと一息付き、机の上に置いたアヒル柄のマグカップを手に取り、小さく口を付け、暖かいココアの甘くさわやかなチョコレートの風味を堪能する。
「ん、美味しい」
落ち着くニルトに、恋理の緩んだ視線がいく。中等部一年でありながら、落ち着いた雰囲気に、納得の想いを告げていく。
カップを持つ動作が洗練されている。
会話の受け答えも実に自然だ。
子供の独りよがりな話し方とは違い、どこか気遣う装いが、知的に感じられる。
これならば、本題に入っても問題はないだろう。
そう思った古小恋理が、手に持つココアを全て飲み干し、空のマグカップを机に置く。
話を進めるために、長いフレアスカートで視えない右脚を組み、落ち着くように座り直す。
「なるほど。ニルトくんの人当たりは理解できた。これならば、例の物を修復する手伝いをしてもらっても問題はないだろう」
「進めてもよいのですか?」
「ああ。構わない」
「ではそのように」
「うん?」
愛らしくクエスチョンを頭上に浮かべるように、首を横に傾けたニルトが、ココアを飲み干し、茶金の眉をつり上げる。
机にマグカップを置き、恋理に青緑の瞳を向ける。
初来愛も飲み掛けのマグカップを机に置き、ニルトに向き直るように、座る腰の位置を横にずらす。
純真無垢で可愛いニルトに視線が行き、自然と表情が柔和になる。
「実はニルトにお願いをしたいことがあったのです。ダンジョンの遺物である【アーカイト】を修復する手伝いをして欲しいのです」
「え? なにそれ。アーカイトってなんのこと?」
「それについては、私から説明をしよう」
恋理がカール掛かった毛先を払い、組んだ足を解し、座った姿勢のまま、身を乗り出す。
「発端は、一年前にさかのぼる。海外で発表された技術誌に書かれていた内容をたまたま見付けた私が、ダンジョンの魔物から稀に手に入る謎の石アーカイトを知り、興味を持ったことにある。それを修復すると、ダンジョンに関わる知識が手に入り、ダンジョンの文化と異界の風土を知ることができるようになる。そう書かれていた記事を読んだときに私は閃いたんだ。この学園でもその研究が可能だとね」
「そうなのです。アーカイトがたまたま当学園の図書館にも保管されていたのです。そこで私も恋理の仲間に加わり、経歴作りと実益を兼ねた話題作りに利用するため、調査を開始したのです。ですが、科学分析ではどうにもしようがない要素が多く、物事の本質を調べることができる鑑士官の能力が必要になったのです」
「私でも鑑士官は手配できる。だが、あくまでもプライベートでのこと。契約をするには多額の費用が掛かる。課外活動である範囲を超えてしまう行いは、学業に相応しくないからね」
「そうなのです。だからこそアプレイスの能力を持つニルトにお願いしたいのです」
面白そう。
でも二人がボクを必要とする理由が、たまたまスキルを持っていたからなのなら、ちょっと嫌だな。
もしもそうだったとしたら、ボクは手伝いたくない。
だって初来愛が言ったんだもん。親しい人からはそう呼ばれているって。その言葉が嘘だったら嫌だもん。
そう否定的に捉えたニルトが、ほほを張らせ、初来愛と恋理を見比べながら、左右に振り向き、口を開く。
「それで? ボクがこの学園に入学をしたから、丁度いい人材だと思って、図書部に誘ったのかな?」
「いいえ、違うのです。私がニルトを気に入ったからなのです。だって、とても素敵だから。一目見たときからお友達になりたいと思っていました」
「あ……、うん。ありがとう」
そんなことを言われると、どうしていいのか分からないじゃないか。
恥ずかしくて熱くなり、下を向き、耳まで顔を真っ赤に染め上げる。
「ふっ。初来愛らしい理由だな」
「恋理には渡さないのです」
「そんなことを云われると、私も対抗したくなる。ニルトくんが可愛いのは、確かだからね」
「二人とも、それ以上は言わないでよ」
小さく笑う恋理と初来愛にからかわれ、ニルトが羞恥に顔を赤く染め上げる。
下を向くエメラルドグリーンの瞳が涙で潤い、ほほを膨らませる。
「おっと、怒らないでくれ。初来愛がいけないんだぞ? ニルトくんの純情をもてあそぶから」
「あっ、ずるいのです。恋理にも責任があるのですよ? ニルト、ごめんなさい。少し言い過ぎました」
「もう。二人ともひどいよう」
容姿を褒められると、なぜか落ち着かなくなるニルトが、そうした事態に最近良く遭遇すると反省し、一度だけ大きく息をのむ。
冷静になり、顔を晴らし、照れ隠しのための話題作りとして、さっきの会話の続きを進める。
「それで? ボクに何をさせたいのかな?」
「そうですね。直接見てもらった方が早いのです」
「私が取って来よう」
「お願いするのです」
恋理が立ち上がり、入り口近くの壁際へと歩いていく。
それを目にする初来愛が、マグカップの黄色い持ち手を取り、残りのココアを飲み干していく。
恋理が金属棚から黒い重厚な箱を取り出し、重たそうに両腕で支え、それを目にしたニルトが立ち上がり、「手伝うよ」と、親切を口にした。
「助かる。こっちに来てくれるかな?」
「うん」
四基まとまった机の上に、黒い箱を置く恋理に近づくように、ニルトが歩み寄る。
初来愛も遅れて立ち上がり、机に近づいていく。
恋理が続けて同じ金属棚からプラスチックの容器を取り出し、黒い箱の隣に四皿並べ置く。
ニルトが恋理に近づき、机に置かれた黒い箱に視線を向け、エメラルドグリーンの瞳が淡く輝き、その中に宿す気配の本質を捉える。
「こいつを見て欲しい」
恋理が厳重に密閉された黒い箱の留め具を二つ外し、蓋を開ける。
中から粉々になった石のような欠片が現れる。
冷たい魔素を放ち、彩覚を宿す青緑の瞳を当てるニルトにしか分からない、闇とした色を放つ。
「これらを鑑定し、それぞれに合致するパーツに分けて、こっちの容器に分別して欲しいのだが、できるかな?」
「私からもお願いするのです。していただけるのでしたら、それなりにお礼はするのです」
黒い霧状の魔素を放つ石版の欠片。
恋理が云った簡単な作業ではなく、鑑定をして、分別するだけでは済まされない予感がする。
だけど、実際に行ってみないと判別ができない。そう判断したニルトが、欠片に顔を近づけるために、背の低い身体を前屈みにする。
ブラウンゴールドのボリュームある長い結い髪を左手で押さえ、アーカイトと呼ばれる石に右手をかざす。
「いいよ。できると思う」
エメラルドグリーンの瞳を赤くさせ、虹色の魔力を全身にまとい、ブラウンゴールドの髪をつややかにする。
その様子を目にした恋理と初来愛が、なにか分からない期待感を覚え、二人が同時に息をのむ。
「ちょっと待っていてね。髪がじゃまだから」
右手で茶金の毛先に触れ、髪留めのシュシュを外し、スカートのポケットに仕舞い込む。
スクールブラウスの左袖に隠れた【妖精のアームレース】に意識を集中する。
左手のひらから、黒い髪飾りを出現させる。
それを頭上へと浮かび上がらせ、するすると音を立て、茶金の長い髪を二対のお団子として結び、一瞬にして黒へと染め上げる。
「これは……」
「凄いのです」
二人が驚くように目を開き、ニルトの不可解な行動に興味を示す。
「これでよし。始めるね?」
「待ってくれ。今なにをした? 少し説明をして欲しい」
「えっと……」
そうだよね。分かんないよね。
黒くなった眉を寄せ、自分がしでかしたことに気付いていないニルトが、瞬時と表情を一転させ、眉間を柔らかくし、気を許した相手に対応ように、口を開く。
「魔道具の髪飾りを付けたんだよ。ダンジョンで手に入れたんだ。どう? 可愛いかな?」
「そういうことではない。いや、ダメだね。詮索はよくないか」
「そうですよ。また今度にするのです」
「そう? よく分かんないけど、それじゃあ、作業に戻るね」
アーカイトに意識を移したニルトに目を凝らし、口を閉じ、眉を寄せ、不信感を募らせる恋理が、その理由を考えていく。
まるで魔物と初めて出会った時のようだ。
異様な緊張感がある。なぜだ。危険な作業ではないはずなのに、張り詰めた空気が漂っている。
黒い瞳を赤く染めたニルトの姿を目にし、直感から危険だと悟り、四基並ぶ机から距離を取る。
「ニルトくん。危険はないのだな?」
「うん。任せてよ」
「そうか」
そんな恋理の様子を離れたところから黒い瞳で見詰める初来愛が、ニルトの淡い魔力の輝きに気付き、自分には無い力を持っていると、密かなる胸の高鳴りを募らせ、制服の胸に両手をそえる。
その視線の先で身を屈めているニルトが、二人の様子に気付いた素振りもなく、ブロック状に粉々となった小さい石の欠片を視認し、それぞれに、赤い瞳を配る。
心の中で我に名を示せと問い掛ける。
すると、アビリティ実態鑑定が発動し、視線の先に、青い画面が浮かび上がる。
そこに書かれた文字を読み取るように、魔覚を鋭くさせ、瞳を左右に揺らす。
赤い瞳から淡い輝きが放たれる。
それぞれの破片の上部に文字が表示されていく。
黒い魔素が石の表面から飽和し、【冒険者モルベッドの欠片】に、【錬金士ソフチェの破片】と、【治癒士ガイの断片】の三種のピースを識別する。
「よし、始めよう」
種類ごとに分別していけばいいんだよね?
そう認識したニルトが、魔覚を研ぎ澄まし、五勘の全てを使って、不可視の手を作り出す。
両手をかざし、まるで糸繰り人形を操るかのように、視えない手で、一片ずつ取り出していく。
その都度スキル、調べる者を使い、赤く染め上げる瞳を大きく開く。
淡い輝きを手先から放ち、宙に浮かぶアーカイトの断片を受け皿に運んでいく。
その行為を目にする外野の二人には、宙に浮かぶアーカイトが映り、両目を大きく開く驚きの表情が向けられる。
「すぐに終わらせるからね?」
そう告げたニルトにしか分らない自己ステータス表示のMPゲージが、数十秒毎にパーセントずつ消費して、一五〇〇マージある魔力を徐々に減らしていく。
それはとても大きな労力を伴う行為。
スキルレベルが低いニルトにとって、今回の鑑定行為は、一般的に命を削るようなもの。
覚えのない力の意志。
全く分からない使い心地。
意識するだけで魔力が吸われていく。
本来であるならば、一回の調べで三マージほど消費するのだが、レベルがそこまで到達していないために、その十倍は消費に及ぶ。
常人ならば、数回発動するだけでも力尽きる作業。
そうした機微を認識するニルトの赤い瞳を瞬き、石の欠片に気を配り、小さい両手をかざしていく。不可視の手でつかみ、プラスチック容器に分けていく。
「凄いな。ワーレフを目指す者は皆がこうなのか?」
「違います。全員がこうだとは思わないでください。優秀なニルトだからこそできることなのです」
「そうなのか……」
魔力操作に長けたソーサリーである私でも、絶対できないのです。
そうニルトの作業を評する初来愛が、まるで有名人に出会った一般人のように、胸の高鳴りを抑え、胸元で両手を握り、作業の安全を願い、力を込めていく。
一年前にワーレフとしての資格を取り、若年のセミワーレフとして、周囲から天才と云われてきたが、ニルトの常軌を逸した行動を目にし、世の中には自分よりも凄い人が居るのですねと、驚く以上に嬉しく、是が非でも友達になってもらいたいという意思を募らせる。
その当事者であるニルトは、このとき密かに嬉しい響きを認知していた。
スキルレベルが激しく上昇する音鳴りを調べの力で感じ取り、その達成感に、口元を大きく引き寄せ、万感の笑みで、やる気を満たしていた。
MPゲージを大きく消費して、青く光る調べの板に、【治癒士ガイの断片】と書かれた文字を認識し、魔力で創った空想の手を伸ばし、つかんでいく。
嬉しい。
これでまだまだ強く成れる。
そう思案して、分別作業を終わらせていく。
「これで最後かな?」
残り一欠けらを不可視の手で持ち上げ、四角い平容器の中へとゆっくり置き放す。
額を寄せ、「ふう」と一息付き、体が重いとした魔力消費の疲労感を覚え、小さく肩を揺らす。
残り半分となったMPゲージを視界に収め、かざした両腕を下げる。
手をダラリとさせて、不意の直感から、天井に視線がいく。
「お疲れ様、ニルトくん」
「凄いのです。思わず見入ってしまったのです」
そう告げた二人が、アーカイトを確認するため、容器に注目したい意志力を高めていく。
「まだだよ!」
両腕を大きく広げ、注意を促したニルトが、魔物の気配を察知し、二人の動きを止めるけん制の魔圧を放つ。
その圧を感じ、身を畏縮させた二人が、眉を寄せ、ニルトに注目する。
平容器から次第に黒い霧が立ち昇る。
「どうした? 何があったんだ?」
「ニルト?」
「動いちゃダメだよ!」
二人の心配の想いに、ニルトが強い警告を言い放つ。
霧がアーカイトから吹き出し、一塊の魔素として、天井に収束していく。移動をするように渦巻き、徐々にその強さを増していく。
「なんだ!」
「恋理! 伏せるのです!」
「ああ!」
セミワーレフとして実績がある年下の友人の言葉に耳を傾けた恋理が、素直に床に屈み、黒い霧から目を背ける。
「ニルト、どうするのですか?」
風通しの無い部屋に冷たい空気が流れ、渦巻く黒い霧が、竜巻くように光を放つ。
それを赤い瞳で追うニルトが、緊張感のない眼差しで、独り言をつぶやく。
「ゴーストだね。すぐに処理をする」
「え?」
「はい、終わり」
赤い瞳が黒へと変容するニルトのひょう変振りに合わせ、青い光が周囲の黒い魔素溜まりを一瞬で飲み込んでいく。
「ケッケッケッ、ギャアー!」
遅れて何かの叫びが鳴り響き、部屋中に、恐怖の威圧とした波動を轟かせる。
しかし、それも一瞬のこと。
黒い霧から飛び出した何かの元凶が、青い魔素の光に変質していく。
それを瞳で追うニルトの心内で、ファンファーレが鳴り響く。
咄嗟に調べる者と唱え、青く輝くステータスを瞳に宿し、レベルが一から二へと上昇したことを知り、嬉しく、ほほを大きく引きつらせる。
「よし」
小さく勝どき、握り拳を作る。
回復した魔力ゲージを目にし、先ほどよりも大幅に増えていることに気付き、再び目元を緩ませる。
「闇よ。ボクの力に染まれ」
制服姿の小柄な体から淡い光を放ち、倍になったMPゲージの一パーセントを消費して、渦巻く周囲の闇を自分色に染め上げる。
立ち上がる恋理にも判るほどの輝きよう。
淡い青の光が空気に溶け込み、清涼感ある香りを漂わせる。
黒い髪を解き、つややかになびく茶金の髪を、肩から流す姿に変容するニルトの容姿を捉えた初来愛が、胸元で握っていた両手を解き、「はあ」と、小さく感嘆とした息をつく。
「ふん、ふん、ふん」
鼻歌を奏でるニルトが、リズムよく身体を揺らし、レベルアップ効果で軽くなった喜びを表現する。
素敵です。
そうした想いでしか表現できない初来愛の憧れ顔に向け、恋理が状況を察し、眉を晴らして、嬉しそうに肩を揺らすニルトに声を掛ける。
「さて、ニルトくん。状況を説明してくれないだろうか?」
ブブブブブ。ブブブブブ 。
恋理のつぶやきの後に、誰かの携帯電話のマナーモードが、バイブレーションの音を響かせる。
修正履歴のメモ。
2024/11/16 誤字修正。段落を空ける。
2024/12/1 過去形の「いった」を進行形の「いく」などに変更。なぜかいっぱい過去形でした。また直すかもね。
2024/12/24 全体的に修正したかも。なんかまだ変な気がします。
2025/6/30 全修正完了。次は9話に移ります。
2025/8/10 また修正しました。
なにかミスがないか心配です。
段々とギャグがなくなってきたので、困っています。