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4/24

第4話 髪飾りで強くなったね

2024/9/4 投稿完了


ブックマーク、できたらお願いします。

評価していただけると、なお助かります。

 ベッドの縁に座っていたボクは、腕時計を確認する。


「6月8日、午前3時21分」


 身体が熱くて節々が痛く、とても気分が悪い。

 さっきまで無理をしたせいだ。


「はぁ。なんかやる気が出ないね」


 アンニュイな気分を胸に押し込めて、クマさんのスリッパを脱ぎ、ボクはいつものように備忘録を書きまとめるために、背の高い椅子に腰を下ろす。


「よし、書くか」


 書き込みの宣言。

 その後に、「ふぁ」と、小さくあくびをしたボクは、それとなくペンギン柄のフードを脱ぎ、真白の紙に手を付ける。


「書こうかな?」


 でも、なんか気が乗らない。


「うーん」


 長い毛がじゃまだし。

 前髪が鼻に当たってかゆい。

 なんだか憂うつ。

 近くにある置き鏡を手前に持ってきて、雰囲気が暗い自分の顔を見ながら、ブラウンゴールドの肩まである髪を束にして、両手で握り、ツインテールにする。


「ふぉっ、ふぉっ、ふぉっ。おばけだぞー」


 鏡に映るどこか幼い容姿から、エメラルドグリーンの瞳を見詰め、整いすぎた輪郭を乱すかのように、つかんだ左右の髪を揺らし、男だった頃の感覚と違った気分を堪能する。


「毛先が長いといろいろと不便だね。うーん。そうだ!」


 あのジジイから手に入れた髪飾りがあったね。

 ボクは足の届かない椅子から飛び降りて、クマさんのスリッパを履き、カーペットの床をパタパタと歩く。

 ベッドの隣の床に置いてある、大きなアイテム袋を両手で持ち、左手を差し入れる。


「ここにあった気がしたんだけど……」


 左腕を深く入れたまま、「どこだったかな……」と、困った風に声を出し、ふとした直感から、「あれ?」と、麻布風だった生地が、薄いピンク色の生地に変質していることに気付く。

 風合いもゴムのように伸びるし、手触りも柔らかくなっている。


「不思議だね」


 仕舞った物がどこに入っているのかも分かるようになっている。

 ここにプリプルンの素材があるとか、これは高そうなドレスだとか、まるで棚から本を取り出すかのように、そこに手が届いている感覚がする。

 なにか理由があるのかな?

 アイテム袋の側面にある青く光る保存石を動かすための回路とした模様も、変化しているように見える。

 幾何学的に陣模様とした形をしているけど、以前はもっと線が細く、すき間が多かった気がする。


「うーん」


 まあ、気にしても仕方がないよね。


「あっ、あった、あった!」


 これこれ。

 百種類は軽く超えていそうな中から見つけたボクは、二つ同じ形をした髪飾りをつかみ取る。

 手のひらに乗せると、魔素がゆらゆらと揺れている。

 留め口を引っ張ると、ゴムのように伸びて、容易たやすく形が変わる実用性を備えている。

 その中心に、花の意匠を凝らした黒い宝珠が備えられている。


「可愛いデザインだね」


 バラの花かな? これで髪型をツインテールにできたら、暗い気持ちも晴れるかもしれないね。

 髪飾りを通すため、右手の先で留め口を開き、左手で髪の束を握り合わせていく。


「ん?」


 突然、キーンとした音鳴りが聴こえてくる。髪飾りが震え、右手の中で暴れ出す。

 次第にその震えが強くなり、持っていた物を床に落としてしまう。


「あ」


 思わずボクは、落ちた髪飾りを拾うため、急いで屈み込む。

 カーペットの床を探して行くが、見付けることができないでいる。

 不思議に思ったボクは、別の場所に目を向ける。


「ん?」


 不意に違和感を覚えたボクは、顔を上げ、髪の毛が浮き上がっている事に気付く。

 次第にさわさわとした触感が頭皮全体に広がり、怖くなったボクは、急いで置き鏡の前に歩いていく。


「あわわわ……」


 どうしちゃったんだろう。

 背の高い机に背伸びをして、置き鏡を持って、顔に近づける。


「なにこれ?」


 エメラルドグリーンの瞳が黒くなっている。


「じゃなくて」


 ブラウンゴールドだった髪も黒くなっている。長い髪が短く後ろで二つにまとめられている。


「これ」


 お団子頭だ。


「どうして?」


 髪飾りが勝手に髪を整えてくれたってこと?


「うーん」


 不思議。

 前にもこういう事があったけど、この世界でも同じことが起きるんだね。

 なんか嬉しいな。こういうの。


「えへへ」


 気分が少し晴れたボクは、クマさんのスリッパを脱ぎ、足の届かない椅子によじ登る。

 正面を向き、腰を落ち着かせ、ボールペンを右手に持ち、用紙にペン先を走らせる。


「えっと、まずは」


 二日前の午前九時から書き始めよう。





 ボクは早朝から探索の準備をして、すぐにアザーサウスゲートダンジョンの十階へと向かうことにした。

 エリア管理者の部屋がある建物の中を歩いて、ゆっくりと物見遊山を楽しんでいく。

 内装はギリシャの神殿のような造りで、探索者との戦いの歴史があるとするテーマを、絵と石像で表現している。それらが通路の壁に備えられ、時系列的に並べられている。

 その奥へと続く先に向けて歩いていると、突き当りの扉に差し掛かる。

 巨大な門のような扉絵が、目の前に広がっている。


「ふーん」


 こういったボス部屋は、地下で見た扉と同じ造りをしているんだね。

 ボクの身長の何倍もの大きさで、石堀とした絵が刻まれている。

 端々にも覚えがある文字が見える。記憶にあるシルフェリア語の表記に間違いないだろう。

 丸みを帯びた絵文字があちらこちらに刻まれている。


「もう少し離れてみるかな」


 程よい距離から壁絵を眺め、全体を一度に見ることにする。

 まずは色と形だね。

 白いキャンパスの背景に、大きい二足歩行の赤い牛の絵が掘られている。

 黒の兜と鎧を装備して、万歳と両手を上げている。

 頭は大きく、牛とした口を開いている。

 左右の片扉には、大きく剣と杖の絵が掘られている。

 それぞれ黄色とした輪郭線で表現し、背景には、ローマ神殿様式のような内装が描かれている。

 黒は基本色。

 特に意味はなく、他の色との比較ができる。

 赤は危険色。

 その存在自体に注意しろという意味が込められている。

 黄色は注意の示唆。

 財宝や奇跡を表し、報酬の意味が相応しい。

 大きな絵図にはそれなりの意味があり、小さい表現には、そうしたことがあるとする確率的意味合いが含まれている。

 そういった点を踏まえ、扉絵の下部に描かれている文字を読み取っていく。


「オレはミノタウロスの英雄アクロベガスだ。蛇人族の盟友メデュルガの召喚に応じ、オレは第一の誓言を守っている」


 なんか意味深だね。

 メデュルガという蛇人族の人も、いずれはどこかで出てきそうな気がする。

 続いて、上部に書かれている文字を読み取ってみる。


「オレは最強の戦士。だから挑戦者たちに選択肢をやろう。右の片扉から開けた者には力で勝負。左の片扉から開けた者には呪いで勝負。左右同時に開けた者には、最大級の持て成しをやろう」


 意訳するとこんな感じかな?


「うーん」


 ボクは両手を腕組み、首を深く傾ける。

 攻略ガイドブックの記事が気になり、バックパックから本を取り出していく。


「えっと。天空の街オベリスクのエリア管理者はっと。ん……、あっ、あった、あった」


 ふむふむ。

 どうやらこの資料を作った人たちは、扉絵の秘密に気付いていなかったみたいだね。

 ミノタウロスには二パターンの戦略があるとした、戦法論が書いてある。


「だとすると、左右同時に開ける方法は、誰も知らない三パターン目になるようだね」


 杖なのかな?

 それとも剣なのかな?

 はたまた未知の選択肢なのかな?


「うーん」


 どうしよう。

 扉絵を見る限りだと、報酬が良くなるメリット以外は、意味がないみたいだね。


「最高のお持て成し、……ね?」


 すでに心の中で決断をしていたボクは、攻略資料を仕舞い込み、装備確認のための指差し呼称を実施する。


「緑の耳付きクマさんヘルメットよし。緑の新品のプロテクターとブーツよし。緑のフォースロッドよし。快癒ポーションと毒消しファースト軟膏エネドリよし!」


 うん、よろしい。

 気分は某アニメに出てくる公国ロボット戦士その者。

 少し特徴があるクマ耳がポイントだよ。

 昨日と違い、緑一色。

 白い天使をやっつける、オールドマンヒーローだ。


「いくぞ!」


 声を上げ、気合いを入れたボクは、巨大な門の前に近づいていく。


「オーバーウィル!」


 虹色の羽を広げ、本気モードになる。

 左右の片扉に左手と右手を全く同じタイミングで触れて、一気に力を加えていく。

 すると、巨大な歯車が大きな音を立てるかのように、足元の地面を小刻みに揺らしていく。





 午前一一時。

 白い神殿とした敷地に長い柱が立ち並ぶ。

 その中央に光る五芒星の陣が、白い石造りの床上に、太い線の光で表現されている。

 それらはまるで赤い輝きを放ち、おおよそ二〇メートル先の白い天井を照らしている。

 そんな場所にニルトは、緑色の全姿を虹色に輝かせ、「誰かいないの?」と、視線を下に向け、けん制とした声を放っていた。

 あと一歩踏み込めば管理者を召喚すると書かれた呪いの魔導陣が起動する。

 そうシルフェリア語で書かれた陣模様を解読したニルトは、虹色の羽を広げ、フォースロッドを片手に、首を傾ける。


「うーん」


 ここの敵は強いのかな?

 地下のダンジョンに居たオークと同じくらいの圧しか感じないけどね。

 そう考えを心内で漏らしたニルトは、右足を一歩前に出し、光る魔導陣の赤い領域へと足を踏み入れる。

 すると陣から赤い光が消え、何かの照明がホール全体を明るくし、ニルトの足元から煙が立ち込める。

 次第にそれらは天井を覆い尽くし、巨大な黒い影を生む。

 その影が五メートルほど巨大に成長し、人型となり、天井を見上げるように、大きい口を開ける仕草をする。


「ウォオオオオオオーン!」


「ひゃ」


 ニルトの不意を付き、鳴き声を放つ。

 そのじゅうとした大声が不快と感じ、右目を閉じて眉をしかめる。


「ウォオオオオオオー!」


 うるさいな。

 弱いくせに、格好だけ強そうにして。

 生意気だよね。

 そんな風に、驚いたことを根に持つニルトの目の先で、煙が次第に晴れて行き、黒い影の全容が明らかになる。


「オォオオオオオーン!」


 牛頭で筋肉隆々マッスルポーズを決める巨人の姿が形になる。鉄の兜と鎧を装着し、牛とした頭を持つまるでミノタウロスが、フロア全域に騒音を轟かせている。

 天井に両腕を掲げ、扉絵に描かれた万歳のポーズを取る。


「アクロ、ベガス」


 暑苦しく名乗りを上げ、ドヤ顔とした風に巨大な瞳を動かし、小熊風の姿をしたニルトに視線がいく。


「むう」


 なんか腹が立ってきた。

 怖くないもん。

 そう心持ち、不満の気持ちを押し込めたニルトが、一度だけほほを膨らませ、口を開く。


「ボクはニルトだよ」


 冷静と、作り顔とした笑みを浮かべ、自己紹介。

 可愛くほほをつり上げ、愛嬌ある晴れた瞳を牛の魔物に向ける。

 しかし、アクロベガスは戦いにしか興味がない様子で、大きな口をつり上げ、ニルトの四倍はありそうな巨体を反らし、天井に向けて、大きく口を動かす。


「イクゾ! ムゥウン! ゼン! ハ! ウォオオオオオオーン!」


 戦いの雄叫びだろう。両手を上げ、胸を張り、上空に向けて、牛とした口から火炎を吐く。

 その力を千覇と呼ぶのか、まるで一軒家を瞬時と灰にできそうなほどの火力を中空に解き放つ。

 直径一〇メートルほどの火炎が上空に打ち上げられ、不思議と消えることなく、天井に集まり、アクロベガスの口が閉じられた瞬間、業火球としたまとまりを作り、徐々に落下する様相となる。

 アクロベガスの手前に向かっていく。

 その刹那の間に、炎の体積が膨れ上がるように広がりを作り、炎の威力が増していく。

 揺らぐ炎の球体が石床に接地。

 まるで水の雫が水溜まりに落ち、波紋を広げるかのように、豪快に炎がうねりを上げて広がりを作る。アクロベガスの身長を超える炎の壁が作られる。

 爆風とする音を伝え、その灼熱とする炎の壁が、広域へと拡散されていく。

 自身の炎に完全抵抗のアクロベガスに向くニルトが、片ほほだけをつり上げ、苦笑いを浮かべる。

 虹色の羽を全身に包み込み、正面から炎の圧を受け止める。

 巨体をバネのように沈み込ませるアクロベガスの動きを意識して、ニルトは残火を片羽で振り払う。

 その合間にアクロベガスが上空へと跳び上がる。

 その様子を心内で察知していたニルトが、羽でなにかできないかを思案し、次の攻撃を予測していく。

 一三〇センチある身長よりも三倍ほど大きく羽を広げ、虹色の輝きを強めていく。

 アクロベガスの巨体が強烈な着地音を轟かせ、その反動を利用し、右拳をニルトに突き出していく。

 その瞬間、虹色の羽の輝きを明滅とさせるニルトに、乾いた音が轟き出す。

 羽に拳が突き刺さり、その腕を引き抜くアクロベガスの、「フン!」とした、鼻息の鳴り響きと同時に、左の拳が突き出される。


「羽よ、守れ!」


 ニルトの一声に、羽の厚みが増し、アクロベガスの拳から伝わる力と重なり、瞬時に鈍い音を響かせる。

 ズドンとした轟が空気を揺るがし、その場に鋭い風圧が流れていく。

 そんな威力のけん突きが、羽に何度も打ち付けられていく。


「カノチ、ベノ、モトメヨ、――ゾウッ!」


 突然、アクロベガスが魔術の詠唱を言葉にした。

 振り上げた左拳に光が収束し、武器のような虚像を創り出す。

 アクロベガスの左手に双刃の斧が突如と出現。

 そのままニルトに向けて一直線に振り下ろされる。


「羽よ。ボクの全てを守れ!」


 咄嗟としたニルトのつぶやきに、振り下ろされた双刃の斧が羽の守りと接触していく。

 その反響が轟き、反動で生まれた衝撃が風を起こす。

 その風圧を打ち消す虹色の羽が、ニルトの全姿を包み込む。

 アクロベガスの右拳も防ぎ、左手から振り下ろされる双刃の斧からの斬り付けも弾いていく。

 まるで金属が重なり合う音を響かせ、その衝撃音と共につむじ風を引き起こす。

 間を置かず同時に、アクロベガスの右拳が振り上がる。

 唐突に魔力で拳をコーティングし、巨大な五本の指を黒く染め上げ、すでに打ち付ける動作に入った右の拳が、鉄と思わせる固い音を響かせる。それら左右の衝撃で、ニルトの羽を揺らしていく。


「なかなかやるな!」


 ズンとした右拳の残響を響かせる。

 カチンと鈍ったように、斧刃が接触する音を轟かせる。


「フッ、ハッ!」


 双刃の斧と右の拳。左右一撃毎に空気を震わす音を響かせる。アクロベガスが鼻息を鳴らしながら勢いを上げていく。

 そうした攻撃の対処に、羽の厚みを高めていくニルトが、全身を均等に包み込む虹色のバリアを形成する。

 打ち付けられる攻撃に、淡い光の残滓を発散させ、その都度ニルトの体を守るバリアの外殻が震えていく。アクロベガスの振り下ろされる攻撃に反響する。

 伝わる重圧が地面を震わせる。

 アクロベガスの息づきと、ニルトの守りの振動が、周囲の空気に反響し、赤い火花の煌めかせる。


「はああああ」


「オオオオオオオオオオー」


 ニルトの守りの壁が石床に食い込み、その重たい反動を足に伝え、一歩ゆっくりと前に踏み込む。

 アクロベガスの怪力に正面から立ち向かう。

 右の拳の一撃、左の斧の一撃と、様々な揺れが風圧となり、ニルトの前髪をなびかせ、その都度前へ前へと、足を踏み出していく。

 あたかも力でねじ伏せろとしたニルトの意志があるかのように、徐々に身体を包み込む虹色のバリアを大きくさせて、一歩また一歩と、前進を続けていく。

 アクロベガスの巨体が後退し、攻撃の手が止まる。

 その瞬間をニルトは逃さない。


「これで決まりだ! くるくる反しだ!」


 反撃の思いとした叫びに呼応して、虹色の守りが二枚の羽に変容する。

 力は繰り出された数だけ反射となる。

 それが、妖精の羽に備わる特性の一つ。

 奇跡の力として秘められた能力の一端になる。

 そう認識するニルトが、超然と相手の巨体をのけ反らせるように羽を広げ、長く大きく弧を描き、まるでスクリューのようにねじ曲がっていく。


「オオオオオオー!」


 絶叫を告げたアクロベガスが、羽の回転に押され、螺旋の衝撃に飲み込まれていく。中空に横転し、数度回転を繰り返し、奥の壁際に叩き付けられる。

 壁に亀裂が生まれ、五メートルほどの巨体が倒れる音を響かせる。

 すぐに体勢を立て直すアクロベガス。

 牛の瞳を鋭くさせ、その怒りとした意志を巨大な鎧に隠れた胸筋きょうきんに集めていく。腕を広げ、大きく口を開き、吠えるように声を出し始める。


「オオオー! ユルサン。ユルサンゾオオオー!」


 両腕を高く上げ、激しく場を乱す魔力の波の残響を轟かせる。


「羽よ、飛べ!」


 上空へ身を浮かべたニルトが、虹色の羽を広く開放し、その身を中空で静止させる。

 試したい。

 この力を使ったらどうなるのかを知りたい。

 そう追撃の思いを募らせ、口を上下とする。


「これならどうかなあ? ドクドクの羽だよ!」


 告げ終えた瞬間、虹色の羽からまるで粉雪のような白い輝きが現れる。

 それらは鱗粉のようで、砂煙のように、例えることのできない光る姿を表現していく。フロア全体に降り注いでいく。

 すでに体を低くし、両足に力を貯えるアクロベガスが、天井近くに浮かぶニルトに向け、上空へと跳躍する。


「フー!」


 そのまま双刃の斧を両手で握り、振り上げる。


「ブフォ」


 突然、力を無くした風に、振り上げた腕を下ろしたアクロベガスが、そのまま地面へと落ちていく。

 ニルトの毒の効果によって、その巨体が崩れ落ち、床に激突するすさまじい音を響かせる。赤茶色の皮膚が徐々に黒く乾いた姿へと変ぼうさせていく。口から赤い雫を垂らし、咳き込むように身を震わせる。


「ゴフォッ」


 血を吐いたアクロベガスが、巨体を揺らし、そのまま煙となって消滅していく。


「やった」


 ニルトが羽を小さくさせ、ゆっくりと石床に足を付ける。

 あっけないね。

 そうした思いとは裏腹に、小さく拳を握り、勝鬨を上げたニルトが、青緑の瞳を細め、アクロベガスに敬意を払う。

 しばらく瞳を閉じ、開け様に、アイテム回収のため、小さな足を動かしていく。


「あれ……」


 しかし疲れが出たのか、突然の立ちくらみ。

 足を止め、鼻が痛いと感じ、口に手を当てる。


「血だ」


 赤く彩る指先に着いた少量の体液を目にし、突然と瞳の色を虚ろとさせる。


「コフッ」


 咳き込み肩を揺らす。

 あれ? とした風に、その場で身を崩す。


「そんな……」


 まさかボクも毒に充てられるなんて。

 そう思いを心内に告げ、馬鹿みたいと不安を募らせ、そのまま石床に身を崩し、意識を手放していく。



**



 エリア管理者の戦いの最中に意識を失ったボクは、いつの間にか夢の中の遠本弾矢に取り込まれていく。


「弾矢さん、聞こえていますか?」


「ん?」


 一瞬の間だけ意識を失っていたオレは、今まで何をしていたのかを思い出すために、声のした方向に振り返る。


「いつものように作戦を立ててもらいたいのですが?」


 眼鏡のレンズを輝かせている槍樹流兎が、オレに期待の眼差しを向けている。

 金属ナックルに噴出孔が付いている【フォースシューター】を両腕に、その右腕を前に出し、先に居るはずの魔物に意識に向けている。


「ああ、すまない。もう少し時間をくれないか?」


「ええ。急いでくださいね」


 ここはどこだ?

 オレは自分が置かれている状況を確認するため、周囲を見る。

 宮造りの覚えがある通路。

 木造りと錯覚してしまうほど精巧に模倣された板張りの床に、吹き抜けの回廊の外から、水気の匂いを漂わせる。

 霧立つ湖面が遠くまで続き、その奥を別の回廊が在る様子が見えてくる。

 夜空と偽装された天井に浮かぶ満点の星々が光源となり、和風様式の通路を淡く青い光で照らしている。

 今は赤い満月の時。

 そう認識に要した数秒に、オレは仲間六人と【月黄泉】ダンジョンの罠部屋に入る手前の通路に居ることを理解する。魔物の吹き溜まりとなるモンスターハウスに着いたばかりで、今から突入するために、全員でタイミングを計っている。

 ああ、思い出した。

 ここはいつものレベル上げに使っている場所だ。

 オレは背後の仲間たちに向けて、作戦を伝えていく。


「プランEだ。前衛はオレと厳永。後衛は小咲美と手麻里。センターは流兎。そして、後衛の護衛に環太郎と筒美さん。突入直後はオレが前に出るから、皆は適度に散開し、距離を取って領域を確保」


「うむ」


「分かったよ」


「いいわよ」


「任せてください」


「おっしゃぁあああ!」


「はい」


 満月になると、モンスターハウスのトラップがより強力になる。

 魔物の配置パターンが決まっているため、すでに学習済みのオレたちには、容易な戦闘になるはずだ。

 だがいつもよりも経験値が旨いため、早く戦いたいという意識力が焦りを生み、武器を構える全員から、緊張感が伝わってくる。

 月が欠けるとその瞬間に戦う意味を失ってしまうため、おそらくそうした焦りが心配を生み、皆がオレの合図を待っているのだろう。

 オレは吹き抜けの霧立つ武家屋敷風の通路の出口に向けて歩き、奥が見えない部屋の入り口の前で足を止める。「行くぞ」と、小さく声を放ち、走るように突入していく。

 まずはアタッカーのオレと厳永が前に出る。濃霧の中へと走るように、足を動かしていく。

 踏み付ける部屋の仕切りから、魔物が出現するラインを超える。すると、天井から光が差し、煙が立ち込め、周囲の全容が明らかになる。

 オレはフォースロッドに魔力を通し、両腕の神経をフォースとリンクさせていく。

 折れやすい刀をイメージし、目の前の【小鬼】に近づいて、一メートル手前で意識を高め、スピードを落とさず、間合いの外からタイミングを合わせ、一気に振り下ろす。


「はぁあああー!」


 マナウェーブの伝導が上段から放たれる半月の斬撃を生み出し、背の低い小鬼の皮膚を切り裂く。すかさずオレは詰め寄り、ロッド先をソードのようにイメージし、すぐにフォースの形を変え、長い両刃にする。

 そのまま連戦の疲れを意識する加減で、小鬼の頭部を一打にする。


「ギ……」


 体長一メートルほどの敵が煙となる。

 敵の注意を引き付けるためにオレは、「うぉおおおぉおおおー!」と、気合いの大声を上げる。

 その後の戦いは順調に推移。

 襲い来る一本の角を生やした鬼の魔物と戦いを繰り広げていく。

 正式名称、【餓鬼】。

 魔力の爪を使い、接近戦闘を仕掛けてくる。

 その他にも、子犬の魔物、【レッサーハウンドドック】が出現する。

 稀に蜘蛛の魔物、【スモールスパイク】が天井から吊り下がり、魔力の通った糸を吐き、襲い掛かって来る。

 それらを一つずつ仲間と処理して行き、一時間ほどで戦闘を終えたオレたち七人は、今日の探索を終え、ダンジョンの外へと向かい、管理局の門にたどり着く。そこで帰還の報告を済ませ、個室でステータスの更新を行う。


「はい。遠本弾矢さん。がんばっていますね。レベルアップ。おめでとうございます」


「ありがとうございます」


「こちらがステータスシートになります。お確かめください」


『名称:遠本弾矢 クラス:ネイチャー

 レベル:15

 HP:376/376 MP:25/25

 戦闘力:485

 攻撃力:51 防御力:46 抵抗力:42 

 力感:48 知感:42 速感:46 幸運:42』


「よし!」


 魔力量が6も上ってやっと20を超えた。


「ふふ、嬉しそうですね」


「はい。おかげ様で全ての能力値が基準を満たしました。これでやっと試験が受けられます」


「ええ、確かにそうなりますね。プロ試験を受けるためには、全ての能力値が二十を超えた場合にのみとなっております。満十四歳以上。年齢制限にも問題はありませんね。弾矢さんは学生なので、千城学園様の方で公表されるかと思います。専属の先生方の指示に従い、応募していただければ問題はないかと思います」


「はい、そうさせていただきます」


 次の試験日はおそらく夏休み明けだ。

 当日の試験は、書類審査に簡単な筆記とダンジョン実習になる。


「他に何かご要望はございますか?」


「いえ、大丈夫です」


「それではご退室のほど、よろしくお願いします」


「ありがとうございました」


 オレは部屋を出て、待合室に向かい、全員の帰りを待つ。

 そうして家に着き、夕食の時を迎える。


「カンパーイ!」


 リビングの大広間。

 全員でレベルアップをしたことを祝し、急きょ豪勢に二台のホットプレートを使って、焼肉パーティーを行うことにした。


「今日は私からのちょっとした祝いだ。皆はじゃんじゃんと食べてくれ」


「まずは肉ぜぇな。肉を焼くぜぇろ」


「おい環太郎、少しは遠慮しろよ? すいません、剣さん。いつも夕飯をごちそうになってしまって」


「構わん。弟の友人だ。遠慮はいらんぞ? それに肉ならまだ沢山ある。私たち家族では食べきれないほどになあ。なんだったら家に持ち帰ってもいいのだぞ? 一人暮らしは大変だろうからな」


「ありがとうございます。あっ、厳永! お前は肉を食べろ! 野菜ばっかり取るんじゃない!」


「うむ。わしは油っぽいものが好かん。だったら赤身の多い牛肉が欲しいわい」


「贅沢過ぎるわよ! 厳永、これ特級の神戸牛よ? 一〇〇グラム一万円もするのよ! 分かって言っていんの!」


「うむ、能富こそ解っておらんな。赤身にこうやってニンニクを大量に付けると体にいいのだぞ? うむ、美味い!」


「くっさ。いい加減にしなさいよ! 明日学園で全員に嫌われるわよ!」


「手麻里ちゃん。これでも食べて落ち着いてください。美味しいですから。はい、あーん」


「あーん、はむ。んんんー、なにようこれ! 美味しいわね! 砂子、一体何を食べさせてくれたのよ!」


 みんな楽しそうだな。

 それに比べてこっちは少し元気がない。


「朱火。あまり食事が進んでいないようだが、どうしたんだ? 身体の調子でも悪いのか? 今日は大好きな焼肉だぞ?」


「えっ、えっと……。き、緊張して、その……」


「朱火ちゃん、朱火ちゃん。良かったら取ってあげようか? お皿、借りるね?」


「う、うん。ありがと、小咲美ちゃん」


 朱火は人見知りが激しい。こういった集まりの場は苦手なのかもしれないな。


「豚肉と牛肉と、ウインナーに、それとカボチャに」


 小咲美は昔からの顔見知りで、馴染みがあるからなのか、懐いているように見える。


「おしゃあああ! 肉ぜぇろ。どんどん追加するぜぇら!」


「ひっ」


 特に大きな音に敏感で、どうにも環太郎のような健常タイプには、怖がっているようにも見えるな。


「環太郎。朱火ちゃんが驚いているだろう? 少しは周りのことを考えろ。朱火ちゃん、ごめんね。後でこいつに言い聞かせるから」


「う、うん」


「あ? ああ、すまんぜぇら。朱火ちゃん、ごめんぜぇろ。今度から少し気を付けるぜぇら」


「ん、わかった」


 どうやらオレの思い違いだったらしい。

 朱火は嫌いな人には一切近づかないからな。

 話をしない態度を取る。


「さあ、遠慮はするなよ? 流兎くんも環太郎くんも、肉を食べたければ食べたいだけ焼いてくれればいい」


「ありがとうございます」


「うす! ゴチになるぜぇな!」


 なんかいいな、こういうの。

 仲間と一緒に騒ぎながらの食事。

 特定の誰かと組まずに戦っていた頃からしたら、考えもつかなかったことだ。

 咲久お婆ちゃん。

 オレは今、とっても幸せだよ。



***



「うっ、はらへった」


 肉をいっぱい食べた夢のせいで、お腹の虫が鳴ったみたい。


「ここはどこ?」


 体中が痛いんだけど。ベッドの上じゃないよね。


「焼肉が食べたいな」


 ダメだ。

 お腹が空いて力が出ない。

 重たい体を起こそうとしたボクは、ヒンヤリとした冷たい石床に右手を付け、無為に体を起こす。


「よいしょ」


 立ち上がってから光を求めるボクは、魔術の詠唱を開始する。


「光よ。我、ニルトが紡ぐ。火の星の力を求めよ。我が思いに応え、この世の全てを照らせ。魔術よ、展開せよ」


 これで明るくなるのかな?

 一応は光の術なんだけどね。

頭上に魔力が集まっていく。

 そこから光の玉が生まれ、徐々に大きさが増していく。

前世で知る座標空間から召喚されてくる輝きが広がり、周囲を明るくし、石造りの神殿様式とした様相が見渡せるようになる。

 上手く行ってよかった。


「あっ、そっか」


 この場にミノタウロスが居たんだったね。忘れていたよ。

 ボクはまぶたを閉じ、御覚と共覚を鋭くさせ、体内のマナを操り、外気の魔素を制御して、光の度合を加減するべく、光源の丸い輝きにフィルターをするように、薄い魔力の膜を生み出す。目に優しい光量に調整していく。


「これでいいかな? えっと、ドロップアイテムは……」


 あった。あった。

 床の上に落ちているね。

 青い石が置いてある。

 結構大きいかも?

 あれは杖かな?

 それと、鑑定石もあるね。

 バックパックを脱いで、アイテム袋を取り出し、歩いて近づき、魔力石を無造作に放り込む。

 ペンライトのような杖を右手で持ち、「これはなに?」と、赤く太い先を天井に向ける。

 無為に魔力を通すと、真空ポンプから空気が出たような音を響かせ、ガスバーナーのような火が吹き上がる。


「へえ」


 これ知っているよ。【イメージシェイプロッド】だね。

 夢の中で理道小咲美が使っていた物と同じタイプの武器になる。

 とても貴重な物で、魔力を使い、イメージした物を変換し、ロッド先からエネルギーを放出する魔導具になる。

 使い方も簡単だ。

 赤く透明で丸い石のような先端に顔を当て、毒を消す効果を思い浮かべ、「ポイズンヒール」と声にする。すると、杖の先端の部分が緑に光り、ボクの気分をスッキリとさせてくれる。

 ああ、気持ちがいいね。

 なんだか疲れが取れるみたいだ。


「癒される……」


 ようやく意識がはっきりとしてきたよ。

 どうやらボクは、戦いに勝って、勝負に負けたんだね。


「ふう」


 もういいかな?

 杖をアイテム袋に仕舞い込み、残った鑑定石を両手で握る。

 折り曲げるように力を入れると、魔力が吸われ、石の真ん中の鏡のような平面に、シルフェリア語が表示される。

 ボクはそれを読み上げる。


「汝の精、命の灯に宿るは。うーん……、分かんないやあ。読みづらいね」


 つまり、何が言いたいかというと。

 生命力が残り4しかない。

 魔力が57269ある中の一割ほど消費中。

 攻撃力が1096ほどで、防御力が1394ほどある。

 種族が人族系。

 種別かな? 18に属している。

 レベルは53。クラスはネイチャー。


「こんな感じかな?」


 前よりも強くなっている。

 でも生命力がない。

 なにかの原因でもうすぐ死んじゃうのかもしれないね。


「お腹が空いた」


 そうだよね。

 空腹のせいだよね。きっと。

 何かを食べれば生命力が回復するよね。

 ボクは水筒とお弁当をバックパックから取り出す。

 刻みピクルスにマヨネーズと、シーチキンを合わせた缶詰パンのサンドイッチ。

 上手くできているかな?

 早速食べてみようね。

 硬い石床に座るボクは、使い捨てのナプキンをバックパックから取り出し、両手と手首を素早く拭う。

 弁当箱からサンドイッチを取り出し、ラップを外していく。


「こんな状況だけど、お腹を満たしてくれる食事には感謝だね」


 ボクは前世から行ってきた食事の挨拶として、簡易的に祈りを捧げるために、まぶたを閉じ、両手を重ねる。


「今日の糧に感謝して、いただきます」


 挨拶を済ませたボクは、閉じていたまぶたを開けて、缶詰パンを半分にしたサンドイッチを右手でつかみ、口に含む。

 いい味だね。

 すっぱいけどオーソドックスにマヨネーズの風味が効いて、ツナとパンが良く馴染んでいる。

 空腹の身体には丁度いいボリューム感だね。

 ぽりぽりと口から音が漏れる。

 美味しい。

 これで体力が回復するといいよね。

 そうだ。

 今なら回復した数値が分かるかもしれないね。

 一つ食べ終えたボクは、新たにサンドイッチを左手で持ち、口を動かしながら、置きっぱなしの鑑定石に右手をそえる。

 すると、表面の文字が変わり、新しく数値が更新される。

 思った通りだね。

 生命力が238まで回復している。

 予想通りだよ。

 お腹が空いていただけだったんだね。


「ごちそうさま」


 もう無くなっちゃった。

 ボクは水筒の蓋を開け、その中に水を入れていく。

 縁に口を付け、ゆっくりと流し込み、のどを潤していく。



****



 6月6日。午後一〇時を過ぎたところ。

 ボクは人生最大の危機に直面していた。


「どうしてなのかな! なんで扉が開かないようになっちゃったの!」


 入り口だった壁の前に立ち、小さな右手を叩き付け、ニルトは大声を張り上げている。


「まずいよ! このままじゃまずいんだからね!」


 手足を何度も壁に充て、緑の耳付きヘルメットから覗くエメラルドグリーンの瞳をウルウルとさせる。

 中空に浮かぶ魔術の光を煌めかせ、ほほに伝う涙の雫を輝かせる。その様子が幼い顔のニルトをより一層幼くし、辛い焦りとした感情をより色濃く表現していた。


「どうしよう。このままだと家に帰れないよう」


 夜中におばけが出ると資料に書いてあったことを思い出し、ニルトは必死の思いで帰る算段を思案する。

 帰還石は持っていないよ?

 だったら転移装置はどこにあるのかな?

 ああ、そうだった。

 転移エレベーターがある部屋は、入り口の外からじゃないといけないんだったね。

 だったらどうしよう。帰れないのかな?


「うああああん。おしっこがしたいよう。怖いよう。ダンジョンの馬鹿やろうぉおおお!」


 喚く後に、「ファック、ファック!」と叫ぶニルトが、壁の前でうなだれるように身を屈める。


「うぅ……、仕方がない」


 その場でプロテクターを外し、緑のインナー姿になり、柱が立つ西角に移動を始めていく。

 誰も居ないと分かっていても落ち着かない。

 そんな気恥ずかしい想いを心内で飲み込み、緑の靴を脱ぎ捨て、ズボンと下着をその場で下げていく。下半身だけ生まれたての姿になり、屈んで欲求を解放する。


「あー……」


 そんな風にして、しばらく。全身フル装備のニルトが階段を上り、次のフロアへと向かっている。

 螺旋の段差を登り、徐々に角度を変える幾つもの足場を踏み付けていく。その流れに違和感を覚え、登り切った先の出入口で足を止める。


「なに? ここ……」


 重力が横転した十一階層の超空回廊。

 あらかじめ資料に目を通していたニルトは、情報通りの光景を実感したところで、両目を大きく開く驚愕とした表情を浮かべる。暗い夜空とした遠くの先に、青緑の瞳を向ける。


「なんだか気が遠くなりそう……」


 ジャックと豆の木は知っているよね?

 あの木をさらに大きくした感じかな?

 地面に足が吸い付いて、重力が表面に向かっている。

 一周八〇〇メートルはある坂道を下る感じかな?

 常にくだりって資料には書いてあったけど、実際に体感してみると、不思議としか言いようがない。そんなことを考え、眉を落とし、瞳を細めたニルトが、決意と口を開く。


「よし、行こう」


 フォースロッドを片手に、魔術の光を灯し、緑の道を歩いて行く。

 全身緑色の姿をして、小さな足を交互に動かしていく。


「キィヤアアアアアアー!」


「ケケケケケ……」


「ヒョッヒョッヒョッヒョッ……」


 突然、周囲から鳴き声が響いてくる。


「ひゃ」


 驚くニルトの前に人の姿をした鬼顔きがんのゴーストたちが、おどろおどろしく姿を現した。

 幽霊嫌いのニルトにとって、天敵のような魔物たち。

 白い顔をはっきりと浮かべ、まるで心霊写真のようにねじねじと歪み、上空や地面から突如と出現し、その数を増やしていく。

 接触の度に金縛りとした感覚を残し、生気を奪い、体力を消耗させていく。

 そんな物理攻撃が効かない敵の性質を本で知っていたニルトに向けて、一列に並んで近づいて来るゴーストたち。

 顔面を蒼白とさせたニルトが、耳付きヘルメットから覗く整った輪郭を曇らせ、緊張とした面持ちで、歩き立ち向かっていく。


「うっ、やっ!」


 真顔とした風に両手に持つロッドの先を体よりも大きい双刃の斧とし、赤い光を明滅とさせていく。

 一閃と横なぎに襲い来る敵をひたすらに切り裂き、一撃でゴーストを煙へと変えていく。


「ギョエエエー!」


「アアアアアアー!」


 吹き上がる煙からドロップアイテムが跳び散る。咄嗟にニルトは不可視の腕を魔力で造り、それらを回収する。

 キラキラと輝く魔力石を長い腕でつかみ、腰にある小さなアイテム袋へと収納していく。


「来るな!」


「ヒョッヒョッヒョ……」


 恐怖で眉を寄せるニルトが、自分の身長よりも大きい赤い双刃の先を敵に向ける。


「この!」


 次第にその攻撃の手数が加速していく。敵を倒す感覚に慣れて来たのか、ニルトは手際よくゴーストたちを葬っていく。


「それ! それ!」


 次から次へと迫り来る白い敵を打ち消すように、まるでロボットアニメに出て来る緑の戦士、ゼクを彷彿とさせる赤い斧の斬撃を繰り出していく。

 魔素の光で青緑の瞳を輝かせ、片手で赤い双刃の斧を持ち、回転するよう振り回していく。

 突風と出現予兆の黒い煙が次々に現れ、白いスケルトンが形作られる。


「カタカタカタ……」


 気持ちが悪いね。

 でもゴーストよりは幾分かまし。

 現れた敵に向けて緑の脚を動かすニルトが、出会い頭にフォースロッドを振り回し、斧の形をした赤い双刃のフォースを投げ飛ばす。


「ギャー」


 赤いトマホークの光が、スケルトンを破壊していく。


「ケッケッケッケッ……」


 また来たね。

 敵がまるで規律の取れた帝国の白い天使のように、数を増やし、並んで隊列を成していく。

 量産兵のくせに生意気なんだよね。

 すれ違いざまに、緑のロッド先を白いむくろに向けたニルトが、斧の形をした赤い双刃のフォースで切り裂いていく。


「ゲゲゲー……」


 そのまま遠心力を利用し、コマのように回転機動を繰り返す。

 黄色く発光するドクロの眼穴がんけつに向け、そのエネルギーを打ち込んでいく。


「ギャー」


 その瞬間、骨が砕け、煙となって姿を消したスケルトン。

 そうした風に、戦いを続けるニルトが、すれ違いに骨の魔物を破壊していく。

 遠くの方で沸き立つゴーストたち。スケルトンと共に現れ、それらが魔力の球を額に貯めて、一気に射出していく。

 緑の道を走るニルトの横に向け、青い光りの帯が走っていく。


「そこ!」


 体を捻り、中空で横に一転するニルト。青い光線のすき間を避けて、緑の地面に足を付ける。その瞬間にロッド先から応戦の赤いフォースが噴射する。

 危なかった。

 でも、なんとかしてみせる。


「まだまだ!」


 なんとなく敵の気配が判るようになってきたニルトが、地面の先から出現した二体のゴーストたちに意識を当てる。

 左右からの突撃が来ると察知して、走る勢いを上げていく。


「行ける!」


 再度背後から襲い来る敵を左右に回避。

 フォースロッドから噴出する赤い魔素を器用に球とした形状に変えて、それらを遠くのゴーストたちに向けて、狙いを定めていく。

 やってみせる。

 そう心内で告げるニルトが、ダンダンダンダンダンと、まるで短銃の重たい音を響かせる。

 その反響が短く轟き、光線が残光となり、一線を描く。

 ビュイーン、ビュイーン。

 敵の応戦。青い光がニルトに向けられる。

 放たれた光が木霊し、その残響の後に風を切る音を鳴らし、光りの筋が遠くまで轟かせていく。その一瞬にニルトの放った赤い弾幕が、二体のゴーストを煙へと変えていく。


「まだまだ!」


 続けざまに三体の白いスケルトンが道先から出現する。

 攻撃を続けていくニルトに向けて、青い光りの球を一斉射撃。

 キューン、キューン、キューン。

 空気中の塵が高熱のエネルギーによって、電子の揺れを生み出し、その揺れが音に変わったように、キューンとした残響を遠くまで轟かせる。

 無数の光が輝き、一線の閃光を放つ。

 光弾をしゃがんで避けるニルトの身体を貫こうとする連続の意志が、遠くに居るスケルトンによって、生み出されていく。

 それ、それ。

 その攻撃を紙一重とした足さばきで回避行動を繰り返すニルトが、左に右へと、左右敵の動きを読み取り、赤いフォースの球を打ち出していく。


「そこ!」


 緑のロッド先端に赤い双刃を生み出し、瞳を細めるニルトが、すれ違いに一体のスケルトンを斬り付け、刃先を赤い球に変形させ、別のスケルトンに狙いを定めていく。

 赤いレーザーとなる魔力撃を二〇メートル先へと照射した。


「ギャアアアアー!」


「そこだ! なんの!」


 ピュイーン、ピュイーン。

 赤い光線が敵の青い光線を超えていく。

 その重なりは近代的な戦いを彷彿とさせる。

 続けざまに赤い魔弾がもう一体の敵を貫いた。

 着実に相手を煙に変えていくニルトが、この場の終わりが近いと感じ、遠くを見るよう、青緑の瞳をその先に向けていく。


「見える」


 高速に走るニルトに合わせ、霧で霞む先が開けていく。

 一面が白い壁。

 その表面に黒くぽっかりと空いている巨大トンネルが姿を表した。

 あそこがこの空間の出入口。

 やっと戦いが終わるんだね。

 宇宙のように広いフロアの終着地点。

 まるで巨大コロニーの搬入口のように、緑としたみきの地面がその黒い穴に続いている。

 おそらくあそこが十八階に相当する入口になるんだろうね。

 そう認識したニルトが、緑のヘルメットで隠れた目元を柔和に緩ませる。


「カッカッカッカッカッ」


 唐突に魔力の波が風を生み出し、老翁の枯れた声を響かせる。


「誰か来る」


「ワレ、ヨビサマシテキ、ナンピトタリトモ、セイジャユルスマジ」


 こつ然とトンネルの先から黄金の魔素が吹き荒れる。


「カッカッカッカッカッ……」


 反響する魔素の波。

 距離があるのに、なぜかよく通る笑い声を放ち、その人型の影が、黄金色の光の中に埋もれ、圧倒的な魔圧を空間に射出していく。

 疾風の風音かざおとを響かせ、金色の光を明滅とし、縦横たてよこに一輪の波動を生む。

 それを脅威と感じたニルトに、視えない敵からのけん制の威圧が向けられる。

 その魔力量はすさまじく、大地を闊歩する巨大エレファントタートルの魔力を優に超える。


「メッセヨ、チョウカクノキワミ。オーバーウィル。」


 な、なんだとう。

 ダンジョンの魔物も【越精】に至るのか?

 そう思案したニルトが、現れた黄金のスケルトンに向き、人知を超えた先にある【固有スキル】の想いを感じ、その思念とした形を細めた視線の先で捉えていく。

 それは、絶頂期を迎えた黄金に煌めく大帝国の物語。

 黄金の鎧に身を包む騎士たちが、論功行賞の場で荘厳そうごんと整列をする。

 赤い敷物に座して礼をする一人の騎士。

 王に敬意を表し、富と名声を手に入れる。

 そのときに得た黄金の甲冑を全身でまとい、黄金の騎士然とした盾と剣を左右の手に携える。


「ナイツ、オブ、アヴァロン」


 オーバーウィル、騎士の中の理想郷(ナイツオブアヴァロン)

 それは幻想である。その幻を青緑の瞳で捉えたニルトが、その場で足を止め、まるで敵視とした魔圧を向ける黄金の騎士に、にらみを利かせる。

 黄金のスケルトンが中空を立体機動し、左右上下と緑の広い足場を反動に、通常のスケルトンの数十倍の速度で迫り来る。

 その姿を冷静に分析していくニルトが、この魔物に打ち勝たなければ先がないと思案し、全身緑色の装具をする小さい体から、虹色の魔圧を噴射させる。


「ボクも本気で行くよ。オーバーウィル!」


 背中から羽が生まれ、緑の子熊とした姿に、虹色の雰囲気を体現する。


「飛べ!」


 その場で上空を飛翔。

 続き周囲を照らす魔術の光りを消失とさせて、新たに術を構成する。

 黄金に輝く全身甲冑姿の騎士から視線を外すことなく、詠唱を開始する。


「重ねよ。我、ニルトが願う。五感の全てを研ぎ澄まし、我が肉体の治癒力を極限まで高め、生命力の源となる筋力を強化せよ」


 迫り来る黄金の騎士に対抗できるよう、眉をつり上げるニルトが五勘を鋭くし、複合魔術を構築する。


「魔術よ、展開せよ!」


 全身を虹色の魔力で激しく明暗と輝かせる。

 黄金の騎士がまるで中空を支配するように上下左右と飛行し、黄金色の光を背後から噴射させる。

 そのまま一気にニルトへと詰め寄り、ランダムに予測不能とした動作を展開していく。

 剣を持つ右腕を前にする構えで、全身を閃光のように輝かせ、徐々に速度を高めていく。

 奴が来るね。


「はぁあああ!」


 迎え撃つ意思を高めたニルトが、フォースロッドから噴出する赤い魔素の輝きを虹色の大斧に変え、黄金の騎士に勝負を仕掛ける。

 御覚、共覚、彩覚、離覚、換覚の五勘全ての魔覚を最大限に生かし、妖精の羽から生まれる虹色の輝きを射出しゃしつしていく。


「いけぇえええ!」


 虹色の光の粒子を背中から拡散させ、急速前進。

 身長よりも大きい虹色の斧を繰り出し、加速し続ける騎士の刺突から身を守る。虹色の刃を敵側に向け、黄金の刃と重ねていく。

 その瞬間、場の世界に衝撃が走る。周囲に稲妻の帯ができる。


「カッカッカッカッカッ……」


「うっ、ぐぐぐぐ……」


 ジリリと火花が散る。

 微かな触れ合いで、空間が軋む空気の揺れを生み、虹色の魔素と黄金の魔素が明暗と重なりを生む。

 一撃、二撃と叩き付けるニルトの刃が、黄金の騎士の剣によって防がれる。

 その凄まじい衝撃が地響きにも似た轟を全域へと伝えていく。

 すれ違う黄金の騎士との刃競り合い。

 三度、四度と互いに中空を旋回し、金属を重ねる重たい音を響かせる。

 ズンとする重厚な轟きを生み出し、一輪の波動となり、遅れて左右の空間を揺らがせる広域の伝搬衝撃を引き起こした。

 その波によって、周囲の魔物たちが煙となって消滅する。

 互いの刃を重ね、一層に巨大な音を響かせていく。二人は競り合うよう中空に静止する。


「お前! なに者だ!」


 重ねた刃に力を入れていくニルトが、咄嗟に叫び、息をのむ。


「カッカッカッカッカッ……」


 そのままけん制の魔圧を放ち、重なる刃先から圧力を解放する黄金の騎士。その余波で間合いを取ったニルトが、虹色に光る魔力弾を全方位に生み出していく。

 虹色の刃先が紫電の如く閃電とし、ニルトの周囲に丸い光弾を形成する。

 少し離れている黄金の騎士に向け、虹色のビームが複数流していく。

 幹を蹴り、中空を旋回する黄金の騎士。その回避行動に虹色の光弾が追尾する。

 屈折ののちに黄金の騎士から黄金色の輝きが散布と噴出され、その波動によって、虹色の光が四散となる。

 その有り様に満足したのか、黄金色のドクロとしたほほ骨が、カタカタと揺れ動く。


「カッカッカッカッ。ワレ、アナナメス。オヌシノナヲトウ」


 不思議と響く老翁の声に耳を傾けたニルトが、アナナメスと名乗った騎士に向け、突撃を繰り出し語る。


「ボクの名前は――」


 重なり合う黄金の剣と虹色の大斧。

 互いのエネルギーが激突し、突風を引き起こす。


「ニルトだ!」


 重なる刃から火の粉を上げ、周囲に漂うゴーストたちを圧倒し、上下左右に一輪の衝撃波を生む。


「シラヌ、ナ、ヨノ」


 そう切り返す黄金の騎士アナナメスが、今まで沈黙していた左手を動かし、黄金の盾を赤黒く染め上げていく。


「暗気か!」


 そう察知したニルトが、咄嗟に繰り出していた斬り付けをめる。

 黄金の盾の振り上げを正面から受け止め、「間に合え!」と、虹色の魔力壁を身体中に展開させる。

 稲妻が落ちるような轟を鳴らし、強烈な光を輝かせる。

 その反動で吹き飛ばされたニルトに追撃とし、黄金の右脚を赤さびのように変色させたアナナメスの背後から赤い光が射出され、推進力が生み出されていく。

 数メートル先のニルトに近づき、その赤さび色の蹴りが繰り出される。

 ズドンと空間が衝撃で揺らぐ。

 その反動が余波となり、円を描く魔素の輝きを散らしていく。


「カッカッカッカッ。ワレノ、コウゲキヲ、フセギキルカ。ソナタ、ヒジョウニ、ヨイナ」


 それはナイトのクラスであるならば誰しもが使える能力の一旦になる。

 暗気と呼ばれるアビリティの一つ。

 破壊衝動で力を増幅させる技。身にまとうオーバーウィルでより強化されている。

 それを当然のように知るニルトが、この敵は強いと瞬時に判断し、黄金の騎士アナナメスの背後に向け、音速域と同じ速さで飛翔する。

 距離を取るように旋回。

 それに追従するアナナメスもまた、ニルトの虹色の帯を追うかのように飛翔し、漆黒の空を黄金色の流星に煌めかせていく。

 激しく絡み合う黄金色と虹色こうしょくの光。

 おそらく足場となる太い幹から漆黒の空を見上げると、爆音を立てて打ち合う二基の戦闘機が、立て続けにドックファイトを仕掛けるように、見えてくるだろう。

 その場に居合わせる死せる者たちならば、誰しもがそう錯覚してしまうほどに、黄金の光と虹の輝きが残光を散らせていく。

 光の帯が弧を描き、互いに背後を取り合う動きとなり、可変をさせていく。けん制の衝突を繰り返し、光の波動を散らせていく。


「うぉおおおー!」


「カッカッカッカッカッ!」


 それが突然に終わりを告げる。

 ドンッと大地を揺るがす隕鉄衝撃のように、虹色の大斧と黄金の剣が重なり合い、爆風を散らす二つの光輪波動を生む。

 互いに動きを止め、その場で拮抗する。


「ラチガ、アカン、ナッ! ドーレ、ワレガ、ソナタニ、オワリヲクレテヤロウ。ムン、――ハ!」


「ひゃ」


 アナナメスが強大な魔力を持つニルトの身体を黄金色の魔素で吹き飛ばし、左右の手にある武具をかき消して、なにやら気合いを貯めるかのように、両手両足を広げる。


「オッオオオオオオオオオー!」


 絶叫とした声を張り上げ、黄金の魔素を周囲へ轟かせる。

 その傍らで吹き飛ばされていくニルトが、口を開き、叫び声をあげていく。


「わぁあああああああああ、ああああああああああああ!」


 黄金色の魔圧に流されていく。

 やっとの思いで中空を旋回し、体勢を立て直すニルトが、青緑の瞳を細め、小さく口を開く。


「なに? この気配」


 悪寒がする。

 強大な魔力の波を感じたニルトの柔肌が震え、肩を揺らす。

 黄金に輝く魔素を発散させ続ける対象に顔を向け、豆粒のように小さいアナナメスに魔素を放ち、その波に声を乗せる。

 大きく口を開き、明らかに過剰な力を放つ敵に向け、自滅しないよう、忠告の意志を告げる。


「おい! お前! なにをやっているんだ! 死ぬ気か!」


「ウォオオオオオオオオオオー!」


 アナナメスの身体から魔素の輝きが増し、その光が徐々に膨らんでいく。美しい月の形をした真円を描き出す。

 おそらく死力を尽くすのだろう。

 全魔力を体に集め、なにかの奇跡を行使するように、両手足を広げている。


「おじさん! なにをする気だよ! 流石にボクも付いていけないよう!」


 距離にして五〇メートルはあるだろう。

 そう場の雰囲気を解したニルトが、仕方がないとした気持ちでアナナメスから目を背け、自身の身を守るように、全身を虹色に包み込む。


「オォオオオオオ!」


 突然、アナナメスの声が止む。

 場が一瞬で静まり、次第に空気の流れが止まり、無音となる。

 寸秒の経過と共に、黄金のドクロのほほ骨が上下と動く。


「イクゾ」


 不思議と通る老翁の声。


「ニルトヨ。コノチカラ、ウケキルコトガデキルカ?」


 すると、アナナメスの掲げる両腕から黄金の柱が虚像と光り、照耀(しょうよう)と頭上の先へ伸びていく。

 それがどこまでも高く、どこまでも周囲を輝かせる。

 まるで映画館のモニターのように、輝きの中に映像が浮かび上がる。

 我、心は郷国にあり。

 畢命(ひつみょう)、万世一系に捧げ、富と名声を得る。

 なれど、公主の守り人となり、他国へと嫁ぐ主の命、王命を賜り、従事守護とする。

 ゆえに我は国を去り、後に敵国の母と成りし主のため、その忠義、背信に至らず。

 ああ、どうして我は母国と戦わなければならないのか。

 僚友りょうゆうを裏切り、同胞(はらから)と交え、戦火の犠牲とする。

 売国に至る我が心中、郷愁は喪失せず。

 依然として忠義は母国の王にあり。

 この矛盾、()の了達を望むなり。


「オーバーウィル。偽りの剣(ビトライアルソード)


 次の瞬間、アナナメスの鎧が砕け、スケルトンとしての本質を体現する。

 その力の輝きがよりいっそう激しくなる。

 振り上げられた両腕に、巨大な黒い剣が現れる。

 黄金の輝きの中に漆黒の光りを瞬かせ、重力で光を引き付ける事象の水平線のように、重い気配を漂わせる。


「カッカッカッカッ。ニルトヨ。ワレノオモイ。ミゴト、フセイデミセヨ」


 暗黒の騎士アナナメスの両腕が振り下ろされる。


「コノバゴト、キコウヲ、ハカイシツクス」


 まるで空間の全てを消し去るブラックホールのように、巨大で長大な漆黒の剣が周辺の魔素を取り込み、黄金の光りを生み出していく。その光に攻撃力が備わっているようで、照らされた周辺のゴーストたちを煙へと変えていく。

 うねりを上げる空間の響き。どこへ逃げても無駄だとした破壊力を生み出し続ける。

 巨大な足場となる幹の地面に亀裂が生じる。その轟きが地響きのように響いていく。

 ゆっくりと動く剣身が、虹色に輝くニルトに向かっていく。

 まずいよう。

 このままだと死んじゃうよう。

 振り下ろされる黒い刃に、無数のゴーストたちが引き寄せられる。周辺の塵やガレキさえも飲み込まれていく。

 その寸時を虹色の瞳で見詰めるニルトが、心内に思いを募らせる。

 新たな力が必要だ。

 時間がない。急がないと。

 残りの魔力を持って全力で対処しないといけない。

 そう思案し、瞳を細め、前世の記憶を総動員し、その経験を頼りに、起死回生となる閃きを得る。


「回避するしかないよね」


 そのつぶやきが開始の合図。

 虹色の魔力を強く発露させ、魔覚を研ぎ澄まし、共覚を極限まで高めていく。

 死に際を受け入れ、数次元先の現実にある力の波と共感する。

 見つけたぞ。

 おそらくここがボクの生きる終着地点。

 彩覚を極限まで高め、その場を認知しよう。

 輝く漆黒の刃が届かない安全地帯。

 同じ脅威が起こりえない安寧の場所。

 そこに行き付くことができれば、ボクの命は助かるのだから。

 そうした思いを虹色の魔力に乗せるニルトが、新たな力を開放する。

 越精に至る深層心理の声が外に漏れ、遠くに放たれる魔素の波に乗り、周囲に轟いていく。

 ボクは空間を超える。

 過去と未来と現実を認識し、少し違う事象の先へと向かっていく。

 この世界とは違う別の世界。

 その場に向かい、身を隠したい。

 だけど足りないんだ。全く力が足りていない。

 だから、原初の自分に赦しを請う。贖罪しょくざいの苦しみを力の一端とし、奇跡を叶えていたあのときの自分のように。

 本当は昔と決別したい。

 二度とこの力は使いたくない。

 でも仕方が無い。

 だって生きるためなんだから。

 この力は精神に負荷を生む。生呪生願が未だ健在だから。

 己を呪い、その反動で力を生む。

 その奇跡が、死の運命から逃れる力になる。

 さあ、始めよう。ボクの魔力を糧に世界から乖離せよ。


「オーバーウィル。無難世界への逃避(エスケープザワールド)


 それは心言と表現する形容が正しく、ニルトの心の声が音となって、周囲へと共鳴した瞬間である。

 しかし、時すでに遅く、振り下ろされた黄金に輝く漆黒の斬撃が、無情にもニルトの体を一刀両断とする。

 その場から動くことなく、黄金の光りに飲み込まれていく。


「カッカッカッカッ。アッケナイモノヨ。オワリモマタセツナキカナ」


 黒い気配を放つ騎士アナナメスは、決死の攻撃だったようで、その身を崩し、煙となって消えていく。


「サラバ、ヨワキモノヨ。カッカッカッカ……」


 その黄金ドクロとした表情は、不思議と晴れやかな気配を漂わせ、ほほ骨をカタカタと揺らし、死の間際まで笑いを続けていく。



*****



 6月7日、午前二時を過ぎたところ。

 魔術で光りを灯し、植物で覆われた通路の壁を見上げるボクは、足場の悪い地面を歩いている。

 さっき二〇階にたどり着いたばかりだけど、早く家に帰りたいので、ボス部屋に向けて、吹き抜けの階段を上っている。


「ない! 転移装置の部屋がない!」


 手に持つマップ帳を開き、目で追いながら歩みを続けている。


「えっと。あ……、あった」


 場所は仮設ホテルのすぐ近く。

 そう資料を読み解き、植物の根が絡み付く階段を上り、その先にある巨大な扉の前にたどり着く。

 後は中に居るエリア管理者を倒せば、外に通じる転移装置の部屋に入ることができる。

 木の枝が茂る扉の表面に魔力を流すボクは、その反応を確かめる。


「うー、もう! なんで開かないんだよ!」


 腹が立ち、思わず手に持つ雑誌を壁面へきめんに打ち付けそうになる。


「むう……」


 もう一度情報を確かめてみよう。

 ボクはその場から数歩下がり、バックパックからアイテム袋を取り出し、中から資料を取る。


「えっと」


 難しい字。

 中国から国が変わって、中合となった文化の国。

 発音はできないけれど、なんとなく読むことができる。

 魔物に対する基本の知識。

 記者、七斜(チートー)


「ダンジョンは生き物である。昨今それが定説となり、ダンジョンの壁や床、植物やその他の置物など、全てが生き物として魔物と共存し、生物的特性を秘めている」


 エリア管理者もダンジョンの魔物だ。

 まずは基本を押さえてみようね。

 ボクは重要だと思う記述を自分の言葉に置き換えて読み上げる。


「魔物はダンジョンが作り出した幻影であるという見方があり、その証拠として、致命傷を与えることで、煙のように消失します」


 そうだね。

 実際に体験しているから分かりやすいね。


「魔物には役割があります。ダンジョンにとって壁や柱や置物などを守るものと、それらを破壊するものとで三種に分類されます。そのほとんどが前者であり、それらをフォーマルと呼びます。そして後者をレア、ユニークといいます。レアモンスターはフォーマルモンスターを倒し、自律するようにダンジョン内を活動します。ですが、同じようにダンジョン内を自律する魔物がいます。それらを死霊系や不死系。または、機人系といい、レアに分類されるものではなく、特殊なものとして分類されます。これらをユニークモンスターといいます」


 へえ。

 フォーマルにレアにユニークか。

 覚えておこう。


「ユニークモンスターの多くは条件発生で出現します。環境、時間、その他のトリガーによって、敵対行動を取る習性があります。例えば死霊系に属するゴーストやスケルトンなどは、夜間から明朝に掛けて出没します」


 ボクはこいつらが嫌いだ。

 だって気持ち悪いんだもん。

 下の階層にうじゃうじゃいっぱいいるしね。

 全部死ねばいいのに。


「レアモンスターの役割は不明とされています。その多くはエリア管理者よりも強者です。しかし、その全てがダンジョンの暴走によって外へと放逐されます。そのため、レアモンスターが多く出現するダンジョンは、暴走が起こりやすい状態にあるといえます」


 だからレアは危険なのか。

 暴走の予兆を知る手掛かりにもなるんだね。

 そう考えると、ここアザーはもうダメなのかもしれないね。

 今度エレファントタートルに出会ったら倒しておこうね。


「魔物のほとんどがフォーマルモンスターに類別されます。しかし、中には特殊な役割を持つものもいます。それが、プリプルン系やバグ系と呼ばれる無害の魔物になります。それらをハームレスといい、ダンジョン内の崩れた床や壁などを修復してくれます」


 プリプルンはいい奴なんだね。

 ぷるぷるして震えているだけじゃなかったんだ。


「フォーマルモンスターは他にコモンとボスの二つに分けられます。ダンジョンの階域に住む魔物のほとんどがコモンに分類されており、特別な意味はなく、その全てが魔力石を落とす存在になるのです。そして、エリア管理者である階層主と定められているダンジョンの責任者のことをボスと分類します」


 ボスがフォーマルモンスターだったなんて意外だな。

 それに、コモンとボス。

 云い方がゲームみたいで変な感じがするね。


「ボスに分類されるエリア管理者は様々な特徴があります。現在それらを条件型、潜伏型、通常型の三つに区分し、その中でも条件型は世界最大級の異界型ダンジョン、プリミティで確認されているスピリチュアルストーンミッスンが有名です。時間、ギミック、アイテム、魔力付与を条件に、祭壇のような石の間から扉が出現します。中に入ると条件に合うボスモンスターが出現します。それとは別に、対称的となる潜伏型とは、隠しダンジョンや隠しボスの部屋とも呼ばれ、ランダムに様々な条件を課せる仕掛けが施されています。見つけた場合は速やかに報告を行い、絶対に入らないようにしましょう。なぜならば、その場に到達した帰還者が居ないため、必ず命を落とすとされているからです」


 潜伏型と条件型。

 どっちも隠しボスの部屋でいい気がするんだけど。

 どうしてなんだろうね。

 分かんないやあ。

 そういえばビューネルフィって、どっちなんだろうね?


「これら二つに属さない通常型は、階層主が居る部屋とも呼ばれ、階層毎にエリア管理者が居ることから、ボス部屋とも呼ばれています。異界型の場合は階層という考え方がなく、エリア管理者がダンジョン内の全てをテリトリーとしています。そのため、他のダンジョンと違い、出現する魔物が大きく強くなる傾向にあります」


 通常型は十階ごとにボスがいると考えればいいよね。

 異界型ダンジョンはボスが一体だけなんだね。

 これは知らなかったな。

 でも条件型と潜伏型が異界型の内部に存在した場合、ボスは一体とは限らないんじゃないのかな?

 分かんないよね。

 この疑問は覚えておこう。


「そして、通常型のボス部屋の入り口は深夜に閉ざされるという決まりがあります」


 これだ。


「異界型の場合は魔素濃度と呼ばれる電子と魔子が合成した素粒子の濃度に影響します。一定の濃度に達するとその場がエリア管理者の領域になり、ボスが居るという合図になるのです」


 そうなんだ。

 魔素の濃度が高まっていく条件はおそらく魔物を倒すことで達成されるだろうけど、異界型は、ボスがどこで発生するのか分からないところが怖い所だね。

 異界型は迷宮型や地底型と違い、ボス部屋がないという特徴がある。

 もしもたくさんの人が居るダンジョン内だったら、エリア管理者が倒された場合、どういう状況になるんだろうね。

 今まで居た全員もクリア扱いになるのかな?

 ダンジョンの報酬が気になるね。


「地底型のエリア管理者は、主に深夜の時間帯に戦うことができると云われています。地底型はその地域特有の時間が存在するとされ、地上の日照時間とは関係なく、その全てが固有の時間を刻みます。また、地上とおおよそ昼夜逆転とした場合が多く、その日の午後六時から次の日の午前七時が目安とされています。ですが、あくまでも目安とされているので、最寄りの管理局に問い合わせることが正しい判断でしょう」


 固有の時間を刻む。

 気を付けないといけないね。

 腕時計は必須だ。


「また、迷宮型は異界型と地底型の二形式とは違い、エリア管理者の入場時間は決まってその地域の日照時間に合わさるとされています」


 そう、これだよ。

 これが知りたかったんだ。


「午前六時から午後七時と決まっています。時間を超過すると、例え管理者を倒したとしても、入り口の門が開くことはないと云われています。その場合は焦らず、その場で開く時間を待つことをお勧めします」


 なるほどね。

 つまり午後七時から、次の日の午前六時まで扉が開くことはないんだね。

 左手を上げて、腕時計を確認する。


「二時四五分。あと三時間もある」


 辺りは暗く、魔術で作った光りに虫が集まっている。

 どこも広葉とした樹皮のような壁に、天井まで緑のツタが伸び、地面が木質の通路を形成している。

 そんな場所に建てられた巨木の街、ギガント。

 その名の通り、ジャックと豆の木のイメージが由来になる。

 街とは名ばかりで、キャンプ場と仮設ホテルに、ダンジョン管理局の建屋がある。


「時間もあるし、少し休憩をしよう」


 資料で読んだけど、ここの仮説ホテルは、温泉があったよね。

 少しだけ休ませてもらうことにしよう。


「まずはごしごししようね。ごしごし、しゃこしゃこ、さわさわ」


 やっと念願のお風呂に入れた。

 記憶喪失になってからは、一度も湯に浸かっていない。

 いつもは手洗い場の水で体を拭いているけど、お湯で身体を洗うのは、これが初めてになる。


「ん?」


 これ塩水かな?

 なんだか感じたことのない香りがするね。


「えへへ」


 それにしても、体を洗うのって楽しいね。

 命の洗濯って云うけど、その意味が分かるよ。


「ん? 熱いかな? あっ、暖かい」


 洗い終えたのでボクは、風呂桶に指を入れる。


「いい湯だね」


 これだったらすぐに入れそう。


「よいしょ」


 はあ、落ち着くなあ。

 熱過ぎず、ぬる過ぎず。

 見上げる先の星々が美しく、露天とした風が湯の熱と合い、火照った体をより一層心地が良くしてくれる。


「この加減だったらいくらでも入っていられるね」


 気分が良くなってきた。


「ふん、ふん、ふん」


 鼻歌が自然と出ちゃう。

 そのまま桶型の湯舟の縁に両腕をそえ、立ったまま小さい胸を内側に押し付ける。


「いっつぅ」


 右腕の肘が青くなっている。

 打ち身かな?


「ひどい……」


 あのクソジジイのせいだ。

 思い出しただけでも腹が立つよ。


「はあ」


 でもね。あの一撃は見事だったね。

 あのときボクはずっと視ていたんだよ。

 オーバーウィル、無難世界への逃避(エスケープザワールド)を発動させて、位相違いの現実から、彼の闘志と向き合っていたんだ。

 おかげで、奴のオーバーウィル、偽りの剣(ビトライアルソード)を避けることができた。


「ふう」


 異世界の帝国騎士、アナナメス。

 その終生は敵国の王の臣となり、黒衣をまとって、漆黒の剣に生涯を捧げ、戦争に身を投じる。

 友とその家族を己の手でうち滅ぼし、真の主たる王の妃に付き従い、どこまでも砂漠の大地を駆け巡る。

 決して笑うことがない人だったと、越精の意志から伝わってきたのを覚えている。


「でも最後は笑っていたよね」


 なにを想ったのかな?



******



 午前五時。

 仮設ホテルの一室を借りたボクは、ベッドの中でいつもの夢を観る。


「――fault、fault、fault!」


 突然と英語とした声にボクは、当然のように認識を改める。


「リーダー! 私のことは気にしないでください!」


「弾矢ぁああー! 遠本弾矢! 貴様さえ、貴様さえいなければ!」


「ゼガート・ロイ・ノーブルランドロード。いい加減してくれないか! オレはお前に構っている暇はない! アミリスを即時解放し、ここから撤退してくれないか?」


「ふん、知ったことか! こいつは裏切り者だぞ! この女は魔力感能症(ハイアー)でありながら、一般人(オーディナリー)魔力小康者(オールダー)に尻振りをしやがる! その当事者であるお前も、このビッチとしっぽりやっていた口だろう! 学園時代を思い出せ! この女は貴様の敵だったんだぞ! なあ答えろ! 弾矢!」


 いきなり過激な場面にボクは、夢の中であることも忘れ、弾矢の深層心理から離れ、空中くうちゅうから三人の様子を見守っていく。

 いつもながら不思議と知識が入ってくる。


「もう何年も昔のことだろう? 今さらあの頃のことを引きずるつもりか? お前もしつこい男だな! アミリスは仲間だ! オレが仲間をかばって何が悪い!」


「それが貴様の答えか! 嘘を付け! 貴様も本心では憎いのだろう! この雌犬さえ居なければ、過激派の連中とも会わなかったはずだ! 淫らに男をたぶらかし、無駄に危険を近づける! 昔からどうしようもない女だ! 貴様も本心では分かっているのだろう! なあ、弾矢!」


 事はエジプトにある。

 とあるダンジョンで半蘇生薬とする【イエローポーション】を採取できると聞き付けた日本政府が、ダンジョン調査団のエージェントとして、ワーレフ隊員の遠本弾矢を雇い、現地に赴任させる。

 先遣隊として、アメリカ合衆国のアミリスを含む現地の隊員たちと合流し、調査が開始される。探索中にイスラム過激派組織と出会い、交戦に及ぶ。

 欧州調査隊を巻き込む事態に発展し、先ほど終決したばかりになる。


「黙れ! ゼガート! オレたちが今どういう状況か分かっているのか? このポーションがあれば、多くの人を助けることができるんだぞ? 冷静になれよ!」


「貴様……、俺たちに黙って手に入れたのか? フフ、だったら話は違ってくる! いいぞ! 交渉だ! そいつをよこせ! この女と交換しろ!」


「リーダー! 交渉に応じる必要などありません! 私を置いて、任務を遂行してください!」


 以前の夢とは違い、弾矢が青年で、貫禄あるスーツ姿をしている。先ほどから手振りを交え、必死で訴えている。

 そこに、アミリスと呼ばれるスーツ姿の女性に、ナイフのような物を突き付ける【ゼガート・ロイ・ノーブルランドロード】が、鋭い目付きの瞳を緩めている。

 どういう関係だろう。ほほを深くつり上げ、下卑た笑みを浮かべ、弾矢に魔圧を当てている。

 三人とも背が高く、まるで俳優さんが演技をしている風にも見える。

 なんだかアクションドラマを見ているようで、ドキドキするね。


「いいだろう。交渉に応じよう。ルールはどうする? まずはそちらからの要望を聞こう」


「ハン! お人よしが! 貴様のそういう所が気に食わん! まあいいだろう。マニュアル通りに行こうではないか。地面にイエローポーションを置いて、下がるがいい! 確認次第、アミリスを開放する!」


「分かった。だが条件が三つある!」


「三つだと? なにを考えてやがる。時間稼ぎか? いやそんなはずはない。貴様はそういう器用な男ではない。だとすると本気か? フム……。いいだろう。言ってみるがいい」


 砂地に溶け込む白いマントを着こなし、フードから覗く赤い刈り上げ姿のゼガートが、ブラウンだったワンブロックの短い髪を白くした弾矢の無表情とした顔に向け、片方の赤い眉をつり上げ、真顔になる。その様子に一度うなずく弾矢が、口を開く。


「一つ。すでにこの会話は録音されている。知っていると思うが、取引の不履行は信用を無くすことになる。それでもいいというのならば、残りの二つの条件を伝えよう」


「フッ! 小賢しい! いいだろう。条件を飲もう。ただし! 聞いた後でこちらにも言い分ができるはずだ! それを条件に加えてもいいというのならば、話を進めてもいいだろう! 分かっていると思うが! 俺も国を背負っている身だ! 下手な小細工は、互いの信用を無くすことになるのだぞ?」


「了解だ。簡単に言うと、今後一切アミリスに因縁を付けるのは止めてもらいたい。それとこれは信用取引であって、個人的取引ではない。互いに友好的な関係にある国家間での取引だ。日本国として、米国と欧州に譲渡する形にしたい。どうだろうか?」


「リーダー……」


「いいだろう。俺にも一つ条件がある。公私混同はしない。だが、プライベートにおいてはその限りではない。この女との関係は別にしてもらおう。いいな! 次会ったら容赦はしない! 俺はお前が憎くて仕方がないんだ! 【アミリス・セイラ・ルーセン】」


「くっ!」


 赤い瞳のゼガートが、弾矢に意識を向けつつ、アミリスの首に突き付けていたナイフの位置を、パープルレッドの長い髪に隠れたうなじに変える。下品に片ほほをつり上げ、黒い魔圧を発散とさせている。


「ダメだ! プライベートも含まれる!」


「ハン! なにを言ってやがる! こいつとの関係は個人的な問題だ! 貴様も分かっているだろう! なあ! 弾矢ぁああー!」


 威圧の意思を強めたゼガートの赤い瞳に視線を当てる弾矢が。アミリス救出の機会をうかがうかのように、左手だけ拳にする。


「ああ……、そういう事か。いいだろう。欧州の条件を聞こう」


「ハン! 話が分かってもらえて助かるな! 俺の仲間も、もうじきここに来ることになる」


「それはオレも同じこと!」


「そうではない! 本心を云うとだ、今回の件は俺たちにも非がある。だからこそ欧州はアフリカの情勢に影響を与えないよう、初めから何も無かったことにしてもらいたいのだ! それができるのであるならば、俺はこいつとの縁を考え直してもいいだろう!」


「ん、ずるいですよ! それらは明らかに外交干渉に関わること。貴方の点数稼ぎに使う場ではありませんよ!」


「黙れ、このメス猫が! お前には聞いていない!」


「くっ!」


「時間がないぞ! 弾矢。考える余地はない好条件だ! 分かっていると思うが、貴様のことだ。いつものように嘘はないだろうさ!」


 赤い瞳を開き、頭を低くし、上目でにやけ顔になるゼガートの表情を目にした弾矢が、なにを思ったか分からない無表情な仕草で、白の片眉をつり上げる。


「いいだろう。取引を進めよう」


 弾矢がそう言葉にした瞬間のゼガートが、アミリスを抱え込む腕をそのままに、ナイフの刃先をうなじから外し、アミリスの両腕を片手で抑え込む。そうした間に、そっと地面に黄色い小瓶を置く弾矢が、二人に視線を向けたまま、後ろへと下がっていく。


「ほお」


「弾矢さま……」


 おそらくゼガートが察したのだろう。

 この神々しい雰囲気を放つ黄色おうしょくの小瓶こそが、イエローポーションであると確信を得たはずだ。


「行け! さっさと歩け!」


「くっ!」


 ゼガートが、アミリスをつかんだまま数歩脚を動かし、イエローポーションが置いてある場所に向かっていく。

 足元から透明な液体を流し、黄色い小瓶にどろどろと付着させていく。

 白いマントのフードから覗くほほを大きく緩ませ、アミリスを開放し、どろどろの腕を背中に押し付ける。


「そら。行けよ」


「リーダー!」


「アミリス!」


 胸元にアミリスを寄せる弾矢が、色あせた白いマントのすき間からどろどろとした液体を覗かせるゼガートに向き、眉を寄せる。

 アミリスを抱えたまま数歩後ずさり、ゆっくりと距離を取る。


「安心しろ! 取引は成立した!」


「だったらなぜオレたちに敵意を向ける!」


「ハッハァー! 無線機はすでに使えないことに気付いていないようだな! ここはもうエリア管理者のテリトリーだ! おっと、お出ましのようだぜ!」


「ウォオオオオオオオオオオオオーン!」


 まるで犬が叫びを上げるとした轟きが響いてくる。

 次第に黒く可視化した魔素の煙が周囲に立ち込める。

 その影とした姿が大きく成長し、黒い毛並みの足を形成していく。


「フーッ、フーッ、フーッ」


 牙を覗かせ、青い炎の息づきをする。

 何度も大きく口を開き、犬のような鼻息を放つ。

 青く、赤く、そして黒く血走る三対の瞳が、煙の中から姿を現す。

 狼とした三顔さんがんの輪郭を形にし、現れ出る魔物の正体は、この世界の伝説に語られる、魔獣ヘルハウンドと酷似している。


「アミリス。行けるか!」


「はい。問題ありません!」


「共闘と行こうじゃないか! なあ! お二人さんよう?」


 ヘルバウンドの口から青い炎が噴き上がる。



*******



 お腹からヘルバウンドの火炎の音を鳴らしたボクは、まぶたを開けて、そのままベッドから起き上がる。


「う……、おなかがペコちゃん」


 空腹が過ぎて料理がしたいと考えたボクは、おパンツ姿のまま、仮設ホテルの廊下を歩いていく。

 厨房の電気がまだ生きている。これなら料理ができそうだ。

 後は食材だけなんだけどね。


「そうだね……」


 ボクは一旦部屋に戻り、着替えをして、外へと向かっていく。


「これが名物のコンビーンズエッグかな?」


 見た目がまるで巨大な猫じゃらし。種子が鳥のうずらの卵くらいの大きさがある。資料には、変異したイネ科の植物と書かれていた気がする。

 トゲトゲとした針のように繊維を伸ばし、色が緑から黒になった頃が収穫時期。

 背が低いボクでも取れそうなほど実る穂先が垂れて、その黒く実った種子を両手で握り、一生懸命に引っ張ってみる。


「えい、えい」


 意外と堅いね。

 ビクともしないよ。

 逆にボクの手の方が負けてしまいそう。

 こういう時こそ魔力を使って、楽をするのがいいに決まっている。


「うん。やってみよう」


 彩覚で弱点となる箇所を調べてみる。

 房に近づき、魔脈の流れを読み取っていく。

 どれどれ?


「こっちはダメだね」


 渦巻く激しい魔素の流動は、怒りを思わせる意志力を感じさせる。

 赤い色彩を帯び、共覚にチクチクと刺激を与えてくる。

 この子は怒っているね?

 何事もなければ、空気中の魔素と同じ柔らかい質感になるはずなのに、この子の中からは、鋭く尖った触感が伝わってくる。

 明らかにストレスを感じているね。


「そっか」


 この子たちは、収穫しないでと訴えているんだね。

 無理に強制すると、味と薬効が落ちる。


「じゃあ、こっちもダメかな?」


 こっちの子もストレスが掛かっているみたい。きっと採ってもあんまり美味しくないと思う。

 もう一つ別の房を診てみよう。


「お?」


 種子が無い物もある。

 付いていた種はどこへ行ったのかな?


「あった」


 地面に落ちていた。

 でも中が空っぽ。

 腐った様子もなく、中身だけ不思議と無いみたい。

 ボクはなんとなく考えないようにして、続きの調査を進めていく。


「これがいいかも」


 見つけた。


「でも……、ん?」


 変なの。

 色が緑だよ?

 ガイドブックには、黒く実った朝採れの物を収穫し、新鮮なうちにその場でお出しすると書かれていたのを覚えている。


「なんでだろう」


 ちょっと指で突いてみようかな?

 ボクは指先に魔力を集め、実る穂先に触れていく。


「あっ」


 緑の実がポロッと落ちる。

 面白いね。

 ボクは調子に乗って、「えい、えい」と、新しい種子を指でツッ突いていく。


「えい、えい、えい」


 さわさわと落ちる緑の尖った実。

 気持ちがいいくらいにポトリと音がして、気付けば一房全てが落ちる。


「やっちゃった」


 ボクは両手でいっぱいに拾い集め、すぐに厨房へと向かっていく。


「今日の糧に感謝して、いただきます」


 ボイルしたコンビーンズエッグを皿に盛り付け、後は食べるだけ。

 味が楽しみ。

 黒い殻をかぶった卵とした宣伝の写真と違い、ボクが作った物は、真珠のように白く、艶がある質感をしている。

 それを握るように力を加えると、プリッと弾ける音がして、中から白い果肉のような種子が、ヌルンと抜け出してくる。

 なんか出たね。

 まずは素のままで食べてみようかな? ボクは口の中へと放り込む。

 むぎゅ、むぎゅ。

 歯ごたえが抜群だね。

 味はうずらの卵みたい。

 淡白で少し甘い。


「おいしい」


 いくらでも食べられそう。


「次はお塩を付けて食べてみようかな?」


 ゴッデス島名産のレッドソルト。

 なにか分からないけど、塩味がとても強く、ミネラルがたっぷり入っている。

 取り皿の上に塩を入れて、殻を取ったコンビーンズエッグと合わせていく。

 ちょっとだけだよ。

 白い卵のような実の上に、赤い粉を付けて、ボクは口の中へと入れる。

 もぎゅ、もぎゅ。


「うん。おいしい」


 強い歯ごたえが少し難点だけど、噛めば噛むほどゆで卵の味がする。

 濃厚だね

 うずらの卵よりもボクは好きかもね。

 余ったらアイテム袋に入れておこう。


「ごちそうさま」


 手を合わせたボクは、お腹を満たし、後片付けの後に着替えをする。掃除を済ませ、外に出る。階段を上り、ボス部屋の前にたどり着く。

 今は何時だろう。

 腕時計を見ると、午後二時三〇分を過ぎている。


「早速、扉絵を読み取ってみよう」


 樹木のようなツタで覆われているすき間から大きく赤い字が見える。


「ボクの魔力に反応している」


 シルフェリア語で書かれている丸みがある赤い文字が輝き、文章として並んでいる。


「えっと」


 大きい字だね。

 もう少し離れてみないと、全体が分かりづらい。

 でも後ろは崖で下がれないし。

 どうしようかな?


「飛べ」


 ボクは妖精の羽を出して、宙に身を浮かべる。


「うん。これだったら見えるね」


 ゆっくりと上昇し、一〇メートルほど離れていく。


「えっと。どれどれ?」


 扉上部、ツタとツタとの間が光るように文字が見えてくる。


「第二の誓言を司る」


 ボクは声に出し、間違いがないように事を進めていく。


「その誓言を知りたし者よ。この先に意志を示し、試しとなる天使の試練を乗り越えよ」


 いきなり直球だね。

 天使の表現が最初から出てくるなんて、ここのボスは意地が悪そうだ。


「誓言を知りえる者よ。再び訪れたとし、以前のように繰り返すこと至らず。これより先へと読み解くならば、もう一度この場で己の力を示せ」


 意味が分からないね。

 翻訳は合っているのかな?

 もう一度見ても同じ意味になるね。

 間違っていないとは思うんだけど。どう解釈していいのか変わらない。

 続きを読んでみよう。


「知見に及ぶ者。これ以上の探求は危険となる。それでも先へと望むならば、このまま解するべし。ただし、それは愚の行いである。すでに条件は満たした。扉の奥で力を示し、勝利を誓言とせよ」


 やっぱり分かんないね。

 解読が間違っているのかな? 意図が分からない。


「うーん……」


 でも、悩んでいても仕方がない。

 ひとまず終わりまで読んでみよう。


「これが最後になる。強者よ。後に戻ること叶わず。愚直に極めし者よ。いざ扉の奥へと進まれよ。……ん?」


 魔力が吸われている?


「これって」


 赤い文字も消えた。

 今まで読み上げたものが全て見えなくなる。


「あっ!」


 そういうこと?


「そっか」


 ボクの馬鹿。気付けよ、馬鹿。

 赤色は危険だって云ったじゃないか。

 今回の場合は、読み上げてはいけないという意味になる。

 もうすでに遅いのだけど、その証拠に、カタカタと扉から音が鳴っている。


「やっちゃった」


 響きがガタガタと次第に強くなる。まるで巨大な風車が音を立てて回転するかのように、大きな片扉が左右に押し込まれていく。

 おそらく、条件を満たしたことで、ギミックが作動したんだろう。

 どうしよう。

 時間を置いてやり直せないかな?


「むう」


 そんなことを想い眺めていると、扉が最後まで開かれる。

 ツタだけを残し、広い入口が開き、先を見通すことができない雰囲気を漂わせている。

 まだ敵の気配は無い。

 ツタのすき間を潜っていけば入れそう。


「行こう。早く終わらせて帰りたいし、何とかなるよね?」


 そう独り言をつぶやいたボクは、樹木のような枝のすき間に潜って、開かれた門口から入っていく。


「うへ」


 カビ臭い。

 湿っぽい。

 ボクは暗い空間に一歩足を進める。

 魔覚を鋭くし、五勘の全てを研ぎ澄まし、見通しの悪いフロアの先を見る。


「うーん、分かんないね。巧くできている」


 曇ったガスのような霧が立ち込めている。

 そのせいで状況を知ることができない。


慎重しんちょうに行こう」


 まずはゆっくり歩いてみよう。

 二歩、三歩。

 脚を前に出す。


「緊張するね」


 何かの気配もなく、反響する靴音から、とても広い場所だと分かる。


「もう少し歩くよ」


 四歩、五歩。

 今度は強く踏み付け、靴音を大きく鳴らし、反響する音を耳で捉える。

 肌色としたレンガが床に敷かれている。

 とても堅く、すき間なく埋め込まれている。

 靴先で地面を叩いてみると、周囲に良く響くのが分かる。

 壁まで距離があるね。


「やっぱり広いね」


 見上げると、入り口から差す光で上部の形が分かってくる。

 ここがドーム状の丸い天井だと理解ができる。

 弧を描くレンガの繋ぎ目。

 反響する音から察するに、高さが一〇メートルや二〇メートルでは利かないのかもしれない。

 もっと余裕があるように感じられる。

 上も生き物の気配がない。

 おそらくボスの配置がまだなのだろう。外に出るなら、今のうちなのかもしれないね。


「じゃあ、進んでみるね」


 六歩、七歩。

 予想の通り、背後の扉から音が聞こえてくる。

 しばらく待つことにしよう。

 なぜなら、この後に光りが灯るはずだから。

 ほらね。

 まるで白熱灯のように、緩やかに暖かい光が徐々にフロアを満たしていく。

 大声を上げてみよう。


「わぁああああああー!」


 黒い影が煙幕の様に広がっていく。

 敷地の広さを確認するため、声を上げてみたけど、その前に敵が出て来たから、全く無駄になってしまったみたい。

 黒いモコモコが広がっていく。

 ボクの身長の三倍はありそうだ。

 どんな敵が出てくるのかな?

 赤黒いフォルム。

 大きく虫のような輪郭が見えるね。


「ギギギ……」


「気持ちが悪い」


 赤い牙の先からチロチロしたものが見える。

 ボクの身長の倍ほどある前足が形になる。

 一組じゃない。

 それらが三組もある。

 黒い体毛を備え、赤い二本の前脚でカチカチと床を叩いている。


「もう少し、視えるようにしたい」


 視力を魔覚に切り替える。

 視界が赤く彩り、透き通る魔物たちの姿が見えてくる。

 遠くの方まで続いている。

 軽く千匹は居るね。


「本当に気持ちが悪い」


 巨大昆虫のモンスターハウス。

 魔力の強さから推測するに、それほど強敵である感じでもなさそうだけど。

 例えるとするならば、地下のゴブリンくらいかな?


「だったら上に逃げればいいよね」


 天井を見上げると、敵が全く居ない。

 直感で分かる。

 一か八か、空を飛んでみようと思う。


「飛べ」


 羽の効果で体が自然と浮遊する。

 全身を虹色の光で包み、遠心力の作用から影響を少なくする。

 急速上昇。

 瞬く間に天井間際にたどり着く。


「うへー」


 そこから地面を見下ろすと、赤い点々とした光りがガサガサと音を立て、徐々に出現を知らせる煙が収束し、虫たちの実体が現れる。

 フロアを照らす光が強くなり、その全容が明らかになる。


(あり)だったんだ!」


 咄嗟に声を出したボクは、ガサガサとした足音を感じ取り、床を埋め尽くす巨大な蟻たちの姿を観察していく。

 表皮が赤く、三メートルほどの丸い顔をした兵士蟻。

 それらよりも更に大きく、角張った頭の隊長蟻が、ギイギイと変な音を鳴らし、黒い魔圧で、兵士達の指揮を執る。

 細くしなやか形で、特別背の高いカマキリにも似た三角顔の軍師蟻。ドラムを鳴らしたような魔覚の波動を全域に伝搬している。

 胴体の上に人のような身体を携える巨大で剛腕とした出で立ちの将軍蟻。様々な武器を身に着ける。

 奥の壁際で特段大きく、芋虫のような身体を持つ半身女性の魔物。おそらく女王蟻だろう。近くに羽蟻が飛んでいる。

 女王と蜜月になる王子たち。兵隊蟻と同じ形で、空を飛んでいる。

 よく見ると、ブンブンとうるさい。

 夏場になると、家の玄関でウザウザする嫌な奴ら。結局のところ害虫だよね。

 静止飛行ホバリングしている。

 こっちに来る気配はない。

 おそらく近づかなければ敵対しないのかもしれないね。

 だったら近場の敵からやっつけていこう。

 フォースを飛ばして、一匹ずつ仕留めるんだ。


「しまった。ロッドがない!」


 どうしよう。

 アイテム袋の中だ。

 これじゃあ攻撃手段がないじゃないか。


「うーん」


 魔術で戦うのもいいけど、なんか違うし。

 どうもしっくりこないね。


「うーん」


 もっとこう、一網打尽にできる方法はないかな?

 以前にもそれっぽい戦い方をした事があった気がする。


「あっ、そうだ」


 毒の羽で攻撃をするのはどうだろう。

 十階層のボス、アクロベガスの時と同じようにね。

 麻痺の羽と眠りの羽も試してみたいし。

 さっき覚えたばかりなんだけどね。

 なんとなく思い付いたんだ。


「くふふ」


 まずは羽が大きくして、肩から伝わる感覚を広げてみよう。

 おっきくなあれ。


「むむう」


 浮力が安定した。

 三倍くらいにはなったと思う。

 次は攻撃のイメージだ。

 体中の筋肉が痙攣し、副交感神経の全てが動かなくなる感覚を思い浮かべよう。

 例えると、金縛りかな?

 全身の力が抜けて、体が痺れて動けなくなる感じ。

 それよりももっと強く、呼吸ができなくなるほどの強烈な圧迫感を創り出そう。


「どうかな?」


 離覚と彩覚を強め、双眼鏡のように視界をクリアにし、不穏な動きをする虫たちの様子を確かめる。


「やった。効いているみたいだね」


 黄色い光に当てられ、早速一匹がひっくり返った。

 あそこにも。そこにも、そこも、そこにもね。ほら。

 次第にひっくり返る虫の数が増えていく。

 まるで殺虫剤を撒いたかのように、仰向けになって、手足を上下に動かす様子が観えてくる。

 次第に動きを止めて、煙となって消滅する。

 正直、見ていてとても不快になる。

 なにかこう、ピクピクとする感じが、胸に来るよね。


「おえっ」


 早く終わらせよう。

 もっと効率を上げてね。


「羽よ、大きくなれ」


 広場の中央へ移動を開始する。マヒマヒとさせてやる意思を強め、天井付近を飛んでいく。

 蟻たちが消える様子を尻目に、黄色い光の輝きを散布しながら、フロア中央へと飛んでいく。

 気分はミルキ―ウエイ。

 進む方向に光が散乱し、美しく彩っていく。

 黒い厄災を散らす奇跡の輝き。

 うごめく虫のざわめきを一掃し、なぜか心がすっきりとする。


「虫コロース」


 殺虫と、散布を繰り返すボクに、羽蟻たちが向かってくる。

 空中を旋回し、左右から仕掛けてくる。

 でもマヒマヒの効果が強く、接近する前にみるみると撃墜していく。

 床に仰向け、ぴくぴくと痙攣を繰り返す。


「えへへ。気持がいいね」


 蟻の数が減り、フロア全体が閑散とする。

 残りは女王蟻と将軍蟻と軍師蟻の計十五匹。

 マヒマヒの羽に耐性があるのか、動きに変化はなく、ボクに赤い瞳を向けている。

 だったらこれならどう?


「ねむねむの羽!」


 これは簡単だよ。

 眠たいって感覚を押し付けるだけでいいもん。

 もふもふの毛布に包まれながら、ふわふわの人形を抱え、布団の中で重たいまぶたを閉じるだけでいいんだよ。

 気持ちがいい。

 眠ってしまえばいいのだから。

 うとうとしようよ。

 うとうと。

 気付くとボクは、青い光に充てられ、意識を失っていた。


「はっ!」


 いけない、いけない。

 あやうく眠ってしまうところだった。


「ん?」


 蟻さんたちの動きが変わっている。

 肩で息を吸うように、身体を揺らしている。


「凄い効き目だね」


 女王蟻はどう?

 人間の上半身とした首がゆらゆらと揺れている。


「これ、寝ているよね?」


 問題はなさそう。


「でも、どうかな?」


 本当に見立てが合っているのかな?

 ボクは虫の専門家じゃないから分かんないよ。

 もうちょっと、眠っている実感はないものかな。


「うーん、困った」


 これじゃあ倒せないよね?

 ちょっと使いどころが分かんない。

 ねむねむの羽。


「じゃあさあ」


 最後にドクドクの羽を行ってみよう。

 これはね。

 凄く危険なんだよ。

 イメージがしやすくて楽なんだけどね。取り扱いには注意が必要なんだ。

 だって虹色の魔力で耐性のあるボクが死んじゃうくらいのイメージなんだもん。

 なんかこう逝っちゃう感じ。意識を刈り取られる感じがいいよね。


「行くよ」


 ボクを殺します。


「皆死んじゃえぇえええぇえええー!」


 叫んだらスッキリした。

 虹色に光りが粉雪のように流れていく。



********



 ボクは夢を観る。

 いつもの通りの幻想に身を任せていく。

 現実がどうなったかだって?

 それはね。

 分かんないんだよね。


「焼きそぉヴァ! いかがですか?」


「タコ無しタコ焼き。美味しいよ!」


「俺たちのお好み焼き。青春の味! ご堪能ください!」


「ねえ、ねえ。弾矢くん。高等部の人たちって面白いよね。なにか違う感じがして、わくわくするよ?」


「ああ、そうだな。先輩方もなんだか楽しそうだしな」


「来年が楽しみだね」


「そうだな」


 高等部のオープンスクールに来て早々、幼馴染の理道小咲美と鉢合わせになったオレは、今から受付に向かうため、中等部に隣接する一回り大きい敷地内を歩いている。


「でもさあ。去年こんな感じだったのかな?」


「ん、なにがだ?」


「学園行事でもないのに、休みの日に屋台なんて、まるで学園祭みたいだよね?」


「確かに、来年オレたちもこの中で参加しなければならないのかもしれないな」


 高等部の制服は、中等部と同じ形をしている。違いがあるとするならば、その色にある。

 三年間で三回変えることになる中等部と違い、全ての学生が紺一色になる。

 中等部は、一年から三年に掛け、黄緑きみどり色、オレンジ色、水色と、制服を色分けする。

 それとは違い、今もどこか大人びた姿がして、下級生も上級性も変わらずに、この場を盛り上げようとしている。

 ギターの生演奏に、飛び交う客引きの声。

 まるでお祭り騒ぎだな。


「千城学園中等部の人はこちらになりまーす!」


 構内を案内する先輩方の声に誘われ、オレたちは、玄関口の場所にたどり着く。

 下駄箱がなく、外履きで歩く事を許されている通路に、講義机が設置され、臨時受付場となる係員と話を進めていく。


「こちらになります。先生! 後はよろしくお願いしますね!」


「ええ、ありがとう。えっと、早速だけど、よく来たわね。二人とも、名前はなんていうのかしら?」


「遠本弾矢だ」


「理道小咲美です」


「ふーん。二人ともクラスが違うようね。あら? 剣さんの弟くんか。そう。ついに来たのね。待っていたわ」


 パイプ椅子から立ち上がる教師風の女性が、オレに興味の視線を向けてくる。


「姉をご存じなんですか?」


 知っていて当然だろう。

 特待生で優秀な姉は高等部でも有名人だ。

 社交辞令だろうな。


「当然だわ。高等部きっての才女だもん。有名よね?」


 流石は最年少者でワーレフの試験を受かっただけのことはある。


「ん、合格よ。二人とも入学でいいわね? 来年からよろしく頼むわ。私の名前は【兎野田三美子(とのだみみこ)】。これでも三年生の総担任を努めているの。来年はあなた達一年生の総担任になる予定だから、よろしく頼むわね」


「はい。でも、あの。そんなに簡単に決めていいのですか?」


 オレも小咲美に同意見だ。

 教師の一存でオレたちの入学を決めてもいいのか疑いたくなる。


「やっぱり気になるのかしら?」


 高等部に入学するには、当然試験がある。厳しく審査が行われると、剣姉さんから聞いている。

 色眼鏡は無いとする伝言に、どことなく線が細い兎野田教諭に、そんな権限があるのか疑いたくなる。

 鵜呑みにしても、そのときに試験があると言われたら、オレとしても困るからな。


「オレも気になります」


「あたしも同じです」


 小咲美が、不安そうに眉を寄せる黒い瞳を向けている。

 逆に兎野田教諭は嬉しそう。オレ達に関心があるのか、丸い目を大きく開いている。


「後で通知を送るわね。それがあれば信じられるでしょう? そうね。今週中にでも手配をしておくわね」


 急な話しにオレは、「そうですか」と、答えるしかできない。

 すると兎野田教諭が、猫のような黄色い瞳を細め、嬉しそうに口元を緩める。


「その代わり貴方たち二人は私が担当するクラスに入ってもらうわよ。そうね。今からが楽しみだわ」


 なにやら品定めをするように、目元を柔らかくさせている。

 緑のテールに触れている小咲美に向け、オレは首を軽く縦に振り、これでいいのかとする確認を取る。

 すると小咲美が、オレに瞳を当てて苦笑いを浮かべる。

 おそらく諦めると言ったところだろう。来年は兎野田教諭のクラスになることが確定したらしい。


「じゃあこの学内案内資料を持って、一時までに講堂に集まってくれるかしら? 今から三時間後になるわね。その間に、敷地内を自由に見学することをお勧めするわね」


 見学か。興味がない訳ではない。だがあえて行くのも違う気がする。


「どうぞ。後これもね」


 紙袋とパンフレットを手渡される。

 小咲美も受け取り、パンフレットを開いている。


「あの、あの! このカードみたいな物はなんですか?」


 パンフレットの間に名刺のように物が入っている。

 その裏側にスタンプシートとした囲いが描かれている。


「ちょっとしたレクリエーションなんだけどね。貴方達のような人とのコミュニケーションを取ることを目標とした、行事を兼ねているのよ」


 なぜか兎野田教諭が、遠くを見る疲れた顔になる。


「このスタンプの数が多い部には、いろいろと部費の面で優遇措置が取られるようになるのよ。学園役員長が張り切っちゃってねー。本当に面倒な企画を考えたものよねー」


 噂に聞いたことがある。

 学園役員長は千城学園の学生で、すごく優秀で、ワーレフの試験に合格し、セミワーレフの資格を持っているという。


「とにかく、これは内申書に響くと思うから、できるだけ多く見学することをお勧めするわね。それと、スタンプを全て埋めると、豪華賞品が用意されているから、できるだけ集めることをお勧めするわ」


 内申書。

 その一言でオレの意識はすでにスタンプ一色。

 早く見学に行きたいという意志力が高まってくる。


「ありがとうございます。早速行ってみますね」


「うん、うん。あたしもやる気が出るよ」


「ええ、楽しんでらっしゃいね」


 うん、楽しみだね。


「ん?」


 夢だったのか。


「あー」


 なんか変。

 身体が動かない。


「ふあ」


 あくびは出た。まだ眠い。


「う……」


 それにちょっとだるい。

 もう少しだけ寝ていよう。


「ん……」


 ボクはすぐに眠りに就く。

 前世以前の記憶の中に入る。

 そのせいで弾矢を見失うことになる。

 親しい人たちから忘れられていく悲しい物語。

 大好きだった養父にも忘れられ、一人ぼっちになる。

 そんな記憶の残滓を見たボクは、いつの間にか見覚えのある学園の中に浮かんでいた。

 制服の違う男同士が喧嘩をしている。それを黙って見ている弾矢の隣りで、ボクも見守っていく。


「おい。そいつはなしだぜ、なあ? 先輩方も同じ意見か?」


「いい加減にしてくれないか? 流石に外の生徒さんだからって、これ以上は問題にさせてもらうぞ!」


「ハン! 話にならんな! 俺様に非はないはずだ! あるとするならば、この分からず屋のせいだ! こいつは俺たち魔力感能症(ハイアー)変人(クランク)と蔑んだんだ!」


「うっ!」


 紫の制服姿の男性が、弾矢と同じ制服姿の男性の胸倉をつかみ、体ごと持ち上げる。


「もういいじゃないのよ! あんたが先に嫌味を言ったんじゃない! なにも殴るほどのことでもないじゃないのよう!」


「ハン! しらけるな!」


 見覚えがある。

 弾矢の友人の能富手麻里が、庇う声を上げた。

 紫色の制服姿の男性が、左手で持ち上げていた男性を放り投げる。男性は崩れるように倒れていく。


「ちょっと! 酷いじゃない!」


 そこに手麻里が駆け寄っていく。床に倒れている男性をかばい、乱暴をした男の前に立ち、激しく抗議の声を口にする。


「謝りなさいよ!」


「ハッ! 勘弁してくれよ! これがワーレフを目指す者の態度か? 話にならんなあ! 女に慰められ、魔物と戦う気か? ハン! 反吐が出るぜぇ!」


「くっ、なんだと!」


 倒れていた男性が起き上がり、赤髪の男性ににらみを利かせる。


「おいおい。まだ俺様に盾突くつもりか? 貴様が悪いと認めるまでは、俺様は絶対に許さんからな!」


「ちょっと! 止めなさいよ!」


 手麻里が二人に抗議の意思を向ける。

 そんな様子に、周囲の視線は冷ややかだ。

 誰もが三人の会話に入る様子がない。

 工具や工作機械が配置されている。

 おそらくそうした会場なのだろう。

 作業服の学生達が困った風に顔をしかめ、外から来た乱暴者に対し、どう扱っていいのか分からないままでいる。


「まあ、二人とも落ち着けよ」


 そこへ弾矢が声を上げる。部屋の真ん中を囲う衆目の間に立ち、赤髪の学生に笑顔を向ける。


「ハハーン? なんだ。お前は?」


 この人、よく見ると、前に夢で観たゼガートと瓜二つだね。


「オレの名前は遠本弾矢だ。ここに来年入学する予定の者だが、話を聞いていると、こちらにも非があったように思える。だが、こうも騒がれてしまうと、周りにも迷惑が掛かる。そこでどうだろう。もうこの辺りで怒りを鎮めてはくれないだろうか? 確かにキミは悪くない。だけど、なにか違う気がするんだよ。キミもこの学園を目指しているのだろう? ここで問題を起こすと後で内申書に響くぞ?」


 弾矢の忠告に、高等部の学生たちがうなずきで応える。

 おそらく全員から同意を得たのだろう。

 身だしなみが整い、ブラウンの髪に隠れた美形の顔。誰から観ても好印象。

 おそらくそれが後押しになったのだろう。周囲の視線が弾矢に向いている。

 頼もしい。できればこの変な人をなんとかして欲しい。

 そんな期待がひしひしと伝わってくる。


「ほう……」


 赤髪の男性は顔こそ良いものの、態度が悪く、気配が横柄で目元が鋭い。

 わざと猫背にして、悪びれた様子も無く、ほほをつり上げている。

 制服も乱れがあって、明らかに悪者の装いをしている。


「フッ! いいや、許さん! 俺様はそこに居る一般人(オーディナリー)に尊厳をけなされたんだぞ! ここは素直に謝ってもらわないと割に合わん! それとも何か? 貴様が代わりに謝罪してくれるとでもいうのか?」


 まるで田舎に住む不良のような言い回し。

 話し方といい、声高なイントネーションといい、赤い髪にぎらつく赤い瞳を向けるその仕草。おおよそ周囲に不快感を与えている。

 紫を基調とした制服姿で身を乗り出し、今にも弾矢に襲い掛かろうとする意志力を見せる。現に左手をゆらゆらとさせている。


「そんな風に切り返されると、オレも一言云いたくなる。キミの態度も悪かったんじゃないのか? 別にいいんだぞ? このまま暴れてくれても。オレとしても、手間が省けて助かるからな。それに、先生方もじきにこちらに向かって来る。明らかにキミが不利な状況だぞ?」


 誰しもが納得とした振りをする弾矢の言い回しに、平然と笑い、右手を口そえる赤髪の男性が、()け反るように体を起こし、肩を大きく揺らしていく。


「……クックッ、フアッハッハッハッハッー! ああ、おかしいなあ! こいつはおかしいぞ!」


 大声で笑い、右手を額に乗せ、天井を仰ぐ。


「俺様が怒られるだって? ありえん!」


 そう告げた瞬間、男性の左手から長細い何かが飛び出していく。


「むっ!」


 咄嗟に避ける弾矢。

 伸縮する細い何かが机の縁に当たり、固い物が割れる音を響かせる。

 木製の表面に擦り切れの跡が残り、それを目にした周囲から、どよめきの声が上がる。


「貴様……、避けたな、俺様の攻撃を……」


「キミは……、いや。お前はスキル保持者だな」


 一触即発の様相を見せる。

 赤い瞳をより細くさせる赤髪の男が、両手を下げ、脚を開き、より前傾姿勢になる。

 弾矢もまた、茶色の瞳を鋭くさせ、今にも反撃をしようとする気迫を、全身の気配から漂わせる。


「ちょっと。二人ともいい加減にしなさいよ!」


「手麻里! 今は近づいちゃだめだよ! ――あっ!」


 手麻里の動きを止めようとした理道小咲美に、何かの衝撃は走る。

 小咲美が弾かれる。

 受け止める手麻里。気を失っている小咲美を見て、顔を歪める。


「いやぁあああー!」


「やってくれたな!」


「おっと手が滑ってしまったではないか。俺様としたことが、無関係な一般人(オーディナリー)に手を出してしまった。弾矢と云ったな? 貴様が悪いんだぞ? 俺様の攻撃を受けようとしないから、――なっ!」


 制服の袖から透明な腕を伸び縮みとさせてくる、赤髪の男性に対し、アウトボクサーのような構えをする弾矢が、左腕で弾くように防いでいく。


「シャー、シャー、シャー!」


 弾矢が、上半身だけで回避しつつ、左手を器用に使い、伸び縮みする攻撃を防いでいく。

 何かを狙っている。

 投当てかな? 右腕に魔力が集めている。赤い髪の男に一撃を入れる機会をうかがっている。

 しなるように放たれる鞭のような腕を左右に避け、時折左手で振り払う。


「シャー、シャー」


 右手が光りを帯びる。おそらくボクにしか分からないその輝きの強さが増していく。


「どうした! 俺様はまだまだこれからだぞ!」


「そのつもりはない!」


 赤髪の攻撃を見切ったように避ける。大振りになったその一瞬に、輝く右の拳を前に突き出した。


「ハン! 分かっていたぞ!」


 赤髪の腕が膨れ上がる。

 その瞬間、右拳から放たれた輝きが防がれる。空気を破裂させる音を響かせて。


「まだだ!」


「なに!」


 威力を殺し損ねた赤髪が、のけ反るように体勢を崩す。

 弾矢がその瞬間を見逃さず。追撃の構えで、一気に右足を蹴り上げる。


「そこまでだ!」


 突然、二人の間に黒いスーツ姿の男性が割り込んで来た。

 弾矢の右足を受け止め、赤髪の体を支える。


「放せ!」


 赤髪が声を上げて暴れる姿勢を取る。しかし、スーツ姿の男が圧倒する気迫を放ち、動きを押さえる。


「校長先生」


「源次郎先生」


「先生」


 周りが騒めき立つ。

 全員が校長先生とつぶやき合う。


「下郎! 俺様を誰だと思っている!」


「はっはっはっはっ。いや、これは失礼。ゼガート・ロイ・ノーブルランドロードくん。少しは落ち着いてくれたかな?」


 この場に居る誰もが驚きの表情をする。

 赤髪が、まるで子供のような扱いを受ける。


「俺様を知っているのか?」


「当然だよ」


 そうへりくだり、抑えていた手を放す。

 スーツ姿の男性から距離を取ったゼガートが、いぶかし気に顔を歪めていく。

 弾矢もまた、男性に視線を向けている。


「私は学園の高等部を任されている筒美源次郎だ。ゼガートくんのことは役員長から聞いている。とても優秀な学生であると評価をいただいているよ」


「フッ、やはりな!」


「フランスのご実家のことは聞いている。ノブレスオブリージュ。その精神を大事にするお父上のように、この学園でも、素晴らしい経験を積んで行って欲しいものだね」


「うっ」


 源次郎がゼガートの肩に右手をそえる。その押し付けが痛いのか、ゼガートが苦しそうにする。


「君のように強い者は大歓迎だ。これからもよろしく頼む」


 源次郎が肩を数度叩く。すると、ゼガートが苦悶の表情を浮かべる。


「ハン! いいだろう。今日のところは見逃してやる! だがな! 次からは気を付けるんだな! 俺様はこれでも優しい方だ! 俺様以外の魔力感能症(ハイアー)に同じことをしてみろ! どうなるか知らんからな!」


「そうだな。この学園での差別的発言は今後一切無いようにしよう。私たちも注意をしていくことにする」


「フン! 失礼する!」


 ゼガートが背中を丸め、ズボンのポケットに手を突っ込み、出入口へと向かっていく。

 この場に居る誰もが注目し、ゼガートが離れて行ったことを見計らい、ため息を吐く。

 その様子を意識した弾矢が、顔色を変えて小咲美に近づいていく。


「大丈夫か! 小咲美!」


 手麻里に抱えられている小咲美に近づき、身を屈め、強く心配する。


「うん。弾矢くんの方こそ、ケガはない?」


 ほほを柔和にさせ、弾矢に安心を訴える。

 その様子を知った弾矢が、笑顔になる。


「よかった」


 大変だったね。小咲美ちゃん。

 スライムの攻撃は痛かったかな?


「ん……」


 あれ? いつの間に眠っていたんだろう。


「あー、あー」


 のどがカラカラ。

 変な声。

 水が欲しい。

 そうだ。

 エネドリがあった。

 ボクは急いでバックパックを脱ぎ、中からエネルギードリンクを取り出す。

 プラスチックの蓋を回し、一気に口へと含む。

 ぬるいけど、甘くておいしい。


「んっ、ふっ、ぷはー」


 生き返るよ。


「ふーはー」


 水分のありがたさを実感する。

 体に染み渡る。

 おかげである程度癒された気がする。

 でも、こめかみがまだズキズキとする。

 熱もありそう。

 体がだるくて、気分が悪い。


「ああ、ダメだ……」


 頭がくらくらする。

 これで二回目。

 一度目は、アクロベガスとの戦いで受けた毒の後遺症。

 あのときは軽傷で済んだけど、今はその何倍もの苦しさがある。


「そっか」


 思い出した。

 蟻さんたちとの戦いで、ボクは失敗したんだね。


「……静かだね」


 風の音も聞こえてこない。


「今は何時?」


 左腕を上げて、腕時計を見る。針が七時を示していた。


「え?」


 午前じゃないよね?

 またボス部屋に取り残されたってこと?


「帰れないじゃないか」


 落ち着け。

 落ち着くんだ。

 アイテムがいっぱい落ちているじゃないか。

 もしかしたら、【帰還石】があるかもしれないよ?

 まだ失望するには早い。

 ボクは指をパッチンと鳴らし、光の魔術を行使する。

 明りが少ない周囲を照らしていく。


「がんばる」


 辛い気持ちを押し込めて、重たい腰を上げる。



********



「ふう……。もうちょっと。もう少しだけだから……」


 A4用紙を支える左手が汗で濡れている。

 それだけ書くことがいっぱいあった。

 6月8日、午前5時45分13秒。もう朝だ。


「続きは……」


 アイテムを三時間掛けて拾い集め、帰還石を一つ手に入れることに成功し、アザー南口に転移する。

 自転車に乗って一時間掛けて夜道を移動。ダンジョン管理局に着いたのは、雨が降り始めた午前の深夜になる。


「ひどい汗」


 エアコンの暖房が強すぎたのかな?


「これが最後」


 帰ってきてすぐに午前三時まで仮眠を取る。

 起きて備忘録を書き始める。


「はー、疲れた」


 書き終えたボクは、六月分の箱に重ねて置く。


「終わったね」


 後は寝るだけ。

 でも、一度熱を測った方がいいかな?


「仕方がないね」


 体温計はどこだったかな?


「よいっしょ」


 椅子から飛び降り、おぼつかない足取りで、クマさんのスリッパを履き、短い距離をゆっくりと歩く。

 二段ベッドの横を通り、入り口の電気スイッチを押す。

 明るくなったので棚上を見る。手が届かないので背伸びをする。

 ぎりぎり届きそう。

 救急箱を叩いて徐々に寄せる。

 届く位置に来たところで持ち上げる。

 それをベッドの布団の上に持っていく。

 箱開けて、中から体温計を取り出し、スイッチを押して、脇に挿入する。

 瞬間的にピピピと音が鳴る。

 体温計を取り出し、デジタル表示の数値を見る。


「38度5分もある」


 明日はお休みだ。

 風邪を引いちゃったみたいだからね。

 ボクは救急箱を床に置き、通路と部屋の電気を消して、ベッドに入る。


「うーん……」


 なんか眠れない。

 ペンギンさんのぬいぐるみを背中に押し付けているのに、モフモフ感を楽しむ余裕がない。


「あっ、そういえば」


 鑑定石がいっぱい在ったよね。

 眠れないから、試しに使ってみようかな?

 ボクは指をパチンと鳴らし、光りの魔術を行使する。

 体を起こし、床に置いてあるピンクのアイテム袋を引き寄せ、そこから握り取る。

 ハンドル風の持ち手に両手をそえて、力を入れる。


「えへへ。ボクも強くなったね」



『名称:ニルト クラス:ネイチャー

 レベル:69 種別:18 種族:人間系

 HP:102/1020 MP:100412/100415

 攻撃力:3419 防御力:48190

 戦闘力:26250038         』



 どうして防御力がこんなに高いのかな。


「ん……、あっ」


 そっか、このせいか。

 頭のお団子に両手をそえる。


「外れてよ」


 その瞬間、髪がくしゃくしゃと揺れ動く。

 黒い髪飾りが布団の上に落ちる。

 再びボクは鑑定石に触れてみる。


「なるほどね」



『名称:ニルト クラス:ネイチャー

 レベル:69 種別:18 種族:人間系

 HP:102/1020 MP:100410/100415

 攻撃力:3419 防御力:4829

 戦闘力:25391161         』



 防御力が下がっている。


「そっか」


 この子はとっても強いんだね。

 もう少し試してみようかな?

 ボクはアイテム袋に手を突っ込む。



『名称:ニルト クラス:ネイチャー

 レベル:69 種別:18 種族:人間系

 HP:151/200500 MP:100410/100415

 攻撃力:3419 防御力:4829

 戦闘力:25391163           』



 ブタさんの着ぐるみだよ。

 ふわふわで暖かい。


「えへへ」


 だったら、他にもドレスや下着とかにもいろいろな効果があるのかもしれないね。

 でもね。

 ボクは男だから、そういうのは着ることがないと思うんだ。


「じゃあ、もう寝ようかな」


 体調を整えて、魔力石集めをしないとね。

 ボクは指をパチンと鳴らし、光を消して、そのままベッドの布団に入る。

 モコモコの生地を堪能し、「ふあ」と、小さくあくびをする。


「おやすみ」

修正履歴

2024/9/6 少しだけ誤字修正

2024/9/14 最初から温泉辺りまで修正

2024/9/15 全体的に読点「、」の位置を修正

2024/11/20 全文章の見直し、大きく修正

2024/12/4 過去形の文章修正。

2024/12/7 大雑把に文章修正。今後も見直す可能性大。取り急ぎ対応しました。

2024/12/8 誤字脱字修正。微調整。少し自信がないので、この後も直すかもしれません。

2024/12/14 初めの文章と、弾矢の思い出し文章修正。

2025/6/18 全文修正しました。次は5話を修正します。よろしくお願いします。

2025/6/30 ステータス表記を修正しました。

2025/8/4 全修正をもう一度しました。


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次の投稿は、ゆっくりしたいと思います。

二十日ほどかかるかもしれません。

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