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第27話 料理部の事件再び

 前回までは、ニルトがオンラインゲームをプレイしていました。

 その日、弾矢の友人全員が泊まり、次の日の朝を迎えることになります。

 そこからの始まりです。


 それでは書見のほど、よろしくお願いします。

 9月7日金曜日。朝から雨が降り涼しい気温。


「「いただきます」」


 弾矢の友人と交え、十人全員がいつもの席に着き、食事のあいさつを済ませる。


「今日の朝はサンドイッチか。旨そうだな」


「うむ。ニルトのお手製だ。大いに期待してくれ」


「姉さんのお墨付きか。味が楽しみだな」


「弾矢くん、弾矢くん。遠本家の朝食はいつもこんな感じなの?」


「ああ。最近はニルトが作ってくれるからな。こんな感じだな」


「いいな、いいな。うちのお父さん野菜ばっかり食べるから飽きちゃうんだよね」


「豪勢よね。朝からこんなに沢山よく作れるわね」


「手麻里さん、見てください。このサンドイッチにトロトロのチーズがはさんでありますよ」


「え、本当に?」


「旨いぜぇな! カツカレーサンドちゅうのもたまにはいいもんぜぇな!」


「こっちは卵サンドですね。お手製のマヨネーズが使われているようで、とても美味しいです」


「やはり野菜サンドが一番じゃわい。このベーコンがスパイスになって旨いのう」


「姉さん。これ余り物で作ったのか?」


「ニルトの指示だ。丁度余っていたのでな。あるだけ全部使ったぞ」


「美味しいです。お肉とお野菜の相性が抜群にいいです。ん、ん」


「朱火ちゃん。そのサンドイッチはどれかな、どれかな?」


 皆の口に合って良かった。

 昨日から同じ着ぐるみ姿のニルトが、心内で全員の喜ぶ顔に満足し、差し指で一字を描き、両手を握っていつもの祈りを済ませる。


「すいません剣さん。ニュースを見ておきたいのでテレビを点けてもいいですか?」


「うむ、かまわんぞ。弾矢、すまないが頼む」


「わかった」


 こういう朝もいいよね。

 大好きな野菜ハムサンドを片手に持つニルトが、胡椒を振り掛け、点けられたテレビに耳を傾ける。


「先日に起きた銀行強盗の実行犯と視られる男らの動機が判明しました。今日午前十一時に警視庁で記者会見が開かれる予定です。犯人たちの情報が公開される模様です」


「最近こればっかりね。うちの学生が捕まえたってすごく噂になっているわよ」


「手麻里さんはその子たちが誰なのか知らないのですか?」


「砂子は知っているの?」


「はい。もちろん」


 砂子お姉さん。ボクをチラチラ見るのは止めてくれないかな?


「うん、うん。誰なんだろうね」


 小咲美ちゃんもあからさまにボクを見て言うの止めてよね。


「中等部の一年生に俺たちよりも強い女の子が居ると思うと自信を無くしますね」


「そうだな。オレでも倒せない相手に立ち向かうとか正気の沙汰とは思えないな」


 そんなことないもん。さすがにお兄ちゃんでも怒るよ。


「そうです。これは由々しき事態です」


 朱火ちゃん。なんか文句ある?


「なんぜぇな? ワイも気になってきたぜぇな」


「そうじゃのう。もったいぶらんでもよかろう」


「ふっ」


「姉さん?」


「やはりな。こうして聞いていると存外に面白な」


「あの、剣さん。テレビに映っている彼女たちについて何か知っていることがあるのですか?」


「知っているもなにも、その一人がそこに居るニルトだからな」


「え? そうなのですか?」


「驚きじゃわい」


「ありえんぜぁな!」


 琉兎と厳永が眉を寄せ、環太郎が椅子から腰を上げる。着ぐるみ姿で膨れ顔のニルトに視線を向け、その様子に全員が追従する。


 お姉ちゃんどうしてバラしちゃうの?

 食べていたサンドイッチを取り皿に置き、青緑の瞳を細めるニルトが不満げに理由を口にする。


「ボクは悪くないもん。たまたま運が悪かっただけなんだもん」


 時音に付き合ったせいで巻き込まれた。そう言葉にしたい思いを飲み込み、さすがに大切な友人を非難する事もできず、不満とほほをより大きくして、九人ににらみを利かせる。


「あの剣さん。ニルトさんの方が弾矢さんよりも強いということですか?」


「そうだ。全くその通りだ」


「そう、ですか……」


 心内で尊敬している友人の姉から本音を聞き、少しショックを受けた琉兎が、眼鏡の奥に隠れた黒い瞳を暗くする。


「ユニオンのデーターベースから調べたのだが、犯人の一人はプロのワーレフになる。ハンターランクD。アドベンチャーランクE。スターレスランクF。総合ランクE。ラバーのスキル保持者でレベルが30。今の弾矢ではまず勝てないだろうな」


「なにそれ。化け物じゃないの」


「教師と同じ強さがあるのう。納得じゃわい」


「でも変です。ニルトさんはアプレイスです。戦闘向きではないと思います」


「そうよ。砂子の言う通りよ。おかしいわよ。アプレイスが空を飛ぶスキルを使うなんてどういうことよ」


「「うん、うん」」


 テレビに虹色の羽を広げる少女が映し出されている。


「ニルト。あえて聞こう。このアビリティは何のスキルになるんだ?」


「うむ。私もそれを知りたいと思っていた。なあ? 妹よ」


 そういえば言っていなかったね。でもどうして今なのかな? もっと前に聞いてくれればよかったのにね。そう不満に思う気持ちを抑え、食べ掛けのサンドイッチを持ち直し、率直に応えを口にする。


「オーバーウィルだよ」


 サンドイッチを一口。その幼い姿に全員の視線がいく。


「砂は聞いたことがあります。スキルレベル限界を超えた先にある力に目覚めた人だけが使える固有スキルの事ですよね?」


「なんぜぇな。ワイは初めて聞く話しぜぇよ」


「そうじゃのう」


「俺も聞いたことがないですね」


「だね、だね。つまりどういうことなのかな?」


「砂子だけ知っているなんてずるいわよ。私たちにも分かるように説明しなさいよ」


 未知の力に興味がある。視線がニルトから砂子に移る。その様子に納得し、うなずく弾矢が口を開く。


「まだ納得できない点はある。だがそれは後で聞くとして、取あえず事情は理解できた」


 一度左右に視線を配り、目の前の琉兎を見るように言葉を口にする。


「今から話すことは他言無用で頼む。ワーレフには暗黙のルールがある。弱者を危険にするな。そういう意味が含まれている。だから注意して聞いて欲しい」


 未熟な者が追い求めると必ず不幸になる。そういう意味を知ってもらうために、弾矢は念を押すように茶色い瞳を瞬かせる。


「姉さん、それでいいよな?」


「うむ。いいだろう。弱いうちは決して追い求めてはならない。それが暗黙のルールになる。これは私にも言えることだが、できれば公にせずに黙っていて欲しい。ここに居る皆も当然できるよな?」


「分かりました。誰にも言いません」


「おうぜぇな!」


「うむ」


「うん、うん」


「いいわよ」


 知らない五人の同意にうなずきで応える弾矢が、続けて口を開く。


「今さらだが、皆はスキルについての基本を知っているよな?」


 スキルにもレベルが存在する。限界は100になる。それ以上の先はない。だが実はその境地を超えることができる。その力を固有スキルと呼び、またの名をオーバーウィルと呼ぶ。Aランクのワーレフになるための通過点とされているため、あまり公にできない情報になる。そう弾矢は告げている。


「ちなみに母さんと父さんはさらに上の力が使えると云っていた。オレは見たことがないが、とても扱いに困るとも云っていたな」


「お兄、初耳です」


「言っていなかったか?」


「はい」


「あの弾矢さん。聞いてもいいですか?」


「なんだ?」


「つまりニルトさんは固有スキルを習得している。ということは何かしらのスキルを極めているということになるんですよね? ですがアプレイスのスキルには攻撃手段がありません。だとすると別のスキルを使っているのではないでしょうか?」


「そうだな。俺もそれが疑問だったんだ。なあ、ニルト。どうなんだ?」


「私も知りたいな。妹よ」


「むう……」


 お兄ちゃんもお姉ちゃんも意地悪だよ。

 もぐもぐとほほを動かし、アニメ柄のマグカップに口を付けて牛乳を飲み込み、遅れて応えを言葉にする。


「知らないよ。だってアプレイスにしかなったことがないもん。たぶんまぐれで使えるようになったんじゃないのかな?」


「そんな訳がないだろう? オレたちにも言えないようなことなのか?」


 本気で考えてみてもよく分からないよ。

 何かの理由があるのだろうけど、その原因を調べるにしても、調べる者(インベスティゲイター)のレベルが低いので、自分自身を測ることができないんだよ。

 調べのスキルアビリティには六つの力がある。

 命動鑑定、実態鑑定、効果鑑定、呪力鑑定、想見鑑定、予測鑑定。その他にも偽装に言語理解。スキルのレベルが上がれば全ての能力が強化され、自然と様々なことが分かってくる。でもレベルが低ければ使うことができない。今のボクは16レベルと低く、ほとんどのアビリティが使えない状態にある。

 いろいろ試してはいるけど全く分からないんだよね。

 本音を言えば前世で使えていた力になるけど、知っていたから使えることができたとも言い切れないので、やっぱり分からないという答えが正しいと思うんだよね。

 そう心内で考え、嘘ではないと青緑の瞳を瞬き、真っすぐ見るように、全員と向かい合う。


「そうか。言えないのであるならば仕方がない。それがお前の強みでもあるからな。私にもそうしたことが多少なりともある。家族だとしても教えたくない事はある。それは当然のことだ。だがな。これだけは聞いておきたい。妹よ。私たちに隠していることが他にもあるのではないのか?」


「え?」


 何のこと?

 もしかしてさっきイチゴ大福を食べたことがばれちゃったのかな?

 ごめんね、お姉ちゃん。美味しかったからつい食べちゃったよ。

 そう聞こえた気がして、一瞬だけ身を震わせる。


「姉さん?」


「お姉?」


 弾矢と朱火の疑問に場の雰囲気が剣に集中する。


「その様子だと二人には情報が行っていないようだな。この際だから話しておく。当然刀子さんと父さんには私から報告してある。なあ? 妹よ。この前のダンジョンではさぞかし活躍したようだな?」


「あっ」


 そっち?

 なんだよ。びっくりさせないでよ。

 怒られると思って焦ったじゃないか。

 千城窟ダンジョンで隠し通路を発見したことだよね?

 だったらもったいぶらずに言ってくれればいいのに。

 そう落ち着きを取り戻すニルトが、青緑の瞳を泳がせる。


「ここに居る誰もが千城窟ダンジョンで隠しダンジョン発見の噂を聞いたことがあるはずだ」


「ええ、聞いています」


「砂も知っています」


「そうかニルトが原因だったのか? なるほど。そういうことか」


「思い出したぜぇな。昨日の帰りに噂をしている人がいたぜぇな」


「うむ」


「うん、うん」


「そうね。帰りはやけに物々しい雰囲気があったわね」


「あれは本当の話だ。詳しくは知らないのだが、世界中からかなりの注目を集めているな」


 魔動機甲装マナフォースアーマを用いて熟練のワーレフたちがダンジョンに向かっていく。そのことを知っている剣が、母親と父親からの要望に応えるため、白猫フードを深く被るニルトに青い瞳を細める。


 その気配を一身に受ける当事者として守秘義務があるのかを一考し、ここで話してもいいのかと眉を寄せるニルトが、白猫フードに隠れた口を自信なく開く。


「詳しくは話せないけど、確かにボクが見つけた情報だよ」


「そうか」


「すごいじゃないのよ。大手柄ね」


「うん、うん。すごい、すごいよ」


「ん」


「そこまでとは恐れ入ります」


「全くじゃのう」


「ワイにはよう分からんが、ニル坊ががんばっていることだけは分かるぜぇよ」


「ですね」


「がんばったな。ニルト」


 この場の全員が探索者としての基本を知るためか、深く詮索をしないように驚く振りをする。

 その雰囲気が嘘臭く感じ、逆に云い知れない不満を募らせるニルトが、猫耳フードに隠れたほほを膨らませ、怒ったように口を尖らせる。


「いいもん! そんなに気になるんだったら探索に行こうよ! そういう事情だったら守秘義務に違反しないからね! 来週の三連休だよ! 絶対に強制だからね! お姉ちゃんもお兄ちゃんも朱火ちゃんも皆さんも全員だよ! 忘れないでよね!」


「ほお、言い切ったな」


「ワイらもニル坊と一緒に行かなあかんのか?」


「俺は構いませんよ」


「面白いのう」


「いいですよ。砂は大歓迎です」


「私も別に構わないわよ」


「うん、うん」


「ん、少し面倒です。でも今回は一緒に行ってあげてもいいです」


「ニルト。本当にいいのか?」


「当然だよ! だって悔しいんだもん!」


 まるで機嫌を損ねた幼い少女。

 そう温かく見守る全員が赤い顔のニルトに思わず口元を緩めてしまう。

 どうやらニルトの扱いが分かってきたらしく、この場に居る全員が剣のように、あおり立てる方法を学んでいく。


「ねえ、聞いている? 酷いと思わない? 皆がボクを馬鹿にするんだよ? 聞きたいなら聞きたいって素直に言えばいいのにさあ。その後も気を使ってボクに遠慮するんだよ?」


「そうですね。そういうのはいけないと思います」


「でしょ、でしょ」


 四時間目のチャイムが終わりを告げられ、歩くニルトと初来愛の会話が図書館の地下書庫に響いていく。


「でしたら私も付いて行きたいのです。ぜひご一緒させてもらえないでしょうか」


「え? でも」


「話を聞いているだけでは分からないのです。私もニルトが悪くないということが知りたいのです。よろしいですよね?」


「そうだね。うん、いいよ。一緒にダンジョンに行くって約束をしていたしね。皆で一緒に行こうよ」


「本当ですか! 嬉しいのです! 約束ですよ! 必ず予定を空けておくのです!」


 振り向き両手を握ってくる初来愛に驚くニルトが、苦笑いを浮かべるようにほほを引きつらせる。


「恋理、ただいまなのです」


「やあ、早かったね。ニルトくんもお疲れ様」


「うん。こんにちは」


 これで部室に来たのは三度目になるね。

 いつもの流れに合わせるニルトが、黒いソファーに鞄を置いて洗面台まで歩き、恋理に近づいていく。


「手伝うよ」


「そうか? だったら机を布巾で拭いて欲しい」


「うん。わかった」


 云われた通りに洗面器にあるマナファイバー製の布を取り、テーブルに向かって表面を拭いていく。


「今日は私の番だ。うちの親が経営する料亭で作る仕出し弁当を用意した。評判が良くないのでぜひ二人にも試食して欲しい。遠慮なく意見を言ってくれないか?」


 ご飯の上に大きめの牛肉ステーキがそえられている。ムール貝の煮つけとワカメサラダの酢漬け和えに、野菜の煮物とブドウとナシのコンポートをデザートに、それぞれが仕切りで分けられている。


「わかりました。遠慮なくいただきます」


「よろしく頼む」


 手を合わせる二人に習い、いつもの挨拶を済ませたニルトが、食材の匂いに欠点があると悟り、一つ一つに箸を付ける。


「お値段はいくらになるのですか?」


「予想してみてくれ」


「3000円くらいでしょうか?」


「正解だ。2800円で売り出している」


「お肉に食べ応えがあって美味しいのです。私には欠点が分からないのです」


 なんでも美味しく食べればいいとするニルトにとっても本音はどうでもいいこと。それでも商売人にとっては些細なことでも気になるはず。

 そう心内で思い舌を鬼にして瞳を細めるニルトが、弁当を机に置き、気づいた点を口にする。


「これ、どこで売り出している物なのかな?」


「主に特急電車とリニアトレイン内で販売しているな」


「そっか。だったら分かる気がするよ。だってこれ酢の匂いが強すぎるもの」


「酢の匂い? ご飯とサラダには多く使われているが、それが原因だというのか?」


「うん。開ける前から匂いがするよ。選ぶ段階で味の予測ができてしまうから、どうしても敬遠されてしまうんだと思う」


「なるほど」


「言われてみると思っていた味と違っていたことに、私も驚いた気がするのです」


「匂いは大事だよ。お客さんの好みで売り上げが全然違ってくるからね。例えばビールと合うようにニンニクを強くするのはどうだろう。そうすると今よりも印象が良くなって売れるかもしれないよ?」


「いい案だ。担当責任者に伝えておこう。ありがとう。助かったよ」


「ううん。こっちこそ美味しいお弁当をありがとう」


「それにしても意外なのです。ニルトはビールを飲んだことがあるのですね」


「え?」


 この体になる前に飲んだ記憶があるけど、実際は一度もないよ。

 それでもお酒は好きだったので、どういう味がするのか思い出すことができる。そんなことを考えていると、答えづらい内容だと勘違いをした二人が、気遣う会話を口にする。


「私は一度だけ見学会でノンアルコールのお酒を口に含んだことがあるのです。ですがとても苦いだけで不味いと感じました。どうして大人たちは美味しいと言っていたのでしょう。今も不思議に思うのです」


「そうだね。私も同じだよ。飲み会でも先輩方は旨いと酒を飲んではいるが、私には全く分からない世界だよ。まあ来年の今頃には付き合うことになるだろうが、おそらく私はあまり好きになれないだろうな」


「うん? そうかな?」


 お酒は美味しいよ。

 酒は戦いの合間に飲むのが一番いいんだ。気分が高揚して不安が落ち着くからね。それに仲間との絆が深まって生きる決意が湧いてくる。

 飲み過ぎはよくないけど、絶対に必要な物だよ。


「お酒は好きだよ。日本では飲めないけど、以前に一通り飲んだことがあるよ」


「おや? 本音が出たね」


「どこが好きなのですか?」


「香りだよ。次が味で最後に酔いの感覚だね。風味を楽しむんだよ。そして仲間との会話に華を咲かせていく。それが何よりも変えがたい隠し味になるんだよ。お酒をすすめ、容器に注ぐ音を奏でる。当ての料理に舌をなじませ、また飲める感覚に酔いしれる。すぐに次の一口を堪能し、わいわいと騒ぎ立てる。そういうのがいいんだよ」


「ほう……」


「ニルト。子供がお酒を飲んではいけないのです」


「でもでも、それは日本だけの話でしょう? それにドリンクコミュニケーションは探索者に必須なんだよ? 子供だからって長期の遠征には欠かせないアイテムなんだからね」


「いいね。私は教師ではないからね。ニルトくんの年で飲んでいる子くらい、いくらでも知っているよ。よければ今度うちが経営するコテージに行かないか? ぜひ酒の飲み方を教えて欲しい」


「あっ! ずるいのです! 恋理! 抜け駆けは許さないのです! 私もニルトと一緒に行くのです!」


「それはいいが、初来愛は教師を目指しているのだろう? お酒を飲むために行くのはさすがに風聞が悪いだろう」


「それとこれとは別なのです! ニルトと一緒になれるのでしたら多少のことはもみ消しても構わないのです!」


「えっと、初来愛? 落ち着こう。そんなに怒らなくてもボクは逃げないよ」


 なるほどね。初来愛はボクに興味があるんだね。きっと今だけだと思うけど、仲良くしていけばそのうち落ち着いてくるよね?

 首を傾けて勘違いするニルトが言い合う二人に遊びの約束を交わし、思惑通りの落ち着きを見せる。そうして弁当を食べ終えた三人が後片付けを済ませ、ソファーに再び腰を落ち着かせる。


「さてと、食事も済んだことだし、昨日の進捗についての話をしておきたい。まずはこの資料に目を通してくれ」


「これは、恋理が作った活動報告書なのですか?」


「そうだ。部の活動として目を通してくれ。少しでも分からない箇所があれば指摘して欲しい」


 アーカイトの調査報告書。

 活動期間と今後の予定。論文形式で様々な検証結果と数値が記述されている。


「でしたら言わせてもらいます。昨日ニルトが作ったお薬についての詳細が書かれていないのです」


「あれはストップが掛かったよ。効能が強すぎる。ダンジョン物性科の知り合いを通して教授に分析を依頼したのだが、思った以上の騒ぎになったよ。理由を聞いたら複製研究に回したいと言われ、貸しにして渡したから、結果が出るまでしばらく公にするなと言われたよ」


「それほどの薬なのですか?」


「廃棄するラットに飲ませると病気が一瞬で治り、枯れた植物に与えると細胞が復活したりする。明らかにダンジョンで採取されるブルーポーションを超える効能があると云われたよ」


「そうなんだ……」


 そんなにすごいことなのかな?

 レッドポーションだったら欠損を少し回復させてくれるし、イエローポーションだと多少の怪我や病気や呪いを完治してくれるよね?

 プチポーションはプチでしかない。

 そんな風に二人の会話に耳を傾け、伝説級の回復薬であるクリムゾンポーションとエリクサーがアイテム空間にあることを思い出し、優越にほほを緩めていると、入り口のドアが唐突に開かれる。


「初来愛! 居るか!」


 飛び出すように現れた東先奏生が、紺の制服姿で三人が座る黒いソファーに近づいてくる。


「すいません古小先輩。初来愛をお借りしてもいいですか?」


「ああ。構わないよ。私の用件は済んだ。それで? 慌ててどうしたのかな?」


「例の件で少し問題になりまして」


「急なのか?」


「はい」


「だそうだ。初来愛。どうする?」


「一つ聞きたいのです」


「すまん。時間がないんだ。手短に頼む」


「どうして連絡がないのですか?」


 料理部の件は電話で伝えて欲しいと連絡してあるのです。

 というのに事前に連絡もなく、職員からも何も聞いていないのです。

 そう不審に思う初来愛が眉を寄せ、黒い瞳を不安にする。


「まずは俺の話を聞いてくれ」


「はい」


「暗室でまた壺が割れたと聞いて俺が料理部の部長に呼ばれ、那依と包夢と一緒に向かって行ったんだが、そこで居合わせた部員に事情を聞いた時に問題が起きた」


 奏生は続けて経緯を告げる。

 朝野録真と話をしている間にゴーストが現れる。

 周囲を飛び回り一年の村上美憂むらかみみゆうの身体に入り込む。

 豹変した村上が暴れ、中田梨理なかたなしりに襲い掛かる。それを奏生と包夢が取り押さえる。

 対処法として那依が村上の体に魔力を通し、憑き祓いをする。

 無事にゴーストを切り離し、奏生と包夢が戦い、事態の収拾を図る。しかしその後で問題が起きる。


「研究棟で魔力を扱うことは禁止されている。特別な理由がない限り戦闘行為は許可されていない。今回の場合は取り押さえた時点で報告をする義務がある。そう西藤吉見先生に言われてね」


「つまり先生に怒られたと、そういうことなのですか?」


「いや、違うんだ。その後が問題なんだ。ダンジョン料理部はしばらく休部にする。図書部も同様に処罰する。突然現れた教頭にそう云われてね。かなり危うい状況になっている」


「話の経緯が分からないのです。どうしてそうなったのですか?」


「どうやら料理部が原因で魔物が技術棟に入ってくるという流れになりそうなんだよ。そう職員会で話題になったばかりになるらしく、その直後に事件が起きたから、保護者会への公開反対の教頭が、俺たちの部にも責任を取らせようとしている」


「それは困るのです。もしも高等部で休部を言い渡されでもしたら、私たちも活動ができなくなるのです」


「だからすぐ来てくれないか? 初来愛の力が欲しい。料理部の部室で教頭と話をする皆が待っている」


「分かりました。すぐに向かうのです」


 なんか変な感じがする。

 勘だけどゴーストに憑かれた人が気になるね。

 結い髪を揺らして瞳を細めるニルトが、付いて行く意思を固めて名乗りを上げる。


「ボクも行くよ」


「いいのですか?」


「うん。ボクも当事者だよ」


「感謝するのです。ニルト」


 そうして高等部旧校舎にある料理部の部室に向かい、着いて早々那依の声が聞こえてくる。


「ですから誰も怪我をしていません。問題にもなってもいませんよ。どうして休部になるのですか?」


「これは職員会で決まったことなんだよ。次に何かが起きる。あるいは問題が起きる部には即時休部とする。そう決められたことなんだよ」


「だから言いましたよね? 村上さんも中田さんも何もなかったと。本人たちもそう言っています」


「いいえ。すでに壺が割れている事件が起きていますよ。それに村上さんも魔物に襲われたのは事実です。このまま部活動を続けさせる訳にはいかないんですよ。分かって欲しいなあ」


「それでしたら私たち料理部だけの責任です! ですから、図書部は関係ありません!」


「そうです。俺たちが悪かったんです。ちゃんと先生と一緒に作業をしなかったことが原因なんです。だからお願いします。図書部は関係ありません」


 料理部部長の佐東潮美と副部長の朝野録真が頭を下げる。


「いや、ダメだね。図書部も例外はないよ。大体なぜ僕が君たちの意見を聞かなければならないんだね? これは学園のルールなんだよ。ルールは守るためにある。守れないのなら罰則が言い渡される。学園の規則にそう書いてあるんだよ。お解りですか?」


 奏生が入り口で身を乗り出し、旧校舎のドアを開けようとするが、それを初来愛が手を出して引き止める。首を横に振り、見守る意思を無言で伝える。


「ですが!」


「くどいよ。それに肝心の東先くんが帰ってこないじゃないか。僕も忙しいんだよ。これ以上は水掛け論だよ。図書部は問題を大きくしたことによってこの騒動が解決するまでの間は休部とします。これは本日をもって執り行うこととし、教頭の権限によって決定といたします。よろしいですね?」


「分かりました! 謹んでお受けするのです!」


 突如と開けたドアから身を乗り出し声にした初来愛が、部屋の奥へと勢いよく歩いていく。

 改訂履歴

 2026/1/1 全修正。今年こそよろしくお願いします。


 今回の冒頭の日付と天気の表現から、日記の書き出しが開始されています。

 つまり、すでに一日を終えたニルトが、思い出している場面になります。

 また、日記なので、未来で誰が読んでいるのかわかりません。

 かなり苦しいですが、心の機微を妄想しています。よろしくお願いします。

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