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14/29

第14話 仮想ゲームへのご案内

2024/11/7 投稿します。


書見の程よろしくお願いします。

「カレーよ、カレー、カレーさん。美味しくなれ、なれ、なーれ」


 人参さんにジャガイモさん、玉ネギ大量美味しいお肉。

 お玉を回し、具材を温め、魔力で灰汁換えコク出し、栄養満点。

 そう心の中で、即興の歌を奏で、肩を揺らし、曲を刻むニルトが、嬉しそうに鼻歌を鳴らしている。


 モップルと呼ばれる異世界の小動物を模倣した着ぐるみ姿で、ムササビのように脚と腕にフカフカの繋ぎがある右手を器用に使い、仕上げにリーズン処理を施して、香りと風味を味に加えていく。


「後は盛り付けだけだね」


 ご飯の盛り方でもカレーの味が変わる。

 全掛けと分け掛け、どちらにしようかな?

 前世のボクは、全掛け派だが、朱火ちゃんの好みが分からないので、今回はスープカレー風に、後掛けにしよう。


 カレーを専用の容器に入れていくニルトが、副菜に芋サラダとゴマダレ野菜盛りを用意していく。

 テーブルにそれらを並べている内に、廊下からパジャマ姿の朱火が入ってくる。

 携帯電話を片手に、無線イヤホンを耳に装着し、なにかをささやくように、口元だけを動かしている。


「よかった。やっと夕食ができたところなんだよ。今日はビーフカレーだよ。大きくて綺麗なスジ肉が手に入ったんだ。圧力鍋で柔らかくしたんだよ」


「ん」


 モフモフとした動物姿のニルトに、朱火が赤いショートの前髪から覗く赤い瞳を向け、片眉を上げ、うなずきの合図を送り、右手差し指で自分の唇をなぞる。


 イメージセングシングチャットをしているから、今は声が出せない。そうしたジェスチャーを読み取ったニルトが、「うん、座って待っていてよ」と、姉を慕う妹とした表情を浮かべていく。

 通称イメチャと呼ばれ、脳内で考えた文字をプログラムで変換し、通信相手に合成音声を伝える通話の技術になる。

 月額が掛かる高額アプリのため、そのほとんどが、実況系のチューバーに利用されている。

 仮想と呼ばれる三次元世界を二次元的に映像変換し、自分をデフォルメした専用アバターの動きに合わせ、音声が出力されていく。

 そうした機能もイメチャに搭載されているため、朱火には、視聴者からの収入があり、社会的に納税者として、国に貢献している立場になる。


 テーブルにスプーンと箸を並べていくニルトは、インターネットで朱火の動画を見たことがあると、心内で考えていく。

 赤い髪と赤い瞳をした美声の男の娘シュビという役柄で、髪が短く、男装とした装いが現実の朱火とそっくり。

 可愛い少年役のバーチャルキャラクターボイスで、ゲーム専用のユニチューブに登録し、常に上位のランキングをキープしている。

 現実の朱火が、シュビを操っていることを知ると、なんだが別人の様で、有名人がここに居るとする不思議な感覚がする。

 そんな風に考えたニルトが、カレーにはお茶が付きものと、リーズン処理をした渋みのない麦茶を用意する。

 テーブル中央にヤカンとおかわり用のサラダに福神漬けを置き、コップを取り皿の隣にそえて、いつもと同じ下座の席に、腰を落ち着かせる。


 味噌汁は食後に用意するとして、味噌球を入れる手前の出汁(だし)を取った具材入り状態で待機している。

 いつものように祈りの挨拶を済ませ、モフモフの右の指先でスプーンを持つニルトが、ご飯とルーを程よくすくい、かき混ぜずに、口に含んでいく。


「うん、うん」


 美味しいね。

 ビーフカレーが狙い通りの味付けになったことに満足し、柔らかい国産和牛のスジ肉をもぐもぐと堪能する。


「どうかな? ボクとしては八〇点くらいなんだけど、美味しい?」


「ん」


 よかった。

 お墨付きがもらえたみたいだね。

 朱火がイメチャに意識をしつつ、笑みを向ける仕草が嬉しいニルトが、ネズミの形をしたフードから覗く小顔のほほを柔らかくする。


「むふふ」


 自画自賛だよ。

 カレーは飲み物だって聞くけど、本当のことだったんだね。

 口の中で溶けてすぐになくなっちゃう。このコッテリとした感じが心地いいよね。

 美味しい思いをフードに隠れた笑顔で表現するニルトに、眉を寄せる朱火の鋭く赤い視線がいき、「ん?」とした、疑問を浮かべる。

 熱気を帯びた赤い魔素を放ち、ニルトににらみを利かせていく。

 もぐもぐと口を動かし、美味しいと首を縦に動かすニルトに、気に入らないとする朱火からのわざとらしい声が響く。


「ねね、ニルトくん。テレビを点けてみてよ」


「え? 急にどうしたの?」


「いいから点けてください。お願いです」


「うん、分かったよ……」


 急にどうしたんだろう。

 変な笑い方をしなくてもいいのに。

 食べることを中断し、少し不満とフードから覗くニルトの容姿が膨れ顔になる。

 そうした風に、すぐに動かないで居ると、朱火の赤い視線が突き刺さり、熱く赤い魔力の波動が、ニルトの着ぐるみにまとわり付く。

 これは本気で怒っているのかも。

 そう考えたニルトが、急ぎ席を立ち、モップルのモコモコした脚を動かして、ポフポフと音を鳴らし、旧型の8Kテレビに近づいていく。

 ビデオデッキ棚からリモコンを取り、電源ボタンを押す。


「三番の総合ニュースです」


 朱火に言われるままに、ニルトはチャンネルのボタンを押していく。


「もう一度お伝えします。先ほど共犯者グループの身柄が確保されました。本日午後二時に中央区新銀座の源銀行で強盗があり、犯人グループが人質を取り立てこもる事件が発生しました。実行犯とみられる男たち十二名が」


 ニュースキャスターが告げる解説と同時に、映像が流れていく。


「途中学生服を着た二人の女性が建物内に進入し、犯人グループと交戦する事態になり、現場周辺に居た警官らの証言によると、未だ身元が分かっていないとのことで、引き続き捜査が進められている模様です」


 監視カメラのモノクロ映像に替わる。


「近くの学校の制服と視られ、犯人たちが倒される姿が映っており、この後に床で倒れている数十名の被害者を助ける姿も確認されていることから、警察はこの二人の身柄を確保し、事情を聴くと共に、事件の真相究明に尽力するとのことです」


「もういいです。テレビの電源を消してください」


「うん……」


 リモコンを持つニルトが、朱火に言われるままに、ボタンを押し、電源を消す。

 茶金の眉を曇らせ、自分がなにをしたのかを理解したかのように、下座の席に戻っていく。


「それで? なにか云いたいことはありませんか?」


「え?」


 だってボクは悪くないよ。

 悪いのは時音なんだからね。

 ムササビのような着ぐるみ姿で背筋を伸ばし、青緑の瞳を左右に揺らす思案顔のニルトが、「分かんないよ」と告げ、ほほを膨らました顔のまま、あからさまに嫌そうに聞き返す。


「ボクが何か悪いことをしたかな?」


 不満だとより強調するニルトの膨れた顔を目にする朱火の表情が笑顔になる。


「これ、なにか分かります?」


 明らかに確信がある物言いの朱火が、耳からイヤホンを外し、携帯電話のパネル画面をニルトから見えるように、ホログラム機能を展開する。

 そこには、ユニバースチューブ動画サイトの再生ボタンが表示され、謎の美少女発見と書かれた投稿タイトルが大きく掲げられている。


「見てください」


 朱火が告げた瞬間、動画が開始される。

 新銀座の交差点から始まり、無言のまま時間が進んでいく。

 すぐにニルトが歩道で信号待ちをする場面になる。デパートに入り、瞳をキラキラとさせて、笑顔を振りまいている。本屋で立ち読みをする下からの素足が可愛いアングルに、黄色いネズミの人形を持ち抱える場面と、始終笑顔の映像が続いていく。エスカレーターに乗る背後からのロリロリしい姿に、試食コーナーで美味しそうに食べる様子が映し出されていく。

 十一分ほどの映像に、ロリコン好きが喜ぶアングルで、ニルトの魅力が際どく詰まっている。


「再生回数一〇〇万を越えています。コメントも観てください」


 目が良いニルトは、青緑の瞳で小さな文字を読み取っていく。


『私観ましたよ。実際にこの子が空を飛んで銀行に入って行くところ』


『本当だ。制服がそっくりだね。可愛いのに残念だ』


『〇城学園の生徒さんですね。ワーレフを目指す女の子が多くて有名です』


『ニュースで速報が出たよ。犯人グループが捕まったって』


『こっちにもこの子の映像がありますよ。ほら、ココ』


『空を飛ぶとかどれだけなんだよ。異能過ぎるだろうが』


『今のニュースで容疑者から重要参考人に変更されましたね。被害者からも好意的です。この子ともう一人の女の子に涙ながら感謝しています。本当に凄いですね』


『あそこの学園はできたばかりなのに凄いよね。中学生でこれだったら、もっと上の子たちはどうなっているのかな?』


『違うよ。この子が凄いんだよ』


『天使だよ。天使』


『もう一人の子も光の玉みたいなの出していたよ? ココにリンク』


『すっげ、なにこれ! 特撮アニメかな?』


『俺さあ、この子知っているよ。チックバードに見えるから、ひよこちゃん呼びされているんだぜ』


『もうひよこちゃんでよくない?』


『ひよこちゃんスゲー。ココにリンク』


 朱火の指が、このコメントで止まる。


「ここからは炎上していますね。今も再生回数が増え続けているようです」


 そう口にした朱火が、携帯電話を胸元に寄せ、両手で操作を開始する。

 顔が真っ赤になるニルトが、世の中の辛い現実を知り、不満とした声を口にする。


「酷いよ。肖像権の心外だよ。個人情報保護法にも引っかかっているよね? こんなの絶対許さないんだよ」


 目に涙を貯めているニルトに向けて、朱火が携帯電話を机の上に置く。


「これを見てください。仮想ゲームでお世話になっているゲリックさんから私宛にメールが来ました。ぜひご姉妹きょうだいのニルト様を紹介していただきたく、娘のことで謝罪したいと書いてありますよ? これはどういうことですか?」


「むう」


 理不尽な出来事を思い出したニルトが、背中を丸くし、フードから覗く顔を下にする。


「だって、ボクは悪くないだもん……」


 愚痴を漏らした妹に向けて、赤く輝く瞳の朱火が、口を開く。


「お姉とお兄には連絡をしておきました。お母さんとお父さんは喜んでいますが、私は困っています。企画担当者の園原さんからも、ニルトくんに対するコメントが来ていますし、合研ゲーム部の人たちからも、ティックラインでのメッセージが沢山入っています」


 そう告げた後で、「なにか云うことがありますか?」と、声に出し、ほほを少し大きくさせて、赤い瞳を瞬く。

 その様子を上目遣いの目で向け、下唇を突き出しているニルトが、心内で愚痴を漏らし、膨れ顔になる。

 やっぱりボクは悪くないもん。

 悪いのは時音なんだもん。


「話してください。何があったんですか?」


 聞いてから判断する意思を固めている朱火に向けて、ニルトが伝えたい思いを告げていく。


「ボクは悪くないもん」


 その言葉を皮切りに、銀行強盗に立ち向かっていく流れを説明していく。

 人命救助を終え、意識を失った時音を抱え、空を飛んで家に帰る流れから、玄関口で目覚めた後で迎えを呼び、黒塗りの外車で帰っていく様子を見送った経緯を伝えていく。


「ニルトくんの嘘吐き。約束を破ったので明日からは一人で行動するのは禁止です」


「え? なんでそうなるの? 酷いよー。悪いのは時音だよ? ボクのせいじゃないよー」


 腕の脇を絞め、ユサユサと着ぐるみの生地を揺らし、困ったように瞳を細めるニルトが、「朱火ちゃんの意地悪」と訴え、ほほを膨らませる。


「ダメです。可愛い振りをしても許しません!」


「んーんー」


 ピンポーン、ピンポーンピンポーン。

 突然、玄関のチャイムが鳴る。


「はーい!」


 朱火が応える。


「どちら様ですか?」


 イメージセンシングインターホンが、玄関先まで朱火の声を届けていく。


『朱火だな? 剣だ。帰って来たぞ』


「お姉、お帰りなさい!」


『ただいま、朱火。オレも居る』


「ん? う、うん。お、お帰りなさい」


 滑舌かつぜつの良い剣お姉ちゃんの声と、男らしく、暖かい弾矢お兄ちゃんの声が聞こえてくる。


『すまないが二人とも出てきてくれないか? 荷物が沢山ある。手伝って欲しい』


「はい」


 なぜか緊張気味の朱火が、聞き耳を立てているニルトに向け、赤い視線を鋭くさせる。

 眉を寄せ、少し機嫌が悪いニルトが、朱火の赤い視線に気付き、うなずきで応え、外へと向かう気配を目にし、自分も同じように、椅子から腰を上げる。

 玄関に出ると、タイルの上に段ボールの箱と、米袋にスーパーの袋が置かれている。


「来たな。二人とも手伝ってくれ」


「オレたち、大学の先輩方に送ってもらったんだよ。ついでに、スーパーで買い物をしたんだ。道路端に置いた荷物を運んでいるから、こっちにある物を中に運んでくれないか?」


「ん」


「分かった」


 着ぐるみ姿のせいで、腰位置が低いニルトが、歩幅がせまいモフモフの素足を小刻みに動かし、トコトコと荷物までの距離を詰めていく。

 モフモフとした服装に笑みを返す剣の指示に従い、丸みを帯びたスーパー袋を両手で持ち上げ、「うんしょ、うんしょ」と、掛け声と共に歩き出す。

 そのまま家の中へと運び、リビング手前まで持っていく。

 他の三人はニルトと違い、片手で持ち上げ、家の中と外を往復する。


「二人ともありがとう。助かったよ」


 その一言の後に息づき、制服姿でリビングの椅子に座り、背中を丸めている弾矢が、足を横に組み、体を休めている。

 そこに制服姿の剣が、「弾矢。あの箱はどうする?」と問い掛け、いつもの上座に腰掛け、言葉を告げる。


「ゲーム部から頂いた物であろう? 大切な機械ならば、廊下に置くのは良くないと思うのだが?」


「姉さん。それなんだが、オレも困っているんだよ。実はニルト宛なんだ」


「え?」


 ボクの物ってなんだろう。

 食べ物に関係があるのかな?

 弾矢の冴えない顔にあどけない青緑の瞳を向けるニルトが、暑い初秋に機械を想像し、アイスクリーム製造機を連想。その合間に、合研ゲーム部の名前を聞いた朱火が、「私は聞いていないです」と、割り込みを入れる。


「お兄、どういうことですか? ティックラインにも色々と書かれていますが、いまひとつ内容が分かりません」


「ああ、そのことなんだが、オレは幽霊部員だからゲームの事は詳しくない。が、ゲーム部の先輩から渡して欲しいと頼まれた物でもある。仮想ゲームで有名なメーカーから来た物だと云っていたが、詳しくは知らないんだ。新しくオンラインゲームをやるらしく、その開始に合わせて、ニルトにもプレイをしてもらいたいと頼まれたらしい。ソフトはオレたちも含め、四人分のIDがある。だが本当に勧めてもいいものか決めかねていたところなんだ。今回の件でオレも分かったんだよ。ニルトには常識がない。こういう年齢制限ギリギリのゲームをさせてもいいものかと、少し心配になってきたんだよ」


「お兄。それって【Ultimate Treasure Tale Online】のことですよね? 少年誌ステップで連載しているアルティメットトレジャーテイルの世界感をそのまま移植したという仮想ゲームのことですね。ハイスペックパソコンをホームクラウドサーバーとして常時機動を必要とし、どの業界でも一過性になりやすい携帯端末型のアプリケーションシステムを採用しています。漫画とのコラボレーション企画に作者のエゴが入る昔ながらの無課金制MMORPGで、駄作になってしまうかもしれないという話が絶えなく、評論家からお勧めできないと評判になる、曰く付きのゲームになるようです」


「面白くないのか?」


「全く分かりません。ただし、ワーレフ推奨ゲームと銘を打っていますね。新しく発売されたフルボディナーブイマジナリーセンサーがリモコンになるので、とてもコストが掛かり、設置条件も厳しいようです。プロゲーマーでも、一部のお金持ちと物好きにしかできない仕様になっています」


 残念だね。

 アイスクリームじゃないんだ。

 今日は気温が三三度もあるから暑いんだよね。

 ハーデンダッツが食べたいなあ。

 フォーティーワンでもいいんだけど。

 誰かアイスクリームを買って来てくれないかな?

 そうしたらボクも食べられるのに。

 どこか憂うつとした顔をするニルトの瞳に、弾矢の茶色い瞳が合わさる。


「ニルト、聞いているのか? どれだけの人に迷惑を掛けたのか分かっているのか? 母さんと父さんがいろいろと便宜をはかってくれなかったら、今頃大変なことになっていたんだぞ? 銀行強盗の犯人に二人で立ち向かうなんて、正気の沙汰じゃないんだからな。結果が良かったからいいが、一歩間違えれば、命の危険で、失っていたかもしれないんだぞ? それに法律違反で警察の人に捕まっていたかもしれないんだ。分かっているのか?」


「うん……」


 またその話?

 ボクは悪くないんだもん。

 分かってもらえない気持ちが辛いニルトが、弾矢に反論することなく、沈黙のまま自然と涙を浮かべる。


「うっ」


 自然と目元が熱くなり、悔しい気持ちが込み上げる。大好きな弾矢に怒られたニルトは、その思いをほほに伝う涙の雫で表現する。

 だってボクは巻き込まれただけなんだよ?

 時音に言ったんだ。

 警察に連絡しようって。

 でもね、それを無視した時音が悪いんだよ。

 それなのに酷いよ。

 皆でボクを一方的に責めるなんて。

 悔しいなあ。

 もっとボクが強ければ、上手くできたかもしれないのに。

 胸内に悲しみが募り、弾矢をぼう然と見上げ、開いた瞳のまま、ほほに涙を流していく。


「あ、すまん。つい……」


 しまったな。

 言い過ぎた。

 ここまで本気で泣かれるとは思ってもいなかった。

 長男として姉妹きょうだいに気を利かせたつもりが、一番下の妹を本気で泣かせる形になってしまった。

 失敗したなあと、心内で告げた弾矢が、眉を寄せ、右手で髪をかき、裏目に出たことを後悔する。


「ふむ……」


 空気が悪い。

 下の妹が今までにないほど泣いている。

 弾矢の言い分は理解できる。

 だが、話はすでに済んでいることだ。

 警察からの取り調べの必要もなく、学園と政府への対応も両親から連絡済みだ。

 青い瞳を瞬く剣が、哀愁と涙を浮かべる妹の機嫌を直すために、ニルトが好きそうな話を口にする。


「うむ。実はなあ。ニルトに土産がある。大円堂だいえんどう百貨店限定のプリンス巨峰マスカット大福を買ってきたんだ。お前はイチゴ大福が大好きだっただろう? 新商品で好評らしいから、数量限定品の一番高い物を選んできた。私の分もやるから、沢山食べるのだぞ?」


「え! 本当にいいの? 剣お姉ちゃん、大好き!」


 剣が机に置いてある箱を開けるように表紙の包みを外し、ふたを開けて、中から透明の容器を取り出していく。


「皆も食べてくれ」


 それを弾矢に手渡し、近くに座る朱火からニルトに手渡される。





 美味しかった。

 巨峰の味に、シャインマスカットの風味が程よく、イチゴ大福と違ったあんこの味わいがして、とってもまろやかだったね。

 ボク、三個も食べちゃったんだ。


「あとちょっと。うーん……、これで終わり!」


 今日の分の日記ができたね。

 もう九時を過ぎている。書き終えるのに、一時間も掛かっちゃったよ。


「うーん」


 今日も疲れたなあ。

 なんとかやり切ったけど、酷い目に遭ったよ。


「はあ~」


 それにしても、手が伸ばしづらいね。

 この着ぐるみ、脚と腕が繋がっていて、扇みたいに生地が広がるから、腕が上がらないんだよね。

 ステータス補正が凄くいいんだけど、動き辛いのが難点だよ。


「ふう。余計に疲れちゃったなー」


 あれ。何の音?

 ブルブル音が鳴っているね。

 どこからだろう。


「あっ、そっちか」


 携帯電話だね。確か、鞄の中だったね。

 ボクは急いで立ち上がり、壁際に歩いて、置いてあるスクール鞄の口を開けて、中を見る。

 当たり。

 薄型の携帯電話が震えている。

 ボクはそれを手に取り、パネル画面を見る。


「誰からだろう……、ん?」


 大円初来愛さんからだね。

 ボクは差し指をセンサーに当て、受信の許可をイメージし、音量を上げていく。


『こんばんは。ニルト。時間はよろしいですか?』


「うん。大丈夫だよ。どうしたの?」


 初来愛の元気な声が聞こえてきた。落ち着いた甘い感じが可愛いよね。


『聞きましたよ? 銀行強盗に立ち向かって、人助けをしたそうなのですね。警察の方々が学園に来て、先生方も驚いていらっしゃったのですよ』


「う、うん。やっぱりボクだって分かっちゃったかな?」


『怪我は無いのですよね? ニルトは図書部の部員なのですから、もしものことがあれば部活動にも影響が出るのです。余り心配を掛けさせないでください』


「もしかして怒っている?」


『少し怒っていますよ。大切な友人が無茶をしたら怒るのは当然なのです』


「うっ」


 そんな風に言われると、嬉しくて泣いちゃうよ?

 目の奥がジーンとする。

 ボクは咄嗟とっさに、「ありがとう」と、感謝する。


『いえ。どういたしまして。それで、詳しいお話を聞かせてくださいますよね?』


「えっ? 聞いてくれるの? 皆が酷いんだよ」


 ボクは包み隠さず、初来愛に全てを打ち明ける。


「それでね、それでね。時音が帰っていったんだけどね。そのせいで弾矢くんと朱火ちゃんに怒られたんだよ。ボクは悪くないのにさあ。酷いと思わない?」


『はい。聞いているのですよ。ニルトは悪くないのです』


「だよね。そうだよね」


 やっぱりそうだ。

 ボクは悪くないもん。

 皆がボクのことを分かってくれないだけなんだもん。


「ありがとう。初来愛に聞いてもらったら、気持ちが楽になったよ」


『いえいえ。私で良ければ、いつでもお話をして欲しいのです』


 初来愛は優しいなあ。

 ボクに昼食をごちそうしてくれるし。

 初めての友達だし。

 良い人だよね。


『ところで話は変わるのですが、門守時音様という方は、今日学園に来ていらっしゃった方のようですね。転校の手続きのために、制服を着用されていたようですが、ニルトはその帰りに、たまたまお会いになったようですね』


「え? 転校生だったの?」


『はい。教頭の話しでは、明後日から学園に通うことになるようなのです。本人の希望により、Aクラスになるそうなので、とても優秀な方の様ですね』


 そういえば、彼女はスキルを使っていたよね。

 特待生に成れるのに、わざわざAクラスに行くっていうのは、何か理由があるのかな?


「今度会ったら問い詰めてやるんだからね!」


『ふふ。張り切っているのですね。なんだか楽しそうなのです』


「え? そんなことないよ?」


『そうなのですか? ふふ。ではニルト。今日はもう遅いので、そろそろ切るのです。また明日にでも詳しく聞かせてください』


「あっ」


 そういえば。


「明日はダンジョン管理局で講習があるから会えないよ。ごめんね。今まで忘れていたよ」


『え? そうなのですか? それでしたら……。あっ、いけませんね! そうなのですか? そういう事ですか』


 なんだろう。

 都合が悪いのかな?


『分かりました。予定を調整します。ニルト、また明後日に会いましょう。それでは、お休みなさい』


「うん。お休み」


 初来愛からの連絡が途切れる。

 ボクは、通話機能を閉じ、ティックラインを開き、コメントが学校で見たときよりも数十件溜まっていることを知り、電源をスリープモードに切り替える。


「うーん」


 だって際限がないだもん。

 今は時間がないので許して欲しいよ。

 どうせママとパパからのメッセージだと思うし、何か問題があったら、お姉ちゃんたちが教えてくれるはずだからね。


「よし」


 備品倉庫で物質転移保存装置の魔力供給をしよう。

 今日は昨日の続き。

 保存の魔石に魔力の波長を乗せて、属性力を付加させる情報子復元用のパーツを作成するんだ。



**



「お母さん。私、お父さんに怒られたの……」


 メディカルボトル内で眠る母に向かって、私は音響制御装置にささやき掛ける。


「今日ね。私の子供の頃にそっくりな女の子が居てね。お母さんが居ないって泣いていたの。だから私ね、助けて上げることにしたの」


 お母さん。今日は顔色がいいね。夢の中でいい事でもあったのかな?


「それでね。私よりも強い子が居たの。小柄で可愛くて、金色の髪がとっても美しいの。その子の名前はね。ニルトというの。外国人と日本人のハーフでね。ワーレフの家柄の人なんだって」


 私と似ている。

 ガリエルお父さんがスウェーデン人で、日本に赴任中にワーレフのお母さんと知り合い、そのまま婿むこ養子として結婚した経緯になる。


 院長先生のごうおじいちゃんに反対されたらしいけど、私が生まれて来ることを知ってからは、とても優しくなったと、お父さんが懐かしそうに話してくれたのを覚えている。


「お母さん、本当に嬉しそう。ネルアドラメリアでなにかあったのか、教えてくれない?」


 私のお母さんは眠っている。私が生まれてからすぐに、内閉睡眠時随伴症という病気になり、こことは違う異世界を旅する夢を見続けている。

 年を重ねる毎に、睡眠時間が長くなる病気で、五年前に覚醒することができなくなる。

 治療方法がなく、お母さんを含め、世界でも数百人だけが発症した、極めて珍しい病気になる。


「アイネ。少し良いかしら? ネルアドラメリアの状況を教えて」


『はい。時音お嬢様。第三モニターに映像を映します』


 メディカル管理AIアイネが、私の声に対応する。

 門守病院の臨床機器総合サポートシステムを管理し、様々な介護装置の自動制御に、医療機器からのバイタルモニターをリアルタイムで監視してくれている。その音声には、お母さんの声色が使われているので、とても聞き心地がよい。


『ゲリック開発部、アストラルエオン統合サポートシステムAIマイネとリンクします。アルティメットトレジャーテイルオンラインにアクセスを開始します』


 ゲリック本社と隣接した、特別治療室の内装には、六つのモニターが備わっている。

 それらには、お母さんの生体パラメーターが表示されている。


『ユーザー名、モモコ・ハウゼンの、一時間前の視点映像になります』


 少年誌ステップに連載するアルティメットトレジャーテイルの作者であるニャンビさんが動かすキャラクターのモモコが、第一サーバーでシュミレートされ、その視界映像がモニターに出力されている。


 ニャンビさんは、家族が連れて来た捨て猫の名前から、自身の名前をモモコと設定し、少年誌で出版するサブヒロインにも、同じ名前を付けている。作中の主人公ルービックは、モモコの兄という設定で、世界樹ギネルダウヤの根本都市ギネルダヤで冒険者暮らしをしている。


 ドリームバーチャルワールドアルティメットトレジャーテイルオンラインにも、実際にルービックは存在し、ニャンビさんが操るモモコと一緒に、ギネルダウヤールのダンジョンを冒険する仲間になる。


 ニャンピさんもまた、私のお母さんと同じ病気になった妹が存在し、仮想世界でその原因を探るプレイヤーになる。


『モモコ・ハウゼンが、商業街ヘテの大通りを歩いています』


 天気は良好。穏やかで活気がある露店が賑わい、中世よりも古い文明の街並みが流れるように移り、魔術が生活に溶け込む異世界風の様相が見えてくる。


「アイネ。昨日よりも活気があるように見えるけど、仮想世界で何か特別なことがあったの?」


『マイネからの応答内容を回答します。ギルネダヤの職人街デリント。商業街ヘテ。農業街ルカルゴ。観光街ローデス。住民街ザッカート。それらに携わる全ての内政貴族が交代しました。首都アーデスルミレンドーラを収める王が世代交代し、セルミアナ城で第二王太子が国王として就任。盛大に戴冠式たいかんしきが行われたために、ギルネダヤを収める前公爵が排除され、新たに国王派の血族に叩き上げられた騎士男爵、アルベルト・ツェグナードが都市を収めることになりました。一部関税が撤廃され、ギネルダウヤ―ルのダンジョン探索が無料になり、深緑の森を自由に開墾できるという法案が可決されました。暮らしが良くなったと噂されるようになったようです』


「いつの間にそんなに変わったの?」


『回答します。夢想仮想時間で一五日。現実で午前一〇時から午後一〇時の一二時間になります』


 ネルアドラメリアの世界は、現実時間の四八分が、一日の二四時間に相当する。リアルタイムに歴史が刻々と変動するため、なぜか管理者は、時間にだけ干渉することができない設定になっている。

 今回のように突発的に歴史が動く事例も少なくなく、母の様子は仮想世界の状況で変わることになる。


「そっか」


 だから機嫌がいいのね。おそらくお母さんも街の雰囲気が変わったことに喜んでいるんだわ。


「アイネ。ありがとう。もういいの。通常の業務に戻っていいよ」


『はい、時音お嬢様。これより臨床管理サポートに戻ります。第三モニターを設備情報モニター専用に切り替えます』


「お母さん。私も後でスリープインするからね。元気で居てね」


 お母さんのアバターがどこに居るかは誰にもわからない。ネルアドラメリアの時間は、現実の時間よりも加速している。人々は、日々入れ替わり、時代が刻々と変化していっている。お母さんも生と死を繰り返していると考えられている。


 だけど、孤児院の先生がお母さんではないかと、お父さんは予想している。

 子供が好きだったお母さんの口癖がそっくりで、ダンジョンに行って、お金を稼ぐところも似ているからだ。

 名前はサラールナ。年は若く、二〇代前半。耳が尖った長命人族エルフと人間のハーフになる。


「本当に嬉しそうだね」


 お母さんの病の原因が分かっていない。ただ一つ言えることは、患者さんの全員がダンジョンを踏破した経験があるということだ。


 ダンジョンの最終地点に行くと願いが叶うと云われている。なにを選択したかは人それぞれに違い、お母さんの場合は、私が生まれてくることを願って、不妊治療の回復を叶えてもらったという。


「お休み。お母さん」


 私は、早幸さゆきお母さんに夜の挨拶を済ませ、オートロックドアから廊下へと出ていく。仮想ゲーム開発部が管理する一室へと向かい、今からネルアドラメリアにスリープインをする。

更新履歴欄

2024/11/25 誤字脱字修正。

2024/12/16 全体を流し読みして誤字脱字を修正。

2025/7/8 全修正しました。次は15話です。

2025/8/29 誤字修正。ほとんど変えていません。


時間が掛かりました。

なんとなく仮想世界にダンジョンが関わっている設定もあるので、そっちにも手を出す予定です。

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