第18話 初めてのチーム探索
2024/12/4 投稿しました。
書見の程、よろしくお願いします。
魔覚を研ぎ澄まし、御覚と離覚に共覚を同時に行使する基本の極意、操覚を扱い、無色の斬撃を無意識に放つニルトが、キャンディージェルを捉え、すれ違いに煙へと変えていく。
そのまま脚を動かし、フロア内に踏み入れる。
広漠とした空間は薄暗く、左右の壁までかなりの距離がある。
天井も高く、四〇メートルはありそうだ。
ヒカリゴケの明かりが唯一の光源。
そんな空間に立ち入るニルトが、目の前に圧倒する魔物たちに向けて、次々と無色の刃をすれ違いに放っていく。
鋭く風切り音を鳴らし、魔物が消滅する煙を吹き上がらせる。
疾走と脚を動かし、次第にその速度を高めていく。
おそらく半世紀前の陸上選手の最高記録に近い速さで、フロア中央へと進んでいく。
その光景が余りにも衝撃的で、水色の瞳を開き、圧倒するニルトの後姿を見詰める時音。数秒間の出来事に思考が追い付き、我に返るよう目の前の友人に向けて声を出す。
「私たちも行くわよ! 萌恋、守りはお願いね!」
「よかよ!」
そう萌恋が返答し、フロアの中央で戦うニルトに向け、早歩きで踏み入れていく。
その背後から五つの光が飛び出し、時音が水色の瞳を泳がす。その光景に目を向けた萌恋が、シールドから魔素を噴出する。
通じの力でアストラルエオンに意志を伝える時音が、ニルトの倒し損ねた魔物にとどめを刺すように指示を出す。
「残党の掃討に当たれ!」
大きいリュックを背負い、少し不自由な右手をかざし、思いに応える五つの光に追加で命令を下す。
「ファラ、スイ、ライ、フウ。魔力弾で攻撃をしなさい! アスは魔力壁で全員の補助に当たれ!」
大きい荷物で体が重い時音が、守りを固めた萌恋の後ろに付く。
指示を出したアストラルエオンたちが、アスの茶色とした光彩に染まり、円陣を組むように散開していく。左右の敵に向かって飛んでいく。
それぞれの光が、半透明で黄色としたキャンディージェルに黒い球を放出する。
その威力は高く、一撃で魔核を貫き、煙へと変えていく。
続けて緑色のキャンディージェルに向け、中空移動。
疾走するニルトが、「風よ、敵を吹き飛ばせ!」と、言葉にする。
予約語と呼ばれる詠唱の圧縮で短くした呪文の唱えに、前方に向けて扇型の風圧を生み出す。
次の瞬間、まるで魔術の発動が分かっていたかのように、無数のビックフリーズたちが回避の動きを取る。足音を立て、一斉に中空に飛び上がる。
一定の空間内で吹き荒れるニルトの風が、背後に居る時音と萌恋に影響せず魔物へと流れていく。中空に飛び上った無数の個体をより高く天井へ舞い上げる。
その隙に前進するニルトが、すれ違い様に無色の刃でキャンディージェルを切り裂き、流れる風の落ち着きを計らい、新たに発動する魔術の詠唱を口にする。
「風よ。雷よ。万物の定律が根絶の力となり、術者の意に沿う流動となれ。流れ、移り、輝け。魔素を食らい強く成長せよ。緑の力に導かれ、具象となり、奇跡となれ。十全たる我が魔力によって目的を果たせ」
紫色の光がどこからともなく電流を弾く音を響かせる。中空に光の筋を生み、プラズマとした空間を形成する。
走りを止め、右手を前にかざすニルトの周囲に風が吹き、体から飽和する紫の魔素光が霧となり、空気に溶け、白い羽型の光を露わにするブーツの底から、円陣とした淡い文様が一瞬と煌めき彩る。
「ライトニングパラサイト!」
詠唱開始の言葉を固有の存在として言い放ったニルトが、中空に漂う魔物の群れに向けて、右手を上に掲げる。
本来定められたルールによって決められた魔術の形がある。
今までのオリジナルの術とは違い、その精錬された法則の輝きは、円を描く文様を手先に浮かび上がらせ、一種独特の陣模様を中空に展開する。
その先から強烈な稲光が一閃と轟き、空に浮かぶ無数の魔物に流れていく。
強烈な放電音。
まるでポットのお湯を沸かしたときに、流れの強い水蒸気が細い口を通り、音を奏でるかのように、甲高い響きを鳴らし、時折火花を散らす破裂音を轟かせ、紫色の帯を作り出す。
魔物が消滅した煙が立ち込める。
次々に稲妻が流れるように敵に寄生していく。
その輝きが魔物と魔物を繋ぐ一筆書きの線を描き、明滅と光の筋を生む。
輝きが途切れることなく、無色の刃で攻撃を繰り返し、前進するニルトの前方に流れていく。
立て続けに、「ライトニングパラサイト」と、言い放つ。
発動条件の再利用で詠唱を省略する。
その戦闘風景は圧巻の一言。
武勇に舞踊る無駄のない攻撃動作を繰り返していく。
一寸の隙もなく、淡々と敵の数を減らしていく。
そう視認して、前進する足を止める萌恋が、自分の役割を忘れ、フォースを消し、シールドを掲げていた手の力を抜き、右手で持ち替え、自然体で遠くに視線を向ける。
その後に就く時音もまた、ニルトの激しい戦いに視線を奪われる。
アストラルエオンたちも仕事が少ないためか、すでに時音の背後に付き、円陣を組むよう中空に浮かんでいた。
「もう皆のレベルが上がっているわね……」
通じの能力でアストラルエオンと会話をする時音が、「ご苦労さま」と、言葉を告げ、それに合わせ顔だけ背後に振り向き、黒い瞳を当てる萌恋が、左手を上げて口を開く。
「うちも体が軽くなったよ。多分ステータスレベルが上がって、超回復したと思う」
「萌恋はいくつなの?」
「十五だよ」
「だとすると、レベル二〇の私も上がるかもしれないわね」
驚異的な速度ね。
ステータスレベルが十二を超えると一変に上がりづらくなる。
経験値が平均化されているはずなのに、この速度は尋常でない。
強いとは思っていたけど、ここまでとは思わなかった時音が、水色の瞳をフロアの先へと向け、すでに遠くへ移動し、姿が分からないニルトの動きを目で追う。
終わりが近い。
一〇〇メートルほど先の壁に敵の気配がない。
そこから少し外れ、吹き抜けの通路が楕円と一本道に奥まった先がある。
その周辺に敵の気配が少なく、中空を湧き水の盛り砂のように飛び跳ねるビックフリーズたちも、攻撃で数を減らしている。
魔物に最初の勢いはなく、戦いに慣れてきたニルトの動きに余裕が生まれてくる。
脚を止め、右手を前に出し、手刀とした手を開くように前方に指し示す。
全身から赤い火が現れ、次第にフレアとなり、ドレスコート姿のニルトの体を螺旋の火柱で包み込む。
「燃えよ、炎よ!」
短縮詠唱ショートスペルチャント。
予約語と違い、魔術の中に内包する真の意味を少ない詠唱文で満たすことができるスキルアビリティになる。
料理で扱いが多く、火を得意とするニルトからの前方域火炎放射の焼熱が生み出されていく。
辺り一面に煙が立ち込める。
魔物が一気に消滅したことを意味し、その勢いが止まらない。
「これで終わりだよ」
独り言をつぶやきに、目力を強めるニルトの体から、炎がより強さを増していく。
その力が決め手となる。
魔物の死によって生じる煙で視線の先の広場を灰色で満たしていく。
振り上げていた右手を下げる。
少しの疲労で息をのむニルトの魔力が落ち着きを取り戻し、周辺の魔素濃度が薄くなる。
赤い炎の輝きが消え、温かい風が吹く。
戦場とした状況が一転し、小康状態へと移り変わる。
「ふう。終わった」
そうつぶやき、背後に振り返るニルトが、遠くで豆粒のように輝く五色の光を視認し、時音と萌恋が無事であることに安堵する。
瞳を閉じ、五勘を研ぎ澄まし、周辺を索敵するように、ドレスコート姿の体から無色の魔素を飽和させていく。
敵の気配がする。
まだ少し残っているみたいだけど、危険はないはずだ。
そんな風に安全を確認し、息つくニルトが、報告に二人と合流するため、ブーツの羽を揺らし、急ぎ戻っていく。
「ニルくん!」
桃色ラバースーツの萌恋が、ニルトに左手を差し出す。
背の高さに合わせ、低めの位置に出されたグローブ越しの手のひらに気付いたニルトが、自分の手を重ねるようにハイタッチを繰り出す。
続けて時音に親指を立て、ブラウンゴールドのツインテールを輝かせ、さわやかに片ほほを緩める。
それを仕事の終わりと捉えた時音が、「うん」と、一言でうなずき、明るく晴らした額の眼差しで、「皆は残りの敵を片付けて」と、アストラルエオンに命令し、「ニルト、お疲れさま」と、苦労をねぎらう。
水色の瞳を赤い瞳に重ね、「今の戦闘でレベルが一つ上ったわ」と、報告を口にした。
「早速だけどアイテムの回収に移りたいの。私はこの通り荷物があるから動けないのよ。二人には悪いけど、回収を急いでくれるかしら?」
時音が困ったように地面に顔を向け、その先にある黒い石に視線を当てる。
「うちは、がんばるよ!」
萌恋がしゃがんで黒い石を拾い上げる。それを顔の前に持っていき、口を開く。
「大きい魔力石やね。一体幾らになるかな」
立ち上がり、「しぃちゃん! 袋出して!」と、元気良く声にした。
黒曜石のように光沢ある三センチほどの魔力石。
ヒカリゴケだけが光源になる薄暗い青のフロアで、視えずらい黒い魔力石を拾うには時間が掛かる。
ミスも多くなることを理解するニルトが、「全部ボクに任せてよ」と告げ、左腕を前に掲げ、指をパチンと鳴らす。
突然、光の球が中空へと放たれ、それが光源となり、フロア全域を影なく明るく照らしていく。
「うわあ! 明るいなあ!」
「もう何でもありね」
なに云っているんだよ。
これからが本番なんだよ。
アイテム空間から青色のアイテム鞄を取り出し、右手に持ち直し、そのまま意気揚々と魔力を飽和させるニルトが、左手で不可視の腕を生み出し、足元に落ちている魔力石を拾い上げ、保存領域へと仕舞い込む。
左手を前に出し、二人に示すように収納した黒い魔力石を取り出し、片ほほを軽くつり上げ、得意気に口を開く。
「こうやって拾えるから、後はボクに任せてよ。二人は休んでいていいからね」
なにを言っているのか分からないとする素振りの二人を尻目にし、ニルトが五勘を研ぎ澄まし、魔力で作った不可視の右手を新たに生み出していく。その手を使い、近くにあった魔力石を拾い上げ、青いアイテム鞄に収納していく。
「じゃあ、行ってくるね!」
赤い瞳のニルトが、そう二人に告げ、調べの力を全開にし、素早く脚を動かしていく。
「何かが起こる前に早く終わらせよう」
そのつぶやきの通り、アイテムの回収とは、探索者にとって意味深い行為になる。
最も嬉しい時であり、その反面油断と隙が生まれるてくる時でもある。危険が伴う瞬間でもあり、死亡事故のほとんどが、この行為中にある。
地面に意識を取られ、不幸と遭遇する。
あるいは、罠に掛かり、全ての魔力を吸い取られる。
そうした事実、異世界でも常識であり、むしろ前世を知るニルトにしてみれば、現実の今が優しい方。
ダンジョンは共存を求め、死に連なる罠がないためだ。逆に異世界では、そうした機微が無く、ためらいなく人を殺しに来る。触れたアイテム自体に危険がある場合や、即死に繋がる罠が多彩に存在している。
赤い瞳を凝らし、調べの力を用いるニルトが、黒い魔力石に照りがある白いオーガニーストーンの魔石を識別し、走りながら拾い集めていく。
危険とされる猛毒石や引呪石に、召喚石や異界石によって、状態異常やモンスターハウスを引き起こす罠アイテムの存在が一切がなく、そのことを知るニルトが、優しい世界だと感じ入ってしまう。
そうした罠を誘発するアイテムは、異世界で当たり前に存在し、低級ダンジョンだろうとお構いなく落ちていることがある。
色も形も擬態しているため、拾った瞬間にその意味を失い、罠として作用する。
そんな過去を思い出し、壁から次の壁へと周回を重ねていく。
不可視の手を伸ばし、魔石に触れ、収納を繰り返していく。
少しずつ削られていく魔力値は、ステータスレベルが九になった時点で、消費した分が回復し、戦闘前よりもかなりの余裕を見せる。
そんなことを考え、五分ほど掛けて作業を終えたニルトが、二人が居るフロア中央に走り向かっていく。
リックを下ろし、ペットボトルを口に含む時音に向け、報告を口にする。
「ただいま。アイテムの回収が終わったよ」
「ん。お帰りなさい」
あれ? 萌恋が居ない。
首を振り、左右に意識を向けるニルト。
その意味を知るため、水を飲み込む音を鳴らす時音に問い掛ける。
「萌恋はどこに行ったのかな?」
「あっちでトイレよ」
「あ、そうなんだ……」
あっちって丸見えだよね。
横目で萌恋の位置を知り、すぐに視線を地面に移す。
顔を赤くさせ、動揺したように青緑の瞳を左右に揺らし、考えを巡らせる。
女の子が誰も居ないからって明け透けに用を足すのはどうかと思う。
確かにトイレは大切だよ?
でもね。危険な行為でもあるんだよ。
できるときにしておくのが重要だ。当然ダンジョン講習でも習うことにもなる。
優秀な探索者は見栄を張らずに安全な場所で健康管理を行うもの。
でもね。違うんだよ。
萌恋は女の子だ。
そしてボクは男の子だ。
つまりね。親しき中にも礼儀あり、だよ。
異世界でも女の子と旅をするときは、見えない所でするもんだよ。
だからね。少しはボクに遠慮して欲しいと思うんだ。
「むう……」
そうした風にほほを膨らまし、不満顔になるニルトが、肌をより赤く染め、瞳を泳がせる。
怒った風に眉を寄せ、時音の隣に付く。
「ただいま! 遅れてごめんね!」
「すっきりした? 水分は必要?」
「そやね!」
戻って来た萌恋が、リュックの口に手を入れる時音からペットボトルを受け取り、蓋を開けて口に含む。
すでに時音から受け取っていたニルトも、ペットボトルを片手に口を付ける。
少し塩気がある水で、どこか甘味があり、不思議と体に染み渡る。
それを半分ほど飲み干す萌恋が、ペットボトルを消し去ったニルトの様子に気付き、「今のどうやったと?」と、驚くように目を丸くする。
常識が違うことに気付き、ニルトに向けて、口を開く。
「水も収納ができると?」
そう疑問を口にした萌恋に、ペットボトルから口を放した時音が興味を示す。
「どうしたの? またニルトが何かしでかしたの?」
失礼だよ。いつもお騒がせみたいに言わないでよ。
「むう」
そう思案し、不満でほほを膨らますニルトが、肌に密着した青いラバースーツの腕を伸ばす時音に向け、青緑の瞳を当てる。
「ニルくんがな、ネレ―ル水をアイテム袋に収納したんよ。おかしかよね?」
「なるほど。そういうことね」
納得し、一回だけうなずきをする時音が、どうでもよさそうにほほを緩める顔になる。
眉を落とし、水色の瞳を細める。
話しの筋が分からなく、首を傾けているニルトに向け、無言の圧力とした物言わぬ顔になる。
その気配を察した萌恋が、明るい表情のまま、口を開く。
「アイテム収納袋はなあ。有機物を保存することができないんだよ。なしてニルくんだけできるのかな? 変だよね!」
普段顔色を変えることがなく元気な萌恋が、珍しくほほを膨らまし、不満とした表情になる。
「ずるいわねー。ニルトだけ不公平よねー」
ペットボトルの蓋を回し、秘密の多いニルトにわざとらしく声を出した時音が、汗で湿る青銀髪から覗く額を緩め、優しい瞳をニルトに向ける。
その疑問に応えるために、左手から底がない青いアイテム鞄を出現させたニルトが、右手でその中から先ほど入れたペットボトルを取り出し、口を開く。
「できるもんは仕方がないんだよ。文句を言わないで欲しいかな?」
人工アイテム袋と違って、魔法のアイテム袋は性能が違う。
確かにどちらのアイテム袋も、一定量のマナを含まない水があると、収納できない特徴を持つ。
しかし、このアイテム鞄は違う。
調べの力で鑑定したところ、妖精のアイテム鞄と識別でき、全ての物を取り込むことができる優れものになる。
そんなことを説明しても分かってもらえるはずがないと考えたニルトが、塩でも舐めて眉と唇を寄せる顔を二人に向ける。
「さて。休憩は終わりよ」
そう言葉にしつつ、屈んで地面に置いたリュックサックにペットボトルを入れた時音が立ち上がり、「はい、はい」と両手を合わせ、軽く叩く仕草をする。
注目して欲しいとした合図に反応する二人に向け、先で結った青銀の長い髪を左手で払い、顔を上げて口を開く。
「このまま進んでもいいかしら? 二人の意見を聞きたいわ」
「うちはえんと思う。時間にも余裕があるし、まだまだ行けるよ!」
「ニルトはどう思う?」
「うん、あっ」
思い出した。
さっき犯したボクのミスを報告しないと。
半分に開けた口を閉じ、両手を重ねたニルトが、眉を晴らし、伝えたい思いを全て話すように、口を開く。
「二人とも、聞いて欲しいことがあるんだけど」
包み隠さず、調べの力で読み取ったことを報告していく。
浮き出た絵のこと。
魔素濃度が高まり、異界化した通路に入ったこと。
普段の千城窟ダンジョンと違い、他の探索者が居ないこと。
それらを踏まえ、自分の判断を口にする。
「なにが起こるか分からないけど、新しい通路を見付けたことにもなるのだから、報告を兼ねてもう少し先に進みたい。幸いボクが持つ帰還石も人数分あるし、いつでも帰ることができるから、安心してよね」
眉を寄せ、真面目に耳を傾けている二人が、ニルトに同意するように、首を縦に動かし、言葉を交わす。
「ええ。いいわよ。ニルトがそう判断したのなら、私は付いて行くわ」
「うちはよく分からんばってん、ニルくんがそう思うんなら、うちも信じるよ」
腕時計の針が四時一〇分を示している。
まだ時間があることを知る時音と萌恋が、探索続行の意志を固め、その思いを告げる。
「それじゃあ行くわよ。二人とも準備はできているかしら?」
「うちはいつでもえんよ」
「うん」
時音がリュックを担ぎ、腕にハーネスを通す。
萌恋が手に持つペットボトルを目にし、気付いたように振り向き、「えへへ」と笑い、それをニルトに手渡す。
無為に受け取ったニルトが、それを消し去るように仕舞い込み、時音に先立ち、緑のドレスコートをなびかせ、先頭を歩いていく。
巨大フロアを出てやや狭い通路に入る。
ヒカリゴケが淡く緑に輝き、薄暗い岩壁の景色が続いている。
そこから五〇〇メートルほど進み、分かれ道が見えてくる。
左右二手に分かれた先にどう進むのかを相談をするため、三人が会話を交わしていく。
「情報の通りなら右よね。その先に十字路があるはずだから、そこを右に曲がり、下の階に降りる坂道を進んでいくの。ちなみに左は行き止まりね」
遠くに視線を向ける時音が、歩くニルトの背後から指示を出す。
「そやね。うちもそう思う」
事前に地図を覚えている二人からの意見に耳を傾けたニルトが、突き当りの壁に違和感を覚え、魔覚を研ぎ澄まし、青緑の瞳を赤く染め上げる。
体内の魔素を発露させ、調べの力を解放し、本能に従い、光が浮き出る壁絵に意識を集中する。
左へ行け。
ただそれだけの絵文字に偽りがあるのかを思案。
失敗の場合と当たりの可能性を天秤に掛け、仮に左の道が間違っていたとした場合に、命の保証があるのかを判断していく。
あるいは、右の道が間違っていた場合はどうなるのかを考える。
絵文字は緑を示している。そう考え、安全の可能性を示唆。
分岐路にたどり着いたニルトが、「左に行こう」と、直感を口にし、脚を止めて、背後に伝わるように、二人に告げる。
「見えるかな? この壁に左へ行けって書いてあるよ? 右は魔素が薄く、冷たい感じがするけど、左は魔素が濃く、どこまでも続いていく広さがあるね。どっちも嫌な感じがしないし、きっと書いてある通りに行けばいいとボクは思うよ」
「なあ? うちには見えんけど、しぃちゃんは見えるんか?」
「ええ、そうね。何かが書いてあるのが分かるわね。でもそれが何を意味しているのかまでは分からないわね」
脚を止め、納得できない表情を天井に向ける時音が、左の通路から濃い魔素の気配がする意味を探るため、通じの力を使い、直感を鋭くさせていく。
水色の瞳を閉じ、そして開く。
「いいわ。ニルトの意見を採用する。萌恋もそれでいいわね?」
「うん。しぃちゃんがえんよって云うなら、うちからはなんもないよ」
「じゃあ左に行きましょう。ニルト。責任を持って私たちを誘導してくれるわよね?」
「うん。分かっているよ」
なんか棘のある言い方。
わざとこういう状況になった訳じゃないのに。
酷いよね。悪気があった訳じゃないのに。
なぜか悲しくなってきたニルトが、白い羽の付いたブーツの足を動かし、地面を踏み締めていく。
切り出した坑道のような壁に光る苔が点々と生え、長い通路を照らしている。
二〇メートルほどの空間に白い植物が群生する。
葉先が大きく、根元に掛けて細くなる白い草を踏み付ける。ついでとばかりに、調べの能力で鑑識をしていく。
モドケリ草という名前が判明し、薬の材料に使えるという説明を目にする。
ポーションの素材になる貴重な薬草がこんなにも沢山あると、嬉しく思案したニルトが、ほほを緩める。
通路先の気配を察知し、地面を動く子犬ほどの大きさのビックキャタピラーの群れに赤い瞳を当てる。
攻撃の意思を高めたニルトが、右手の甲を向け、横一線に振り払う。
「急にどうしたと?」
状況の変化に気付いた萌恋の背後から風が吹き、ニルトの赤い瞳の先に渦を形成していく。
「本当に規格外なのね。呆れたわ」
時音には分かる淡い光が輝き、ニルトの手前で次第に大きくなっていく。
その光がバランスボールほどの大きさまで成長し、弾けるように通路奥へと流れていく。
時速一五〇キロメートルほどの投球と同じ位の速度で、巨大な光る球が空気の層を貫いていく。
パシパシパシと紙を叩くような音を轟かせ、萌恋の視力で捉えることができない距離の魔物たちが順番に消滅させていく。
遅れて逆風がゆるやかに流れてくる。
風魔弾と呼ばれる風属性を付与させた魔力弾で、光の球が形ある限りかまいたちのような真空の刃を形成する攻撃となる。
それを理解し、地面に屈むニルトに向け、時音が近づき、声を掛ける。
「ねえ。次からは対応する前に教えてくれないかしら? 面倒なのは分かるけど、私たちは仲間なのよ。できるだけ相談して欲しいわね」
「うん、次から気を付けるよ」
白い草に意識が向くニルトに、萌恋も近づき、口を開く。
「ニルくん。うちは全然役に立てんから何も言えんけど。ばってん。急に止まって草むしりばするのはなんでと?」
「うん。もうちょっとだけだから」
いぶかしそうに眉を寄せる萌恋に返事をしながら、右手にスコップを持って、地面を掘り起こすニルトを目にし、これ以上は無駄だと短い付き合いで悟った時音が、口を開く。
「ああ! もう! 萌恋! 休憩よ!」
「うん。えんよ」
時音がリュックを下ろし、ハーネスを肩から外し、地面に屈む。
疲れがない萌恋が、白い草を土ごと取り出すニルトの横に付き、「さっきの飲み物出して欲しいなあ」と告げ、「そんなの採ってば役に立つと?」と声に出し、桃色髪のハーフアップに隠れた首を傾ける。
「今日一番の収穫だよ。できるだけ多めに欲しいから、終わるまで待ってよ。それと、これね」
「ありがとう。ニルくん」
左手でペットボトルを取り出したニルトが、萌恋に手渡し、右手のスコップを黒く染め上げ、器用に固い土ごと根の付いた白い草を掘り出していく。
それを瞬時に収納し、異空間に仕舞い込む単調作業を繰り返していく。
萌恋は水分を補給し、時音もペットボトルの縁に口を付ける。
「取りあえずはこんなもんかな?」
かなりの量を採取し、大満足顔のニルトが、身だしなみを整えるように、両手で体に付いた汚れを払い落とす。
アイテムを拾い集め、それでも時間が余り、地面に座っていた二人に向けて、「いいよ」と告げる。
「先へ進もう」
立ち上がり、リュックを背負い始める時音が、「そうね」と返答し、地面に置いたフォースシールドを持ち上げる萌恋が、「うちも準備はできとるよ」と、告げる。
二人の同意を得られ、探索が再開する。
何度か道しるべとなる壁絵を読み取り、その通りに進んでいく。
「これは……、凄いわね。こんな場所があるなんて、聞いたことがないわ」
そうつぶやいた時音の水色の瞳が向く先に、万里の長城と思わせる人工物風の建物が続いている。
青い地面から石畳の足場に変わり、通路を吹き抜け、天井が観えない広い空間が先の分からない場所まで続いている。
光源が無いのに不思議と明るく、城の様で関所のような場所。
左右の側面に鋸壁と呼ばれる城壁で馴染みのある壁が、ニルトの身長ほどの高さに並んでいる。
緩やかな下り道。
二〇メートルを超える幅広い足場の外に近づくニルトの瞳の先に、レンガ造りの崖が続き、霧が深く掛かっている。
その深さに驚き、顔を上げ、突き当たる先に視線を向けると、城塞とした風景が、どこまでも広漠とした気配を漂わせている。
そんな風に周囲を意識したニルトに、突然と萌恋のつぶやきが聞こえてくる。
「ねえ。もうすぐ五時やし。そろそろ帰った方がえんと思うんだけど」
時間を気にして、その実は情報に無い未知の世界に恐怖し、底知れない不安から冷や汗をかく萌恋が、桃色のラバースーツに隠れた腕時計をグローブの隙間から覗かせ、眉を寄せる不安な瞳をする。
「そうね。リーダーの意見を聞いてからにしましょう。ね? ニルト」
萌恋の不安を察知しつつ、心に余裕がある時音が、最初から最後までニルトに責任があると考え、周囲を警戒し、腰に装着した弾丸ベルト風の入れ物からアストラルエオンを解き放つ。
「そうだね」
帰りは帰還石を使えばいいし、二時間ぐらいは平気だよね。
エリア管理者を倒すことができれば、転移装置で外に出られるし、このまま進んでも問題はないよね。
そう思案したニルトが、「ボクは行きたいかな?」と、結論を口にする。
「こんな機会は滅多にないよ? 新しい通路を見付けたんだから、それ相応の情報報酬が手に入ると思うんだ」
悩ましくしていた顔を晴らした時音が、「そうね」と、ニルトに同意し、続く言葉を告げる。
「面白そうね。私は構わないわ。最悪一日ぐらいなら帰らなくても問題はないし、それだけの準備はしてきたつもりよ」
「それはえんやけど、ニルくん。帰りはどうすると?」
時音の冷静な様子に自分も付いていくと決めた萌恋が、少し不安そうに眉を寄せ、幼気なニルトに黒い瞳を向ける。
「ボクに任せてよ。帰還石を持っているから心配しないでよね」
「そう……うん。分かったよ。ニルくんを信じる」
「そう言っている傍からなにかが来るわよ。ニルト。気配に気付いているんでしょう?」
「そうだね。ちょっと本気を出さないとまずいかもね」
人生においてこれほどの驚きは数えるくらいしかない。
そんな緊張感を覚えたニルトが、一直線に原因となる魔物の存在へと走っていく。
修正履歴メモ
2024/12/5 全体的に文章が変なので修正しました。先行でお読みいただいた方々に失礼します。m(__)m
2024/12/13 読み合わせ、詰まる文字を微修正。
2025/7/15 全修正しました。次は19話です。
読んでいただきありがとうございました。
面白く書けているか心配です。