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第2話 ぷるぷるプルプルプリプルン

2024/8/13 投稿しました。

 右手にボールペンを持ち、ニルト備忘録を書き始める。


「西暦2074年6月3日21時46分。記述を開始する」


 朝の記憶をたどるボクは、その時の出来事を思い返していく。


 午前4時。

 夢見が悪く、目を覚ますことになる。

 しばらく閉じていると、すぐに眠気がやってくる。

 浅い眠りだ。

 体が夢の中だと認識している。

 でもいつもの夢じゃない。

 まるで未来を見るかのように不思議な感覚を覚えている。

 知らない光景が見えてきた。


 不思議だね。


 夢の中で新しい知識が入ってくる。

 ボクは【遠本弾矢(とうもとだんや)】と呼ばれる人の背中に入っていく。

 まるで幽霊のように中空を舞い、意識を同調させていく。

 ここは中等部の教室のようだね。

 窓際の後ろの席がオレの場所で、今からダンジョンに行く支度をする。

 もうすぐ下校の時刻。

 すぐに仲間の誰かが迎えに来るはずだ。

 オレは開いていた電子教科書のDフォンを閉じて、鞄の中に仕舞い込む。

 すると、教室の入り口から隣クラスの【春冬夏(しゅんとうか)環太郎(かんたろう)】が入って来る。


「弾矢! 厳永を連れて来たぜぇな! 今日も稼ぐんぜぇろう? 頼むぜぇな! それと流兎はロッカーぜぇよ! 早く行ってやらんと、あいつにも悪いぜぇよ!」


 相変わらずなまりの強い話し方をするな。

 今日も上着だけパーカーを着ているのか? もうすぐ夏だというのに暑苦しいぞ。

 環太郎が親指を立てながらオレの席に向かって来る。

 遅れて【田大厳永(だだいげんえい)】が教室に入って来た。


「ああ、すぐに準備をする」


 オレの声に反応する同級生たちの視線が集まってくる。

 環太郎が席の前までやって来た。

 相変わらず存在感がある容姿をしているな。

 そう見上げるオレに向け、環太郎は視線を感じたのか、なんぜよと言いたげに、小さく笑みを浮かべ、親しげな様子で眉を釣り上げる。

 遅れて厳永が環太郎の隣に立つ。


「弾矢。わしは夜にいつもの寄り合いがあるから、今日は長く付き合えん。だからわしも急ぎたい。ここは一つ景気の良い場所を頼む」


 中等部三学年で最も背の高い男。

 額にあるバンダナから覗くいかにも不良とした鋭い目つきが、オレの視線ににらみを利かせてくる。


「ああ、わかった。少し強めだが、時間を優先しよう。すぐに準備をするから、先に二人は流兎のところに行っていてくれないか?」


「おし! 厳永、行くぜぇよ!」


「うむ」


 廊下へ向かう二人を追う形で席から立つオレは、忘れている事が無いのかをその場でチェックし、少し遅れて後を追う。


「やっと来ましたね」


 色ある声をする【槍樹流兎(そうじゅると)】。玄関口のロッカーでオレを待っていてくれたのか、目に付いてすぐに言葉を掛けてきた。


「時間がないですよ? さあ、早くダンジョン管理局に向かいましょう」


 女子たちに人気がある甘い笑みをオレに向け、眼鏡から覗く目元を愛想よく緩ませている。


「遅れて悪かったな。大分待ってくれていたのか?」


「いいえ。生徒会の仕事もあったので、それほど待っていた訳ではありませんよ」


「そうか。ところで厳永と環太郎はどこにいるんだ?」


「二人なら先に走って行きましたよ」


「わかった。オレ達も急ごう」


「ええ」


 オレは待ってくれていた琉兎を意識して、ロッカーから外履きの用の靴を取り出していく。

 屈んで内履きをつかみ、外履きの靴と交換をする。


「ふわぁあああ」


 ねむいよう。

 もう朝?

 ふわあ。

 もう一度だけ欠伸あくびをしたボクは、まぶたを開けて二段ベッドの側面に視線を当てる。

 そのまま腕を顔の前に近づけ、巻かれた腕時計を見る。

 時針が午前五時を指している。


「むにゅ」


 クマさんのぬいぐるみを抱っこ。

 この子ともう少しだけもこもこしていたい。


「うにゅう」


 でも起きないとね。

 ボクはベッドから体を起こし、パンダさんパジャマのフードをまくり上げる。


「ふぁあああ」


 眠いよう。

 起きないと。

 でも眠いよう。

 あ、おしっこ。

 尿意がきたので仕方がなくボクは、床にあるパンダさんスリッパを履き、ベッドから立ち上がる。

 肩まである長い髪を払い除け、廊下へと向かい、パタパタと足音を響かせていく。

 もうじき冬が来るのかな?

 寒いよね。

 でもそうなると、トイレに行くのが辛くなる。

 そんなことを考えて歩いていると、男子トイレにたどり付く。

 便座のある個室に向かい、パンダさんパジャマの前開きボタンを外していく。


「おしっこ。おしっこ」


 途中で小用欲求が高まるボクは、その場で足踏みを繰り返す。

 幾つもある繋ぎのボタンを外していく。

 あ、もうだめ。

 わっ、手が滑った。

 早く脱がないといけないのに。

 漏れちゃう。

 漏れちゃうよ。

 徐々に股間のダムが決壊に近づいていく。

 あっ。

 だめー。

 すでに手遅れになったボクは、暖かくにじむ雫の感触をお尻で受け止め、必死でボタンを外していく。

 やっとの思いで全てを外し終えたボクは、ワンピース風のパジャマを焦るように脱いでいく。

 湿ったパンツも脱ぎ捨て、急いで便座に座り込む。


「あー……」


 こうしてボクの一日が始まったのである。

 午前七時。


「うーんっと。このバックルはこうして。ここと繋げて……と。あれ? できないよう……」


 ボクはダンジョンへ行く装備を整えている。

 新しいパンツ姿になり、プロテクターと一体型になる緑のインナーを装着している。

 子供用の装具セットだね。

 訓練所の更衣室に置いてあった物を持ち出してきた。

 登山でも使う丈夫な生地で、中にマナ合金製の鎖が仕込んである。


「うん。できたね。次は……」


 マナ合金製のプロテクターを金具で固定していく。


「うーん、こうかなー……。うーん。あっ、そっか。ここをこうして……。こっちを繋いで……って、できた!」


 全身の装備が緑色になる。まるで気分は緑の兵隊さん。

 ポイントは耳付きのヘルメットが可愛いところ。大好きなクマさんみたいで嬉しいね。


 ロッカーからジャックナイフを二本取り出し、ベルトに収めていく。

 フォトン出力タイプの物ではなく、刃先が振動するマナバイブレーション用の物を用いることにした。

 快癒ポーション瓶と毒消しファースト軟膏に、マップ帳を内ポケットに収める。

 一日の食料をバックパックに詰め込み、担いでそれぞれの金具をインナーに固定していく。


「どうかな? かっこいいよね?」


 衣装鏡の前で全身をくまなくチェックする。

 左右に身体をひねり、可愛くポーズをとってみる。

 気分は一人ファッションショーだね。


「むふふん」


 いいね。

 特にクマさんの耳がポイントだよね。

 半世紀前に流行ったRunInで有名な携帯アプリのマスコットキャラに似ているよね。


「オッケー」


 ボクは急ぐように長い通路を歩き、入り口の自動ドアから廊下に出る。


 午前八時。

 自転車でサウス中央ストリートの坂道を下る。


「ひゃほぉーうぃ。今日もいい天気だねー」


 遠くに塔がそびえ立つ。

 太陽の輪郭だけを透過して、光を少しだけ遮っている。


 臨界高度100メートル。

 推定異界強度8。

 異界高度約3万メートル。

 空間面積12キロ平方メートル。

 世界最大級の迷宮型ダンジョン。通称アザー。

 入り口毎に違う世界が広がっていることから、ダンジョン管理局の攻略ガイドブックには、難攻不落ダンジョンと明記されている。


「おっきいね」


 塔の上層の全てが異界化しているらしく、見える物全てが透けている。

 異界化した空間は雲のように霧が立っている。

 そのため、飛行機が中を通っても平気らしく、観光の名所として、本の記事に取り上げられている。


「えっと、ここか……」


 足の届かない自転車にブレーキを掛け、「やっ」と横倒しに跳び降りるボクは、巨大な石でできた門の前で立ち止まる。

 おっきいね。

 高さが十メートルはあるのかな?

 幅が八メートルはありそう。

 なんかちょっと怖いかも。

 突然動き出したらどうしよう。

 そう感じたボクは、閉じられている門前に恐る恐る近づいて行く。


「うーん、これを押すのかな?」


 片扉に両手を付き、全身に力を込める。


「えい!」


 がんばるぞ。

 気合いを込めたボクは、一生懸命に押していく。


「えい、えい!」


 どうしてだろう。


「やあ、やあ!」


 全く動く気配がない。


「んっ、この! この、この! 動けよ!」


 叩いてもビクともしない。


「むう」


 どうしたらいいんだろう。

 開けよ。

 こらー。


「なっ、なに!?」


 突然、強烈な光りがボクの瞳を刺激した。

 まぶしくて、思わずまぶたを閉じてしまう。


「きゃ」


 なにかの重たい物が重なる音を響かせる。

 次第にカタカタと音を鳴らし、ゴゴゴと扉が開き出す。

 ボクは前のめりになるようにそのまま倒れてしまう。


「うえ?」


 痛いよう。

 お鼻ぶつけちゃった。


「けほっ、けほっ」


 白い煙がのどを刺激した。

 思わずむせたボクは、その不快感を煙のせいにして、溜めた涙を流す。


「あ、あれ?」


 床に腕を付けて立ち上がろうとするが、足がすくんで動くことができない。


「どうしよう……」


 このままで居るしかないのかな?


「うぅぅぅ」


 まだ扉が動いている。

 中から変な生き物が出てきたらどうしよう?

 そんなことよりもびっくりしたよね?

 あんまり怖くて、気を失うところだったよ。

 おしっこは大丈夫だよ。

 お漏らしはしていないよ? ちょっとだけおパンツが熱くなっただけよ。


「あ、静かになったみたい」


 ようやく地鳴りが止まり、足のすくみも落ち着いてくる。

 でもまだ腰に力が入らないね。

 ボクはそのままの姿勢で周囲に意識を配っていく。


「よく観えない」


 白い煙が立ち込めている。

 もやもやと塵が舞い、大きい通路の見通しを悪くしている。


「もこもこ、もこもこ」


 もこもこワールド。

 ほこりっぽいね。

 いつから使っていなかったのかな?


「うーん、どうしよう」


 まだ腰に力が入らないよう。


「仕方がないよね」


 ボクはこのままの姿勢で休むことにした。





 三二、三三。

 数えを唱えた分だけボクは、モンスターの首をジャックナイフで斬り飛ばしている。

 気付かれることなく刃を通していく。


 どうしてこうなったんだろうね。


 第六感の【魔覚】を頼りに、暗闇の周囲を見極めていく。


 三四、三五。

 魔力の壁を体中に巡らせ、ステルスのように気配を殺し、出会うゴブリンの首を狙っていく。

 見えない風の刃を左手で放ち、コボルトの首も切り落としていく。


 三六、三七、三八。


 光りのない世界。

 色として形を知る感覚を眉間に集中させていく。【彩覚】で魔物の位置を特定する。


「ギギッ? ギッ! ギィーッ!」


 気付かれたね。

 でも遅いよ。


「ギャァアアアーッ!」


 ゴブリンの背後に回り、首を斬り落とす。

 ダンジョンでモンスターを倒すと煙が立ち込めてくる。


 四〇、四一。

 そして、必ず魔力石を落とし、稀にアイテムをドロップする。


 四二、四三。

 お?

 今の音はゴブリンの角だったみたい。青い魔素の輝きがちらりと見えたね。


「ブォッ? ガッ、ゴォアアアーッ!」


 次もゴブリンかと思ったらなんだ、オークだね。

 心の中で風の力を念じ、周囲に真空の刃を循環させる。

 五メートルほどあるフラフープを連想し、腰回りに巡るよう、風の通りを創り出す。

 それを高速回転させていく。


「ゴッ」


 詠唱は必要ない。

 ただ念じるだけで使うことができるのだから。

 本来のことわりに反する行為だけど、その知識があれば、発動条件を満たすことができる。


「ガッ!」


 鳴き声を上げさせることさえも許さない。

 四メートル級のモンスターを一瞬にして煙に変える。

 そして、仕上げの作業だ。


「これで終わりだよ!」


 ボクは魔術の本質を開放する。


「風よ、我、ニルトの想いに応えよ。真空の刃となり、その全てを切り裂けよ」


 風切り音と共に体の周りに風の渦を形成する。

 ボクの胸内から光りが漏れ出る。体内で魔素の循環が起こり、魔力の波が一瞬にして周囲へと放たれる。


「魔術、展開!」


 発動の言葉を唱えた瞬間、ヒュンと風鳴りがして、ゴゴゴゴゴとした強風音が轟いていく。


「ギャアアアーッ!」


 どこかでゴブリンの悲鳴がした。


「キューウゥウウウーッ!」


 今度はポックルだろう、甲高い驚きの音が聞こえてくる。

 そしてガコンっとした音鳴りに、突然と周囲が明るくなっていく。


「ん? 全部倒したのかな? よかったー」


 ボクは片手を上げて小さく喜びを表現する。

 部屋中に意識を向けると、散乱としている魔力石の様子が見えてくる。

 他のアイテムも一緒になって落ちているみたいだね。


「これで全部倒したんだよね? ふう~」


 息づくボクは額の汗をぬぐい、ゆっくりと腰を落として目の前の青い魔力石を拾い上げる。

 腰の留め具を外し、肩に掛かるバックパックのハーネスを腕から引き抜いていく。

 そのまま背負い袋を手に持ち、ファスナーを下ろして採取用の袋を取り出す。

 口を広げ、乱雑に魔力石を入れる。

 うんしょ。

 よいしょ。

 屈んだままの姿勢で一心不乱に魔力石を拾い集めていく。


「ふぃ~」


 それにしても、よくここまで生きて来られたと思うよ。

 自分でもびっくりだね。

 どれくらいレベルが上がったんだろうね?

 それくらいは危険を冒してきたと思う。

 あのときは死ぬかと思ったよ。


「はあ~」


 休憩にしよう。

 疲れたのでボクは、その場で腰を落ち着かせるために、バックパックから水筒を取り出す。


「ん、ぷは~」


 のどを潤し、ついでに今までの出来事を振り返っていく。


 午前一〇時。


「変なのがいっぱい居るねー」


 門から一直線に通路を進み、明るい広場にたどり着く。


 ガーデニングルームみたいなところだね。


 段差がある石床に花壇が設置されている。


 とても広いね。


 所々に見える柱が空間を支えているようで、吹き抜けの広場が奥まで続いている。


 居るよ、居るね。変なモンスターたちがいっぱいだね。


 見渡す限り彩り豊かなゼリー状の生き物たち。レンガの上でプルプルンとうごめいている。

 光り差す広場の奥まで無数に存在している。


 どうしようかな?

 確か攻略資料によると、【プリプルン】という生き物だったと思う。

 魔核を破壊することで、簡単に倒すことができると書かれていたはず。


「よし」


 さっそく、やっつけてみよう。

 ボクは腰からジャックナイフを抜き取り、持ち手を両手でしっかりと握る。


 使い方は分からないけど、何とかなるよね?


 昔、テレビのドキュメンタリー番組で観たことがある。

 忍者みたいな人が回転切りと唱え、立ち回る姿をした映像になる。

 弟子のような人が金属板を持ち、告知の通りに輪切りにしていく。

 凄かったなー。

 刃物の扱いは格好から入るのが大事って、師範代みたいな人が言っていたよ。


「ボクにもできるかな?」


 石床にプルプルと震わせている一匹のプリプルンに狙いを定める。

 ボクは、ジャックナイフをかっこよく持って構える。

 そのまま勢いを付けて、タンタンタンと靴音を鳴らしていく。


 あれ? 思ったよりも大きい。

 近づいてみると、ボクの身長より大きい。

 とりあえず刺してみようかな?

 ボクはジャックナイフの握りを両手で持ち、振り上げた腕をそのまま振り下ろす。


「えいっ!」


 ぬるん。


「あっ!」


 ジャックナイフが弾かれる。


「わっ!」


 思わずボクは、地面に顔面を打ち付けるかのように、勢いよく前に転がっていく。


「きゃっ! ふべしっ」


 痛いよう。

 お鼻ぶつけた。

 プルプルプル。


「むぅ、怒ったぞ!」


 すぐに立ち上がったボクは、ジャックナイフを右手で持ち、今度は横から何度も斬りつけていく。


「えい、えい」


 ぬるん、ぬるん。


「えい、えい、それ、それ、それ!」


 ぬるん、するん、ぬるん。

 手ごたえはあるのに全く効いた様子がなく、プリプルンはボクを馬鹿にしているかのように、プルプルプルと震えて体を揺らしている。

 じっと見守るように立ち尽くしている。


「ふう、はあ、ふう、はあ、はあ」


 プリプルン。

 なんて強いんだ。

 ボクは斬り疲れて息を切らし、プリプルンの前で呼吸を整える。


「こうなったら奥の手だよ! 思いっきり助走して突き倒してやるんだから!」


 お前なんてやっつけてやる。

 ボクはプリプルンから距離を取って疾走を試みる。


「てやぁあああー!」


 ジャックナイフを両手で持ち構え、全速力で走る。

 まるでヤクザが刃物でお腹を刺しにいくかのように気合いを込める。

 プルプルとした青い透明なボディーへ一直線に向かっていく。


「わっ!」


 突然ボクの右足がもつれてつまずき、勢い付くままに左足で体重を支えていく。


「おっ? わっ! わわわ。わぁあああー!」


 すかさず右足で身体を支える。

 そのまま三段跳びの様相で中空に舞う。


「わっ!」


 体勢を乱したままの姿勢でプリプルンに衝突した。


 それからのことはあまり覚えていない。

 寸秒ほど意識が失った後、すぐに目を覚ます。

 気付いた時には中空を自由落下するかのように、全身で風を受け止めている状況になる。


「え? あれ?」


 どうしよう。

 このまま下に落ちて地面に叩き付けられでもしたらどうなるんだろうね。

 死ぬよね?

 なんとかしないといけないよね。


 思ったよりも冷静なボクは、状況を知るため、瞬時に瞳を凝らしていく。

 見上げる先に光りが差す丸い口。

 頭から落下する感覚は今も続いている。


 仕方がないよね。

 ちょっと本気を出そう。

 神経の緊張感を加速させ、認識速度を高めていく。これで一瞬の時間さえも長く感じられるようになるはずだ。


 感覚を研ぎ澄ませ。

 潜在能力を呼び起こすんだ。

 生きるためならなんでもしよう。本能にも従え。

 まずは体をひねろ。

 重心の位置を変えて落ちる方向が正面になるように整えるんだ。


 ここからが気合と根性。

 上下振り子のように定まらない体のバランスを何度も修正していく。

 腹筋と背筋を使って、捻っていく。


 よし、できたね。

 ここで力を開放するんだ。

 魔力で【魔覚】を呼び起こし、【魔術】を行使しよう。


 できるのかだって?

 違う。

 やるんだよ。

 ここでやらなければ死んじゃうからね。


 思い出せ。

 まずは【共覚(きょうかく)】を研ぎ澄まし、体内の魔力を引き出すんだ。


 細胞の一つ一つに含まれる魔力の粒子を筋肉や神経に流動させ、電気エネルギーの元となる電子と組み合わせていくんだ。

 ふわふわとした感覚を体中にまとわせる。


 そして、【換覚(かんかく)】でその力を制御する。

 体中に巡るフワフワを意志の強さで外に放出させろ。

 落下地点に向けてフワフワを下に追いやり、その感覚を堅い波動へと変化するようにイメージして行くんだ。


 よし。できたならばコントロールをする力が必要だ。

 念じろ。【御覚(みかく)】を研ぎ澄まし、十五しかない魔力を長く細く先へと伸ばせ。


 できたな?

 じゃあ、【離覚(りかく)】で落下地点までの距離を測れ。


 残り一五秒。

 どうする?

 なにか作戦はないか。

 いや、ある。

 まずは先を見ることだ。

 ボクは【彩覚(さいかく)】を意識する。

 見えた。

 遠距離用のカメラのサーモグラフィーを脳内で視るかのように、落下地点にある存在を認識する。


「あっ!」


 プリプルンが五匹も居るね。


「これなら行けるかも」


 瞬時にボクは、全魔力を使って、浮力を生み出す魔術を行使することにした。


「風よ。我、ニルトの想いに応え、爆風となる力を開放せよ」


 魔術にはルールがある。

 目的、創造対象、座標、または威力の順に、心の中で詞をイメージして、詠唱をするというものだ。


「魔術展開」


 そして、発動を意味する決まりの言葉を最後に告げる。

 それを声にすることで術の効果が発動されていく。


「いっけぇえええー!」


 浮いた。

 浮いたね。

 やった。

 上手く行ったよ。

 後はプリプルンに向けて着地するだけだね。


「うぉおおおー!」


 ボクは思いっきり両腕を開き、胸のプロテクターから落ちるように姿勢を整える。

 いけぇええええー。

 プリンプルンに触れるように体を張って、わずかに軌道修正を試みる。

 そこからは覚えていない。

 頭を強く打ったらしく、記憶が飛んだことは覚えている。

 それから数分のことだろう。


「あれ? 生きている」


 体を起こしてみると痛みがなく、むしろ先ほどよりも動きやすいと感じてしまう。


「どこにも傷はないよね?」


 立ち上がり、全身の状態をくまなくチェックする。

 右手で耳付きのヘルメットに触れてみる。

 よかった。耳は大丈夫そうだね。

 他にも、腕、お尻、脚と、視線を向けて、どこかに損傷はないのかをチェックしていく。

 プロテクターもインナーも問題がなさそうだね。

 胸のふくらみが少し痛いけど、この程度なら問題なよね?


 でもどこから落ちて来たんだろう。

 すごい衝撃だったよね?

 確認のためにボクは、頭上に意識を集中していく。


「うへー」


 落ちた時間から察するに、4000メートルはありそうな気配がするね。

 レンガ造りの天井にぽっかりと穴が開いている。

 その闇がどこまでも続いていそうだね。


 良く生きていられたよね?

 思い返せばぎりぎりだったよね。


「はあ~」


 まあ、なにわともあれ。

 その割には調子がいいんだけどね。


 少し飛び跳ねてみると、以前よりも身体が軽くなった気がする。

 どういうこと?

 魔覚でも分かるよ。魔力が回復しているよね?


「えっと……」


 さっきの魔術で魔力を全部使ったはず。

 すぐに枯渇酔いがくるはずなのに、そんな気配が一切無い。


 どうして?

 逆に絶対量が多くなっている気がする。

 なんでなんだろうね。


「あっ、そっか! レベルアップしたのかな? とすると……」


 この子たちかな?

 魔物を倒すと生き物の魔素を取り込むらしく、その影響で肉体が変異するらしい。

 もしかしてボク、やっちゃったかな?


「一、二、三、四、五? あっ。五が居ない。一匹足りないよね? とすると……、ボクの犠牲になったのかな?」


 分かんないけどかわいそう。

 フルフルとしてゆっくり動く変な生き物たち。

 スライムとは違いよく見ると可愛いよね。

 愛嬌があるよ。


 ありがとう。プリプルン。

 キミたちのおかげでボクは生き抜くことができたんだね。

 もう倒そうなんて考えないよ。


「だから強く生きろよ」


 ボクは早々にこの場から立ち去ることにした。

 だって長く居たら危ない気がしたんだもん。

 なんとなく直感が訴えてきたんだ。


「ギョェエエエー!」


 魔物を倒しながら奥へと進んで行く。

 ゴブリンを斬り倒し。


「ギャアアアーッ!」


 見たことのない生き物を魔術で倒し。


「ブゥ!」


 オークの首を風の刃で切り離していく。

 その後は先ほどの通りだね。

 この部屋が資料に載っていたモンスターハウスになるんだろうね。

 様々な魔物たちに囲まれる密室空間。

 ボクは見事に勝利して、アイテムを拾い集めている。


「腹が減ったー」


 昼食にしよう。

 ボクは手を休め、しばらく休憩を取ることにした。



**



 午後二時。

 通路の突き当たりにたどり着いたボクは、足を止めて巨大な壁絵を見上げている。


「変な壁」


 途中で曲がり角が無かったところ見ると、ここが終着点のような気がしている。


「何かありそう……」


 この壁、ごちゃごちゃとした細工が刻まれているね。

 大きいし。

 文字もどこかで見覚えがある。

 なんでなんだろうね?


「えい!」


 押してもダメ。


「えい、えい」


 叩いても変化がなし。


「よっ!」


 横に力を入れてみたけど、びくともしない。


「うーん……」


 何かがありそうなんだけどな。

 距離を取ってみると、認識していなかった絵が見えてくる。


「あっ!」


 これ、見たことがある。

 赤く丸みを帯びて、漢字のような記号が描かれている。

 鑑定石で使われている文字と同じだね。

 絵文字も気になる。

 赤くて見えづらいけど、形そのものに何かが隠されている。

 イカと蛇と女を足したような造形が描かれているね。

 それに大きいし。

 貢物を捧げようとする小人の絵文字も描かれている。


「要約すると、ここを通りたければ魔力が必要だよ? そう言いたいのかもしれないね」


 当たっているかな?


「この天秤に魔素を乗せて、生命の格を測ればいい。そんな感じかな?」


 人が黄金の天秤台に乗っている絵が描かれている。

 測りは黄色の手の皿が描かれている。

 よく見ると、壁に黄色いへこみがあるね。そこに触れればいいのかな?


 えっと、壁絵によると。


「神に逆らう者はどいつだー。みたいな?」


 こんな感じかな?


「うん!」


 開ける前にまずは、ボクの強さを測ってみよう。

 さっき鑑定石を手に入れたばかりなんだよね。

 留め具を外し、バックパックから鑑定石を取り出そう。

 ずっしりと重く、手鏡のよう。

 表面がツルツルとして、風合いが黒色をしている。

 バイクのハンドルのような二つの持ち手がある。

 その持ち手を両手で握り、折り曲げるように、魔力を流していく。


「これで……」


 鏡のような表面に文字が浮かび上がる。

 こうなると後は簡単だ。

 持ち手から放し、壊れるまでに表示の文字を読み取るだけだね。


「う?」


 やっぱり分かんないね。

 読める気はする。でも、全て理解できる訳じゃない。


「生命力が最大が45。魔力の最大が4584。攻撃力が60。防御力は71。種族は人族系。レベル28。クラスタイプはネイチャー」


 こんな感じかな?

 レベルは上がったけど、思ったよりも伸びが悪いね。

 前世と比べても、この百倍は在ってもいいはずなんだけどね。

 ボクって戦いの才能が無いのかな?


「おっと、脱線するところだったね」


 気持ちを切り替え、壁に集中しよう。

 おそらくこれはボス部屋だね。

 開けた瞬間に戦いが始まる予感がする。

 相手は天使族だ。

 神という言葉を掲げるには、そういった類の者が出てくるはずだよね?

 訪れる者に応じて能力を変動させる魔物。

 黄色いくぼみに触れた瞬間、その条件を満たすことになる。


「いいか? よく聞けよ」


 誰もいないけど、怖いので声出しをしていこう。


「まずは魔力石を用意するんだ」


 もったいないのでゴブリンからドロップした物を取り出していく。


「これを手形のくぼみに設置する」


 云うのは簡単だけど、やるのは難しいはず。黄色い手形の表面に一切触れてはいけないからね。

 そっと置くんだよ。そっと。

 壁の前でつま先立ちをするボクは、魔力石を持って、腕を上に伸ばしていく。


「うーん、うーん、うっ?」


 あれ?


「うーん。んー。えっと」


 もっと背伸びをして。


「えい! えい!」


 跳んでみたけど。


「えい! えい! んー! んー!」


 どう頑張っても。


「たぁあああ!」


 届かない。


「えっと、これ無理じゃない?」 


 どうしよう。

 へこむ。


「ダメだ……」


 ショックの余りボクは地面にふさぎ込む。


「うぅぅぅ」


 自然と涙が出てくる。

 悔しくなんかないんだもん。

 まだ成長期だもん。

 そのうち大きくなるんだもん。


「ぐすん」


 壁絵を見上げ、のどで涙を感じていく。

 でも怒ってないよ。

 本当だよ。

 平気なんだからね。


「う……」


 いいもん。

 そのうち伸びるんだから。



***



 午後三時。


「これで」


 黄色いへこみに魔力石を置き終えて安心したニルトは、積み上げた石段から早々に飛び降りる。


「うまく行ったね」


 ニルトは両手を壁に掲げ、瞳を閉じる。


「はっ」


 設置した魔力石に魔力を送り、陽子と共鳴する電子を操作していく。

 すると突然、魔力石が青く光る。

 激しい地響きと共に壁が動き出す。

 上手く行ったね。

 後は気配を消して中に入るだけ。

 そう思案したニルトは、自身を幻影のように消していく。

 まるで透明人間にでもなったかのように視えない姿になっていく。

 先には、巨大な地下神殿とした広場が現れる。

 中央の天井に銀色の鎖で吊り下げられた顔だけ女が笑いを放ち出す。


「ホッホッホッホッホ……」


 まるで巨大な蛇の手足を幾つも携えるタコボディの美女が、高らかと笑い声を上げている。


 十階ほどあるビルよりも高く、魔素の淡い輝きを撒き散らし、長大で太い大蛇の腕を脱皮させていく。


「ホッホッホッホッ。わらわの休息を妨げる愚か者はどこにおるのじゃ。おとなしく命を差し出すというのであるならば、苦しまずに喰うてぇやろう」


 全身の幅が約五〇メートル。

 高さはおそらく四〇メートル。

 金の長い髪に、紅を指したように赤い唇。

 白粉(おしろい)を塗った西洋風の女顔。

 しかもその首には戒めなのか、天井から無数に連なる銀色の鎖で縛られている。


「ホッホッホッホ。どこじゃ、どこじゃ。わらわの贄はどこにおるのじゃ」


 巨顔の女が、銀の眼帯から魔力の霧を放つ。まるで黄金のモヤが漂い、邪悪な気配をまき散らす。


「そこか? それともそっちかえ?」


 魔力を持つ者ならば誰しもが判る圧倒的な力の圧を、広場全体に発散していく。


「ホッホッホッホ……」


『ゴォアアアッアアアー!』


『シャー』


『ジジジジジ……』


 女の顔から奏でる笑い声をかき消すかのように、幾つもの大蛇から鳴き声がしていく。

 まるで野球場中央から壁際までの距離を蛇の体でふたをするように、緑の巨体がうねりを上げている。


「ここだよ。ボクはここにいるよ」


 姿を消したニルトの声が不思議と全体に広がり、その方向になにかいると察知した大蛇たちが動き出す。

 上あごの牙をむき出しにして上昇。津波のように砂と塵を巻き上げる。

 おおよそ五メートルほどの頭の先が天井に向く。一〇〇メートルはある中空を上昇していく。

 まるで龍が空へと昇るかのように反り返る大蛇の巨体が、激しく砂を舞い上げていく。

 乾いた音を響かせ、鳴き声を上げる。


『シャー、シャー』


 全ての大蛇が頭を一斉にゆらゆらと揺らしている。


「ここだよ?」


 ニルトの声が響いた瞬間。

 一匹の大蛇が声のする方向に突撃を繰り出す。


 激しく破壊音が轟き、石床が割れる音を散らしていく。レンガの壁に亀裂を生じ、粉々に散乱した小石の残骸を上空へとまき散らす。

 それら全てが無数の大蛇によって断続的に続いていく。

 まるで怪獣映画に出てくる化け物のように、巨大な蛇が地面を叩いて暴れている。


「どこを見ているの?」


 姿のないニルトの冷静な一声に、全ての大蛇が反応を見せる。再び反り返るように天井へと昇って行く。


「こっちだよ」


 繰り出す大蛇の叩き付けに、爆音を轟かせる。石床から煙が生じ、レンガが衝撃で飛散していく。

 整っていた神殿様式の造形に亀裂が生じる。


「違う。こっちだよ」


 激突した方向とは逆の方向から声が響いてくる。


「こっち、こっち」


 ふわふわと透き通る魔素の輝きが壁際に流れていく。


「今度は後ろ」


 まるで神殿内を破壊する大蛇の攻撃をわざと反らすかのように、大蛇の近くでニルトの声が流れていく。


「また後ろだよ」


 巧みに場所を変えるニルトの声に、鎖に繋がれた巨顔の女から、圧倒的な魔素の圧が発露されていく。


「ホッホッホッホ。わらわの贄はどこかえ」


 余裕といった素振りで鬼ごっこを楽しんでいるかのように、甲高い声を響かせた。


「ねえねえ、こっちだよ」


 突然と熊を連想させるニルトの全姿が女の前に現した。


「見つけたわぁえ」


 巨大顔の女の口から満面のほほ笑みが零れる。

 逃げるニルトが、少女然とした形の良い口を開き、挑発の意思を伝えていく。


「ねえねえ。ボク、ニルトって云うんだよ?」


 不思議と通る優しい声に大蛇が追従する。

 緑の子熊の衣装を着こなす愛らしいニルトが空を飛び跳ねる。蛇と楽しく戯れる。

 その都度、「ねえねえ」と挑発し、数メートルひらりとステップ。

 明らかに幼い声で続けざまに挑発していく。


「ねえねえ、天使のお姉さん。お名前はなんて言うの?」


 小馬鹿にした様子で首を傾げるニルト。本人は至って探りを入れるためと反論するだろう。


「ホッホッホッホッホ。面白いのう。いきなり姿を見せたと思いきや、わらわを天使とさげすみよるか。そなたのような無礼者に会うのは初めてじゃ。知れ者よ。その方ならばわらわの名を知っておろう」


 大蛇の攻撃、止むことがない。


「分からない訳でもないよ? でもね、確信がある訳でもないんだからね」


 ガレキの破片が天井に舞う。


「だからボクの考えを聞いて」


 息を切らした素振りがないニルトは、笑顔のまま上空を跳び上がる。

 無数の頭を持つ竜のような大蛇の攻撃を中空でひらりとかわす。


「ほぉ。言うてぇみるがいい」


「【ビューネルフィ】さんだね? 第八種千呪魔眼の一族にして、女神シェリーズが姉妹に当たる、シャディーネルの眷族に連なる者」


 次の瞬間、ビューネルフィが鳴き声を上げる。


「ホォオオオオオオオー」


 怒りが限界に来たといった風に鬼の形相となる。おおよそ丑三つ時に想いを寄せる男を呪い殺す憎しみの女としたしわ顔になる。


 追い打ちを掛けるニルト。続く言葉を告げる。


「ダンジョンにとらわれしものよ。つまり、あなたもボクと同じで、頂上の戦いに敗れたんだよね?」


 それは突然に変容する。


「オロロロロロロロ……」


 まさに能面。

 怒りの顔から冷徹な女性の顔に一転する。


「オマエニナニガワカル。ワラワノクルシミガ。ワラワタチノイカリガ」


 まるで機械音を合成したような声を出したビューネルフィ。

 巨大とした身体の動きを止め、銀色眼帯から赤い血のような涙を流し始める。


「そんなの分かんないよ。だってボクも知りたいことだらけなんだもん」


「イツワリヲモウセ。オオカタオマエモ、アヤツラノヨウニ、ワラワタチヲタバカリニキタノデアロウ?」


「そんなことないよ? だってボク、そんなにあなたのことに興味がある訳じゃないんだもん。だってそうでしょう? あなたはもう死んでいるのだから」


「コロス! コロスコロス、コロスコロス、コロス!」


「じゃあさあ。もしもボクがあなたに勝てたなら教えてよ。この世界のことをね。そうしたら興味を持ってあげるから」


「ロロロロロ……」


 これが戦いの合図だ。

 そう思案したニルトに向けて、ギリシャ神話に出てくるメデューサを連想させる。金色の髪から蛇を生み出したビューネルフィ。


 目に見えないはずの魔力を黄金色に輝かせ、ニルトを威嚇するかのように、その力の波動を解放していく。

 黄金に輝く魔力の光を広場全域に轟かせ、その波動で地響きを生み出し、砂や塵をカタカタと揺らしていく。

 空気の揺れを作り出した。


 疾走するニルトが、腰のベルトからジャックナイフを抜き取り、空から突貫する大蛇の攻撃をかわし、壁際まで距離を取っていく。


 金色の蛇がビューネルフィの頭でうごめいている。その黄金色からの殺気を感じたニルトは、当然のように警戒を強めていく。

 なんて卑怯な奴だ。

 予想より強いじゃないか。

 どうしよう。

 作戦の変更を考えるか?

 いや、だめ。

 もう少し様子を見よう。

 ニルトはビューネルフィの背後に移動するため、身体強化の魔術を行使することにした。

 熊耳のヘルメットから覗く愛らしい顔の小口を開いていく。


「重複せよ。我、ニルト。肉体の力を極限まで高め、一瞬のことわりをも解する認識力を増幅し、起死回生を可能とする自己修復力を強化せよ」


 筋肉向上、知能向上、自然治癒向上を唱えたニルトは、魔術の詠唱を完了させる。


「魔術、展開」


 突如ビューネルフィの頭にある黄金の蛇たちが、一斉に口を開く。ニルトに向けて光を輝かせる。


「ホホホホホホ。ヒルマヌモノヲヤキツクス」


 術となる名は、怯まぬ者を焼き尽くす。

 それが高温の素粒子から作られるレーザーであることを知っていたニルトは、予備動作の無い極限の速度に対応する。

 魔術で強化した肉体を活用し、予測の回避を繰り返していく。

 体を貫こうとするレーザーの光を紙一重で避けていく。

 ニルトは先読みし、体をひねって対応していく。


「ユケ、ワガテアシ」


 術の名は、我が手足。

 軟体動物のように巨大としたビューネルフィの触手が、ニルトの体を食らうかのように破壊を尽くす。

 天井に昇る大蛇の頭が交互にニルトをねらっていく。

 仲間内で衝突し合うがお構いなし。その荒れ狂う様相は、まるでヒドラの頭がうごめくようなものだ。


 ニルトが周囲に散乱するガレキを蹴って方向転換。

 ビューネルフィの正面に向き直り、移動を開始していく。音速を超えた速さで遠心力の音を生み、大蛇の攻撃を左右に避けていく。

 それは戦闘機F1の旋回を思わせる。

 空中で魔素の壁を生み、足でけり付けていく。


「せい、やあ、たあ!」


 すれ違う大蛇の胴をジャックナイフで切り刻む。

 しかし、蛇の動きを止めること叶わず。突如と巨体が方向転換を始めていく。


「なっ!」


 危ない。

 ニルトはその場で魔力の壁を作り出し、防御姿勢になる。

 突如とビューネルフィの体が回転をし始める。

 爆音を散らす大蛇がガレキを巻き込んでいく。

 まるで火消しのまといを回転させるかのように、全ての大蛇が本体によって流されていく。

 強風を巻き起こし、地面を散らす煙を上げて、白い旋風を生み出していく。


「ホホホホホホ……」


 守りを解いたニルトが砲弾の弾速で飛翔し、天井に向かっていく。

 間に合え。

 ニルトの足元に瞬時と大蛇の胴体が流れていく。

 危なかった。


「ホホホホホ。カカッタナ」


 両目に眼帯のビューネルフィ。その巨大な紅の唇を上下に動かし、笑みを浮かべていく。


「ホホホホホ。キボウヲモチシモノニシヲアタエヨ」


「あっ!」


 しまった。

 ニルトが一瞬の判断ミスをする。

 跳躍中の予備動作で敵の攻撃を防ぐ回避行動が取れない姿勢になる。

 諦めたかのように中空で身構え、光り輝くビューネルフィの正面に向けて、魔力の壁を生み出した。


「コォオオオオオオー」


 術の名は希望を持ちし者に死を与えよ。

 対空用の長距離レーザー。五〇メートルはあるだろう強烈な光の筋が、超巨大なビューネルフィの口から放出されていく。

 地面から数メートル空に浮かぶニルトに向けられる。

 攻撃が来る。

 耐えられるか?

 魔覚を鋭くさせたニルトが本能に従い、瞬時と厚い魔力壁を重ねて形成する。

 高出力のレーザー光がニルトに接触し、上下左右に屈折していく。

 四散する光の波は、ニルトの両腕に強烈な負荷を与える。


「くっ!」


 ダメ。

 受け止めきれない。

 魔力壁が白光を帯びて炎を生み出す。激しくバチバチと火花を鳴らし、赤い光を生み、ニルトごと壁際まで押し流していく。


「ホホホホホホ。ヒルマヌモノヲヤキツクス」


 とどめの追撃だろうか。

 黄金に輝くビューネルフィの髪から無数のレーザーが繰り出される。

 それは、まるで意志を持つ銃口のように、ニルトの動きに合わせて追尾していく。

 あっ。

 背後から右肩を光線が貫いていく。とっさに魔力壁を強化して、その他の屈折光から身を守るニルト。


「ホッホッホッホッホッ。ユケ、ワガテアシ」


 再び大蛇からの猛攻が始まった。

 列車よりも巨大な蛇の頭が襲い掛かって来る。

 来たね。

 もうボクには通じないよ。

 瞬時にニルトは対応する。

 大蛇の突撃を横へと回避。

 おそらく二撃目が来ると予測して、銃の弾丸を超えた速度で壁を駆け抜けていく。


 衝突する大蛇の群れが、ニルトの進む先に合わせ、突貫を繰り返す。

 ニルトを追うように遅れて衝撃音が響いていく。

 今だね。

 大蛇の攻撃が一瞬緩んだその隙に、ニルトはビューネルフィの背後に目掛けて跳躍した。


「ホッホッホッホッホッ。オナジコト」


 場を圧倒するビューネルフィ。先ほどと同じことだとニルトの行動を予測したのか、銀色の鎖をジャラジャラと鳴らし、無数の大蛇ごと垂直に全身を浮かせる。

 そして、スピン。

 猛烈な突風が吹き荒れる。

 くっ、こいつ。

 空中で巨顔が半回転。その動きを予測できなかったニルトに、眼帯越しの視線が当てられる。赤い唇を上下と開かれる。


「キボウヲモチシモノニシヲアタエヨ」


 黄金色に輝くビューネルフィ。

 先ほどの攻撃と同じだと予測したニルトが、中空で防御姿勢になる。

 今度は耐えてみせる。

 ビューネルフィの口から放たれる巨大レーザーを受け止めるため、ニルトはより強力な青い魔力壁を展開する。


「コォオオオオオオッ」


 圧巻の波動。

 赤い火の放射が生み、その中に巨大な光の筋が流れていく。

 全てを正面から受け止めたニルトの体が流されていく。そのまま壁際まで吹き飛ばされる。

 うっ、まだだ。


「ホッホッホッホッホッ。ヒルマヌモノヲヤキツクス」


 空中を舞うニルトが着地と同時に床を蹴り、そのまま壁の側面に移動する。

 黄金の蛇から放たれるレーザーが屈折していく。

 ビューネルフィが作り上げた魔力壁に衝突し、まるで銃の跳弾のように屈折していく。

 その輝きが疾走中のニルトを阻み、弦を弾くような音を鳴らして地面や壁に突き刺さっていく。

 まるで光線の雨が降り注ぐかのように、広場を光の帯で埋め尽くす。

 避けきってみせる。


「うぉおおおー!」


 大声を上げたニルトは、壁伝いに高速移動を開始した。


「ユケ、ワガノテアシ」


 戦闘開始から一時間が経過した。

 熊耳をした緑の美しい妖精が上空を舞い、大蛇の攻撃を避けていく。

 まるで剣舞を踊る巫女のように、ニルトは寸分のミスもなく回避を続けていく。


「キボウヲモチシモノニシヲアタエヨ。ヒルマヌモノヲヤキツクス」


 ひらひらと中空を漂う光りの余波を潜り抜け、予測の予測とした予備動作を繰り返していく。ただ美しく無駄のない動きで、光の線を先読みしていく。

 そんな風に奇跡の舞を演じていくニルト。

 息を切らし、額から次々に生まれ出る汗を散りばめる。

 胸元のプロテクターからポーションを取り出し、一気に口へと含む。


「んっ」


 これでまだ戦える。

 瓶を投げ捨てたニルトは、瞬時に体勢を整える。

 ビューネルフィの背後に向けて壁面を走る。

 次は全回転が来るはず。

 だから今のうちに魔力壁を作っておこう。

 ニルトは、全身から青い光を生み出す。

 さあ、来い。

 しかし、思惑とは違い、ビューネルフィが動きを鈍らせる。



****



 来たね。

 魔力の枯渇。

 狙い通りだね。


「ロロロロロロ……」


 全ての大蛇が動きを止めている。

 やっとこのときがきた。

 天使族は敵対する者に合わせ、能力を変動させる特性がある。銀の鎖がその証拠。

 ビューネルフィの魔力を吸い尽くし、その役目を終えようとしている。

 最初にゴブリンの魔力石を使ったのもこのためだね。


「よっと」


 魔力の足場を作ってみた。

 彩覚で感じ取るボクにしか見えない魔素の床を並べていく。思ったよりも不安定で、歩きづらいものだね。

 足下を見ると、うなだれる蛇さんたちの姿が見えてくる。

 酷い扱いだよね。

 この子たちに意思はあるのかな?

 ビューネルフィに使役され、かわいそうだよね?


「お?」


 蛇さんが白く変色していく。

 まるで石化みたい。

 これも天使の末路なのかな? 怖いね。

 ボクは空中を歩き、ビューネルフィーの顔先にたどり着く。


「勝ったよ。約束通りこの世界のことを教えてよ」


 魔素で拡張した声でボクは、ビューネルフィに問い掛けていく。

 ビューネルフィは白い顔をうつむかせ、消え入りそうな声で弱々しく口を動かす。


「……なんじゃ。……言うてぇみよ」


 上目遣いで、銀の眼帯越しからボクを視るように、顔を向けて来る。

 元気がないね。

 ボクは時間がないと感じ、思い付くままに会話を続けていく。


「一年前にこの世界で何が起こったのかな? 人類は? 人は? どれくらいの人が生き延びているのかな? 知っていたら教えてくれない?」


「……人、人とな? 人とはいったいどういう意味かえ。わらわはここに縛られておる。ゆえに、そなたのような者とは一度も会ったことなどない」


「うん?」


 あ、そっか。塔の中といっても、ここは普通の場所じゃないからね。

 マップ情報にも載っていない場所になるからね。そんなところに人が来る訳がないよね。


「それじゃあ質問を変えるね。あなたは地上のダンジョンにも影響を与える存在になるのかな?」


「地上。地上とな? ……ああ、そうかえ。塔をダンジョンと呼ぶのであるなら、わらわの意志もそこにある」


「本当! それじゃあさあ! そこに人が来たことがある? 知っていたら教えてくれない!」


「知らぬ」


「えっ? ……えっと、知らないってどういう意味?」


「だから知らぬ。わらわたちのようにとらわれしものは、ダンジョンと契約を交わし、その生涯をダンジョンと共に過ごす運命にある。星の息吹を食らい生きておるからのう。言い換えるならば、人間という種族と殺し合いをしておるわ。わらわはその末端に過ぎん。せいぜい契約したダンジョンの内情を知りえる程度のことは分かるかもしれんが、人の行く末なんぞ、わらわたちの知るところではない」


「そっか」


 契約とは【混沌】の神々と【秩序】の神々が決めた世界のルールによるものだ。ダンジョンに命を捧げる代わりに、奇跡を行使した者たちの願いを叶えてくれる。

 その者たちをとらわれしものと呼び、その都度【淵源の意志】によってダンジョンに召喚されて行く。


「じゃあさあ。最近会った人について教えてくれない? いつ会ったのか。何人会ったの? とか」


「そなただけじゃ」


「え?」


「そなたしかおうたことがない」


「はあ?」


 嘘は付いてないかな?

 ダンジョンに人が入って来ないはずがないよね?

 ここ一年は仕方がないけど、数年前にもなると、大勢の人で賑わっていたはずだよね?

 でも、この状況で嘘は付かないはずだよね。

 だとするとボクは何かを見落としているのかな?

 ビューネルフィさん。元気がないね。

 下を向いているし、顔色も悪い。


「わかんないよ。もう少し分かりやすく教えてくれない?」


「ふむ……」


 ビューネルフィがうつむいていた頭をゆっくりと上げる。


「誓言契約の魔術が発動中にある。そなたにこの意味が分かるかえ?」


 眼帯越しの目が、ボクの目線に当てられる。


「誓言契約? なにそれ?」


 聞いたことがないね。

 ダンジョン最深部に行き着くと一つ願いが叶うと云われている。

 その仕組みに影響する何かな?


「あっ、そういうことか!」


 ダンジョンにはエリア管理者が存在し、それらを倒すことで、次に移動できる決まりがある。

 その過程を乗り越えることで、魔術的な儀式を果たし、奇跡を叶えるための条件を満たしていく。

 それが誓言契約という意味ならば、話の意図が分かってくる。

 何者かの願いによって、今の状況が作られた可能性があるね。

 いや、そんな大が掛かりなことができるのかな?


「星の全てに影響をもたらしている誓言契約は一つじゃ。それが、死者の復活を願っておる。そう、わらわは聞いておる」


「そうなんだ」


 死人を復活させることができるなんて、複雑な術式なんだろうね。

 そういった行為は、魔術に限らず、魔導や魔法の領域でも代償が付き物。

 叶えるためには沢山の命が必要になってくる。

 奇跡は魔力量に比例して結果を生む。

 魔術を使うと魔力が減るのと同じだね。

 願いに応じて量が決まってくる。

 おそらく相当量の魔力が使われるはずだよね。


「それで、どういった条件が成立したのかな?」


「全人類の命と引き換えに、一人の命を復活させて欲しいというものじゃ」


「へ?」


 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


「誰だよ。そんな無茶な願いを願った奴は」


「そこまでは知らん」


 意味が分かんないよね。

 呪いや奇跡には相応の儀式が必要になる。

 全人類の命を犠牲にするということは、星のエネルギーを消費するという意味になる。

 そのレベルが許される条件を満すというのは、相応の条件を成立させたという意味にもなるね。

 仮にダンジョンがその役割を果たす触媒だったら、よほど難しい脅威を克服したのだろう。

 あれ? ボクはまだ生きているよね?


「えっ!」


 それってつまり、ボクが選ばれたってことにならないのかな?


「教えて欲しい。元の世界に戻すにはどうしたらいいのかな?」


「ふむ……」 


 まずいよ。

 原因がボクでほぼ確定だよね?

 どうしよう。人類の皆様に多大なるご迷惑を掛けているってことだよね?

 世界を戻すためにボクだけでがんばらないといけないってことだよね?


「誓言の術は発動途中にある。そなたならばこの意味が分かるであろう。魔術は一度発動すると、その術が終えるまでずっと続いて行く。特性に応じ、次の術が発動するまで効果は持続する」


「あ!」


 そういうことか。

 ボクがダンジョンを攻略して、新しく契約を交わせばいいってことだよね?

 ボクは息つくビューネルフィに向け、うなづきで返事をする。


「理解したようじゃのう」


「うん。なんとなくね。ダンジョンを踏破してその願いを取り下げればいいんでしょ?」


「そうじゃ。おぬしの命と引き換えに、世界は救われることになるはずじゃ」


 どういう経緯か分からないけど、無かったことにするのが最良の選択になるね。

 つまり、ボクが居なかったという奇跡を願うことで、人類が滅亡しなかった未来を形成する。

 そして、ボクが消える。

 ボクもビューネルフィと同じで死者なる。


「そんなの嫌だ!」


「ホッホッホッホッ。仕方がない事じゃ。これも自然の摂理。そなたもダンジョンにとらわれしものよ。わらわと同じ穴のムジナじゃなぁ?」


「うっ、うるさい! あっ!」


 悲しい気持ちが込み上げてくる。

 誰かと笑い合う未来の自分が見えてくる。

 共に助け合う仲間の姿。

 家族の笑顔。

 愛する人の微笑み。

 そんな夢を見えた気がした。


「ぐっ」


 嫌だ。

 死にたくない。


「ふむ。そなたはニルトと申したな。これは、わらわからのせん別として聞いておけ」


 涙が止まらない。

 怖いよ。死にたくない。


「誓言契約を解除するには二つ方法がある」


 もう泣かない。

 それより、ビューネルフィの話を聞くんだ。


「一つ目の方法はダンジョンの踏破じゃ。塔を攻略すればよい。最深部にて誓言契約に従い、そなたの想いを伝えればよい」


 でも、時間がないよね?

 すべが完成したら手遅れになるよ?

 それまでに塔を攻略するなんてできないよ。


「して、もう一つの方法はな。術の解除にある」


「そんなことができるの?」


「できる。人類はそなたしかおらぬからな。そなたの一存で術を解除することは可能である」


「その方法とは?」


「魔物一億体分の魔力石を集めよ。エリア管理者がおる部屋の前で、強く願うのじゃ。門の先の管理者よ。供物を糧に願いを聞き届けよ。とな」


 うん、分かった。覚えたよ。


「ありがとう。ビューネルフィ。ボク、がんばって世界を救ってみるね」


「ホッホッホッホッ。もうよいか? わらわは疲れたぞ。しばらくの間は、寝かせて……ホシイ」


「うん。さようなら」


「サラバ……ニルトヨ、コノツギハ……ホンキ……デ、アイマミエヨウゾ」



*****



 こうして無事に帰ることができたのである。


「やっと終わりが見えてきたね。今日は沢山のことがあったから、書くことがいっぱいあるね」


 その後はアイテムを拾い集めて広場を出ることになる。

 別の通路を見付け、【転移装置】が在る部屋にたどり着く。


 異界化した空間を昇り降りするエレベーターのようで、ジェットコースターみたいに遠心力が凄かったね。

 その後は塔の北門から外に出ることになる。

 南門まで二時間ほど歩き、自転車に乗って、走って帰って来た。


「ふぅ~」


 最後までニルト備忘録を書き終えたボクは、六月分の箱に仕舞い込む。

 時刻は23時を過ぎたところ。

 エネルギードリンクの入った容器を口に含む。


「んっ、んっ、んっ、ぷはぁ」


 おいしい。

 やっぱり、エネドリは最高だね。

 オルナミンDと少し違うけど、元気が出るね。

 気合が入ったボクは、最後の仕上げに取り掛かる。

 じゃじゃーん。

 アイテム袋だよ? すごくない?


「なにが出るかな。なにが出るかな。魔力石の欠片、取り付け」


 鼻歌を歌いながら、ボールペンを片手に、備忘録の続きを書きつづる。


「ビューネルフィからドロップした物について」


 一つは黄金の魔力石。

 金色の魔素の結晶体で綺麗だったね。ボイラー室のエネルギーに最適と考え、すでに補充済み。


「これでしばらくは電気の心配がないよね?」


 もう一つがアイテム袋になる。麻布のような生地で大きく、半透明の石が複数側面に取り付けられている。


 ワーレフ協会の資料によると、石の名前は【保存石】と呼ばれているらしいね。

 【人工アイテム袋】や【異界収納箱】などに利用される魔石の一種になる。

 保存石に魔力を補充するためにボクは、小さい魔力石を溶け込ませていく。


「じゃじゃーん。アイテムぶくろ」


 ついにお宝とのご対面だ。


「うへへ。中に何が入っているんだろうね」


 人工アイテム袋や異界収納箱は、物質を転送させる保存石の特性を利用し、別空間にアイテムを移動させるものになる。

 そのため、別空間用の広い倉庫を必要とする。

 つまり、相応の設備があって、初めて成り立つ仕組みになる。


「だが、このアテム袋は違うんだ! これは、ダンジョン産のアイテム袋になる! いわゆる、魔法のアイテム袋なんだぞ! これさえあれば、一生遊んで暮らせるんだからね! ボクは大金持ちになったんだぞ!」


 価格にびっくり。

 保管取引署のカタログには、一袋一〇〇〇億ドルの値が付くと書かれている。

 うひひひひ。もう一つお楽しみがあんだよ。これ。クフフ。


「中にいろいろなお宝が入っているんだよ」


 奇跡なのか。

 はたまた異世界からの贈り物なのか。

 その所有者については一切の憶測でしかなく。

 その価値は計り知れず。

 人類から見ればまさに財宝を発掘するようなものだろう。

 それがボクの物になるんだね。クフフ。

 それでは行ってみましょう。


「トレジャーハント!」


 底のない袋にボクは、右腕を突っ込んでいく。


「おっ? なんか柔らかいものがあるね!」


 来たよ、来たよ。これはすごいお宝に違いないね。

 袋の口に入れた腕が底から突き抜けている。にもかかわらず、右手にプニプニとした感触が伝わってくる。

 ボクは意を決し、プニプニの柔らかい物体を取り出していく。


「なんだろうね。楽しみだね……、え? これは……」


 半透明のお肉かな? ゼリーのように柔らかく、少し硬めのスライムのよう。


「なんかプルプルしているね?」


 振ってみると、プルプル、プルプル振るえている。

 夏場の抱き枕に最適のような気がする。


「これ、もしかして……」


 プリプルンのお肉、だよね?


「えっと、まだまだいっぱい在りそうなんだけど……」


 アイテム袋の中に手を入れると、プルプルした触感が伝わってくる。


「もしかしてこのアイテム袋の中身の全部が、プリプルンのお肉なのかな?」


 どこを触ってもプルプルする質感が伝わってくる。


 プルプルプルプル。

 プリプルン。

 なんか残念。


「えぇえええー! これだけ?」


 そんなあ。

 期待していたのに、いらないよ。

 どうしよう。

 この後で寝るときにでも使ってみようかな?


「いや、落ち着こう。うん……」


 ボクは袋から腕を抜き取り、一旦休憩をはさむことにした。

 この後で中を徹底的に調べてやるんだからね。

修正履歴

2024/8/15 取り急ぎ、誤字修正。以後、時間ができたら、「て」「と」「は」を見直すかもしれない。

2024/8/20 誤字脱字修正。まだまだありそうなので、引き続き、時間があるときに修正予定。

2024/8/25 誤字修正。まだまだ至らない点が多そうです。

2024/9/5 誤字脱字修正。加えて、一部表現方法の見直し。主にビューネルフィとの戦いについて。

2024/9/16 ビューネルフィとの会話の地の文、大きく修正。

2024/11/18 全部修正してみた。

2024/12/4 過去形の文章の修正。

2024/12/12 前半部分を大雑把に修正。また直すかもしれません。

2025/6/6 全部修正。次は三話目に移行します。しばらくお待ちください。


ご書見いただき、大変にありがたく思います。良かったら、ぜひ、評価をお願いいたします。

一文字でもいいので、コメントも頂ければ幸いです。

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