第17話 千城窟ダンジョン
2024/11/30 投稿しました。
お世話になります。
書見の程よろしくお願いします。
「え! ニルくんも来てくれると? やった」
「それはいいけど、装備はどうするのよ?」
会議場の段差を下りる途中、顔だけ振り向き、仲間が増えたことに喜びを告げた萌恋が、補足した時音の声に耳を傾け、「そやね」と、同意する。
「それだったら大丈夫だよ」
ダンジョンへ行くための手順を考えるニルトが、「待ってね」と告げ、着替えのために数歩だけ段差を上り、後ろへと下がる。
何を言っているのか分からないとした風に、桃色の前髪から覗く黒い瞳を瞬く萌恋が、背の低いニルトに目がいく。
顔だけ向いていた詩音も振り向き、ニルトの様子を気にする。
毛先だけまとめた青銀の長い髪に合う水色の瞳を瞬かせ、ニルトの全身に視線を当てる。
黄色いスクールブラウスで隠れた妖精のアームレースに意識を向けるニルトが、左指をパチンと鳴らす。
その瞬間、服装が一変する。
袖長い緑のドレスコートをまとい、その閉じられた前裾で隠れた白く光沢があるインナーに、裾から覗く黒のハーフパンツが、両脚の素肌を目立たせる。
細く形の良いその脚には、純白のソックスに、白い羽の飾りが輝く厚底ブーツを備える。
小柄のニルトを女の子らしく表現し、魅了効果を高めていく。
その一瞬の間に魔素濃度が高まり、風が天井へつむいで舞い、思わず時音と萌恋が息をのむ。
茶金のツインテールが髪飾りの宝珠でラメ色に輝き、ブーツから煌めくニルトの雰囲気が、異世界風の衣装と相性を重ねる。
独特のコスプレ少女と思わせる魅力を全開に表現する。
「どうかな? 似合う?」
左右の手を腰にそえ、胸を張るニルトに目を開く二人が、思いの内で興味を示す声を口にする。
「何が起こったのかしら? 教えなさいよ。ニルト」
「凄か、凄かよ。ニルくんかっこよかと」
瞳を輝かせる二人にニルトがうなずき、種明かしを告げる。
「左腕にアイテム袋があって、こんな風に物を取り出せるんだよ。ほら」
左手を二人に示し、手のひらの上にペンライトのようなイメージシェイプロッドを現出させる。
長さ三〇センチほどで、先に赤い石が備えられている。
それを握るニルトに、時音と萌恋から声が掛かる。
「道具を出し入れできるなんてずるいわね」
「その服装似合っとるよ。生地のデザインも凝っとるし、ニルくんがお嬢様みたいに見えるね」
「ありがとう。加賀さん。どれも魔素を含む装備だよ」
「ニルくん。うちも呼び捨てでえんよ。気軽に萌恋と呼んでね」
「うん。分かったよ」
実は白のインナーと髪飾りだけアイテム空間に入っていた物なんだ。
永久具エンドレスグローム。最上級の装備になるんだよ。
ドレスコートと半ズボンとブーツは、以前手に入れた物で、古代具アーティファクトと呼ばれている。これも優秀な装具なんだよね。
数日前に調べの力で鑑定し、そう認識していたニルトが、笑みを浮かべ、二人に向けて口を開く。
「これでゲートのチェックが通るよね。さっそく一階でダンジョンに入る手続きをするよ」
「ええ、そうね。時間がないわ。行きましょう」
「そやね」
三人が大会議場を後にする。
エレベーターに乗り、降りるボタンを押す。
待つ間に携帯電話のアドレス交換を済ませ、一階に着く。
突き当りの受付で整理券を受け取るニルトが、一時的に二人と別れ、長椅子に座り、呼び出しの順番を待つ。
時音と萌恋がロッカーに向かい、装備を取りにいく。
その間に手続きを済ませる手はずで、早速と電光掲示板に番号が知らせてくる。
立ち上がるニルトが、一番の受付窓口へと移動する。
「本日はどのようなご用件でしょうか?」
黒いシニヨンヘアーの中年女性が、スーツ姿に丁寧な対応をしてくれる。
美しい少女を目にしても動じない態度で、無表情とした愛想顔をする。
早くダンジョン入構予約を済ませたい。アイテム空間から探索者証明カードを取り出し、要件を告げる。
「今からダンジョンに行きたいんだけど、手続きをお願いできますか?」
MICカードをカルトンの受け皿に乗せる。
すると女性が受け皿を手前に持っていき、「かしこまりました」と告げ、パソコンに接続されたリーダーにカードを差し込む。
悩ましく眉を寄せた顔をして、キーボードを数度叩き、ニルトに黒い瞳を向ける。
「お客様。探索のご予約は必要ありませんよ」
「そうなの?」
無為に応えを返したニルトが、さっき行った契約についての覚えを思い浮かべ、青緑の瞳を泳がせる。
「はい。お客様はドリューユニオンに所属するチームトゥルーシードのリーダーになります。先ほど登録処理が完了したようですので、このままダンジョンに向かっていただいてもよろしいかと思います」
「そうなんだね。ありがとう」
「あっ、登録料の支払いがまだのようですね。よろしければ、入金の手続きをしていただけないでしょうか?」
チーム結成に必要なお金の支払いだったよね?
女性の黒い瞳に青緑の視線を合わせたニルトが、疑問を口にする。
「いくらになるの?」
「入金額は一口十万円からになっています。これは、任意的な意味を兼ねていると思います。リーダーであるニルト様がお決めになり、最大百口まで購入が可能となりますね。どうされますか?」
「なるほど……」
考えるように返事を告げたニルトが、今後ドリューユニオンにお世話になると感じ、ここで見栄を張らなければいつ張るのかと、心持を高めていく。
チームのリーダーとしての信用が第一だ。
商売人であったとしても、こういうところで信頼を稼いでおかないといけない。
そう決意したニルトが、青緑の瞳を緩め、口を開く。
「百口全てでお願いします」
「え? あの……え? あ、はい。かしこまりました」
黒いスーツ姿の女性の冷静とした表情に緊張の色が浮かぶ。
キーボードを数度叩き、暗証番号のための端末機を手に持つ。
落ち着きなく振るえた手で、押しボタンがある機械を机の上に置く。
「キャット端末に暗証番号の入力をお願いします」
そう声高く告げ、息をのむ女性に、青緑の瞳を柔らかくするニルトが、差し指でボタンを押していき、「これでいいかな?」と、作業終了の言葉を口にした。
「はい。あっ、入金の確認が取れました。振込完了です、ね」
「もういいかな?」
「はい! カードをお返しします。それと、明細書をすぐに発行しますので、少々お待ちください」
「うん」
そんなの別にいいのに。
すでに腰を上げていたニルトが、椅子に座り直し、女性の慌てる姿を青緑の瞳で瞬き合てる。
印刷機が動き出し、紙が出力され、それを手にし、折り畳み、封筒に入れていく。
探索者証明カードとセットで受け皿に乗せ、ニルトに提示する。
すぐに手に持ち、立ち上がるニルトが、「ありがとう」と告げ、ロッカー室のある通路の方に歩き出す。
「ありがとうございました」
受付の声に耳を傾け、持ち物をアイテム空間に仕舞い込み、そのまま離れるように歩いていく。
「あ、ニルくん。もう手続きが終わったん?」
巨大な十字架とした白く大きいフォースシールドを背中に担ぎ、白い壁の端で一人立っている萌恋が、ニルトに笑い掛ける。
「うん、時音はまだかな?」
「じき来るとよ。あ、噂をすればね」
壁向かいの自動ドアが三重に引き分け開く。巨大なリュックサックを背負う青いラバースーツ姿の時音が、右手を上げる。
「ニルト、早かったわね」
「うん、どこに行ってもいいってお墨付きがもらえたから、早速ダンジョンに入ろうよ」
「しぃちゃん、がんばろうね」
「そうね。ガンガン行くわよ。今週中にはレベルを一段階上げたいから、今日のうちにできるだけ稼ぐわよ」
そう言葉を交わし、少しでも探索時間を確保したい三人が、別館に向かう自動ドアに向けて歩いていく。
歩きながら互いに意識を配り、言葉を交わしていく。
「すぐに千城窟のエリア管理者を倒して、月黄泉ダンジョンまで一直線に進むわよ。ニルト、頼りにしているからね」
青銀の眉を晴らし、前を歩く時音に、疑問を浮かべ、瞳を寄せるニルトが、その心意を聞く。
「どうしてそんなにレベルを上げたいのかな? 良ければ理由を聞かせてよ」
そうした質問が来ることを予想していた時音が、大きいリュックの肩に掛かるハーネスを左右の手で握り、縦に顔をうなずかせる。
「私はね。生まれつき通ずる者のスキル持ちなの。知っての通り、魔物を使役しているわ。沢山居るその子たちの平均レベルをどうしても上げたいのよ」
「えっとね。しぃちゃんの実家はね。オンラインゲームの会社を経営しとんよ。今度発売するアルティメットトレジャーテイルちゅうゲームのシステムに必要なんやて。お父さんのお手伝いにダンジョンで精霊さんのレベル上げが必要で、うちも親友として手伝うことにしたんよ」
精霊さんとは、あの光る魔物のことかな?
確か、アストラルエオンという名前だったよね? 沢山居るというのは、そのままの意味になるのかな?
そう思案したニルトが、「レベル上げねえ……」と、つぶやき、効率の良い方法がないのかと考えるように、自動ドアを通り、アイテム保管取引署の広場に出る。
奥の方で、「いい加減にしろ!」とする、怒声が響いてくる。
「その値段でいい! だから共感石を早く寄越せ! もう競売でも何でもいいから、さっさと提供しろ!」
共感の魔石がなんとしても欲しいとする男性の声を皮切りに、「そうだ、そうだ!」と、荒々しい声が続く。
係員の叫び声だろう、「落ち着いてください!」と、何度も繰り返し、よく通る響きを生む。
どうやら共感石と帰還石の取引が上手くいっていないようで、午前中からずっと続いているらしい。
それを知るニルトが、共感石の需要を知らないため、前を歩く二人に向けて、口を開く。
「二人とも。共感の魔石が何に使われるのか知っていたら、教えてくれないかな?」
「ニルくん、共感石はなあ。飲んだ者同士で魔物を倒しとうときの経験値を平均化にしてくれるんだよ」
「そうなの?」
顔だけ振り返る萌恋に、瞳を開くニルトが、関心の表情を浮かべる。
「同じ石を削って少量飲むことで効果が発揮するんだよ」
「へえ~」
魔石を胃の中に適量入れると、魔素毒に犯される。最悪の場合は死に至るほどで、必ず身体を壊すことになる。
猛毒であることを前世の知識から知り、共感の魔石は安全なのかと興味を示すニルトが、眉を寄せ、その意味を探る。
「そうよ。いつも需要が多くて手に入らない貴重なアイテムなのよ。値段も一グラム十万円もするし」
「え? そんなにするんだ……」
異世界では、銀貨一枚。おおよそ一万円ほどの金を払えば、同じ効果を得る機会が得られる。
祝福の石像に触れ、魔力を捧げ、経験値平均化の奇跡を得る。
すると一週間ほど効果が発揮されることになる。
それと同じ事なのかな?
そう前世の記憶を思い出し、遠い目をするニルトに、時音が足を止め、気付いた萌恋も足を止める。
広場に怒声が響き、その先に水色の瞳を当てる時音が、自分も欲しいとする思いを告げる。
「あの人たちの言い分もわかるわ。共感石があれば、レベル上げが楽になるもの。強い人に付いて行くだけでいいからね。私も欲しいわ」
耳を傾けたニルトに、恨めしそうに眉を寄せる時音が振り向き、水色の瞳を合わせてくる。
持っているんでしょう? そういう風に時音の視線の意味を解釈したニルトが、仕方がないと諦めたように、左手を出し、アイテム空間から共感石を出現させる。
「ほら。これでいい?」
一〇センチほどの大きさで、光沢ある大理石の白に、赤い筋が入る模様をしている。
堅く魔力を通すことで、その高度を柔軟にさせることができる。
「持っていたの?」
「うん、使ってもいいよ」
「ありがとう。凄く助かるわ」
「凄か! まるでアニメの家政婦ロボットみたいに、手からなんでも出てくるったいね!」
「ふえ?」
萌恋の危険な発言に眉を開いたニルトが、心を落ち着かせ、使い方について聞き返す。
「でもこれ、どうやって使うのかな?」
「グラムほど切り取って食べるのよ。そうすると一日持つわね」
「ナイフを貸そか? 少し時間が掛かるけど、削れるよ?」
「いいよ。それよりも二人とも、ちょっとこっちに来てくれないかな」
そう呼び掛けたニルトが、近くの壁際に二人を誘導する。
歩み寄る途中で左手に持つ共感石に魔力を通す。
煌めき、色合いが徐々に赤く変色していく。
壁際で、足を止める。
魔力を宿す左手を広げ、赤い共感石を右手の指で摘まみ取る。
水滴のように差し指に赤い欠片が付着し、グラムほどに別れる。
それをニルトが口に含み、飲み込む。
「ん! にがっ!」
これ、やっぱり毒じゃないの?
舌がしびれるし、後味がからい。
顔を強張らせたニルトが、茶金の眉を寄せる。
そのままもう一度、赤く染まった共感石を指で摘まみ、時音の前に指し示す。
「次は時音だよ。はい」
「ありがとう、はむ」
「ふえ!」
時音がニルトの指をなめるよう口に含んだ。
「しぃちゃん、大胆」
なぜかほほを暖かくした萌恋が、黒い瞳を瞬かせ、時音の奇妙な行動に目を大きくさせる。
酷い味と感じた時音が、青銀の眉を寄せ、「んうぅぅぅ」と、梅干を食べたような顔をする。
指先を舐められた感覚を得たニルトが、間接キスになったことに恥ずかしさを覚え、顔を赤く染め上げ、次第に耳までその色合いを強めていく。
「これ、苦いわね」
「そげん苦かと?」
「萌恋も食べてみると分かるわよ」
「ふーん……」
うなずく萌恋に向け、眉を寄せるニルトが、ほほを膨らまし、同じように人差し指と親指で赤く変色した共感石の欠片を取り出す。
「うちには食べさせてくれんと?」
「甘えないでよ。ほら、萌恋。手を出して」
「冗談だよ。ニルくんは愛らしかね。それじゃあ遠慮なく、いただきます」
「あ!」
意表を突く萌恋が、ハーフアップの長い桃色の髪を右手で払い、前屈みに顔を突き出し、ニルトの指を口にくわえ込む。
「ん、ん、ん」
「ちょっと。汚いよ」
舌で舐め取るように、欠片を飲み込む萌恋に、清潔さに不安を覚えたニルトが、恥ずかしさの余り、顔を真赤に染め上げる。
「苦かね」
下唇を曲げて、ニルトを挑発するかのように、微笑む萌恋に瞳を当てる時音が、「行きましょう」と、告げる。
共感石を保存空間に仕舞い込むニルトが、覗き込むように瞳を合わせてくる萌恋に向け、「むう」と、ほほを膨らまし、時音の後に付いていく。
広い四重引きの自動ドアを通り、石鹸の香が漂う通路をまっすぐ進んでいく。
再び自動ドアを通り、ダンジョン出入りの管理を行う総合フロアにたどり着く。
「流石は東京ね。人が多いわ」
時音が告げたように、帰って来た者が手続きのためにカウンターへと集まり、商談をしている様子が見えてくる。
その仲間たちだろう、近くの長椅子に座り、話し合いをしてる。
汗を拭い、水分補給をし、その遠くから新たらしく団体が近づいてくる。
そのほとんどが普段着と掛け離れ、ラバースーツ姿に、魔合金属製の軽装甲を身に着け、背中に大きな武器を携えている。
その他にも、広いフロア奥に向け、巨大な荷物を小さい荷台車で押し運び、ダンジョンへと向かう人だかりができている。
列を成し、流れるように移動していく様子は、まるで夕方の上野駅改札口と同じ人波のようだ。
「真ん中のゲートが空いとうね。急げばすぐにチェックが通るかもなあ」
萌恋が告げたように、数人が一度に通れるゲートの中央が少ない様子。
端の十番口は荷台専用で混雑中。
逆方向の一番ゲートにもなぜか人が集中している。
特別広い端口で、一番口は帰還専用のゲートになる。
隣で荷物の受け渡しが進められている。
左右が込み合い、心理的に何かの要因が重なり、六番ゲートの人波に落ち着きがある。
そう認識し、青緑の瞳を細めるニルトが、当然のように、六番口に急ぐ時音の後ろに付いていく。
「次の方、どうぞ」
時音と萌恋に続き、ニルトが六番ゲートに入る。
すぐに端に立つ係員の男女が時音と萌恋に着く。
黒い瞳を合わせ、接客の笑みを向ける。
灰色の四角いキャップ帽子に、一流ホテルの受付衣装と似た正装。
男性はスーツ姿。
女性はそれにタイトスカートを身に着ける。
「いいですよ」
ゲート口の外から見守る女性が、時音と萌恋に調査完了を告げ、次はニルトの番と、ゲート口に近づいてくる。
なにかのセンサーで光源が青から緑へと変わり、うなずく女性がニルトを手振りで誘導する。
キャップ帽子から覗く黒い瞳を細める。
「手荷物はないのですか?」
「うん?」
そっか。手ぶらだと変だよね。
何か武器を持ち出しておけばよかったよ。
女性が眉を寄せ、手に持つなにかの端末に目を当て、口を開く。
「ニルト・ファブリス・遠本さん、ですか。先ほどのお二人と同じチームを組んでいるようですね。大変に失礼ですが、どう云った方法で戦闘を行うのですか?」
困ったなあ。
どう説明をしたらいいのだろう。
「ん……」
だったらアレしかないよね?
そう意を決し、自己アピールのために、ニルトが右手を前に出し、拳を黒く染め上げる。
「これじゃあダメかな?」
おもむろに、その拳を中空へと振り上げる。
すると風が舞い上がり、空気を切る音を響かせ、壁を叩く重たい揺れが、周囲に伝搬していく。
「すげぇーな」
「強いぞ」
「子供なのに、末恐ろしい」
ざわめく声が響く。
その場の衆目からつぶやきが続く。
調査員の女性が黒い瞳を開き、口元に右手をそえ、驚いたように背筋を伸ばす。
「通っていいよね?」
「え……」
幼く微笑み、胸の前で両手を重ね、女性を見上げるニルトが、魔力で風を起こし、茶金のツインテールをなびかせ、緑のドレスコートの裾を揺らす。
女性は眉を寄せ、考え込むように下を向く。
左右の耳に手をそえて、地面を見るよう口を動かし、どこかに向けて、会話を続けていく。
すぐにニルトに視線を合わせ、口を開く。
「分かりました。どうぞお通りください。それと、決して無理はしないようにお願いしますね?」
「うん。ありがとう」
ニルトが女性に頭を下げ、時音と萌恋の二人に近づいていく。
「流石ね。一時はどうなるかと思ったわ」
「何したん?」
「ちょっとだけ、力を入れただけだよ」
一仕事を終えて安心したニルトが、時音と萌恋に、「行こう」と告げ、脚を動かしていく。
左腕に向け、手首にある時計に視線を送る。
時刻が三時を過ぎる。
屋根がある巨大な柵に覆われた広い坂道を上る。
こう配が強い道を、人の流れに合わせ、早歩きで進んでいく。
曲がり道の先に巨大なトンネルが姿を現した。
高さ三〇メートル。
道幅約五〇メートル。
街灯が光る洞窟を歩くニルトに、調べの力が赤く瞳に宿る。
その視線の先に、壁面が滑らに続き、魔素を取り込むヒカリゴケが群生している。
歩いていくと、天井に模様が光りと現れ、進むにつれて、その輝きが増していく。
分かれ道に突き当たる。
右側に人の流れが移動していく。
大きい荷物を背負う時音がその先に顔を向け、口を開く。
「こっちは転移結界がある部屋に通じているから、今の私たちには関係ないわね。だから、左側に進むわよ。萌恋、戦闘の準備は大丈夫かしら?」
「えんよ。守りは任せんしゃい! その代わりか、攻撃は頼りにしとるからな」
「ええ」
ハーフアップの髪をなびかせ、「ニルくんもがんばろうなあ」と、萌恋が微笑みで告げる。
赤い瞳を瞬き、「うん」と、息づき返し、どこか浮付いた二人に続くニルトが、遠くを見るように歩いていく。
やや下りのこう配に、薄く魔素を含んだ霧が立ち込める。
魔覚を鋭くした者にしか分からない、淡い緑の輝きに満ちた光景が、まるで夜光虫の光りのように、歩きによって生まれた風の揺らぎによって、煌めきを生んでいく。
進むにつれ、意匠を凝らした壁模様が大きくなり、次第に光と輝いていく。
シルフェリア語で描かれた文字に、様々な絵図が表現されていく。
赤い瞳のニルトが調べの能力を使い、想見鑑定で、思念を視認し、文字を読み解いていく。
この場は迷宮である。
道標に従い、進むべし。
共存を誓言とし、これより開始とする。
無事に試練の間を克服せよ。さすれば、次の誓言が得られるであろう。
壁模様から文字の意味を知ったニルトが、赤い瞳を瞬き、息をのむ。
「ん? なにかしら?」
通じの力で何かに気付き、突然と声を上げた時音が、すぐに足を止める。
「しぃちゃん、敵か?」
眉を寄せ、親しく時音の名をつぶやいた萌恋が、背中からフォースシールドを持ち出し、掲げるように構える。
「気のせい……、じゃない!」
その忠告の通り、魔素濃度が高まり、その気配に反応し、時音の腰から青い五つの光が飛び出していく。
「皆も気になったのね? そう……」
浮かび上がるアストラルエオンに意思疎通をし、萌恋に振り返り、口を動かす。
「この子たちが言っているのよ。なにか分からない不安があるから、気を付けてって。二人とも気を引き締めて行くわよ」
「分かっとる。うちが前に出るけん!」
「お願いね。出没する敵は、ビックフリーズにビックキャタピラーとキャンディージェルよ。そんなに強くないから、見付け次第、声を掛けて行きましょう」
「うん、分かっとるよ」
「ニルトもお願いね」
「う、うん」
やっちゃった。
ボクのせいかもしれない。
これ、伝えた方がいいよね?
そんな風に眉を寄せて悩むニルトが、確信を得られないことを理由に、報告の義務を一時保留とし、居たたまれない気持ちを細める瞳に乗せ、二人に付いていく。
フォースシールドを両手で持ち構える萌恋が、巨大通路の奥へと歩き、先陣と足を踏み入れる。
踏み締める地面に、赤い光の線模様が浮かび上がっていく。
三人の歩きに合わせ、その数が増えていく。
「綺麗ばい……」
萌恋のつぶやきに呼応し、時音が口を開く。
「福岡のダンジョンと全然違うわね。綺麗な景色だわ」
「うん?」
これ魔導陣じゃない? と、疑問を浮かべるニルトに気付かず。時音が関心の瞳を泳がせ、先頭を歩く萌恋に付いていく。
その赤い線を描く輝きが三人の歩みによって、どこまでも続いていく。
「なんか居る」
異変に気付いた萌恋が立ち止める。
「しぃちゃん、奥に敵がいっぱい居ると」
「分かっているわ。丁度いい気配ね。全部倒して、経験値にしましょう」
「えんよ。うちがフォローすっと!」
二人の会話を耳にしたニルトが、心内で焦り、表情を険しくさせる。
ボクのせいだ。
壁絵を読んだせいで、ダンジョンのギミックが作動したに違いない。
そう思案し、魔力を発露させ、身体能力向上を図り、緑のドレスコートを淡く輝かせる。
歩みを進める萌恋が、光るシールドを両手で持ち、透き通るフォトンの表面から映る遠くの魔物に視線を合わせ、一〇メートルほど手前まで近づいていく。
広い通路と広大なフロアが隣接する境界に、黄色く半透明姿のスライムに似た生き物が、青い岩盤の地面にうごめいている。
ナメクジのように突起物があり、四〇センチほどの大きさをしている。
名前がキャンディージェル。危険度はなく、ランクGに相当する脅威度の魔物になる。
萌恋の黒い視線の先に無数と存在し、その数だけ様々な色合いを表現している。
「しぃちゃん、数は多すぎるよ。このままだとまずかない?」
「なんでこんなことになっているの……」
ヒカリゴケで明るい広大なフロアに、赤く光る瞳の魔物がうごめいている。
無数に存在し、来訪者を待ち構える気配を漂わせる。
動物に寄生するノミにも似たセミの幼体のような身体を持つ、ビックフリーズ。
危険度ランクFに相当し、その体は中型犬ほどの大きさで、カチカチと地面を前足で叩く音を鳴らしている。
広さが分からない広大なフロアの奥から、統率が取れていくかのように、足音をまとめていく。
細波のように打音を轟かせる。
「撤退するわよ!」
「うん! そうやね!」
時音の咄嗟の判断に萌恋が応え、後ずさるように足を進めていく。
その動きに青緑の視線を当てたニルトが、口を開く。
「だったらボクに任せて。全部倒してあげるね」
後ずさる萌恋の前に駆け出し、前傾姿勢で脚を動かしていく。
修正履歴メモ
2024/12/1 誤字脱字の修正。
2024/12/13 大雑把に読み流し、詰まるところを修正。
2025/7/13 修正完了。また直すかも。とりあえず18話に行きます。
2025/9/2 少し修正した。まだ変かも。
お疲れ様です。
ご書見の程ありがとうございます。
ダンジョン探索開始です。
この先三人はやられてしまうのでしょうか。