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第29話 料理部事件の真相

 前回の続き。

 ニルトが状況を判断し、関係者を呼ぶように告げる。

 初来愛が西藤教諭にお願いをし、教頭を呼び出した。

 はたして、事件はどうなるのでしょうか?


 書見のほどよろしくお願いします。

「それで、僕を呼んだからには原因が分かったということで間違いがないのですね?」


「すいません、教頭先生。しばらく生徒に付き合ってあげてください」


 技術棟の入り口から、西藤吉見にしふじよしみ教諭と田洞聡悟たほらそうご教頭が声を上げて入ってくる。


「西藤先生。あなたが付いていながら学生の戯言たわごとを聞き入れるとは、不甲斐ないとは思わないのですか?」


「ですからほんのしばらくの間だけですよ。よろしくお願いします」


「いいでしょう。本来ありえないことなのです。用件が済んだ後で即時休部とします。よろしいですね?」


「はい」


 呼び出しに応じ、西藤教諭が職員室から田洞たほら教頭を連れてくる。

 その先で料理部の学生たちが、思い思いに話し合い、状況を見守っている。

 その中で一人だけスコップを握り、土いじりをしている幼い少女が居る。

 田洞教頭の視線の先は、その少女の隣に居る初来愛に向いている。


「あっ! ミミズだ! こいつ、こんな環境でも生きていけるなんてすごいよね!」


「ニルト。教頭が来たのです。そろそろ話をする準備をしてもらいたいのです」


「うん、いいけど。もうちょっと待ってよ」


 誰ですか? この可愛らしい少女は。

 まるで小学生が土いじりを楽しんでいるようにしか見えないですね。そう目にした教頭が薄毛なのに濃い眉を寄せ、愛らしいニルトに不信感を募らせる。


「ニルト。時間なのです」


「初来愛さん。このような場を設けていただきありがとうございます」


「はい。田洞教頭。ごきげんよう」


「ではさっそく話を聞かせてもらいますよ」


 自信に満ちた表情で背広の腕を広げ、大げさに声を出した田洞教頭に、初来愛が少し困ったように黒い眉を寄せ、土いじりに夢中のニルトの肩に優しく触れる。


「ニルト……」


「いいよ」


「はて? その子供は誰なのですか? 先ほどから気にしていらっしゃるようですが?」


「彼女はニルト。私の友人なのです。アプレイスの能力で調べた結果を伝えてくれるのです」


「とすると、その子が原因を解明してくださるのですか?」


 教頭の目にはどう映ったのか分からない。だが周囲からすると花壇の土を掘り起こして遊んでいる少女のようにしか見えないだろう。


「まさか呼び出しの理由がそのような子供の話を聞くことなどとは冗談も過ぎるのではありませんか? それとも間違いを受け入れる気になっていただいたのでしょうか?」


「それは……」


「では言い訳をするためにこのような演出をされているのですか? いいでしょう。最後まで聞かせていただきますよ。僕も大人ですからね。ええ……、ですが、これで僕に借りができたと考えてもよろしいですよね?」


 その言葉に応えることのない初来愛が口を閉ざし、屈むニルトの横顔に黒い瞳の視線を向ける。

 その仕草に合わせ、場に集まる全員の気配が静かになる。


「じゃあ説明するね」


 つぶやくニルトが元気よく立ち上がり、淡い緑のスカートのしわを整え、背筋を伸ばす。


「そこのお嬢さん。お名前は何と言うのかな?」


 教頭が、幼い子供と話すようにわざとらしく声高に告げ、相手を小ばかにしたような態度で笑いを浮かべる。

 その意味を知ることなく場の空気を読んだニルトが、左足を下げ左手を胸にそえる。教頭の瞳に視線を合わせ、目線を下にし、右手でスカートの裾をつまみ、軽くひざを曲げ、お辞儀をする。


「ボクはニルト・ファブリス・遠本と言います。ごきげんよう。田洞教頭先生」


 貴族風の丁寧な所作で挨拶を告げ、スカートから手を放し、背筋を伸ばす。

 その華麗な姿に全員が息をのむ。田洞教頭がインスペクションに問い合わせ、その経歴を知って納得のうなずきをする。


「そうですか。遠本さんの妹さんでしたか。これは、これは。お母様とお父様はお元気でしょうか? 私共の学園に多大なるご支援を毎年いただき、とても感謝しております」


「いえ、ボクたち兄弟がお世話になっているので当然のことですよ。パパとママには高等部の教頭先生が感謝していたと、伝えておきます」


「いや、これは嬉しいですね。ぜひともよろしくとお伝えください」


「それでは本題に入りますね。さっそくだけど原因についての説明をするね」


 そう告げたニルトがスカートのポケットに左手を入れ、ハンカチに包んだ何かを取り出し、中からエメラルドに輝く石を見せる。


「それは何ですか?」


「召喚石の欠片だよ。この植木の根元に埋めてあったんだ」


「召喚石ですか? と、云いますと、ダンジョンの罠に使われる魔石のことですよね? ダンジョンの壁や床などに埋め込まれ、罠の原動力になる。または様々な場所から魔物を呼び寄せる効果を発揮する。名前と違ってそれ自体に危険がないと聞いていますが、その石が一体何だというのですか?」


「そうだね。召喚の魔石はダンジョンから供給される魔力を吸収していろいろな物を召喚するために使われているんだよね。でもね、この魔石は魔術陣がセットになっていて初めて起動する仕組みになっているんだよ。それを再現してやることで転移する仕組みを作ることができる」


「転移することは分かりますが、今回の原因との因果関係が分かりませんね。なにが言いたいのです?」


「もしもこの植木の土の中に召喚の魔術陣が仕組まれていたらどうなるのかな?」


「召喚先に移動する仕組みが完成しますよね」


「正解だよ。この召喚の魔石は拳ほどの大きさだったと鑑定が教えてくたんだよ」


「それほどの大きさだとすると被害が大きくなりますね。ですが、誰も事件に遭遇したという報告がありません。まさかゴーストが現れた原因がその石にあると言いたいのですか?」


「違うよ。召喚石が作用するには魔術陣に触れる必要がある。ゴーストの魔物が対象になることなんて滅多にないからね」


「だとすると召喚石が何に使われていたというのですか? その口振りからすると、原因が分かったのでしょう?」


「そうだね。簡単に言うと、空間転移の罠が仕掛けられていたよ。それが原因で今回の問題が発生した。ボクはそう考えているよ」


 場の空気が一瞬で重くなる。ニルトの言っている意味が分からないとする気配が漂う。

 召喚石を使って技術棟を含む空間を別の場所に転移させることができたなら。そしてその先がダンジョンであるとしたならどうだろう。

 その意味を図ることができない全員が沈黙する。


「一瞬だけ。この広いフロアの全てがダンジョンに転移するように仕掛けられていたんだと思うよ」


「そんなことができる訳がありませんよ」


 田洞教頭が唇に左手をそえ、黒い瞳を大きくする。


「これを見てよ」


 ニルトが右手を天井に掲げ、光る魔術陣を生み出した。


「ニルト。いったい何をするのですか?」


「今から光を打ち上げるね。どうなるのか天井を見上げて確認してみてよ」


 そう言葉にし、ニルトの手のひらから赤い光が浮かび上がる。天井がある三階の高さまで上っていく。


「は?」


「消えたのです」


 田洞教頭が小さく驚き、初来愛がつぶやく。


「どう? すごくない?」


 二度目を放射し、消える様子を見せ付ける。その本質とは別のことで驚く全員が息をつく。

 召喚石で転移した先がダンジョンだった。そして空間だけが行って戻ってきたという仕組みから、魔物だけを取り込む結果になった。その取り込まれた魔物たちによって異界化したダンジョンが造られることになった。そう思案したニルトの思考に誰もが追いつかず、ほとんどの者が分からないとした素振りで表情を暗くする。

 むしろ、アプレイスの能力者が無詠唱で魔術を放った事実に、一部の衆目から興味の視線が向けられる。


「遠本さん。ここで魔術を使ってはいけません。いくらあなたでも校則違反は看過できませんよ」


 濃い眉を寄せた教頭の声に見聞きするニルトが、うなずきで応える。


「緊急事態に付き身の危険が生じた場合には、魔術の使用が許可されている。つまり技術棟の全てが異界化しているんだよ」


「は? 何をおっしゃっているのですか?」


「そのままの意味だよ」


「……はあ?」


「「ええぇぇぇー!」」


 遅れて料理部の学生たちが声を上げ、教頭が驚くように口を半開きにする。


「大丈夫だよ。さっき簡易的に結界は張っておいたからね。一階に魔物は寄って来ないよ」


大事おおごとですよ? 言っている意味が分かっているのですか?」


「じゃあ聞くけど、今日の天気は雨だよね? 今も降っていると思うけど、どうして天井のガラスに雨水の跡がないのかな?」


「それは……」


「――教頭! すぐに学生たちを避難させるのです! 西藤先生も誘導をお願いします!」


「はい!」


「そうですね」


 初来愛が声を張り上げ、全員に避難を訴える。出入り口に移動する料理部の学生たちに気を配り、花壇から離れたばかりのニルトに集まる図書部員全員に外に出る意思を告げる。


「さあ、皆さんも行くのです」


「そうよねぇ~。私たちにできることなんてないよねぇ~」


「だが、休部の可能性はなくなったな」


「いやー、どうかな? 俺、なんか嫌な予感がするんだよねー」


「ニルトも早く避難するのです。それともまだ何かあるのですか?」


「ううん。もうないよ」


 本音を言えば真犯人が誰なのかまだ分かっていない。

 おそらく異界化したダンジョンに秘密があるに違いない。

 定着していないダンジョンは管理者を倒すことで破壊することができる。その期間は長く、特別でもない限り数年の猶予がある。

 そうして管理者となる魔物は、生まれ出た発端となる事象や現象に由来した存在になる。その魔物と向き合い、見知ることで事件真相の手掛かりになる。

 そう考え、外に向かう奏生の後ろに付くニルトが、心の中で最後まで付き合わなくてもいいのかという思いを募らせる。


「何なのよ! 近づかないでよ!」


「いやぁあああー」


「来るな! 俺に近づかないでくれ!」


 外に出てすぐに悲鳴が聞こえてくる。


「オォオオオ……」


 雨が降る中で長い黒髪の前髪に隠れた顔面を蒼白とさせ、全身が白く濁り、その濁りが巨大な化け物の姿を形にする。

 白い濁りは村上美憂の全身に張り付き、体を宙に浮かばせ、来るなと叫ぶ朝野録真と身構える中田梨理に近づいている。


「何よ! なんであたしにばっかり近づいてくるのよ!」


 浮遊し、まるで意識がないように身体をだらりとさせ、ゆっくりと中田に迫っていく。


「いやぁああー!」


 腰が抜け、地面に尻を着き、濡れたまま悲鳴を上げる佐東潮美に、金原生馬が身体を支え、葛西葉子が二人の助けに入る。

 すでに姿がない教頭は逃げるように室内に向い、顧問の西藤吉見が恐怖で身をすくませ、屋根のある通路の柱にしがみ付く。

 そんな状況に目を向ける初来愛が、急ぐように口を動かす。


「奏生に包夢。朝野と中田を頼むのです。那依は佐東をお願いするのです」


「了解だ」


「おーけー」


「わかったわ」


 三人が返事を告げ、走るように向っていくが、村上美憂を取り込む白い幻影が中田梨理の腕をつかみ、歪みある人の顔を浮かばせる。


「オマエガ、オマエサエイナケレバ、コンナコトニハナラナカッタァアアー!」


「何なのよ! あたしに恨みでもあるの!」


「カエセ、ワタシノオモイヲ、カエセェエエエー!」


 実態と虚像が分かれるかのように、「あぁ……、うぅぅ……」と、村上美憂の口から嗚咽が漏れる。その声に被せるかのように、白い濁りの淀みから片言の声が響いてくる。


「ユルサナイ、ユルサナイ、ユルサナイ、ユルサナイ、ユルサナイ、ユルサナイ、ユルサナイ、ユルサナイ、ユルサナイ、ユルサナイ」


 白い淀みが朝野録真と中田梨理の身体にまとわり付く。

 重なる無数の手が二人の足や腕に、そして首や口をつかんでいく。


「ダメだ! 魔力の干渉力が強くて近づけない!」


「俺も無理だ! 初来愛たん! スキルを使ってもいいか!」


 このままでは犠牲者が出るのです。

 死者を出すくらいなら魔術を使うしかないのです。

 そんな風に決意し、心の内で詠唱を開始する初来愛の全身から、光る模様が浮かび上がり、輝きが満ち始める。


「――やらせないよ!」


 そこにニルトが上空から飛び込んでくる。

 ガラスが割れる音を響かせ、魔力で作り出された干渉力を破り、白い淀みが瞬時に飛散する。空中に浮遊していた村上美憂の身体が地面に横たわる。


「ケッケッケッケ……!」


 空に浮かぶ無数のゴーストたちが、笑い声を上げてその場から離れていく。


「逃がさない!」


 虹色の羽を広げ、空に浮かぶニルトの叫びに合わせ、小さな風が吹き、その風圧に火が灯る。

 ニルトの魔術によって生み出された火炎が上空に放たれる。


「ギャァアアアー!」


 赤い炎が浮かぶゴーストたちに引火する。

 火の粉を散らして暴れ回り、叫び声を上げている。

 村上美憂を黄色の巨大な腕でつかみ抱えるニルトに向け、その場に居る全員の視線がいく。


「皆、急いで非難して! 初来愛もここから離れるんだよ!」


「ニルトはどうするのですか?」


 圧倒的な魔圧を放つニルトの姿を目にし、その場に居る誰もが納得する。

 指示に従う様に奏生と包夢が中田と朝野を支え、すでに本館に避難している那依たちの後ろに追っていく。


「全部ボクがやっつけるよ」


「でしたら私も付き合うのです」


 その決意は固く、黒い瞳に力を込める初来愛を目にしたニルトが、「いいよ」と告げ、手の形をした魔力を使い、黄色い腕で初来愛の体を包み込む。空中に誘い、意識のない村上美憂と一緒に技術棟の屋根へと飛び上がる。


「なぜ、村上を連れていくのですか?」


「今は説明できないよ。それよりも敵がくるよ。魔術でけん制して欲しい」


「はい」


 その返事の通り、「爆ぜよ、炎弾よ」と、詠唱を告げる初来愛から模様が浮かび上がり、空に浮遊する白い無数の影に炎の揺らぎを打ち放つ。


「バレットファイア!」


 立て続けに短縮ショート詠唱スペルチャントが発動し、瞬時に火炎弾を打ち上げる。


「バレットファイア! バレットファイア!」


 声を上げる度にソフトボールほどの火炎弾が放射され、途中で爆発を引き起こす。


「ギィャアァァー!」


「ケェケェケケケ……」


 しかし倒すほどには至らず。ニルトが飛ぶ先に居るゴーストたちを追い払う程度にとどめる。


「十分だよ」


 その間を避けるように上昇し、技術棟の屋根にたどり着く。

 一面がガラス張りの屋根の上に赤く揺らぐゴーストたちが集まってくる。

 その場で火炎弾を放ち続ける初来愛が、疲れたように息を切らし、言葉を口にする。


「ふぅ、はぁ、どうするの、ですか?」


 連続で魔術を放つと疲れが伴う。

 そのことを理解しているニルトが、「もういいよ」と告げ、怒り狂うゴーストたちを目にし、一斉に襲い来る瞬間を狙う。


「終わりだよ」


「「ギャァアアアー」」


「なにを、したのですか?」


 虹色の輝きがその場に漂う全てを消し去る。

 まるでハエ叩きで虫を叩くように、虹色の輝きが流れゴーストたちを一瞬にして飲み込んでいた。

 その衝撃が突風音を響かせ、「オォオオオ……」と、ゴーストたちの悲鳴が残響となる。


「初来愛ががんばってくれたから一撃で終わったよ」


 質問の答えになっていない返しが告げられ、その意味を解することなく、浮遊するニルトの背中に視線を向けていた初来愛が、突然豹変する周囲の光景に意識がいく。


 エリア管理者の出現と同時に状況が一変する。天井としたガラス張りの屋根が赤い脈打つ地面に変わり、生き物の体に入ったような肉壁の空間を形成する。周囲を赤い肉芽で埋めつくす。

 その事実を知らない初来愛が、さっきまでガラスの屋根の上を飛んでいたのに、突然胃の中に納まったような光景に変わったため、不安と眉を寄せ、振り向くニルトの瞳を見詰め返す。


「ここは異界化したダンジョンだからね。エリア管理者を倒さない限り出ることができないんだよ」


「でしたら、どうして村上を連れてきたのですか?」


「簡単なことだよ。召喚の魔石を植木の土に埋めた犯人が、この人だったんだよ」


「どうして分かるのですか?」


「村上美憂さんはゴーストに支配されている。それでも怪我の一つもなく命に別状もない。そんな程度に収まるのは関係者である可能性しか考えられないんだよ」


「だったとしても連れて来る理由にはならないのです。危険はないのですか?」


「これはちょっとした賭けなんだよ。さっきまで沢山のゴーストたちに操られていたのに、こうして眠っているだけで済んでいる。きっと彼女はゴーストにとっても必要な存在になるんだと思う。この世界が生まれた発端が彼女にあるのだとしたら、ここに連れてくることで何かの反応が起きる。きっと真犯人のヒントを見せてくれるに違いない。そうボクは確信に近い何かを感じているんだよ」


「根拠はあるのですか?」


「あるよ。たぶんこれは呪いだからね」


「呪い? 迷信ではないのですか?」


「違うよ。呪いはあるよ。例えば魔術だけど、極論から言えば呪いだよ。魔力を基にして願いを叶える。願いとは呪いと同じ意味になる。今回の場合は彼女の想いの強さと召喚の魔石によって発動した魔術的作用が合わさっているとボクは考えているよ」


「想うことが力になるのですか?」


「なるよ。想いが強ければ強いほど魔力作用が増幅される。そうした要素は武術にも取り入られている。事実魔術は使えば使うほど強くなっていく性質があると理解しているよね?」


「ということは、ニルトは村上の想いが形になったと言いたいのですか?」


「うん。以前にも同じ状況になった経験があるよ。その時も原因になった人を連れてくることで、呪いの真実を形にすることができたんだ」


 前世の話だけどね。


「分かりました。その話を信じるのです」


「今思い付いたんだけど、携帯で動画を撮影してくれないかな? 犯行動機と理由について皆に分かってもらいたいからね」


「それは素晴らしい案なのです。すぐに準備をするのです」


「うん、お願い。さっそくボスが出て来たみたいだからね。ほら、思った通りになりそうだよ。撮影の準備はいいよね?」


「はい」


 そう言葉にした初来愛が胸元から薄い携帯電話を取り出し、ニルトが画面の中に入るように両手で支え、身構える。


 空中で浮かび、魔力壁で守られている村上美憂の開いた口から、「あぁ……」とした、声が漏れる。

 その響きと同時に、「アァアアァァ……」と、脈動する赤い壁から不気味な音が鳴り響く。


 光が差して壁に様々な絵が映し出される。

 それらはまるでプロジェクター動画のように脈打つ壁に投影され、無数に映像を作り出す。


 誰かの視点で朝野の姿が映し出されている。

 全く同じタイミングで似たようなシーンが複数流れていく。

 甘く切なく朝野録真が好きとした思いがつづられる。いつも一緒に居られればそれでいい。そうした思想が映像に合わせ音声が響いていく。


 しかし中田梨理と朝野録真が笑い合う姿に変わると、次第に関係が露骨になる。建物の影でキスをする場面に突入し、涙を流す視点者の意思が映像に暗い影を生む。


 そこに一人の男が現れる。

 男は不思議とモザイクが掛かり、無音と包みのような物を手渡す仕草をする。

 昼中の技術棟に一人で立ち入り、植木の土にそれらを埋める視点者の行動が映し出される。そこで映像が途切れ、次の瞬間に村上の悲鳴が響き渡る。鬼の顔とした巨大な肉芽が盛り上がってくる。


「ユルサナイ、ユルサナイ、ユルサナイ、ユルサナイ、ユルサナイ、ユルサナイ、ユルサナイ、ユルサナイ――」


「撮れた?」


「はい」


「それじゃあ、さっさと終わらせるよ」


 虹色の羽を揺らすニルトが、ブラウンゴールドのテール髪をなびかせ、ゆっくりと上昇する。

 初来愛と村上から遠ざかり、鬼の顔とした肉芽にゆっくりと近づいていく。


 巨大化する肉芽が人型に変容する。醜悪に表情を歪ませ、まるで肉の壁から浮き出るように、独立した存在になる。

 その大きさが圧倒的。おおよそ十メートルにもなる。

 手に魔力でできた棍棒を生み出し、ニルトに振りかざしていく。


 虹色の羽を広げ、立ち向かう小さな意思から突如と一筋の輝きが流れる。

 まるで風を切るナイフのようにヒュンと音が流れ、脈打つ壁に虹色の亀裂跡を作り、鬼の棍棒をはじき返す。


「ん……」


 初来愛の息つきが聞こえてくる。

 カメラ越しに映る光景が想像以上に壮絶で、息をのんだことに起因する。

 一瞬にして赤く脈打つ世界がブロック状に切断され、振りかざす棍棒をはじき返し、次の攻撃に備えるように立体起動で距離を取る。襲い来る無数のゴーストたちを避け、魔力弾を放ち、けん制とする羽の斬撃で再び棍棒をはじき返す。まさに圧巻の一言。醜いゴーストたちが次々に倒されていく映像が映し出される。


「こうしてボクは、高等部のお姉さんを助けたのでした」


 おしまい。


「うん。今日も書くことがいっぱいあったね」


 今は何時だろう。

 ボクは腕時計代わりに使っているマネージウォッチで時刻を確認する。


「もうすぐ五時だ。そろそろ夕飯の準備をしないと、ん?」


 電話だ。

 誰からだろう。

 きっと初来愛からかな?

 さっきのことで報告があるのかもしれないよね。

 ボクはベッドの上に置いた携帯電話を持ち上げ、画面を操作する。


「あ、なんだ。時音か」


 着信を許可してボリュームを最大にする。


「ニルト。今いいかしら?」


「うん、昨日ぶりだね」


「そうね。昨日は忙しくてあまり話しができなかったわね」


「どうしたの? 何か問題でもあった?」


「あったといえばあるわね。そのことで少し聞きたいことがあるのよ」


「なにかな?」


 失敗でもしたかな?

 携帯にインストールしたトレジャーテイルオンラインミニオンのせいかな?

 今は電話中だから見ることができないけど、自動生産で薬草の育成をお願いしている。そのせいで何かのトラブルにでもなったのかな?


「ニルトのキャラクターIDってディーよね?」


「うん。そうだけど、どうして分かったの?」


「私も管理者側なのよ。ディーの行動がニルトっぽいから、なんとなくそう思って監視させているのよ」


「え? じゃあ時音はゲームをしていないの?」


「ゲームはできるけど、別のことをしているわ。今はゲームバランスを調整中だから、ユーザーとの接触ができないのよ。というかイベントの時に会えるわね」


「そうなんだ」


「私が居ないからやる気が減ったかしら?」


「ううん。別にそんなことはないよ。どちらかというと個人的に楽しんでいるよ。それに漫画とのリンクも気になっているし、なんとなく遊べているよ」


「そうね。参考になるかもしれないわね……」


「なに? 聞こえないけど?」


「今だけ特別に聞いてあげる。何か不満があれば言って欲しいわ」


「別にないよ。現実の感覚に近いし、映像も綺麗だし、AIもいい感じだし、会話も自由だしね。時間の感覚が変な気もするけど、長く遊べる感覚があって、別に気にならないよ」


「そうよね。ニルトのアバターって卑怯なほど優秀だから楽しいわよね……」


「ん? なんか言った? 聞こえなかったけど」


「ううん。何でもないわ」


「なんか含みがある感じだけど、ボクの悪口を言ったんじゃないよね?」


「違うわよ。ニルトがゲームをしてくれたおかげで、いろいろなことがあったから、できれば今日もがんばって欲しいなって思っただけよ」


「そっか。うん、そうだよね。ボクも楽しくなってきたから長く続けてもいいかなって思ってきたところだよ」


「そう、よかった。そういう感想を聞けて安心したわ」


 そろそろ話を切り出してもいいかな?

 来週末の連休にダンジョンに行く予定の話をしないとね。


「それじゃあそろそろ切るわね。昨日はありがとう。今日もお願いするわね」


「あっ! 待ってよ。ボクからも言うことがあるんだよ」


「ん? なにかしら?」


「来週の連休にダンジョンに行きたいんだけど。予定は大丈夫かな?」


「いいわよ。来週のいつからいつまでになるのかしら?」


「金曜の夕方から月曜までだよ。三泊四日を予定しているからね」


「いいわよ。誰と行くかは知らないけど、詳しい話はティックラインかメールで知らせてくれると嬉しいわね」


「今のところ11人だよ。時音と萌恋を入れて13人だね」


「なにそれ。どういう状況になればそんな大人数になるのよ」


「新しいダンジョンを見つけたことが皆にばれちゃったからね。お兄ちゃんとお姉ちゃんが行きたいって云うから、その関係者とボクの友達が一人増えた感じだね」


「いいけど、私、大人数での行動が苦手なのよね。ルールとか持ち回りとか好きにしたい方だから、そういうのが自由にできないのなら考えさせてもらいたいところなんだけど?」


「あっ、そういうのは大丈夫だよ。ボクが本気を出すからね。ピクニックに行くようなものだと思ってもらえればいいと思うよ」


「なにそれ。ニルトが本気を出すって怖いわね。何をするつもりなのかしら?」


「この前は準備ができなかったからね。今回は一週間の時間があるし、今から支度をするつもりだから、いろいろと楽ができると思うよ」


「あれで準備ができていないとか馬鹿じゃないの? 他の探索者を舐めているわよ……」


「なに? 聞こえなかったけど、またボクの悪口を言わなかったかな?」


「ううん、なんでもないわよ。私、ニルトのことが好きだから、少し独り言になっただけよ」


「そうなの? まあ、いいけど。じゃあ詳細が決まったら近くに連絡するね」


「うん、分かったわ。楽しみにしているわ。それじゃあね」


「うん、おやすみ」


 良かった。上手く伝えることができて。

 それにしても時音はボクのことがいつも好きって言ってくれるけど、なんか含みがありそうなんだよね。

 何か理由でもあるのかな?

 改訂履歴

 2026/1/3 全修正。誤字脱字がひどかったです。


 もう一話連続で書いてみました。

 書けるものなんですね。

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