第25話 家族の皆と出会う
書見のほど、よろしくお願いします。
ギルドの中ってなんだか温かいよね。
木造りの室内にランプの光源がオレンジ色に輝いているから、夜の暗い気配に暖炉の火が灯る雰囲気に似ているよね。
でもどうして皆がボクを見るんだろう。NPCの人かな? それともPCの人たちかな? あそこにいる戦士風のおじさんも笑っているね。
なんかいやらしいな。にやにやして気持ちが悪いよ。絡まれないうちにさっさとカウンターに向かおう。
「こんばんは」
受付のシンディに声を掛ける。
「ディーさん、こんばんは。こんなに夜更けにどうしたのですか?」
「ボクの名前を覚えてくれたんだね。ありがとう」
「当然ですよ。私はプロですからね」
「そうだよね」
まあゲームなんだし、その辺はボクに合わせてくれているんだろうけどね。
「それではお聞きします。本日のご用件はなんでしょうか?」
「うん、二つあるよ。一つ目はホーンラビットの素材を買い取って欲しいんだ。できるかな?」
「はい。受け付けております。ホーンラビットは常に需要があるので常時依頼が出ています。そちらをお受けいただければ買い取りの手配をいたします」
「依頼を受ける? どういうこと?」
どうやるのかな?
システムコマンドの中にそういう項目はないみたいだけど。
「依頼をお受けしたいのでしたら掲示板に張り出されている紙をお持ちください」
「そうなんだ。分かったよ。ありがとう。ちょっと見てくるね」
「はい。お待ちしております」
変なところでリアルだよね。
どうせだったら受付で全部済ませてくれてもいいのにね。
「え? ランク?」
信用ランクなんてあるんだね。
掲示板がランクごとに分けられている。
だったらホーンラビットは一番下のランクだよね?
「うーん」
Gランクには無いね。
街のアルバイトの依頼ばっかりだ。
「おかしいな。だったらFランクかな?」
こっちも違うみたい。魔物の討伐依頼は二件だけ。下水道の汚れネズミとスライムの駆除。それ以外はGランクと同じで、少し難しい仕事ばかりになる。
「だったらEランクかな?」
今度は見ている人がいっぱいだ。
邪魔にならないように注意しよう。
「えっと……」
GやFランクと倍以上数が違うね。
端から順に目を通していこう。
「あ! あった!」
密集するようにホーンラビットの採取依頼が重なっている。
これを持っていけばいいのかな?
他の人たちの行いを見よう見まねのボクは、何枚もある内の一枚をはがし、カウンターに向かっていく。
「受けに来たよ」
「お預かりします」
シンディに依頼が書かれた獣皮紙を手渡す。
「拝見しました。さっそく規則上の確認ですが、ホーンラビットの採取依頼をお受けするということでよろしいですね?」
「うん」
受理されるとクエスト受注欄に表示がされるようになる。
「素材はすでにお持ちのようですね。いくつほど納品いたしますか?」
「全部お願いするね」
するとクエストの完了表示が視界に流れてくる。
二〇匹分の肉を手渡したらしく、1000ギニーを手に入れたとするメッセージが流れてくる。
「肉の解体処理をなさってくださったようですので、その分の報酬を上乗せしています」
「そうなんだ」
「はい。よろしければ毛皮の買い取りも行っています。ぜひともお売りしていただけないでしょうか?」
「いいよ。使わないから全部渡すね」
「ありがとうございます」
すぐに2000ギニーが取得されましたとするメッセージが文字で視界に流れてくる。
結構多いね。
「魔力石はいいの?」
「はい。そちらも買い取りはあります。ですがよろしいのですか? 生産に使われることがあるので、今後必要になるかと思いますよ?」
「そうだね。だったら残しておくよ」
「そのようにした方が好いかと思います」
一気にお金が増えたね。これで資金が4000ギニーになったよ。
「他にご入用はありますでしょうか? なんでも聞いていただいていいのですよ」
「じゃあ教えてよ。お腹が空いて大変なんだ。どこかで食事ができるところはないのかな?」
「はい。それでしたら奥のフロアが食堂になっています。そちらでお食事をなさっていただくのはどうでしょう」
「あ、やっぱりそうなんだ。じゃあそうするね。ありがとう」
「はい。またのご利用をお待ちしております」
なるほどね。大体の要領が分かって来たよ。
それにしても会話がスムーズだね。最近のオンラインゲームの知能はすごく優秀なんだね。
受付場を離れ、込み合う食堂のフロアへと向かい、中に入ると活気がある景色が見えてくる。個々に酒を飲み談笑に華を咲かせている。
「お腹空いたね。どこに座ろうかな? むう……」
どのテーブルの席にも人が居て相席は嫌だからカウンター席に座ろうかな?
「すまない。少しいいか?」
「え? ボクに言っているの?」
「その話し方はニルトか?」
「え? なんでボクの名前を知っているの?」
「よかった。やっと会えたな」
「え? 誰?」
誰だろう。このかっこいいお兄さん。
「俺が分からないのか? 俺だよ。弾矢だよ。お前の兄だ」
「え! お兄ちゃん!」
「おい。声が大きいぞ。ここは人が多い。どこで誰が聞いているのか分からないんだぞ」
「あ、ごめん」
「すまんがこっちに来てくれないか? 家の二人も一緒だから話をしないか?」
「うん」
ツーブロックで銀髪の見るからにイケメンの男性がボクの腕を引っ張って席まで案内をしてくれる。
「連れてきたぞ」
「うむ。やっと会えたようだな」
「ん、さっきぶりだね」
部屋端の丸いテーブルに、剣お姉ちゃん風の女性と朱火ちゃんのシュビが座っている。
「皆どうしたの? ゲームに興味がないって云っていたよね? 馬鹿みたいに酔っぱらっていたし。さすがに騒ぎすぎて帰れなくなった皆さんに付き合うって言っていたよね?」
「二人とも座れ。まずは落ち着くべきだな」
「ああ、わかった」
「そうだね」
「むう」
現実と違う剣お姉ちゃんに言われ、銀髪の弾矢お兄ちゃんが先に席に座り、数に余裕ある通路側の席にボクは座る。
「さてと。さっそくだが、フレンド登録やらとパーティー登録を済ませようではないか。下の妹よ。やり方は分かるな?」
「うん」
そうだね。チャット機能を使うにはパーティーになった方が楽だよね。
「私から出すよ」
「うん」
シュビ姉からフレンド登録の案内がきた。ボクはすぐに許可を出す。するとパーティー申請が来たのでそれも許可を出す。
「次は私の番だな」
剣お姉ちゃんのハギリと弾矢お兄ちゃんのダレットからもフレンド登録がくる。
「ディーよ。よろしく頼むな」
「うん。ハギリにシュビにダレット。こちらこそよろしく」
パーティー音声チャットが起動したので、ボクもシステムコマンドで調子を合わせる。
「ディーくん。妹のくせに生意気だよ。私のことはシュビさんと呼びなよ」
「シュビ姉でいいよね? それともシュビちゃんがいいかな?」
「ん、シュビ姉でいいよ。それよりも初めてだね。私をお姉呼びしてくれたの」
「そう? そんなことはないと思うけど?」
「そうだよ。自覚しなよ。ディーくんは少し失礼だよ」
「むう」
朱火ちゃんがいつもと違う。なんかやりづらい。
「オレは呼び捨てでいい。ディーの好きに呼んでくれてかまわないからな」
「私も同じだ。むしろそうして欲しい。妹に呼び捨てにされるのも新鮮で好いからな」
「うん。わかった。それはいいんだけど、どうしてここに皆が居るの?」
「ふむ。気になるのか?」
「うん。だってあんなに酔っぱらっていたよね? すぐに休むって云ったきり三人とも皆さんが居る客間から出てこなかったし」
「それはオレから話そう。皆を客間に案内したあとで父さんと母さんからスパイダーシーのメッセージが来たんだ。ディーを手伝ってくれって言われてな。ソフトもある。環境も用意されている。そういった相談をした結果なんだが、どうせだから皆でログインをしてみたらどうかという話になったんだ」
「私は仕事を終えてから来たよ。せっかくだからゲリックさんにも相談をして、プレイ動画を録画することにしたんだ。だからレコーディングモードを常に起動しているよ。あとでアップロードするから、ここでの公開発言はそれなりに気を付けてよね」
「分かったよ。それでお姉ちゃんの方は?」
「ああ、そうか。私の番だな。あのあと弾矢から相談を聞いてすぐに事に及ぶことにしたのだが、何分不慣れでな。説明書を読み上げ、装具を装着するのに時間が掛かってしまった。その後も操作に難航し、自由に動けるようになるまでにかなり時間を浪費している。今まで待ってくれていた二人に会ったのがついさっきになる。丁度そのことで話をしていたところだ」
「つまりオレたちはさっき集まったばかりなんだよ。たまたまここで話をしていたらディーが歩いて来るのが分かったからな。姉さんに言われ、オレから声を掛けたんだ」
「どうしてボクだってわかったの?」
「簡単なことだ。オレじゃなくても分かる。ディーは普通の人と違い歩き方に隙が無い。そういうところが普段と同じに見える。それにディーは背筋が伸びて美しい歩き方をする。オレも見習いたいくらいにな」
「そんなことよりもお兄とお姉は気にならないの? ディーくんだけがキラキラのエフェクトが付いていることにね」
「キラキラってなに? ボクが光っているの?」
「まさか気づいていないのか?」
「うん。皆がボクを見てくるのは気付いていたけど、どうしてなのかなって疑問に思っていたところだよ」
「なるほど。さすがは私の妹だ」
「むう。どういう意味だよ」
「ふっ、そのままの意味だ。気にするな」
「だからどういう意味?」
「そうだな。ハギリの言う通りだ。オレ以外の三人は、周りの目を集めてしまう気質があるからな」
それダレットお兄ちゃんにだけは言われたくないよね。
「そうだね。まずはディーくんのステータスを確かめさせて欲しいね。何が原因か分かるかもしれないからね」
「うん、いいよ」
ボクはステータスに表示された数値を上から順にチャットに書き出して伝える。
「私にはさっぱり分からんな」
「ああ、オレもだ。それよりもレベルがもう4になったのか?」
「うん。魔物と戦ったらすぐだよ」
「そうなのか? ここに向かう途中で聞いたんだが、戦いが難しいって噂になっていたぞ?」
「え?」
「これだよ。たぶん称号が原因で間違いがないね」
「高貴なる血筋のせい?」
「そうだね。ディーくん。称号はね、キャラクターが作られたときに個別に設定されるものなんだよ。人それぞれに違いがある。最初から何らかの特性が備えられている。例えば私の火炎の申し子だけど、火に関わるスキルの習得が楽になる特性があるんだよ」
「へえー、そうなんだ」
「オレは器用貧乏だな。同じ称号を取った人が言うには、レベルアップ時にスキルポイントが多く取得できる時があるらしい」
「私は華美壮健だ。何が違っているのか分からんのだが、シュビに云わせるとHPに少しボーナスが付くらしい」
「つまりディーくんの高貴なる血筋も何らかの補正が掛かっていると思うんだよ」
「ふーん。そうなんだ」
「でもね、私の調べでは高貴なる血筋を持っている人はディーくん以外に居ないみたいなんだ。全員の称号が分かるわけでもないのだけど、キラキラの原因はそれが原因で間違いないだろうね。誰も持っていないことが一番の理由になるよ」
「ディーよ。チャットのログを見ているが、種族の表示が抜けているぞ? もう一度書き直してくれないか? 今度は正確に頼む」
「あ、うん。いいよ」
そっか。云われてみると抜けていたね。
今度はスキルと装備も書き出してみよう。
「送信したよ」
「「え?」」
「妖精族って何だよ。聞いたことがないよ。初期設定は人族、エルフ族、亜人族、獣人族の四種族だけだと思っていたんだけど?」
そうなの?
しまった。獣人族になればよかった。モフモフを堪能できたのにね。
「でも変なことなのかな? 種族が変わったからって、何かあるわけでもないでしょう?」
「それ本気で言っているの? 種族特性はスキルの習得に影響するって言っていたよね? 説明を読んでないのかな?」
「むう。そんなこと言われても、初期設定でナレーターに任せたらこうなったんだけど?」
「ナレーターに任せる? そんなことができるの? キャラクターエディット作成を全て任せたってこと?」
「ううん、違うよ。全部だよ。名前もステータスも全部ナレーターに決めてもらったんだ」
「え? 全て自動で決めたの? そっか。そういうことなんだね」
「ふむ。何か分かったようだな。シュビよ。私にも分かるように説明をしてくれないか?」
「ん。たぶんこのゲームは実際の体とリンクしている要素が多いほどキャラクターの個性に反映されやすいんだと思う。開発者の趣旨としてもワーレフ推奨のゲームと公言しているからね。設置に魔力石を必要としてプレイヤーの魔力を必要とするシステムになっているんだよ。このことからも現実の肉体のステータスを参照してキャラクターに影響を与えているんだと思う」
「つまりどういうことなのだ? もう少し分かりやすく説明をしてくれないだろうか?」
「ん。このゲームで稼いだ経験値の数パーセントがリアルの肉体に還元されていくんだよ。そして戦いで受けたダメージが現実の体に少し影響を及ぼすことになる。そういうリアリティがあるゲームなんだよ」
「それは危険ではないのだろうか?」
「ん。少なくとも現実のレベルが低いうちは危険だと云われているよ? ゲームであってゲームではない。まるで昔のオンラインゲーム小説の売り文句みたいな現象が起こるんだ。年齢制限も12才以上になっているし、強制ログアウト条件にデスペナルティが含まれている。戦闘で減ったHPの総量が多いと場合によっては現実で強制的に休息を取らされることにもなる。プレイヤーの体に配慮した措置がいくつも施されているんだよ」
「面白そうではあるが、目的が分からんな。危険があるのだろう? 消費者庁がよく許可を出したものだな」
「そこはリスクの問題だと思うよ? レベルが上がるという点では実際にダンジョンに行くのとゲーム内での生死を繰り返すのとで、どちらが安全なのか一目瞭然だからね。そういう点では信用できると思われているよ」
なんか難しい話になってきた。
「ちなみにゲリックさんの狙いというか目的なんだけどね。アミューズメントに加えて医療機器という名目が記載されているんだよ。知っての通り国は生涯で推奨するステータスレベルを福利厚生にしているよね? 国民の平均レベルをいかに上げるのかを目標に掲げ、補助金を出している。その関りからリアルでレベルが上がると体の調子が良くなるという実証もされている。そういった行為の助成になるという名目で、将来的には団塊の世代からお年寄りに掛けて、低レベル層向けのサービスを考えているんだよ」
「ふむ。とすると現実の身体と親和性が高いほど何かと都合が好いと言いたいのだな?」
「ん。その通りだよ。つまりナレーターに任せることでプレイヤーに最も適したキャラクターを作ってくれることになるんだよ。そうすると現実の強さにマッチした体がそのままゲームに反映されることになる。少し優位になるのかもしれないね。例えばニルトくんのようにね。雰囲気がそのままだよね?」
「ふむ。確かにそのようではある。だが……」
ハギリお姉ちゃんがいぶかしい顔になる。
なんだかシュビお姉ちゃんの説明に納得していないみたい。
やっぱりボクのせいかな? 依頼された理由について話をしておいた方がよさそうだね。
「あの、お姉ちゃん。ボクの話を聞いて欲しいんだけど」
「む? なんだ? 言ってみろ」
「うん。このゲームを進めてくれた友人のことは知っているよね?」
「うむ」
ボクは時音のママと同じ境遇の人たちが病気で眠っていることを包み隠さずに説明していく。
「理由は分からないけど、ボクがゲームをすることで、そうした病気に苦しむ人達の助けになるんだって言われたんだ。だからボクはこの依頼を引き受けることにしたんだよ」
「期限はいつまでになる。まさかずっとというわけでもあるまい?」
「分からないよ。ただ依頼内容には一週間毎日ログインをすることが条件になっているね」
「一週間か。それまでは毎日やるのだな?」
「うん。そのつもりだよ?」
場合によってはそれ以降も続けて行くことになりそうだけど、そこは相談しないとね。
「分かった。私もそれまでは付き合おう。幸い夜の予定はないからな。一週間くらいならば見守ることができる」
「え? それってボクの行動を監視するってこと?」
「いや、さすがにそこまではしないぞ? 私もゲームを楽しむつもりだ。この世界がどんな場所なのかを知っておきたいからな。父さんと母さんにも説明をしておかなければならないのでな」
良かった。それを聞いて安心したよ。
やっぱりゲームは一人で楽しみたいからね。
「ん、お姉はもういいよね?」
「うむ。私の用件は済んだ。話を進めてくれていい」
「ん、ディーくん。聞きたいことがあるんだけどいいかな?」
「うん」
なんだろう。真剣な顔をして。
「どうしてディーくんはクラスチェンジをしていないんだよ」
「どうしてって言われても、もう三人はクラスチェンジをしちゃったのかな?」
「いや、オレ達は始めたばかりだからな。クラスチェンジができるということも今初めて聞いた」
「私も同じだ」
「私は知っていた。けどまだだよ。それでね。テストプレイ時代を経験した人が言うには、クラスチェンジを早くした方がいいって云うんだよ。ギルドの受付でも進められている事なんだけどね。ディーくんはどうして無職のままなのかな?」
「うん。嫌な予感がしたからだよ」
「ほう? 嫌な予感がしたのだな?」
「うん」
だってメリットが少ないなんてきっと嘘だよ。もしも現実と同じだったら、レベル限界まで上げることをボクは推奨するね。
「よし。私も無職のままで行くことにしよう」
「だったらオレもそうする」
「そうだね。その方がよさそうだね」
なんで三人ともボクの顔を見るの?
「ふむ、気になるのか? あえて言うのなら私も勘だ。妹の勘はよく当たるからな。そういうことだ」
「オレも同じだ」
「ディーくんの監視をするんだよ? 同じ境遇を経験しておかないと意味が無いね」
「それはパパとママにも報告するためなの?」
「ううん、本音を言うとそっちの方が面白そうだからだよ」
そういえばママとパパはいつ帰って来るんだろう。
久しぶりに会いたいな。
「じゃあ次の質問はいいかな?」
「ちょっと待って。ボク、空腹でお腹がぺこぺこなんだ。そろそろ何か食べないと死んじゃうよ。だから注文をさせてよ」
「いいよ。早くしなよ。そっか。隠しパラメーターにスタミナがあるタイプのゲームだったね。でも実際にお腹が空くなんてどういう仕組みなんだろうね」
「すいません! 注文いいかな!」
「はーい!」
「何か食べ物を持ってきて!」
「あいよ!」
ボクは歩いている支給の女性におすすめの料理を注文し、50ギニーを支払う許可をする。
「ボア肉の特性焼きだよ」
「うん、ありがとう」
すぐに持って来てくれた。
それにしてもすごい量だね。
「ほお、これが一人前になるのだな?」
「肉の塊か。旨そうだな」
「お兄違うよ。マンガ肉だよ」
骨付き肉を味付けして焼いてあるだけの料理。炭の香ばしい香りがしてとても食欲がそそる。
ボクは食事の挨拶を済ませ、フォークとナイフを片手に肉を切り分ける。
ナイフで切り込みを入れる度に肉汁があふれてくる。
おいしそう。
「んー!」
「旨いか?」
「うん、うん」
ダレットお兄ちゃんに伝えた通りでとっても美味しいよ。豚のバラ肉を甘辛いタレで豪快に焼いたような味がする。肉汁が口の中にいっぱい広がって、食べたという満足感がたくさん得られね。
「見た目と違ってあっさりしていて、いくらでも食べられるね」
ゲームのせいなのか現実よりも食べられそう。
「見ていたらオレも腹が減ってきたな。何か注文するかな」
「お兄ダメだよ。お金の無駄遣いよくないよ」
「そうなのか?」
「最初はお金の工面で苦労するんだって言う話だよ。こういった場で食事をするのではなく、宿屋の格安豆スープを頼むのが一般的だよ?」
「働かざる者は食うにべからず。その通りだな。私もやる気が出てきたぞ」
確かに開始の所持金が少ない。
でも戦闘で稼げばすぐだよ。
「魔物と戦えばお金が手に入るよ。だから気にしないで食べてもいいんじゃないのかな?」
おいしいね。
そうして情報の共有を行ったボクたちは早々に解散し、各自自由に過ごすことになる。
シュビは友人がいるのでそっちへ向かうらしい。
ダレットはソロを主体に活動をしていくとのこと。
ハギリはゲームを楽しむという名目でNPCやユーザーと交流を深めると云っていた。
ボクは生産ギルドが運営するお店に向かっている。
途中で始めに出会った三人を探してみたけど、結局会うことができなかった。フレンドリストにログインとあるだけで、こことは違うどこかに居るのだろう。
一通りメッセージは送ったけど返信がない。
「おう! 買う物は決まったのか?」
「ちょっと待ってよ。本当にこれで錬金術ができるの?」
「そいつは分かんねぇけどよう。知り合いの錬金術師によれば錬金陣布があれば事足りるって言っていたぜ?」
「だけどこれ、お試しの文字がついているんだけど?」
「お試しつぅってもよう。錬金術なんて誰も使えねぇし、才能がありゃそれで十分だって話だぜ? まあ知り合いのジジイが云っていたことだけどよう。そういやあのじいさんもう死んじまっているかもしれねぇなあ」
「じゃあ誰に使い方を聞いたらいいんだよ」
「知るかよ、そんなもん。そもそもスキルを持てる時点で才能があるってことだろ? そこは自分で何とかするしかねぇなあ。職人てぇのはな創意工夫でものづくりをするもんなんだよ。錬金術だろうがなんだろうが基本は同じだ。情熱で何とかなるてぇもんなんだよ! そんなことよりも買うのか買わねぇのかはっきりしろ! 俺は忙しいんだ!」
「分かったよ。買うよ」
「おう! 毎度あり。全部で3000ギニーだ」
「うん、払うよ」
お試しの錬金陣布に魔術天秤と細工工具を購入した。
魔術天秤も錬金術に必要になるらしい。使用方法は分からないけど取あえず買ってみた。
この髪の無いNPCの店主さんが言うには絶対に必要なんだって。
「いろいろ教えてくれてありがとう。また必要になったら買いに来るね」
「おう! 俺は生産ギルドマスターのドバルだ。なんかありゃあ相談に乗ってやる。だから遠慮せずに来いよ」
「うん。じゃあね」
さっそくワープで拠点に戻って錬金術を試してみよう。
ボクはシステムアシストで穴だらけの地図を開き、購入した自分の土地を指定する。
「さてと。何から始めようかな?」
今は深夜の時間。家の中が暗いので備え付けの照明器具に魔力石を取り付ける。
「これいいね」
結構明るいね。雰囲気があるよ。
「じゃあ次は」
お試しの錬金陣布を広げてみよう。
何もない板床に二畳ほどある錬金陣布を広げる。
「布に描かれている模様は、なんとなく分かるかも……」
これ前世で見たことがあるね。
「適量の素材を決められた模様の上に設置して完成品の形をイメージしながら模様に魔力を流す。すると思惑通りの品物を作ることができるようになる魔術道具に似ているよね。これ」
なんとなく分かった気がする。
「でもこの魔術陣だと錬成されていない素材をそのまま錬金することはできないよね?」
分量というか規定量というか、錬金術には最適な必要量という考え方が根付いている。
確か一という数には多くの情報が含まれている。
そのため一個として素材を扱うには、とても繊細な測りが必要になる。
「測りと、秤?」
まさかね。
ボクはストレージから魔術天秤を取り出す。
「よく見るとこれ天秤の腕と一体化した皿の部分に何かの仕掛けがあるみたいだね」
分銅の重しが無いところを見ると、代わりに何かを置く必要があるようだけど。
赤い皿と青い皿。どちらが何を示しているのかよく分からない。
何か他にヒントはないのかな?
「天秤本体の中に砂が入っているね」
天秤の腕を揺らすと中の砂が動いていく。
何か意味があるのかな?
「三つ目の皿?」
天秤台の接地箇所に何かを置く場所がある。
「どうやって使うんだろう……」
だったら試してみればいいよね?
ボクはストレージから謎の赤い石を取り出して赤い天秤皿に乗せる。
「ん? なにこれ?」
天秤の腕が赤い皿側にゆっくりと傾いてすぐに動かなくなる。
そう思っていたら突然。
「あっ」
徐々に天秤の腕が青い皿の方に傾いていく。
「釣り合っている?」
違う。若干だけど赤い皿の方に傾いているよね?
「どういうこと? 普通だったら重くなった方に完全に傾くはずだよね?」
だというのに少ししか傾いていないよ?
なんでなんだろう?
だったら今度はそのまま青い皿の上に石を置いてみよう。
ボクは赤い石を持ち上げそのまま隣の皿に置いてみる。
「あれ? 動かない」
今度は天秤の腕が止まったままだ。
「いや違うね。これ完全に釣り合っているね」
よく見ると腕が平行になっている。
「なんでこんなことになるの?」
分からない。変な天秤だ。こんな物今まで見たことがないよ。
「いや待てよ。そういえば……」
思い出した。
これ分割変容天秤だ。
「この子すごく便利なんだよね」
赤い皿は切り分けたい素材を乗せる場所なるんだよ。乗せた物が分割されるんだ。
青い皿は赤い皿に乗せた素材に足りない分量を乗せる場所になるんだよ。天秤の釣り合いを取ることで無駄なく分けることができるんだ。他にも青い皿に、赤い皿に乗せた物と別の素材を乗せることで、素材同士を合成したまま分けることができるんだよ。
分ける量の目安は天秤針の位置をずらせばいい。
赤い皿側の腕の長さで分けられる素材の量が決まってくる。
単位は分からない。魔力を通してイメージすることで針の位置が勝手に移動する仕組みになる。だから、知っているということがある意味必要な技術だといえるのかな?
「こんな感じにね」
ボクは適当に拾ってあった石を青い天秤皿に乗せ、もう一つ透明な石を三つ目の接地皿に乗せる。
「この接地皿はその名の通り基準になるという意味で、置いた物だけを抽出する事ができるようになるんだよ」
透明の石は別名ガラス石。現実でいうところの石英と同じ物になる。
「あとは天秤針の上にある変化の魔石に魔力を通せばいいんだよ」
ボクは魔術天秤を起動させるためのスイッチとなる変化の魔石に触れて、魔力を流していく。
ここがポイントだよ。
ただ流すだけじゃないんだよ。
加減よく感覚で適量流して行くんだよ。
強すぎると反応が早くなるけど、その分だけ質も悪くなる。少なく流すと精度が高くなるけど、無駄に時間が掛かって作業が終わらない。だから適量なんだよ。最適な魔力は見える光の強さで分かってくる。青い天秤皿に流れる輝きが赤い天秤皿にも流れていく。素材の全てに光が通り、光量がある淡い光を生んでいる。その輝き具合で魔力量を調整する。
「よーし。いいね」
不純物が青い皿に乗せた石から取り除かれていくね。あと少しでできる。素材の表面に炎のような光の揺らぎが見えてくる。
「うん、できた!」
純度の高いガラス石が赤い皿の上に一つ置かれているね。
改訂履歴
2025/12/30 全修正。微妙に少しずつ表現を直しています。
この作品は全て一人称です。
三人称表現も実は一人称です。
主人公の思い出し視点になります。そういう感じでお読みいただければ幸いです。




