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12/29

第12話 図書部のお悩み相談

2024/10/26 投稿しました。


毎度お世話になります。

書見の程よろしくお願いします。

感想やダメ出しがあると嬉しい感じですが、読んでいただけるだけでも十分だと感じているこの頃です。

「初めまして」


 淡い緑色としたスカートの右端を小さな右手でつまみ、胸に左手をそえ、軽く膝を曲げ、視線を下にする。


「ニルト・ファブリス・遠本と言います」


 名乗りを上げ、ブラウンゴールドの輝く髪から覗く顔を下から見上げ、青緑の美しい瞳を綻ばし、胸元に右手をそえ、背筋を伸ばす。

 その精錬された動きの後に、表情を崩さず。口を小さく動かしていく。


「初来愛に誘われて図書部に入部しました。ボクはクラスアプレイスの調べる者(インベスティゲイター)のスキル保持者です。今後ともよろしくお願いします」


 今度は上手く云えた。

 ほほをつり上げ、笑みを作るニルトに、無言と静まる三人が、それぞれの思いを心内に秘める。その様子を目にした初来愛が、満足に顔を晴らし、白い椅子を引き、スカートを整え、静かに席に着く。


「そうか。遠本と言うと、剣さんの妹さんか。てっきりどこかのお嬢さんかと思ったよ。三人姉弟(きょうだい)かと思っていたが、もう一人妹が居たんだな」


 確か、【東先奏生あずまさきかない】先輩だったよね。

 中で分けた黒と茶色の眉まで掛かるマーブルショートの髪に、鼻が高く、身だしなみが整って実直そう。茶色い視線を向けて男前の顔立ちをしている。

 そう家族を好く知る奏生かないをニルトが好印象に捉え、「そうだよ」と告げ、続けて笑みを浮かべていく。


「よろしく」


「うん」


 その会話を尖った丸い目元の瞳で見詰める【黒咲那依くろさきない】が、外国人だというのに日本語が上手ねぇ、と、長い黒髪を払い、卵顔で利発そうにニルトを品定めする。

 黒い瞳を細め、口元をつり上げる怪しい笑みを作り、奏生に何かの思いがあるのか、可愛いニルトを恋敵として、圧力を掛ける。

 なんか怖そう。

 那依の愛想が黒く重い様相に、ニルトが身震いをする。


「で、好みの食べ物は?」


「え?」


「ニルトちゃんの好きな食べ物が知りたいな~!」


「いいよ」


「なあ、なあ。包夢お兄ちゃんに教えてくれない?」


「アマ―ドラリアだよ」


「あまーどぉらりあ? 聞いたことがないなあ」


 あれ、違ったかな?

 異世界の言葉でカレーって意味なんだけどね。

 片ほほだけつり上げ、黒い瞳を大きく開く明るい性格の【木上包夢きじょうつつむ】が、黒と金二色のマーブルショートパーマの前髪を払い、鼻下を指でこする。

 言葉の意味が伝わらなかったことに首をコトンと傾けるニルトに、冗談とした面持ちで、黒い眉を寄せる仕草がいく。


「あっ! 思い出した! 俺と昨日図書館で会ったよね? ほら! 非常階段口でさあ! いやーまたここで会えるなんて嬉しいなあ。その瞳がグッとくるねえ! 俺のことは包夢お兄ちゃんって呼んでよ」


 そうなの?

 覚えていないけど。そう思案したニルトが、唇に右手をそえ、首を逆にコテンと倒し、云われた通りの言葉を口にする。


「つつむ、おにいちゃん?」


「お? いいね! いいよ! その声がいい! 意味の分かっていなさそうな仕草もグッとくるね! ちなみに今着ている下着の色はなに色かな?」


「み」


「おい!」


 ニルトが応える前に、奏生が割り込みを掛ける。


「包夢。これ以上は止めた方がいい! 周りを見ろ!」


 そう奏生に云われ、周囲の不穏な気配を察知し、振り向く包夢に合わせ、ニルトが遠くに視線を向ける。

 口元に左手を当て、「あの人たちロリコンよ」と、さげすみの視線を向けてくる女子たち様相に同調し、「キモイ」と、他の女子から嫌味の声が上がる。

 その他にも、「あそこに居る奴ら、中等の令嬢と関係があるのか?」と、男子たちの鋭い驚異の視線が突き刺さる。

 それもそのはず。

 ニルトと初来愛の二人は、学園が保護する特待生になる。

 学内情報システムイメージセンサーアプリ、【インスペクション】が、その優秀性を表現。

 思うことでサポートが受けられる学生特権を利用し、様々な肩書が、光る文字として瞳の前に表示されていく。それによって二人の経歴が筒抜けになる。


「いやー。俺って人気者だから仕方ないよねー」


「木上くん。後で酷いよぉ? 私まで変態に思われたからね。今度の休みの日になにかおごってもらおうかなー」


「お? 意外と優しい黒咲さん。いつもだったらライブのチケット買ってきてって笑って強制するのに、今日は意外にも価格がリーズナブル? 幼女趣味に嘘がなく、的を射ていたりするのかな? いやそんなはずはないにしても、なんか思うことでもあったのかなー、なんてね」


「へぇ、そんなこと言うんだぁ~」


 お腹が空いた。

 ご飯を食べてもいいの?

 一人で立ったままのニルトは、初来愛がすでに食事を開始していることに気付き、食べてもいいのかと、白い椅子に腰を落ち着かせる。

 両手を使い、使い捨てのナプキンで手を拭い、フォークとナイフを手に取り、サーモンとフォアグラのバター焼きトリュフそえを切り分けて、口に含む。

 もぐもぐと小さく口を動かしていく。


「そうだな。じき例の件で料理部の部長が来る。初来愛に対応は任せるつもりだが、今後も見据え、生徒会にはすでに連絡済みだ」


「そうなのですか? では本格的に合研図書部の活動ができそうなのですね。これで当初の目的通り、学園の問題は私たちだけでも解決ができそうなのです」


 突然と開始される奏生と初来愛の会話に、もぐもぐと口を動かし、聞き耳を立てるニルトが、その隣で騒ぐ包夢と那依の会話を無視し、美味しい味に肩を揺らす。

 次に、アンチョビとポテトチップそえのフレッシュサラダと生ハムのオリーブソース仕立てをナイフとフォークではさみ、口に運ぶ。


「前にも言ったが、俺たちは奨学制度を利用して、大学に入学した早々にユニオンを立ち上げる予定だ。そのためにはここでの活動経歴を運営陣に評価されなければならない」


「分かっているのです。私も学園長になるためには、ここでの経歴作りを利用するつもりなのです。そのためにも合研図書部でのお悩み相談は必要不可欠なのです」


 美味しい。

 もぐもぐとニルトは、昆布で風味付けされたご飯を含み、十種の野菜と四種の魚介のスープをスプーンですくい、口に含んでいく。


「よく分からないが、今の役員長の肩書ではダメなのか?」


「はい。こればかりは叩き上げの経歴が必要になるのです。私の能力と経験値が満たしていなければ、例えお金持ちだったとしても、教授たちの同意を得ることはできないのです」


 小さな口をもぐもぐとするニルトが、デザートに手を付ける。

 虹色ショコラフルーツケーキを一口含み、肩を揺らし、満面の笑みになる。

 美味しいよう。

 その興奮は感動を通り越し、無意識に発散する魔力の光を生み、ニルトの周囲に煌めきの様相を作り出す。

 

「ふふ、キミ、可愛いね」


 ニルトの隣から、知らない女性からの声が掛かる。


「東先くん。ここでいいよね? それにしても、見ていて気持ちのいい食べ振りね。それ、美味しい?」


「うん。大満足だよ」


 そう言葉にした通り、ニルトは全身を左右に揺らし、嬉しいを表現している。

 それを目にし、黒い結い髪の穏やかそうな高等部の女子生徒が、幼く愛嬌抜群のニルトに好感触の笑顔を向ける。

 黒い瞳をより柔らかくしている。


「それ、私たちダンジョン料理研究部が開発した物なの。改めまして、こんにちは。皆さん、私が料理研究部部長の【佐東潮美さとうしおみ】です。今日はよろしく願いします」


「こちらこそよろしく願いするのです。まずはお座りになってください」


「はい」


 初来愛に進められ、佐東潮美が、ニルトの隣に座る。

 背筋を伸ばし、紺のスカートに両手をそえ、役員長だと知る初来愛の瞳に目線に合わせる。


「大体は職員会で聞いているのです。部内でいたずらをする人が居るとのことで、困っていらっしゃるという話でしたよね?」


「はい。ですが……、ここだと人が多くて話し辛いですね」


 それもそのはず。

 今は正午を過ぎたところ。

 昼食目当てに、人が立ち代わり入れ替わりをする時間帯になる。

 テラス席は混雑の様相を示す。

 その気配が、デザートを口に含むニルトにも集中している。

 笑い声を上げ、可愛いとささやく声の響きに誘われ、ほほにクリームを付けていることに気付くニルトが、急きょ人差し指で拭い、そのまま舌でペロリと舐め取る。そうして甘いことにほほを緩め、おかずと交互に食べ比べていたことも忘れ、量が少なくなったことに眉を落とし、残りは食後の楽しみにとして、半分だけになった容器の中に視線が泳ぎ、心残りにスプーンをそえ置く。

 そこがいいのか、周囲の視線が美少女のニルトに向き、可愛さの余り、携帯電話のカメラが起動し、シャッター音が鳴り響く。

 その様子に黒い瞳を揺れ動かす初来愛が、唇に右手をそえる。

 話し辛いのはニルトのせいなのです。

 冗談を心内で思い、友人になって欲しい愛嬌満点の同級生に笑い掛け、遠くを見詰める瞳を浮かべる。

 佐東潮美の懸念に対応するべく、管理センターに問い合わせる。


「許可が下りたのです。今から遮断しますね」


 学園内情報端末アプリ、【インスペクション】で、魔術の使用を問い合わせた初来愛が両手を重ね、「エリアサイレント」と、小さく声にした。

 その響きに合わせ、黒く淡い輝きが蔓延まんえんとし、初来愛の周りに薄い魔素の気配が満ちていく。

 短縮詠唱、【ショートスペルチャント】。

 クラスソーサリーが可能にする変える者(チェンジャー)のスキルアビリティーになる。

 わずか十二才でワーレフの試験に合格し、年齢制限待ちのセミワーレフとなる実力者。

 プロで例えるならば、ファーストスターズ。

 総合ランクFに相当し、すでに一人前のワーレフと云われても存色がないほどの優秀な存在になる。

 そうしたことを詳しく知らないニルトが、音波を遮断する黒い彩色の空間を【彩覚】で認識し、隣に座る佐東潮美に顔を向ける。


「凄いですね。周りの声が聴こえなくなりました」


「いえいえ、そうでもないのです。それよりも早速経緯を話してください」


「はい」


 佐東潮美が告げていく。

 それは、三カ月前のことになる。

 研究用にダンジョンの素材で作った穀物発酵用の壺を試して欲しいという大学からの依頼を受けた時のこと。

 発酵具合を確かめる使用感を確かめるために、千城窟大豆で味噌を作ることにしたのである。

 作業は順調に進み、後は出来上がりを待つだけと、開始から一カ月の工程を終え、発酵が完熟を迎えることになる。本来は一年ほど掛かるところを一月の期間に短縮することができ、その成果に皆が喜びを表現していく。

 この壺を使えば発酵食品全般に大きな革命が起きる。

 そうした研究成果が学内で注目され、教育番組にも取り上げられ、ダンジョン料理研究部の知名度を高める結果になる。

 しかし、それは突然に起きる。

 出来具合が特に優れた壺が順番に壊されるという事件が発生する。

 始めは事件ではなく、事故と報告したのだが、それから一カ月に数度同じ事件が起き、決まって結果の良い壺で破壊されることから、おそらく犯人が居るのだろうと考えられるようになる。

 そのため、事件沙汰として通報し、警察が来て、指紋判定や監視カメラの映像識別など、犯人分析調査をしてもらうことになるのだが、結果は人為的な物ではないとして外れ、終わりを向かえることになる。

 事件という可能性がないと判断され、その後も壊れる現象が続き、原因は壺自体にあると大学に報告したのだが、大学側も全く分からないという状況が続く。

 今では研究試料である大豆に問題があるのではないかという憶測が成されている。

 だが佐東潮美は、壊れた壷の壊れ方から人為的な物を感じているらしく、どうも副部長の【朝野録真あさのろくま】が悪いのではないかという懸念があるとのこと。

 間が悪いのか、壺が壊された日は決まって部活動を休み、予定があると云って、アパートに帰っている。

 話を聞くと、幽霊部員のダンジョン科二年C組の【中田梨理なかたなしり】と会い、交友をしていると云う。

 二人の関係は至ってシンプル。

 たまたまクラス違いの課題が重なり、宿題やゲームをしていただけになるらしい。

 しかし、田中梨理には不在証明がある。

 なぜならば、壺を管理する場所が特別で、誰でも入室できる訳ではないからだ。

 栄養技術顧問の【西藤吉見にしふじよしみ】先生と、部長の佐東潮美以外に、副部長の朝野録真と、二名の部員のみが入る資格を持っている。

 その二名は、普通科三年E組の【金原生馬かねはらいくま】と、同じく普通科三年E組の【葛西葉子かさいようこ】。

 二人は学術発表会に出るために、料理の研究に勤しむ仲間になる。

 二人にもアリバイがある。

 部活動は常に部長の私と共にするため、怪しい所がないからだ。


「私は仲間を疑いたくはないのです。ですが、どうしても副部長の朝野君が怪しいと思えるのです」


「どう怪しいのですか?」


「それは分かりません。でも朝野君、この件になると凄く嫌そうな顔をするんです。聞いてもたまたまだろうって。むしろ研究発表でその原因を追究した方がいいと言うんですよ?」


「勘という奴か。それだけで犯人と決め付けるには難しいな」


 まるで学生探偵のような奏生かないが、眉を寄せた顔で考えを告げていく。

 その傍らで、ご飯を食べてお腹がいっぱい。

 残り半分のデザートが楽しみで仕方がないニルトが、聞き耳を立て、どうでもいい話と、首を傾ける。自分はどうしてここに居るのかとする疑問の表情を浮かべ、おかずを無心にむさぼっていく。

 そんなことはお構いなし。

 五人の会話が続き、初来愛が率先して口を開いていく。


「そうなりますと、最後の手段なのです。調べる者の能力が必要になるということなのですね?」


「はい。一応大学の講師に一人いらっしゃるのですが、鑑士協会に所属しているとのことで、即時対応は多額の規約金が別に掛かるらしく、どうしても近日中には引き受けてはくださらないのです。ダンジョン協会でも同じことを言われました。予約を入れて欲しいとのことで、年内は無理だと云われました」


 佐東潮美は、二カ月後に研究発表会を控えている。

 そのため、どうしてもアプレイスのスキル、調べる者(インベスティゲイター)が必要になり、困っているとのこと。


「それで、どなたが調べてくださるのですか?」


 潮美が図書部の五人に瞳を配る。

 親身と、尖った丸い目を知的に輝かせる黒咲那依。

 腕を組み、軽くうなずき、閉じたまぶたで舟を漕ぐ木上包夢。

 肘付く組み手にあご先を乗せ、真剣と眉を潜める茶色の瞳が力強い東先奏生。

 ツインテールにカチューシャ姿で微笑みを絶やない。黒い瞳が愛らしく、役員長兼図書部総代の大円初来愛。

 そして、ダンジョン素材でできた今年一番の自信作、レインボーショコラを美味しそうにほおばる可愛い少女。

 ほほにクリームを付け、まるで幼い子供とした姿が似合う、ニルト・ファブリス・遠本の文字を学内情報アプリで参照し、この子だけは違うかな? と、あからさまに眉を寄せた潮美が、一番親身に聞いてくれた奏生に視線を当てる。

 奏生が潮美の黒い瞳に気付き、一度返答のうなずきを示し、ニルトに声を掛ける。


「遠本。行けるか?」


「ん? なんのこと?」


「聞いていなかったのか?」


「ちょっと待ってください! その子がアプレイスなのですか?」


 潮美の驚きに、奏生が思案顔になる。

 遠本は中等部一年だ。

 例え特待生であったとしても、料理研究部の調査は難しく、調べの練度が足りないのではないかと心配するのも無理はない。

 ましてや担任の許可が取れない相談事になる。

 失敗でもしたら経歴に傷が付く。

 それでも初来愛が推す遠本ならば問題はないはずだ。

 奏生はそう捉え、茶色い瞳を細め、口を開く。


「ああ、そうだ。図書部期待の新人だ」


 その視線に素早く察知。

 この子は大丈夫なの?

 心の中で心配をする佐東潮美が、奏生が推薦したニルトに黒い瞳を向ける。

 つぶらな青緑の瞳を瞬き、料理研究部自慢のレインボーショコラに美味しいと舌鼓を打つ。

 その姿に不安を覚え、黒く整った眉を曇らせる。


「こう見えて最近話題になったアーカイトの鑑定にも成功している」


 ニルトがスプーンで容器の隅々に残るクリームを綺麗にすくい、満足のスマイルになる。

 視線が自分に向いていることを知り、空気を読まず、デザートの感想を口にする。


「美味しいよ?」


「危険です!」


 潮美が大声を張り上げる。

 姿勢を崩し、身を乗り出す。


「聞いたところによると、こういったことは、魔物と戦うようなものだという話ではありませんか! この子は中等部一年生なんですよ! 事故にでもなったらどう責任を取るおつもりですか!」


 それに同意するかのように、黙って聞いていた包夢と那依が反応を示す。


「確かにねー。ひよこちゃんが大事になるのは許容できないなー。俺も反対かな?」


 それ、どこで聞いたの?

 最後の一口を堪能したニルトが、ひよこ発言に強く反発の意思を示し、ほほを膨らませ、避難の眼差しを包夢に向ける。


「私も同意見だよ~。遠本さんのことを考えると、リスクが大きすぎるのよねぇ」


 そんなことないよ。

 ボクは凄く強いんだからね。

 リスクなんてないよ。

 不満顔のニルトが、首を横に振って、否定の意志を示す。


「二人の意見は分かる。だが、部長の俺としては、試してもいいと思っている」


「ねえ奏生。そんなこと言って、責任取れるの~?」


「まあ、最終的には初来愛が決めることだが、事が起きた場合は最善を尽くす」


 能力者である奏生には確信があった。

 ニルトの気配はすでに高等部特待生が率いる最優秀学生の十二生クラスと言っても過言ではない。

 例えていうならば、地方のワーレフ指導官と肩を並べる強さだ。

 そんな彼らと比較しても、そん色がない程の実力者だろう。そんな風に、ニルトから強い力を感じていた。

 目で合図を出し、それに応えた初来愛が口を開く。


「お願いできますか?」


「うん、任せてよ」


 こんなに美味しい料理を先払いされてしまっては、仕方がないよね。

 不満とほほを膨らませていたニルトが気分を晴らし、自信に満ちた瞳を力強くさせる。


「佐東さん。千城学園役員長である大円初来愛おおまどしょこあが、この件についての全てを請け負うことを約束するのです。これで納得いただけないのでしょうか?」


「分かりました。そこまでおっしゃるのでしたら、私としても問題はありません」


「では早速、現場を見せてもらいたいのです。よろしいでしょうか?」


「はい」


 佐東潮美が、椅子を引いて立ち上がる。

 その動きに合わせ、それぞれが席を立つ。

 ニルトも遅れて立ち上がり、軽く眉を寄せ、デザートのレインボーショコラが入っていた容器に視線を送り、名残惜しい表情を浮かべる。


 食器を片付け、食堂を後にする。

 全員で場所を移し、研究棟と呼ばれる建屋に向かっていく。

 広場の天井が高く、屋根がガラス張りで、日差しが明りの役目を担う。一階から三階までが吹き抜けとなり、通路に面した各所の扉に、研究室が置かれている。

 その一つに、料理研究部用の暗室が存在する。

 二階に面し、入室には合言葉が必要になる。

 潮美は五人を引き連れ、通路側の物置部屋に誘導する。

 光量を抑えた黄色い電灯を点け、全員が座れる木机の席を照らし、壁を囲う金属棚から、鍵付きの箱を取り出しながら、口を開く。


「この奥の部屋が暗室になります。研究中の味噌壺が沢山置いてあります。その一つがこの箱に入っている物になります。実際に壊れた壺の一つですね」


 潮美が箱の暗号となる言葉を心内でつぶやき、それが鍵となり、カチッと音が鳴る。

 黒い箱のふたを開けると、米ぬかの様な臭いが漂い、濃い塩の香りが広がってくる。

 その臭いを感じ取ったニルトが、素早く鼻を抑え、眉を寄せる。

 他の全員も眉を潜める中で、潮美が口を開く。


「まずはこれを調べてください」


 ニルトが、梅の実を食べたような顔で涙を浮かべている。


「ニルト、お願いするのです」


「うん……」


 くちゃい。

 鼻が曲がりそう。

 初来愛に云われ、感覚が鋭いニルトの瞳と髪が、突如と赤く染まっていく。


「ニルトちゃん。やるねえ」


 無駄なく魔力を使う様子に感嘆した包夢が、蓄積する魔素の発散を抑え、その効果によって瞳の色と髪の色が変色していく状況を分析していく。

 魔力の扱いが上手いと、姿に影響を及ぼす。

 立て続けに口笛を鳴らした包夢が、ニルトの実力に納得し、同じように理解した全員が息をのむ。

 密室に微かな風が吹き、調理食材特有の青臭い香りが漂う中で、ニルトの赤い結い髪が上下に浮き揺らぐ。

 全身から青い魔素の輝きが放たれ、ある種の光源とし、黄色い電灯とは違った光が漂い出す。

 スキルレベルが一〇を超えたばかり。

 過去を見通す力はその何倍もの練度が必要になる。

 一時的にその力を増幅させるには、多くの修練と知識が必要になる。

 それを知るニルトにとって、スキルレベルのブーストは、前世で経験したことになる。

 調べの能力による魔力消費欲求を満たす感覚を強くさせることで、その行為に必要な習熟レベルを一時的に引き上げることができる。

 本来であるならば、多くの魔力を消費する危険な行為。

 しかし、ニルトにとってはその限りではなく、御覚と共覚と換覚の合わせる極意、【寡感かかん】を行使することで、魔力の消費を抑えることができる。

 これにより髪と瞳の色が変わり、調べの能力を最上位まで引き上げることができるようになる。

 赤く染まった髪が、より輝きを増していく。

 それを意識するニルトから掲げられた両腕が、青く光を放つ。


「想見の力よ。ボクの想いに応えてよ」


 ニルトのつぶやきが不思議と良く響く。


「うん、なるほどね」


 思念体の想いを知る行為は、その思想概念物質に精神を移さなければならない。

 そう理解するニルトが、「想見せよ」と、再び口にした瞬間、黒い箱に入った破片から煙が立ち昇る。

 黒く渦を巻き、ニルトに吸い寄せていく。

 一早く察知した東先奏生が、「まずい」と、鬼気迫る顔で声を上げる。


「包夢! 佐東を守れ! 那依は遠本をその場から引き離すんだ!」


「ああ」


「分かったわ」


「だめなのです! ニルトに触れてはいけません!」


「いや、だが!」


「それよりも、なにかが出てくるのです! 全員棚際に移動してください!」


 黒い魔素の輝きに覆われていくニルトを目にする五人が、初来愛の指示に従い、突然と天井に浮かび上がる影から避けるように、棚際たなぎわへと身を移す。

 その黒い影が次第に形を成し、人の顔の姿になる。


「いっ、いやぁあああー!」


「ゴースト、ね」


 潮美の叫びに那依がつぶやく。

 実体のない歪んだ顔が渦となり、その場で捻じ曲がっていく。

 その刹那の時間にニルトが、調べる者(インベスティゲイター)のアビリティーを使い、精神世界へと誘われていく。

 また裸だね。

 もう慣れっ子だけど。

 過去見とは夢を観るようなもの。

 そう考えるニルトが、赤い瞳を瞬かせ、宙に浮かんだ身体を操り、まるで巨大な生き物の胃の中に収まったかのように、赤く脈動する壁を見上げていく。

 周囲に思念の黒い光が漂う。

 その一つ一つが、声にならない叫びを放つ。

 お前が悪い。

 あいつが私の想いを踏みにじった。

 好き。

 私と取引をしないか。

 憎い、憎い。

 消えろ。

 殺してやる。

 叫びの思念がニルトの聴覚に伝わっていく。

 おそらくこの一つ一つに想いの原因があるのだろう。

 そう理解したニルトが、全てを同時に対処できないかと考える。

 今なら使えるかもしれない。

 アザーで培った力の一端。

 あの頃の自分を思い出し、虹色に染め上げた全姿から、妖精の羽(ニルトウィング)を創り出す。

 背中から虹色の光が広がっていく。

 そのままの姿勢で中空を一転し、体勢を整えるように直立姿になる。

 赤の瞳が調べる者(インベスティゲイター)を行使。そのアビリティーが思念体を読み取る方法を教えてくれる。

 意を沿うように魔力を強く消費する。

 その行為が場の全てに影響をもたらしていく。

 奥まった巨大な空間の先から女性の顔が現れる。

 髪は長く、のっぺりとした薄い顔の若い女性。

 急変と鬼の形相に表情を歪ませる。怒りとほほに筋が入るほどの力を入れる。

 次第にその女の顔が大きくなり、途中で空間を埋め尽くす光が場を満たしていく。

 その光がニルトに語りを始めていく。

 助けて。誰でもいい。私を助けて。

 その想いが過去の経緯を映し出す。重要な場面を数秒で切り替わり、ニルトの瞳に流れていく。

 好きなのに許せない。

 二股なんてひどい。

 キミの想いに応えよう。

 これを持っていなさい。

 これさえあれば振り向いてくれる。

 違う。

 思い出せない。

 私は悪くない。

 嫌だ。誰でもいいから助けて。

 そう次々と映像が流れていく。

 抽象的なモダンアートで分かりにくいビジョン。

 その輝きから、ダンジョンの姿が最後に浮かび上がる。

 理由は定かではない。

 その映像を直感で知るニルトが、目の前で怒る女の顔に秘密があると確信する。

 赤く脈打つ壁が鬼女の形相を産み出し、その動きが光り輝く想いを閉じ込めているに違いない。

 こいつが原因なんだ。そう解し、ニルトが眉を寄せ、視線の先に羽の斬撃を一閃と輝かせる。

 久しぶり。

 あの頃の自分を思い出すよ。

 現実では自由にできない妖精の羽が、この場では思い通りになる。

 そうした思いに呼応し、赤い脈打つ壁に、大きな亀裂が生まれていく。

 一閃の輝きを何度も繰り出し、赤い壁を刻んでいく。

 脈打つ壁がブロック状に切り裂かれ、徐々に崩れ落ちていく。

 その反動で、大きな揺れを生み、体液なのか、粘着ある滝の流れを生み出していく。


「ギァアアアアアアアアアー!」


 巨大化した嘆きの形相が叫び声を上げる。ニルトによって生み出された虚空のすき間に、光が飛び出していく。

 刹那の時を終え、赤い髪に赤い瞳をしたニルトが、暗がりの部屋の天井に顔を向けている。

 創り出した虹色の羽を揺らし、身を寄せ、天井を見上げる五人の視線の先に向け、虹色の光を一閃とする。


「これで終わりだよ」


 雲散霧消とゴーストが消滅する。

 魔力の消費を抑えるニルトが、虹色の羽を消し去り、赤い瞳と髪をいつもの容姿に変ぼうさせる。

 その光景を誰もが目にすることなく、五人が調べの能力で生じた現象の一つと捉えたに違いない。

 やったね。

 レベルが三つも上がったよ。

 一瞬にして、保有魔力が数倍以上にもなったことを知らせるファンファーレを聴き取ったニルトが、レベルアップ酔いを感じ、成長した体感に追い付かず、少し貧血気味の戸惑いを覚える。

 驚き黒い瞳を開く初来愛に向け、やや疲れある眉を寄せた青緑の瞳を当てる。

 友達に無事を告げる合図に、口元だけ笑顔を作る。

 様々なことが同時に起こり、情報の処理が追い付かない初来愛が、小生意気にほほを引きつり上げるニルトの子供染みた憎らしい顔を目にし、我に返るよう、閉じた唇を開く。


「ニルト。説明をお願いするのです」


 初来愛の言葉に、他の四人も息付き、我に返り、緊張を解くように、肩の力を抜く。

 疲れた顔のニルトに四人の視線がいく。

 等のニルトは、手に持つ石の欠片を机に置く。

 床に落ちた魔力石と破れた布を拾い、それも机に置く。概ね事実を告げるため、全員の顔に意識を向ける。


「これ、アーカイトだよね? それと、青色の魔力石に、幽霊の触媒になった布の切れ端だね」


 つまり、これが理由だよ。

 ここは異界化したダンジョンに近い空間で、原因はゴーストの魔物によるものだった。

 突発性の異界型ダンジョンが学園に形成されている。

 そして、すでに暴走が起こっているため、魔物が実体化している状況になる。

 そうした考えを告げていくニルトが、今までの経緯を分かりやすくまとめ、戦いのことを省き、見聞きしたイメージを全員に伝えていく。


「だから、きっとその怨念が原因なんだよ。おそらくこの学園のどこかに、異界化したダンジョンが在って、そこから抜け出てきたゴーストが、何かの理由で壺に集まって来たんだと思う」


「それは本当ですか?」


「信じられんな」


 潮美と奏生が考え込むように、眉を寄せている。


「ニルト。一緒に帰るのです。私は後で高等部の学園長に連絡をして、教職員会を開くのです。奏生たち四人は料理部の顧問を呼んで、今までに起きたことを伝えるのです」


 初来愛の指示を聞き付けた四人が、それぞれ了解の返事をする。

 遅れて、ニルトが首をコテンと倒し、「もういいの?」と、つぶやいた。

 童顔のつぶらな瞳を瞬かせ、幼気とした愛嬌を振り撒いていく。

 どこかマイペースなニルトに、初来愛が微笑み、「行きましょう」と告げ、腕をつかみ、強引に廊下へと誘導していく。

 ニルトが、「あっ、引っ張らないでよ」と、声に出し、初来愛の強引な行いに、体を預けていく。

 その場に取り残された四人が、互いに目を見合わせる。

 初来愛の指示に従うことで、おそらくこの場でひと騒動あるに違いないと考えた奏生が、午後一時一〇分のチャイムを耳にして、「俺たちも西藤にしふじ先生を呼びに行こう」と、言葉にした。

修正履歴メモ。

2024/11/24 誤字脱字修正、時間経過を修正。

2024/12/28 読みにくい文章をおおよそ修正。

2025/7/5 全修正完了。次は13話です。

2025/8/27 微調整しました。読みづらい箇所の修正。


書見頂きありがとうございました。

評価とかブックマークとかしていただけると、作者としてはやる気が出るかもしれません。

次はもっと楽しくなれるように頑張りたいと思います。

ヒロインとか出せたらいいな。

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