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第13話 約束破りのニルト

2024/10/31 投稿しました。


書見の程よろしくお願いします。

「ニルト。アドレスを交換して欲しいのです。よろしいですか?」


 教室に着いて早々、初来愛がスクールブラウスの胸ポケットから携帯電話を取り出し、操作を始め、それを目にしたニルトが、「いいよ」と返事をする。家族以外の名前がアドレス帳に追加されるのかと、力が入り、初来愛の黒い瞳と視線を合わせ、嬉しくほほが緩み、急ぐように自席へと歩いていく。


 机の横に掛けた茶色のスクール鞄から、手のひら大の携帯電話を取り出し、まだ慣れることができない認証解除に意識を配る。

 考えることで操作が可能になるイメージセンシングデバイスが、人工知能プログラムAIと連動し、ニルトの携帯画面に反映していく。

 パネル画面に通信相手と接続して欲しい表記が現れ、急ぎ廊下へと向かい、初来愛に携帯電話を差し向ける。


 すでに準備が整っていた薄い端末から音が鳴り、「できたのです」と、操作の終わりを告げた初来愛を一目した後に、携帯電話の表示に目を当て、嬉しく笑みを浮かべる。


「また連絡するのです。今日はありがとうございました。明日もまたよろしくお願いします」


「うん。それはいいけど、これからどうするの? 高等部に戻るの?」


「はい。一度職員室に寄ってから行くことになると思います」


「がんばってね。ボクにできることがあったら連絡してね」


「はい。それでは失礼するのです」


 ニルトが右手を上げ、「ばいばい」と、甘い声でささやき、初来愛が笑顔で返す。

 そこから少し離れた職員室に向かい、出入り口の引き戸に入っていく。


 今さらながら、教室に誰も居ないことに気付くニルトが、携帯電話を取り出したついでに、通信アプリ、ティックラインを起動する。

 旧来のランインと同じく、絵文字アイコンにチャットで会話ができる機能を完備。

 違う点は、自撮り動画に音楽整合機能が追加され、大容量ファイルを簡単に交換できるバックボーンが備わっていること。


 日本はティックラインが主流であり、海外ではスパイダーシーのシェアが強く、互いに接続できないことから、最近では互換機能が追加され、会社同士が連携し合うセンセーショナルな話題が続いている。

 驚き動画やダンス映像に、様々な分野チューバーからの投稿ニュースが番組へと発展し、一つのバラエティを作り、新たなニーズを生んでいる。


 特に人気があるのはワーレフの分野になる。アイドル達や一般探索者たちが個人サイトを立ち上げ、インスタメッセやトークビューにコメントし合い、奇怪な生き物や不思議なアイテムを掲示し、社会的に絶頂ブームを巻き起こしている。


 そういえば、朱火ちゃんもやっているって言っていたよね。

 ゲームチューバーである姉をよく知るニルトは、携帯アプリに全く興味がなく、本当は触れたくもないのに、家族全員が使い慣れているため、仕方なく操作にこぎ着けている。


「パパとママからのメッセージが百件もあるよう……」


 思わずため息を漏らすほどに眉を寄せ、小さくうなだれ、マメな事が苦手と目を反らし、あからさまに嫌そうな顔になる。


「うぅぅぅ、面倒だよ……」


 こうした作業が好きな人って尊敬するよね。

 ボクは当然手紙派だ。

 ボタン操作に四苦八苦のニルトが、両手の親指で文字を打ち込み、作業途中で諦めムード。

 イメージセンサー補助による簡易操作のコツを思い出し、家族へのメッセージを簡易的に作成していく。


 未読に目を通し、手始めに元気にしているとする安否の一文を返信していく。

 愛あるコメントは嫌じゃない。けれど、百件ある文に目を通すのは疲れるよ。

 そんな風に読み取りに頭を悩ませ、青緑の瞳を左右に揺らしていく。


『ボク、今から家に帰るね』


 全てを読み終え、最後の返信にこぎ付ける。すぐに音が鳴り、新たにメッセージが表示されていく。


『わかったンゴ(ダンスの絵)』


 朱火ちゃんからだ。動くアイコンが可愛いね。


『気を付けるのだぞ』


 剣お姉ちゃんだ。


『早いな。寄り道はするなよ』


 こっちは弾矢お兄ちゃんだね。


『うん。食材の買い出しをするから、スーパーに寄っていくね』


 冷蔵庫の中が空っぽ。時間があるからいいよね。


『オレは食べてくる』


『丁度いい。私も外食だ。夕食は二人だけで頼む』


魔人五まじんご(アニメの絵)』


 そっか。

 朱火ちゃんのためなら一肌脱ぐよ。


『うん。わかった』


『おや。楽しそうだね』


『皆、元気?』


 あ、パパとママだ。

 アメリカの時差だと、今が深夜の一時くらいだよね?

 なんで起きているんだよ。

 スパイダーシーの互換メッセージが十件と流れ、その文字の多さに嫌気がするニルトが、『また後でね』と、早々に返事を切り上げ、携帯電話を休止する。


「はあ、危なかった」


 パパとママとのお話しは嫌いじゃない。だけど、文字の打ち込み作業が苦手だから、ティックラインに長く触れていたくない。

 そう心内で不満を漏らしたニルトが、小さい携帯電話をスカートに仕舞い込み、家に帰る確認をするため、担任の許可を取ることにした。

 胸のポケットにある学生証カードを意識して、インスペクションに呼び掛ける。


『許可します』


 すぐに紫桜香花教諭の音声が流れてくる。


「これでよし」


 帰り支度を済ませ、鞄を持ち、教室の入り口から挨拶を済ませる。


「さよなら」


 廊下を出て、一階へと向かい、玄関口まで歩いて行く。

 ロッカーで靴を替え、外に出る。

 校門を出て早歩き、帰り道を進んでいく。


「よう。遅かったな」


「ごめん。バイトが長引いたんだよ」


 そんな男性同士の会話を耳で捉え、新銀座の大通りにたどり着いたニルトが、最初の交差点で立ち止まり、大円堂百貨店前の信号を待つ。


 人の通りがいつもよりも少なく、私立千城学園中等部の制服が目立つため、ニルトに視線が集まっていく。

 観光客や仕事帰りの男性から何度も視られ、朱火とデパートに行った時のことを思い出し、変な人から声が掛からないよう左右に意識を配り、身長の低い華奢な体に力を入れる。


 信号が青に変わる。

 立ち並ぶ人の中の先頭を歩くニルトが、まっすぐ歩道を進んで行く。

 すれ違う人の全てがニルトに目線を向け、その都度表情を緩めていく。


 なんでボクを視るんだよ。

 そんなに珍しいほど美人でもないんだぞ。

 最近は綺麗な子が多いし、ボクくらいの子なんて沢山居るはずだよね。

 そう謙遜の意思を強め、それさえも自意識過剰だと修正し、瞳が合う度に、不安と苦笑いを浮かべていく。


 それもそのはず。

 魅了効果がある魔力を身にまとう制服少女に通行人の視線が行き、幼年の青い美しさを余すことなく表現するニルトの姿にほほが緩む。

 この時間帯は芸能人のロケが多く、普段から見目麗しい女性に勘違いの注目が集まるため、密かに無数の携帯カメラが、その姿を捉えていく。


 そうした日常を知らないニルトが、夕食の食材を買うために、交差点を渡り切った先にある三鶴みつるデパートの大きな入口に入っていく。そこでも多くの人の視線を集める。


「ねえ、ママ? あの人キラキラしてる」


「ダメよ。お姉ちゃんに失礼でしょう」


 人がいっぱい。

 ボクの噂をするのは止めて欲しいよね。

 娘連れの母親に軽く頭を下げ、小さな女の子に微笑みを向け、歩きながら周囲に視線を移していく。

 設備内は天井が高く、電球の暖かい色合いが壁床に反射して、鏡石のような白いタイルを彩り、フロアー全体に落ち着きを表現している。

 唐突に茶色のスクール鞄がお荷物だと感じ、左手に持ち替え、異空間に仕舞い込む。

 目的はスーパーでのお買い物。

 予算を気にせず、新鮮な食材を買いそろえる。

 今日は朱火ちゃんと二人だけのディナー。

 いつもお世話になっているので、奮発してご馳走を用意しよう。

 心内でそうした考えを浮かべながら歩くニルトが、姉の喜ぶ顔を連想し、自然と微笑みが零れ、魅了ある虹色の魔素を発散していく。

 その輝きが美しく、不思議と甘い香りを飽和させ、すれ違う人の目を引き付けていく。


「いらっしゃいませ。プラネットバックスにようこそ」


 なんだろう、あれ。

 ネオンから浮き出る模型のような動く光。

 コーヒーカップの虚像が現れ、老舗の味をいつまでもと伝える男性の声が、光る文字と共に流れていく。

 向かいの店舗は本屋だね。

 大きな冊子の立体映像が浮き出し、ベストブックストアーと告げる音声が、専門の効果音と共に流れていく。

 ニルトは本が大好き。

 漫画やライト小説に、ゲームやパソコンの情報誌を購読している。

 稀にファッション誌や文集にも目を通す。

 今日は少年誌ステップの販売日。

 大好きなアルティメットトレジャーテイルだけでも読んでおきたい。

 そんな風に書店棚で立ち止まるニルトが、閉じ紐がない少年誌に手を付ける。


「えへへ」


 立ち読みだ。

 いや、ダメだよ、ダメなんだからね。

 読むなら買わないといけないよ。

 そうした欲望もすでに昔のこと。ニルトが青緑の瞳を瞬かせ、無言で雑誌を読み上げていく。


「ふー、面白かった」


 そろそろ地下のスーパーに行かないとね。

 そう思案しているにも関わらず、すでにニルトの体はプリティホビーの店舗に赴いていた。

 人形が可愛いね。

 半世紀以上前から人気ある黄色い電気ネズミの等身大ぬいぐるみを抱き上げる。

 幸せ絶頂のニルトが、満面の笑みを浮かべ、その様子に男性店員の視線がいく。


「えへへ。可愛い……」


 いけない、いけない。

 もふもふの人形は正義だけど、時間が無くなってしまう。

 そう思いつつ、ゆっくりと堪能し、しばらくした後に通路へと出る。

 すでに建物に入ってから三十分が経過。時刻は三時を過ぎたところ。

 帰りの予定が遅れている。


 エスカレーターに乗り、地下へと向かう。

 いい匂いがするね。

 お惣菜の店頭販売に店員さんの声が響く。

 降り口先のコーナーで人が集まり、説明に耳を傾ける年配の女性客が、商材に瞳を凝らしている。

 エスカレーターに身を任せるニルトが、食べたい欲求を抑え、青果と鮮魚と精肉コーナーの順に、見回る予定を思案。

 降りてすぐに、買い物かごをカートに乗せて、移動を開始する。


「フラワーチキンフライはどうですかー?」


「えへへ」


 おいしそう。

 身体は素直。

 すでに五件の試食を終えたニルトが、手渡されたカップを受け取り、彩り豊かな鶏唐揚げを口にして、「美味しい!」と、エメラルドグリーンの瞳を瞬き、もぐもぐと口を動かしていく。


「お嬢さん。好いねえ。旨いかい?」


「うん!」


 小気味よくチキンをほお張る美少女を目にし、同世代の娘が居そうな女性客が集まってくる。

 気にしないニルトが、お惣菜のパックを手に取り、次はパイナップルの試食と、青果コーナーへと移動していく。

 甘くメロンのような香りが漂い、高級マスカットパインの味に舌を唸らせる。

 代わりにカレーの具材をかごに入れ、手に持つカップの中から残りの一欠けらを口に含み、ほほを緩ませる。


「むふふ」


 眉を晴らし、次のコーナーに向けて、軽やかにカートを押していく。

 あっ、お肉の匂いがする。

 トルティーヤの試食に誘われ、次の試食コーナーに向かっていく。

 そうして買い物を済ませ、時刻が四時を過ぎる。

 全てを収納し、一階へとエスカレーターに乗るニルトの視線が、泣いている少女の姿を捉える。

 水色のワンピースを着た背の低い少女が、黒い瞳を腫らし、ベンチで一人座っている。

 声を掛けようか悩み、エスカレーターから降りて自然と体が動き、少女に近づいて行く。

 すると青銀の長い髪をカチューシャで整えた制服姿の女性が、ニルトよりも先に近づいていく。


「どうしたの? お父さんか、お母さんは居ないの?」


「うっ、うぁああああああん!」


 黒髪の少女が鳴き声を上げ、隣に座る長い青銀髪の女子に抱き付いた。


「落ち着いてよ。ねえ? 一人で居る理由をお姉さんに話してくれないかな?」


「うぁああああああん!」


 自分と同じ淡い緑のプリーツスカートを着ているね。

 そう目にし、安心したニルトが、邪魔にならないように出入り口へと足を向けていく。


「ねえキミ! どこへ行くの!」


 青銀髪の女性が突然と大声を上げる。それを耳にするニルトは、誰か知り合いでも居るのかと、気にせず出入口へと向かっていく。


「ねえ! 遠本さん!」


「え?」


 咄嗟に足を止めたニルトが、声のする方向に振り向く。

 整った青銀の眉をつり上げ、長細い手の指先を曲げ開きと、同級生風の少女が手招きをしている。

 なんでボクの名前を知っているの?

 疑問を浮かべる青緑の瞳と水色の瞳が重なり合う。


「ふふ」


 逃がさないわよ。


「うっ」


 青銀の髪の女性の無言とした意思に推され、何かの意思を感じ取ったニルトが、仕方なく、ベンチへと足を向ける。


「ねえ? かわいそうだとは思わないの? こういう時は助け合いが大切だと思うのよ。お母さんとはぐれた女の子が居たら、甘い物を買って来て上げるのが、人情ってもんでしょう?」


「うぐ」


 引き締まった美しい顔立ちが下品にほほをつり上げ、何も言えないニルトをあざ笑うかのような仕草をする。

 その同学年の女子が、抱き付く少女を抱え、黒髪に左手をそえている。


「分かったよ。はい、これ」


 左手から手品のように小袋のあめ玉を五つ取り出したニルトが、黒髪の少女の座るベンチ上にそえ置く


「遠本さん。まさか私のことを無視しようなんて、そんなことはないわよね?」


「うぐう」


 的中だよ。

 図星を付かれたニルトが、片眉をつり上げ、反論と口を開く。


「そんなことはないよ。少し考え事をしていただけだよ。すぐに戻って来るつもりだったよ」


 嘘じゃないよ。

 最初は助けようとしたんだからね。


「そお? だったら一緒に考えてよ。この子が泣いている理由をね。この子、どうしたいのか私に教えてくれないのよ」


「う、うん……」


 嘘を云った手前、反論ができないニルトは、飴を舐める少女に近づき、「お名前は?」と、優しく問い掛ける。

 すると、黒髪の少女が、泣き止んだ顔でニルトを目にし、不思議と安心したように表情を落ち着かせる。


「みずしまあやめ」


「あやめって云うんだね。ボクはニルト。どうしたのかな? なんで悲しいの?」


 少女の顔が歪み、黒い瞳が曇り、開いていた口から理由が告げられる。


「おかあさん、が、ね、ぎんこう、からね、かえってこないの」


「銀行……」


 デパートの道路向かいに支店の小さい銀行があることを思い出し、ニルトが長い青銀髪の同級生と目を合わせ、互いにうなずき合う。


「私は門守時音かどもりしおんよ。今からあなたのお母さんを探しに行って上げるわね。あやめはここで大人しくできる?」


「うん」


 そっか。門守時音さんと言うんだね。

 優しい人だ。

 後は任せたよ。

 探す決意の意思を強める時音が立ち上がり、あやめと一緒に居ることを決めたニルトがベンチに座る。


「遠本さん。行くよ」


「え? どこに?」


「決まっているでしょう。あやめのお母さんを探しに行くのよ」


「ちょ、ちょ、ちょっと待ってよ! どうしてボクも行くことになっているの?」


「ほら、早く」


「あっ」


 時音に腕を捕まれたニルトが、中腰のままベンチから放れ、タイルの床を滑るように引きずられていく。「待って、待ってよ!」と、駄々をこねる子供のように、少し背の高い門守時音の横顔に向け、口を動かしていく。


「ボクは必要ないよね?」


「そんなことないわよ。私の勘が告げているの。キミも来る必要があるってね」


 腕が痛いよう。

 なんて馬鹿力なんだ。

 引きずられていくニルトの小さな腕に時音の片手が食い込み、外へと引っ張られていく。

 仕方なくあきらめムードのニルトが、「分かったから放してよ!」と告げ、時音が左手を放し、真顔と冷静な仕草で、「付いて来て」と、強めに言葉を口にした。


 二人がデパートの外へ歩いて行く。

 大きなガラスの出入口から出ると、数台のパトカーが交通整理をし、全車線封鎖に停車する多くの乗用車が迂回の意思を強めていく。 

 制服を着た警官が笛を吹き、拡声器越しで声を張り上げ、通行人を遠ざける誘導を進めている。


「嘘みたい……」


 ニルトの想いのささやきがこぼれ出る。

 逃げるように脚を動かす歩行者に、携帯電話やカメラが掲げられ、現場を撮影する人で入り乱れている。


「ねえ、戻ろう? あやめに言って、警察に連絡しようよ」


 おそらく強盗だね。

 お気の毒だけど、あやめのお母さんが被害に遭っている。

 ニルトは遠くを見詰める門守時音かどもりしおんの横顔に、「戻ろう」と告げ、鞄を持つ左腕をつかみ、ない力で引き返す意思を強める。その束の間に、「行くよ!」と、時音の全姿から青い光が発散する。慌てて手を放したニルトの視界から消え、上空三メートルほど飛翔していく。


「え?」


 青緑の瞳を開き、見上げるニルトが、空高くで青銀の長い髪をなびかせる後ろ姿に向く。

 青い光の魔素を身にまとい、その輝きを散りばめる。

 片側四車線中央分離帯に着地し、足を付けてすぐに飛翔。その常人離れした脚力を持つ時音を目にしたニルトが、「どうなっても知らないんだからからね」と口ずさみ、虹色の羽を広げ、音を置き去りにする速さで付いていく。


「出てきなさい」


 青銀の時音が青い光の魔素の波紋を広げ、先ほどの声を轟かせる。

 左手に持つ鞄のすき間から、五つの色違いとした球体が現れ、中空に浮かび、飛翔する時音の背後に付き従う。

 まるで雷神が背負う雷太鼓のように、光の玉がそれぞれに決まった位置に定着していく。

 スキル、【通ずる者(コネクター)】によって契約された魔物たち。

 アストラルエオンと呼ばれ、精霊の一種になる。


 特異の力を宿し、外気から魔力を取り入れる。

 危険度ランクはGと最弱に分類されているのだが、時音が使役するそれらはレベルが高く、生命力が特段に大きい。

 そう調べの能力で感じ取ったニルトが、五色に輝く球体の背後に付き、「無茶はしないでよね!」と、大きく声を出した。


「ニルト! 突入するよ!」


「話を聞いてよ!」


 歩道に着地と同時に脚を前に出し、銀行入口に向かって行く時音が、閉じたガラスドアに、左の回転蹴りを放つ。

 破片が飛び散り、激しい音を響かせ、四散するガラスの破片。

 その刹那にニルトが、全身を青の魔力壁で覆い、飛んでくるガラス片を弾き落す。


「フウ、ライ、ファラ、スイ、アス。行け!」


 色彩違いの光の玉が、蹴り上げた足を戻す姿勢になる時音から離れていき、建物の奥へと螺旋に飛び出していく。

 明々と輝く魔力を放ち、五色のアストラルエオンが渦を成して、一閃と入り口の奥へと飛んでいく。

 鉄格子のシャッターに付随する二基目の自動ドアを激しく音鳴りに破壊し、ガラスの破片が歩道まで飛び散っていく。

 身を低くしていた時音が、そのままクラウチング姿勢で突入し、入り口の中へと走っていく。


 時音の馬鹿。

 一人で突っ込むなよ。

 肝を据え、気持ちを切り替えたニルトが、青く輝く時音の背中に続き、虹色の魔力を全開にして、銀行の中へと突入する。


 辺りの警官たちや刑事がようやく事態の急変に気付き、パトカーの車内に設置されている通信機を片手に、報告の装いになる。

 報道陣たちがその光景をカメラに収め、ドローンが飛び交い、周囲の状況を記録していく。


「止まれ! 殺すぞ!」


 そんな束の間に室内に入った時音が、拳銃のような武器を持つ馬覆面うまふくめん男に向かって行く。


「はぁああああああー!」


 ダンダンダン。

 数発の弾丸が打ち放たれる。

 紙一重で左右に回避した時音が飛び上がり、右手を覆面の額に当て、青い光の波を生む魔圧を生み出した。


「がっ! はあっ!」


 叫びにならない声と同時に、馬面の男が床に転倒する。

 時音は身を低くし、左手に持つ鞄を手放す。


 敵は十人を超える。全員が覆面をかぶり、黒い防刃防弾スーツを着ている。

 遅れて入室したニルトの視線の先で前屈む時音に、敵の意識が一斉に向いていく。

 近くに一人居る。

 仲間が倒され気が焦り、鳥の覆面をした敵が、銃を両手で構え、時音に弾丸を放つ。


「キャァアアアー!」


「ひっひっひ。死ね、死ね、死ね、死ねー」


 客らしき女性の悲鳴と狂気が混じった響きに呼応して、仲間の全員が銃を構えていく。

 激しい光と共に放たれる弾丸が様々な音を生み出していく。

 受付前で血を流し、倒れている客らの横を疾走する時音が、銃弾を避け、鳥面男に駆け出していく。

 素早く背後に付き、魔力をまとった拳を敵の脇に当てる。

 それはまるで乾いたマットレスが数メートルの高さから落ちたかのように、重たい音を響かせ、鳥面男の体をくの字に曲げる。


蹂躙じゅうりんせよ!」


 時音の声に反応し、五色のアストラルエオンが散開と敵に向かっていく。


「うぉおおおおおお!」


 ダンダンダン。

 覆面たちが迫る光の玉に弾丸を放っていく。


「ああああああ!」


「くっそ、くっそ! 近づくな!」


「おぉおおおおお!」


 声を放つ覆面男たちの意識がアウトラルエオンに集中し、気配を消して倒れている人たちに忍び寄るニルトが、カウンター前の床で横になり、血を流している男性に寄りそっていく。

 ひどい怪我。

 かわいそう。

 あやめのお母さんもこの中に居るのかな?

 これも全部時音のせいだよ。

 さっさと終わらせて帰らないとね。


「仕方がない」


 立ち上がり、目に意志力を宿すニルトが、青緑の瞳を赤く染め上げ、全身から淡い虹色の光を放ち、羽の守りを強化する。

 放たれた魔素がニルトの周囲に円を描く輝きを作り、辺りに渦巻く風の流れを生む。


「眠れ。幻夢に誘え」


 男たちが息づく声を上げ、体を小さくする。

 ニルトの赤い視線の先から現れる青い羽の一閃で、二人がこつ然と沈黙した。


 先ほど時音に倒された馬面男が立ち上がり、「ぶっ殺す!」と、言葉尻に銃を構え、発砲を開始する。

 ダンダンダンと、向けられた弾丸が魔力の壁に吸収され、虹色の淡い光によって消滅する。

 時音を守るニルトが、馬面男に向けて右手をかざし、にらみを利かせる。


「くそっ、くそっ! なんで当んねぇんだ!」


 発砲音が轟き、会場は戦場とした装いになる。その全ての弾を打ち尽くした馬の覆面男が銃を捨て、腰からナイフを取り出す。

 それを逆手に持った瞬間を狙うニルトが、かざしていた右手を横へと払い、馬の覆面男に一閃の輝きをもたらす。


「くっ、そう……」


 馬面男が力なく崩れ、床に倒れていく。

 背中の羽が輝きを増す。制服姿が淡く虹色に輝き、幻想的な装いを演出する。

 その一挙一動に意味があるニルトが、吹き抜けのカウンター奥で、銃弾を放つ男に右手をかざす。


「眠れ」


「ウッ!」


「がはっ」


 銃弾が天井に向かい、激しく音を鳴らし、犬面男が倒れ、同時に時音が抑えていた鳥面男も意識を失う。


「キミ、強いね」


「無茶をしすぎだよ。怪我をしたらどうするの?」


「私は右に行くから、残りは頼むわね」


「話を聞いてよ」


 カウンターの奥に向かって、時音が職員専用のフロアーに飛び込んでいく。

 残り七人の覆面がアストラルエオンに武器を突き立てている。

 火の魔力を持つ赤いファラ。

 火炎を放ち、豚覆面の敵を赤く燃え上がらせる。


「あああ! 火が、火が! 熱ちぃ! 熱ちぃよ! うあああ!」


 すぐにスプリンクラーが作動し、警報とサイレンの音を響かせる。

 豚覆面の男が机に上がり、水の流れを一身に受ける。

 室内に炎が蔓延していく。


「うわあああ」


「くっ!」


 電子を操る魔力を持つ黄色のライ。

 少し離れたところから隠れて散弾を放つ覆面姿の二人に向け、稲光と甲高い音を鳴らし、けん制の光を放つ。

 そこに水の魔力を持つ青のスイが、凍てつく冷気を生み出し、風の魔力を持つ緑のフウが、風圧で拡散を作り出す。

 周辺を凍結の白に彩り、スプリンクラーの水をカチカチと凍らせていく。


「おっ! 俺の身体が、身体が凍っちまう!」


「クソが! 化け物が!」


 打ち付けられる銃弾。

 音と共に光を放ち、連なる輝きを何度も生み出していく。

 サブマシンガンの響きを受ける時音の横に、土の魔力を持つ土色のアスが、茶色の魔力壁を維持。

 時音の周囲で火花を散らし、跳弾となる銃弾が、壁や天井に突き刺さり、それ相応の音を鳴らしていく。

 青銀の眉をつり上げ、水色の瞳を大きく開く。

 その先に居る覆面の二人が、短機関銃を壁際から単調に打ち続けている。


「伏せなさい!」


 スキル、通ずる者(コネクター)のアビリティー、使役の能力が発動する。

 条件を満たす魔力量があれば、一方的に心を操る力になる。

 それに共感した覆面男の二人が、時音の声に呼応し、発射の構えを解き、銃を手放し、床にうつ伏せる。

 豚面男を眠りに誘い、圧倒的な魔圧を放つ熊の覆面男と対峙をするニルトが、フォースソードから飛び出す輝きから身を守るように、小さい体を生かし、無駄なく回避の動きをする。


「あーうっぜぇ! ちょこまかとちょこまかと動きやがって。ぶっ殺す!」


 ジャケット姿の熊面男くまめんおとこが、フォースソードを逆手に持ち、グローブ越しの右手を握り拳にする。

 逆手のソードが一振り、その斬撃を無駄なく避けるニルトに詰め寄り、切り払うように接近する。

 ソードの先が、ニルトの額に直撃する。その衝撃が強烈な破裂音を響かせ、火花を散らし、ニルトの綺麗な顔に、光の筋が流れていく。


「避ける気がねぇのかぁよ!」


 無傷のニルトを目にし、声を荒げた熊面男くまめんおとこが、右手から魔力操糸を生み出し、板張りの白い天井に吸着させ、浮かび上がる。

 そのままニルトから距離を取り、去り際にフォースの斬撃を放つ。


 効かないよ。

 攻撃を予測するニルトが、魔力壁で斬撃を受け止める。

 でもこの人、レベルが高いね。

 その見解は正しく、片手で魔力の糸を操り、もう片手でフォースソードの斬撃を生み出していく。

 ラバーのスキル、【盗みし者(スティラー)】は、欲求本能に従うことで、盗賊としての能力を高めることができる。

 高い攻撃性能をほこるアビリティーの数々に、精神を侵し、暴力的な性格になる反面を備えている。

 スキルはその本質になろうとする性質を持つ。

 強い人ほど色に染まりやすく、適正がない人ほど、性格が変わっていく。


「どの世界でも、ラバーは犯罪者が多いんだよ!」


 過去の自分がそうだと、思いを告げたニルトの瞳が赤く染まり、光る斬撃を弾いていく。

 その視線の先に眠りの羽を召喚し、熊面男の胴体に輝きを送る。

 しかし、男は魔力の糸を操り、縦横回避に、左右上下と一閃する青の光から逃れる。


「あっははははっ! 終わりだぜ! 終わりだ!」


 言葉尻に男が魔力操糸を重ねて放ち、素早く室内を跳ねていく。


「金はすでに送金済みよ! 俺を捕まえても意味がないぜ! だったら分かるよな? 後は責任を取るだけってもんだろう?」


 誰に言うわけでもなく、自問自答した熊面男が、フォースソードを手放し、腰から小瓶のような物を取り出し、すぐさま振り上げる。

 その左手から凶悪な魔素が渦巻いていく。

 盗みし者(スティラー)のアビリティーである毒性付与がくる。

 そうラバーの能力をよく知るニルトが、危険を直感し、ブラウンゴールドの髪を赤く染め上げる。


「全て終わりだ。終わり! あっはっはっは……!」


 中空から男が小瓶を床に投げ付ける。

 それが机に当たり、砕ける音を響かせ、黒い煙を生み出す。

 虹色の羽を一閃とさせたニルトが、まるで内輪で仰ぐように、円を描く光の輝きを生み出し、黒い煙を一瞬で消し去っていく。


「馬鹿な!」


 小さい右手を拳に暗気と黒く染め上げ、弓引くバネのように屈み、糸を垂らす熊面男に向け、跳び上がる。


「ちくしょう、なんだよ! お前らさえ居なければ、こんなことにはならなかったはずなのに! クソガキがぁあああー!」


「させないもん!」


 追い掛けるニルトの黒い拳が、熊面男のほほを捕らえる。


「ぐはっ!」


 追撃に青い羽が空間から現れ、熊覆面男の腹部に突き刺さる。


「ぐっ」


 男がうなだれるように右手を糸から放し、そのまま作業デスクの上に倒れていく。その場の資料を撒き散らし、激しく机を横転させ、床に転がり落ちる。


「後は……」


 宙に浮かぶニルトが、防戦一方の時音に赤い瞳を向け、銃声を放つ男たちに一閃の輝きを送る。


「眠れ」


 その思いが通じたように、青い光が輝き、全員が無言と力無く崩れていく。

 火災警報サイレンの音が鳴り響く。

 全身が水に濡れ、夏服が透けて下着が露わになるニルトが、床に足を付け、急ぎ五色の光を灯す時音と合流する。


 濡れた青銀の長い髪を払い、両手で軽く結ぶ時音が、背中に羽を生やしたニルトを目にし、ほほを引き締め、笑みを浮かべる。


「どうするんだよ! こんなに散らかして! 外にお巡りさんがいっぱいいるんだよ?」


 不満顔のニルトが思いの丈をぶつける。


「それよりも、人命救助をするのよ。ニルトはそっち! 私はこっちを担当するから、手分けして一人でも多くの命を助けるのよ!」


 なに云っているんだよ、この人は。

 話が通じないよう。

 あきれて、開いた口が塞がらないニルトが、受付場へと歩いて行く時音を目にし、後で覚えていろよとした気持ちを胸に、壁際で固まって倒れている銀行員たちに近づいていく。

 時音が受付カウンターを飛び越える。

 軽やかに着地して、鞄に向かって、右手の指を鳴らす。


「チユ、お願い」


 すると鞄のすき間から癒しの魔力を持つ白いアストラルエオンが姿を表した。


「皆、チユを手伝って」


 六つの光がそろい、全てが淡く白へと変色し、クルクルと回転していくように、受付の床で倒れている人たちに浮かんでいく。


 その一方で眉を寄せるニルトが、調べの能力を使い、スーツ姿の行員たちに、命動鑑定を試みる。整った目を大きく開き、赤い瞳を輝かせる。


「毒……、盗みし者(スティラー)の力のせいだね。今助けてあげるから……」


 生命力がゼロ。

 このまま一時間ほど放置すると、この人たちは確実に命を落とすことになる。

 原因を探るため、左手をかざすニルトが、赤い瞳を黒い瞳へと変容させる。


「魔素毒……。レベル1」


 魔素毒とは、細胞内に魔子の結晶を形成する。

 肉体に含まれると、魔力の元に作用して、細胞を破壊する効果を発揮する。

 今回の場合は、体温を奪い、細胞を壊死させていく性質を持つ。

 すでに全身に毒が巡り、解毒は不可能。

 肉体の自然治癒に頼るしかなく、生命力の少ない状況では、絶望的な状況になる。

 でも、ボクだったら治療ができる。


「時間がないね」


 だったら全員まとめて回復したらいいじゃないか。

 体内にある保有魔力の四分の一を練り上げ、虹色に輝くニルトが、羽を広げ、赤い髪と黒い瞳を虹色に変容させる。


 願うように両手を組み、回復の想いを魔力に当てていく。

 瞳を閉じ、体から暖かい光を放つ。余りにも強い力のためか、足先が自然と床から浮き上がる。

 一人の銀行員が閉じたまぶたを開く。

 目覚めと共に後光をまとう少女を見上げ、熱く痺れた全姿が和らいでいく感覚を目の当たりにする。

 美しい。

 まるで女神さまのようだ。

 男性が瞳を細め、意識が続く限り、水で濡れた制服姿のニルトを見詰めていた。

 その一方で、水色の瞳に疲労を感じさせる時音が、六体のアストラルエオンを操り、人命救助に勤めていく。


「ありがとうございます。ありがとうございます……」


 意識ある女性の一人が、謝意を示す懇願とした拝む姿をする。


「毒……。厄介ね」


 呪いの類ね。

 解呪には多くの魔力が必要になる。

 魔力を酷使し、疲れを表現する時音が、青銀の眉を落とし、理解を深める。

 この場に居る五名の命を救うには、自分の魔力の全て使うしか方法がない。


「やるしかないわね……」


 決意に眉を寄せ、目力を強める。全魔力を六体のアストラルエオンに注ぎ込んでいく。


「はぁああああああ」


 声を上げ、両手を拳にし、うつむくように立ったままの姿勢で、青い波紋の揺らぎを生み出していく。

 その傍らで虹色に輝くニルトが、全員の快癒に成功し、宙を舞い、急ぎ時音が居る場所へと移動する。

 火災警報とスプリンクラーの放水が続く中で、六つの光る球体が、規律と弧を描く動きをする。

 その隣にニルトが降り立ち、身を落とす時音を受け止める。


「ニルト……」


「もう、馬鹿だね……」


 小さな腕で時音の体を支えたニルトが、虹色の瞳を開き、調べの力で命動鑑定を試みる。


「魔力欠乏症……、だね。無理のし過ぎだよ」


「後はよろしく」


「えっ? 寝るな! 起きろ!」


 ボクに全部押し付けるなんでずるいぞ。


「むう」


 大きくほほを膨らましたニルトが、濡れた時音の体を両手で抱え込み、そのまま宙に浮かび上がる。

 床にある鞄を回収するため、不可視の腕を生み、持ち上げる。

 周囲の魔子を共覚で解し、羽の魔力と整合する。気配を消して、透明人間のように姿を隠し、出入口の方向へと飛んでいく。

 六体のアストラルエオンが自然と時音の鞄の中に収まっていく。

修正履歴

2024/11/24 誤字脱字を修正。

2025/7/7 全修正。酷過ぎに完敗。次は14話に行きます。

2025/8/28 とりあえず、変なところを修正した。


書見ありがとうございました。

面白かったら、何か足跡の程よろしくお願いします。

面白くなくても、足跡の程よろしくお願いします。

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