第22話 なんかすごいポーションができちゃった
2025/7/27作成。
なんか文が決まらない。書見の程よろしくお願いします。
9月6日木曜日、晴れの日。
食事の準備を済ませ、リビングの席に着き、いつものように朝ドラを見るようにモニターに瞳を向けるニルトが、朝食の挨拶を済ませていく三人と一緒になって、差し指で手前に一字となぞり、無言で祈りのポーズを取る。
「今日も旨そうだな」
「うむ。今朝も期待していいと私は思う」
「姉さんがそこまでいうのなら間違いはないだろう」
ニルトに続き手を合わせる三人が朝の食事を開始する。
「ん! これ、美味しい、です」
「ああ、確かに旨いな。ニルト。どうやって作ったんだ?」
「そうであるな。妹よ、私でも作れるだろうか?」
「うん。コツさえ分かれば、お姉ちゃんたちにもできると思うよ」
白いワンピース姿のニルトが黄色い箸を右手に持ち、特製半熟卵ソースで絡めたシーザーサラダを口に含む。
「美味しい……」
お湯でボイルし、黄身と白身を絶妙に柔らかくした半熟卵を出汁と合わせ、魔力で溶かし、サラダと合わせたもの。
ヤマモト製の食パンに魔力をまとわせ、オーブンで加熱し、出来立てに近い状態にする。
バターは魔力で酸化を消し、作り立てと同じ風味にした物を用意。
そのことを知るニルトが、口に含んだ味に満足し、小さく体を揺らし、椅子から浮いた足をリズミカルに動かす。全身で美味しいを表現する。
そうして朝食を終え、三人よりも早く外に出る。
「おはよう」
「おう」
中等部の玄関口に着いて朝の挨拶を済ませたニルトに、水色のスクールズボンを着熟すスポーツ刈りの上級性が口を開く。
「遠本は元気がいいな」
「うん?」
誰だろう。
ボクを知っている人なのかと足を止め、編み結い髪の容姿が可愛いと、すれ違う生徒たちからの注目を集める。
「どうだ? 姫野の言った通り、俺たちと共に生徒会に入らないか?」
どこかで見たことある男性だけど、なんとなく見覚えがあるかもしれない。
空いている左指であご先に触れ、青緑の瞳を瞬くニルトが口を開く。
「あの、ボクを知っているの?」
自信がない。そんな風におどおどとしたつぶらな瞳を瞬かせ、背の高い男性を見上げるように、眉を寄せる仕草をする。
「はっはっはっは。すまんな。俺としたことが、ついな。そうだよな。誰かわからんよな。俺の名前は枯野海聡治だ。特待の三年になる。遠本と同じクラスなるな。よろしく頼む」
「え? そうなの?」
納得と瞳を大きく開くニルトが、晴れやかに胸を張る枯野海聡治に向け、左手を口元にそえ、驚きを表現する。
「そうだよな。初日以来から俺たちはほぼ毎日のように生徒会室に居るからな。遠本には悪いが、名前と顔が一致しないのは仕方のないことだ。そうだな。今度案内をしてやるよ。生徒会室に顔を出してくれるだけでいい。一度見に来てくれないか?」
胸を張り、両手を腰横に置く枯野海聡治が、「頼むな」と、笑顔になる姿に、青緑の瞳を反らすニルトが、「えっと……」と、困った風に左の差し指でほほをかく。
「人が混みあってきたな。俺は今から門の前で挨拶をする。遠本も一緒にどうだ? 挨拶は気持ちがいいぞ?」
「ごめん。無理だよ。ボク、教室に行って遅れた分の勉強をしないといけないから」
「おう、そうか。まあ、がんばれよ。じゃあな!」
「うん」
ちょっとだけ暑苦しい人だったね。
そう心内でつぶやくニルトが、枯野海聡治の大きい背中から視線を外し、広い玄関口に向け、足を動かしていく。
「次の文を訳してください。I am home」
「家に帰っています」
「正解」
中々難しい問題だったね。
そうした風に小テストの問題を解いていくニルトが、満点とした結果を目にし、初秋で暑くかいた汗をぬぐうように、右手で編み結いの髪から覗く額に触れる。
そこに突然、廊下から靴音が響いてくる。
今は四限目の中ほどだというのに、歩いている人が居るようだ。
そうした風に聞き耳を立てているニルトに、入り口から大円初来愛が現れる。
白いカチューシャで整う前髪から黒い瞳を緩ませ、すぐに口を開く。
「こんにちは、ニルト」
「初来愛」
近づいて来る初来愛の気配を瞳で追ったニルトが、「どうしたの?」と、言葉にし、再びモニターに視線を移す。
「ニルト。聞いてもいいですか?」
「うん。なに?」
Dフォンに視線がいくニルトの容姿を見下ろすように、長椅子の前に立つ初来愛が黒い瞳を向ける。
「今日の髪型も可愛いのです。なんだか淑やかに見えるのです」
「ありがとう。初来愛の下ろした髪型も似合っているよ」
「そうですか? ありがとうございます」
浮つく気持ちと合わせ、褒められて嬉しい初来愛が、胸の前で両手を重ね、満面の笑みになる。
社会科の学習範囲を復習するように、教科書代わりのDフォンタブレットを差し指で操作するニルトに向け、初来愛が本題を口にする。
「ところで昨日はダンジョンに行ったというのは本当なのですか?」
「え? なんで知っているの?」
顔を上げて頭を傾けるニルトに向け、全てを知る笑顔の初来愛がその答えを告げる。
「それはですね。私もニルトと同じユニオンに所属しているからなのです。聞きましたよ? 昨日の一日でチームを立ち上げ、そのままダンジョンに入って隠し通路を攻略したらしいですね。幹部の皆さんが驚いていたのです。いったいどういう人なのかと話題になっていましたよ」
「そうだね。でもそんなことよりも初来愛が同じユニオンに所属していることの方がびっくりだよ」
「はい。私もニルトと同じユニオンに所属ができて嬉しいのです。よろしければ今度の探索のときはぜひともご一緒させていただきたいのです」
初来愛の純粋に瞬く黒い瞳を目にし、ニルトが眉を晴らして満開の笑みを浮かべる。
誘ってくれるなんて嬉しいよ。
今度は必ず声を掛けるからね。
そう心内に決心し、応えを口にする。
「いいよ。必ず連絡するよ」
「本当ですか? よかった。絶対に忘れないでくださいね。私はいつでもニルトを待っているのです」
「うん。分かったよ」
そろそろ勉強は切り上げる頃合いかな?
初来愛が図書部に行きたいって顔になっているし。
そう会話の意味を悟り、教科書のDフォンを閉じてパソコンの電源を落とすニルトを目にし、気付いた初来愛が再び胸の前に両手を重ね、嬉しそうに口を開く。
「図書部に行くのです」
「うん。すぐに準備をするね」
手早くDフォンを鞄に仕舞い込み、ノートパソコンを持ち上げ、棚扉まで歩いていく。
全てを仕舞い込み、机に戻り、鞄を持ち上げ教室をあとにする。
歩く途中で会話が弾み、ユニオンに入った経緯を伝える。
「私も時音様と萌恋様にお会いしたいですね」
「今度の探索ときに紹介するね」
「はい。楽しみにしているのです」
「うん」
そうした会話が続き、図書館に入る。エスカレーターに乗って広場へと向かい、非常階段口がある通路に入る。
「今日の活動は恋理と私たちの三人だけになるのです」
「そうなんだ」
そのまま地下の書庫に着く。奥へと進む最中にも初来愛の声が響いてくる。
「この前の続きをお願いするのです。よろしいですか?」
「うん。いいよ」
なんだっけ?
全く思い出せない。でもまあ別にいいよね?
こういうゆったりとした時間も悪くないよね。
順調に二学期の勉強も進んでいるし、少しずつだけと自由にできる時間も増えて来た。
本格的に課外活動に取り組んでもいいかもしれないね。
可愛い友達と一緒に部活動に励む日々。そんな風に浮ついた考えを心内で思い、編み結いリボンでまとめたブラウンゴールドの髪を揺らしてほほを緩める。
「ニルトくん、お疲れ様」
「うん。こんにちは、恋理」
「さっそくですが恋理。もうお昼なのです。ご飯にしましょう」
「そうだな。準備をするから手伝ってくれ」
「はい、分かりました。ニルトは座って待っているのです」
「うん」
一瞬手伝おうかと考えたが、勝手が分からないので水場に向かう古小恋理と初来愛の邪魔にならないように、黒いソファーで座って待つことにする。
カーペットの床にスクール鞄を置き、柔らかいソファーに腰を下ろす。
恋理が冷蔵庫から大きい水筒を取り出し、棚からアヒル柄のマグカップをお盆に乗せる。
その隣で初来愛が市販の弁当を三つ重ねて持ち歩く。
二人が準備を済ませ、ソファー前のテーブルの上に水筒と弁当と黄色いコップを並べ置く。
「遠慮なく食べてくれ。全て初来愛が用意した物だ」
「そうなんだ。ありがとう、初来愛」
「どういたしまして。さあ、食べましょう」
「うん」
いつものように前世以前から続けている食事の挨拶を済ませるニルトの様子に、初来愛と恋理の視線がいく。
両手を重ね、まぶたを閉じるニルトに対し、キリスト系の宗教観があるのかとした疑問を持ち、その行為に続く二人が、「いただきます」と、告げる。
和紙でできた蓋を開けてその箱の中を見るニルトが、瞬くように青緑の瞳を輝かせる。
「美味しそう……」
そのつぶやきの通り、煮付けたアワビに霜降りのステーキと蒸し野菜と旬の煮物が共に備えられている。
慣れている機微で初来愛が手拭きを手に取り指先をぬぐう。恋理が水筒を持ち、マグカップに黄色い液体を注いでいる。
その様子に習い、ニルトも弁当に備えられた手拭きで指先を拭き取る。
「味はまあまあですね」
「アワビが少しくどい気がするな。少し塩加減を控えた方がいいかもしれないね」
「そうですね。後で伝えておくのです」
なにこの会話。
二人とも別世界の人間みたいだよ? 前世で見ただめだめ貴族と同じで嫌な感じだね。
美味しければなんでもいいとするニルトには理解のできない勝手な思い。全ての食材に感謝して箸を付ける。それこそが消費者の務めになる。そう感じ、嫌そうに眉を寄せる顔になる。
「どうしたのですか? ニルトも気になったことがあるのでしたらどんどん言って欲しいのです。このお弁当は大円堂で販売するマツタケ御前の試作品になるのです。できるだけ意見が欲しいので、なにかあるようでしたら遠慮せず言って欲しいのです」
「そう、なんだ」
よかった。勘違いで。
それにしても初来愛ってやっぱりお嬢様なんだね。
こういう仕事は経営者がするものだよ。
だとすると社長令嬢さまってことになるのかな?
すごいよね。
恋理も同じなのかな?
よく見るとマーメード風の黄色いワンピース姿も高価な物のように感じるね。
ボクみたいな一般人とは違うってことだよね。
そう価値観の違いを誤解したニルトが、少しでもご馳走に対するお礼を返すために目力を強め、真剣な眼差しで意見を口にする。
「だったら言うけど。砂糖と塩と酢と醤油と味噌だけで味付けをした方がいいと思うよ? これ、下ごしらえにバターと油を使っているよね? そういうのは極力抑えた方がいいと思うんだ」
ニルトのつぶやきに恋理の目が大きく開かれる。
「中々厳しい意見だね」
「どうしてそう思うのですか?」
「最高の昆布に煮干しと鰹節が使われている気がするからね。ここまで凝っているんだったら大昔の味を再現した方が日本人としての好みに合っていると思うんだ。油もバターも味にコクが出ていいとは思うけど、そのコク味が逆に本来の風味を殺している気がするんだよね」
本当だったら味噌と醤油も抑えて魔力で素材の質を最大限に高める調理方法を試したいところだけど。
そんな風に考えをまとめるニルトに初来愛が納得したように小さくうなずく。
「分かりました。シェフにはそう伝えておくのです。私には理解できない領域ですが、なんとなく言っている意味が分かるような気がするのです」
「これは思っていた以上だね。明日は私の番だな。ぜひともこちらの評価もお願いしたい」
「う、うん」
困ったな。
こういう風に料理の感想を言うのは苦手なんだよね。
しっとりとしたマツタケのご飯を口に含み、なんでも美味しく食べればいいとする冒険者気質のニルトに感じ入る二人には、本人の思惑と違った思いが飛び交っていた。
さすがは世界に名高る遠本刀子の娘だ。少し金持ちの自分達とは遠くかけ離れた存在に違いない。物語る本物のお嬢様を連想する恋理と初来愛が、お金の使い方も一流のニルトの舌の感覚も一流なのだと、感嘆のため息を漏らす。
そうした思いが無言の場を作り、マグカップに入ったフカヒレ冷水スープを口に含むニルトが体を揺らし、美味しいと全身で表現する。
「さて。そろそろいいかな? 今日の活動についての話をしたいのだが」
「そうですね。いいと思います。私の方からも先ほどニルトに話をしたところなのです」
「そうなのか?」
「う? うん」
そういえばそんな気もする。
「だったら話が早いな。以前に調べてもらったアーカイトをもう一度調べてもらいたいのだが、ニルトくん。やってはもらえないだろうか?」
アーカイトって調べの力で鑑定して分別した欠片のことだよね?
黒と緑のマーブルセミショートから覗く釣り目の黒い瞳を願うように凝らしている古小恋理を目にし、自分が何をしてきたのかを思い出したニルトが、編み結いの長い茶金の髪から覗く青緑の瞳を瞬き、アヒル柄のマグカップに口を付ける。
「今回の目的は石版に書かれている文字を解読してもらうことになる。書かれている内容を読み解くためにも鑑士の力が必要だ。できれば文字の意味を一つ一つ書き出してもらう作業もしてもらいたい。出来るかな?」
いい味だね。
これフカヒレのスープだよね? 本当に美味しいよ。
塩辛過ぎず絶妙な味付け加減。
卵とフカヒレの甘い触感と濃厚な風味が心地よいとするニルトが、告げた恋理の願いにうなずきで応える。
「ありがとう。助かるよ。さっそくだが石版の表面の写し絵を見て欲しい。今すぐ持ってくるから、実際の物と比較してメモ用紙として使ってもらいたい」
恋理がソファーから立ち上がり、入り口近くのパソコンの席に向かっていく。
その様子を目で追う初来愛が、前に座るニルトに向き直る。
「実は昨日の夜に恋理から聞いたのです。アーカイトの欠片が自然にくっついて石版とした形になったという話しなのです。私もまだ見ていないのですが、その表面に浮き出る文字を解読して欲しいのです」
恋理が白黒印刷で書かれている紙を数枚手にし、黒いソファーに戻ってくる。
「そうだね。大学のバグ研究で有名なダンジョン物性部制御情報処理科の化生情花教授にお願いをして、魔素炭素年代測定をしてもらったばかりになるな」
「化生教授は合研図書部の顧問になるのです。ここには滅多に来ないと思いますが、とても偉い人なのです」
「へえー、そうなんだ」
恋理が紙を一枚ずつ机に広げ、ニルトと初来愛に配る。
アヒル柄のマグカップに口を付けるニルトが、最後の一口を飲み干して、名残惜しく眉を落とす。
「詳しくはレポートにしてある。簡単に目を通して欲しい」
「これがそうなのですね」
恋理に返事をする初来愛が資料を手に持ち、その様子を目にしたニルトがアヒル柄のマグカップを机に置き、資料を持ち上げる。
「昨日教えていただきました通り、経年が65億年なのですね。素材がケイ素に炭素にマナ合金が各種含まれているようなのです」
「そうだ。他にも分かってきたことだが、観測できない宇宙から運ばれて来た物とする結果になった」
「アワーマ判定が出たのですね? おめでとうございます。これで活動目標に一歩近づけるのです」
「そうだね」
これ、シルフェリア語に似ているよね? 知っている文字だ。
調べの力を使う必要はないね。
恋理と初来愛が会話を続けていく中で、一人心内で紙に書かれた文字を読み解くニルトが、二人の会話に口をはさむ。
「治癒士ガイが書き記す。治癒廟院の新薬について」
幼く柔らかな声で甘く涼やかに響く。
その声を耳にした恋理と初来愛が会話を辞めてニルトを見る。
「私は前々からブルーポーションの市場価格が高いと感じていた。金貨3枚。一般平民二カ月分の給金に相当する。その利用者の多くは重労働者であり、過酷な環境によって壊れる体を癒すために使用されている。働いて購入し、私財を消費する。その循環によって貯えを生むことができず、避難の声が廟院に殺到している。民衆は政治の在り方に疑問を感じ、このままでは近く暴動が起きることになるだろう。だから我々神官はいずれ偉大なる国王によって裁かれることになる。そこで私は仲間と自分の命を守るため、新たに新薬を開発することにした」
「印刷した用紙からでも鑑定ができるのか?」
「できないよ」
「だったらどうして読めるんだ? まさかこの文字を知っているのか?」
「うん、少しだけね。じゃあ続けるね」
「素晴らしいのです」
「そうだね」
驚く二人に向け、本当は前世の知識で知っていたと強く主張したい思いを堪え、一度だけ片目を瞬き、続きを読み上げる。
「その名もプチポーション。製造方法は女成草をすりつぶし、魔水と混ぜ合わせ、密閉容器に封じ込めたまま雷の術で穢れを払い、色が変わったところで冷水に一刻ほど浸すことで完成する。このように簡単な工程で大量に造ることができるため、大銅貨一枚で売り出すことができるようになる。これで我々の問題は大きく改善されることになるだろう」
これ知っているよ? 女成草の別名はモドリケ草だ。
だったらこれ、ボクでも作れるよ?
白黒で印刷された古代文字を解読したニルトが、作ってみたいとする好奇心を表に出して、首を縦に数度軽く揺らす。
「以上だよ」
「すごいな、ニルトくん。私も文字が読めるようになりたいから、ぜひとも意味を一つ一つ紙に書き記してはくれないだろうか?」
ゆっくりと興奮したように立ち上がる恋理が、ニルトの隣に歩み寄る。
「いいよ。ちょっと待っていてね」
そう言葉にして、カーペットに置いた鞄からルーズリーフと筆記用具を取り出し、ボールペンで一つ一つ丁寧に書き記していく。
その姿に目を向ける恋理が、「書き方も様になっているな」と、声にする。
ニルトの様子を微笑みながら見守る初来愛が、心内で込み上げる思いを募らせる。
胸がドキドキするのです。
ニルトはかっこいいのです。
見た目が小さいのに頼りになるのです。
恋慕のように思いを秘め、胸の前で両手を重ねる初来愛の瞳が真剣に文字と向き合うニルトの姿を捉えている。
「できたよ。これでいいかな?」
ほんの数分で英語訳と日本語訳を書き終えたニルトが、紙を手に持ち、恋理に手渡す仕草をする。
「ありがとう。後はこちらでなんとかするよ。内容が正しいのかを精査する必要があるが、具体的にどうしたらいいのか分からないので、専門家に聞くことにするよ」
初来愛の隣に歩み寄る恋理に向け、プチポーションを作ってみたい意志力を高めるニルトが、その思いを口にする。
「だったらいい方法があるよ」
「ん? どういう意味だ?」
黒いソファーに寄り掛かり、マーメードの長い裾で隠れる足を組み、手に持つ資料に黒い瞳を向けている恋理が、再び興味を示すように、黒緑の片眉を上げてニルトを見る。
「実際にプチポーションを作ればいいんだよ」
作ってみたい思いを前面に出し、自信があるように青緑の瞳を大きくするニルトに向け、その表情に疑問と首を傾げる恋理が、「どういう意味だ?」と、声を漏らし、眉を寄せる顔になる。
「だから試しに作ってみようよ。もしも解読した内容の通りにプチポーションができたら、それが証明になるよね?」
「確かにそうだが……」
できるのか?
冗談なのか本気なのか分からないニルトを目にする恋理が困った顔になる。ソファーから立ち上がり、四基並ぶ研究机に向うニルトの後ろ姿を黒い瞳で追っていく。
「始めるけど、棚にある物を勝手に使ってもいいよね?」
「それも構わないが、怪我だけはしないでくれよ」
「うん。そこは信用してよ」
「わかった。私も付き合おう」
アーカイトに書かれていることが正しいのかを証明することはできないとされている。
その理由は、宇宙が違う異世界の風土に関わることで、魔術的事象を物理とした世界の模倣は、現実的に不可能だと云われているからだ。
ニルトくんは頭がいい。だが同時に幼い子供でもある。
試してみるとは言ってはいるが、どうせ遊びの一環だろうと考えているに違いない。だがもしもということもある。解読を頼んだ手前、私が付き合わない訳にもいかないだろう。
そう考えた恋理がソファーから立ち上がり、パソコンの席まで歩いていく。
自分の鞄からメモ帳を取り出し、片手に持ったままニルトが居る研究机に向かう。
その傍らで初来愛も立ち上がり、黄色いブラウスの胸ポケットから携帯電話を取り出し、カメラアプリを起動してニルトに向ける。
「私は作業の様子を動画に収めるのです。後で編集して思い出の記録に残すのです」
「いい考えだね。だったら綺麗に撮ってよね」
「はい。当然なのです」
大好きなニルトの姿を動画に収めておきたい初来愛が、作業の過程を綺麗に残すとするニルトの思いと真逆の思いを心内に秘める。
そんなことなどつゆ知らず、水の入ったビーカーを持ち上げるニルトが、「よく見ていてね」と、声にして、カメラ映りが良くなるように作業を進めていく。
すると水の色が黒色に染まり、次第に青色から緑色へと変色していく。
その様子を目にしていた恋理が、メモ帳にペンを走らせ口を開く。
「これは何をしているんだね。簡単に説明をしてくれないか?」
「これが魔水だよ? 魔力水ともいうけどね。水道水にボクの魔力を溶かしたものだよ。はい、できた」
「すごく綺麗ですね。銀色に輝いているのです」
「簡単に作っていたようだが誰にでもできることなのか?」
「まあ人それぞれじゃないかな? そこは気にしないでよ。それよりも女成草をすり潰すよ」
左手からモドリケ草を取り出し、すり鉢にそえ置くニルトが、すりこぎ棒を右手に持ち、押さえ付けるように潰していく。
「以前にも思ったが、どこから出しているんだ?」
「アイテム袋からだよ」
「そうだったのか。気付かなかったな」
「では、そちらの女成草はどこで手に入れたのですか?」
「昨日の千城窟ダンジョンの探索に行ったときに採取したんだよ。まさかここで使うことになるとは思わなかったけどね」
ちょっと固いかな?
時間も掛かるし、アレにしよう。
前世の時に覚えたスキル。換わる者のアビリティーで異質整形を使うことにしよう。
そう心内で告げたように、瞳を赤く染めたニルトの手先が一瞬だけ明るく輝き出す。
「できたよ。後はこれを混ぜるだけだね」
その声の通り、モドリケ草の繊維から出た汁を三角フラスコに入れ、銀色の魔力水と混ぜ合わせる。
ゴム蓋でフラスコの口を閉じ、優しくとした風にアルミのトレイ上にそっと置く。
小さい両手をフラスコに掲げ、二人に忠告ように口にする。
「今から魔術で電気を流して行くね。光がいっぱい出るから目に注意してね」
「ニルトは魔術も使えるのですか?」
「うん。ちょっとだけだけどね」
「スキルがなくともできるのですか?」
「感覚さえ分かれば誰にでもできるよ」
「そうなのですか……」
理屈は分かります。
ですが、その感覚が分からないのです。
未だにスキルに振り回されている自分とは遠回しに違うとする友人の奇異な言動に、不信感を抱く初来愛の瞳に魔力が宿り、その意味を探るように携帯電話を掲げる。
その会話を耳にする恋理は、複数のスキルを扱う者をマルチプルと呼ぶことを思い出し、ニルトがそうであるのかとする疑問を浮かべ、手に持つメモ帳にペンを走らせる。
「雷よ。甘く優しく流れ出でよ。その導きは強力であり、全てを光に還元せよ。現象は自由。遍くマナを集め、その充当とせよ」
魔術の詠唱を唱えるニルトのつぶやきに呼応し、小さな手のひらから青い光が弾けるように生まれてくる。
「その流れは意の先にある元素に縦横し、満遍なく影響する力となれ」
その青い光が銀色の水に流れていく。徐々にその輝きが増していく。
「命名する。その名を持って発動となれ。エレクトレイシスインテンション」
その言葉がトリガーとなる。銀色の魔力水が激しく光る。
まるでマグネシウムを高温で熱したかのように、閃光が青白く放たれて行く様を目にし、瞳に刺激を覚える恋理が、まぶたを激しく閉ざす。
その輝きによって三角フラスコの中の魔力水が銀色から透明とした彩りに変色していく。
その様子を携帯電話のカメラ機能で捉え、魔力で保護した瞳を向ける初来愛が、心内で素晴らしいと思案する。
輝きの中心で冷静とした表情を浮かべるニルトが、まぶたを瞬き開いた拍子に口を開く。
「解除」
三角フラスコに放たれていた青い光が突如と消える。
中にある液体はすでに化合を終え、輝く透明な水になる。
まるでダイヤモンドの煌めきのように、光の屈折で生まれる虹彩が液体の表面に作用している。
「終わったのか?」
閉じていたまぶたを開けてその様子を確かめる恋理に、瞳を大きくし、携帯電話のカメラを掲げる初来愛が、「ニルト。どうなのですか?」と、声にする。
「後は冷蔵庫で冷やすだけだけど、治癒効果を定着させるためだから、魔力で揮発性を高めるだけでもいいはずだよ」
告げたニルトの制服姿を目にし、大学で学んだ知識を思い出した恋理が、落ち着きを取り戻すように眉を晴らす。
「確かに快癒ポーションは揮発性があるな。空気に触れさせると徐々に蒸発していく作用がある。それを再現するのか?」
「うん。まだ化学反応がしばらく続いていくからね。今のうちに冷やせばいいんだよ。零度近い低温で冷やせば、それが安定温度になる。揮発性が高い方が回復効果を高めてくれるからね。安定温度が低いポーションであるほど性能がいい目安になるよ」
「知らなかったな。勉強になる」
うなずく恋理に耳を傾けていたニルトが、「冷えよ」とつぶやき、手のひらから一瞬だけ輝きが生まれる。
「これでいいかな? 魔力を通して冷やしてみたよ」
その様子を携帯電話の画面越しで見ていた初来愛が、黒い瞳を大きく開き、口を開く。
「今の術は無詠唱なのです。発動のトリガーがなかったのです」
「ううん、違うよ。声を出すことをトリガーにしたんだよ」
「ニルトも短縮詠唱が使えるのですか?」
「使えるけどちょっと違うかな? 呪文を理解して別の言葉に置き換えるんだよ。魔術は本質を理解することで自由が利くからね。よく使っていると、無詠唱にすることだってできるはずだよ」
「そうなのですか。知りませんでした。ニルトはすごいのです」
「えへへ。なんだか初来愛に褒められると嬉しくなるね」
携帯電話を掲げる初来愛に、美しい青緑の瞳を向けるニルトが、恥ずかしそうにほほを引きつらせる。
その表情が余りにも愛らしく、思わず瞳を緩める初来愛が、「可愛いのです」と、つぶやき微笑む。
会話を耳にしてメモを取り、作業の終わりを感じた恋理が、ニルトの作った薬に近づいていく。
「できたのか?」
「うん。これがプチポーションだよ。正式名称は……ん? なんでもないよ。少し性能が高いだけだけどいい薬だよ」
そう言葉にしたニルトが瞳を一瞬だけ赤くし、心内で実態鑑定の結果を視認する。
名称 ガイミールの聖薬
品質 135
レア度 B+
効果 HP回復大 状態異常回復中
説明 聖司教ガイが生涯を掛けて開発した最上のプチポーション。その効能はレッドポーションに匹敵する。劣化イエローポーションの性能も加わり、銀貨一枚という驚異的な価格を実現する。晩年に作成された伝説級の調薬品になるため、使用された期間は少なく、あまり使われることが無かったと世界の記録に刻まれている。
「触れてもいいだろうか?」
「うん。蓋を開けなければ問題ないよ。一度開けたら使い切りだけどね」
「私でも作れるだろうか?」
「いや、それはどうだかな? でも必要だったら量産をするけど、どうしようか?」
「そうだね。サンプル用に数点欲しい」
「うん、分かったよ。同じ物を作るね。ちょっと待っていてね」
そう返したニルトが、棚に足を運び、ビーカーを二つ持って水場に向かっていく。
水道の水を注ぎ、それを持って研究机に戻ってくる。
机の上に水入りのビーカーを置き、左手からモドリケ草を取り出し、中に差し入れる。
「じゃあ行くよ。恋理に初来愛。ちゃんと見ていてね?」
「ああ」
「はい」
携帯電話を掲げる初来愛の応えを合図に両手を胸の前に出し、パチンと重ねる音を響かせる。口を開き、言葉をつぐむ。
「量産生成せよ。ガイミールの聖薬」
不思議と轟く声に呼応し、ニルトの体から光が四方柱状に輝き出す。
履歴。
2025/7/28 全体的に読み直し、少しある誤字の修正。
2025/7/29 ガイミールの聖薬を鑑定した表現を追加しました。すいませんが、よろしくお願いします。
2025/8/14 読みやすい文章に修正。会話文を少し変える。
2025/12/27 全修正。少しずつ変なところを修正。
スキルアビリティーとは、一つのスキルに複数の意味が含まれているという設定になります。
インベスティゲイターの力には、命動鑑定や想見鑑定など、様々な鑑定方法が隠されています。本書では、スキルにアビリティーとする小さい枠組みの能力が備わっています。その点を踏まえてお読みください。
あとは、しばらくプロットを書きたいと思います。本格的にオンラインゲームの世界に入ってみたいと思っています。その設定を考えたいので、しばらくお休みにします。
加えて、作者はもう一つ作品を作っています。その執筆が飽きるまで続けるので、少し遅くなりそうです。
何卒よろしくお願いします。




