第1話 記憶喪失の転性者
2024/8/13 初投稿 よろしくお願いいたします
「はらへった」
見渡す世界の全てが青い空と海。
浜辺の砂が波と重なり、心地の良い音色が響く。
ここはどこ?
「えっと、ボクはだれ?」
ほんの束の間の記憶もなく、それでいて体の感覚に違和感を覚えている。
だというのに、心はどこかが空しく、感情と体調に相異があるようだ。
なんだか悲しくなってきた。
取りあえず叫んでみようか。
「うみだぁあああーっ!」
浜辺に打ち上がる波しぶきだろう、塩気の強い湿気がボクの柔らかい肌を刺激する。
「うぉおおおー! はらがへったぁぞおおおー!」
幼くも柔らかく甘い声。
まるで親元から家出をしたばかりの子供のように、行く当てもなく大海原に向けて、今の心境を感情の機微のままに大声で告げていく。
「あそこがないぞぉおおおー! ふくもないぞぉおおおー!」
女になってしまったボクは、男とどこか違う戸惑いを覚えていた。
「うぉおおおー!」
イライラする。
男だった時のように、落ち着いた感覚がなく、甘えたくて、泣きたい幼気な欲情が心を犯し、どうしてもそれに抗うことができず、波に向かって大声を張り上げる。
「うぉおおおー! ボクはおとこなんだぁあああー!」
なんで裸でいるのかも思い出せない。
どうしてここに居るのかさえ分からない。
今まで何をしていたのかも記憶にない。
それでも、前世で生と死を繰り返してきたことだけは覚えている。
「うみのぉおおおー! ばかやろおぉおおおー!」
次第に、頭の中の記憶がはっきりとしてくる。
日本のサラリーマンをしていた記憶。
大学を卒業し、実家から独り立ちをする。
一緒に同居していた義妹が好きで、結婚を申し込む。
親からの信頼を勝ち取り、やっとの思いで婚約にこぎ付ける。
その数日後に、仕事の最中に事件に巻き込まれる。
何かの拍子でボクは命を失うことになる。
それ以来、違う人生を繰り返している。
何度も転生し、命を落としていく。
「うぁあああぁあああん!」
両手を広げ、暖かい太陽の光りに胸を張る。
波打つ海に向かって、心の想いを声に乗せていく。
「うぉおおおー! ボクはつよぉいんだぁあああー!」
どこまでも大きく声を出す。
自分が何に怒っているのかさえ分からない。
前世を思い浮かべ、様々な記憶を呼び起こす。
切なく、辛く。
義妹との再開を繰り返し、それでも繋がることができなかった人生の記憶。
「うぉおおおおおおー! いもうとといちゃいちゃ、したかったよぉおおおー!」
突然と風が吹き上がる。
ボクの素肌に大量の潮風が掛かっていく。
「うお?」
風音が激しく耳を刺激する。
「うお、うお?」
何かが来る。
強大な気配が迫っている。大きい力のようなものが向かっている。
これは、魔法の力だね。
突然と波打ち際に、光の幾何学的模様が浮かび上がり、明滅とする線が円を描き、様々な模様を浮かび上がらせていく。
「わあっ!」
凄いね。
キラキラしているね。
なにかが始まる予感がする。
きっと女神様が奇跡を起こしてくれたに違いない。
「うお、うお?」
そんな風に見張っていると、小屋のように大きな背びれが現れる。
召喚魔法? 違う。転移魔法だね。
人魚さんが出てくるのかな?
そんなボクの予想とは裏腹に、不均一でとがった鱗の姿が見えてくる。
「うお?」
徐々に浮かび上がる魔法陣の中から、お魚さんの姿が現れる。
「うおー!」
不細工な顔のお魚さん。
てっきり女神様の眷族かと思ったのに、全然違うじゃないか。
ボクの憧れを返してよ。
「ゴロォゴロォゴロォゴロォ……」
「うお、うお、うお?」
大きいね。
陣からはみ出しているね。
二階建ての一軒家よりも大きいよ。
「うわ! くちゃい!」
生臭い。
まるで早起きをしたばかりのお父さんのお口の中の匂いみたい。
なんかウネウネとしているし。
胸ヒレがある場所から赤い触手のようなものが飛び出している。
何匹も連なるミミズのようで、先の方から変なお口をパクパクとさせている。
それぞれが呻き声を上げている。
人間の赤ちゃんの鳴きに聴こえてくる。
お魚さんが、ボクの身体よりも大きい眼玉をギロリとさせる。
左右上下に揺らし、ボクの視界に視線を合わせてくる。
「ギィッ」
「きゃ!」
なんか怒られた。
一度一鳴きした後に、丸い瞳が赤く染めていく。
もしかして、ボクを食べようとしているのかな?
そんなのダメだよ。ボクは美味しくないよ。
食べるのなら別の生き物にしてよね。
あっ、動いた。
腹ヒレと尻ヒレから伸びる無数の青い触手が、砂地を払っている。
その触手の一部が飛び出し、上に向かって、ゆらゆらとしている。
「きんもー」
なんか深海魚みたいだ。
「やっ! きたない」
赤いうねうねの先から、何か変なのが飛び出してきた。
ピュッピュって。
白いクリームみたいなものが、地面に流れてくる。
「くちゃい」
生臭い匂いが漂ってきた。
男のアレみたいな匂いで、イカ臭いよね。
「ギギギギィ」
「ん?」
鳴き声も変わってきたぞ?
「ギギギギィ」
なんだろう。
「ギィーン、ギィーン」
「あっ!」
そっか。
ボクの顔に出ていたのかな?
お魚さん、怒らないでよ。
不細工とかおもちゃって、ごめんね。
「ギギィーン、ギギィーン」
わっ、また動いた。
うねうねと、赤い胸ヒレの触手を揺らし、ずるずると砂音を立て、腹ヒレと尻ヒレの青い触手が地面を払っていく。
ボクが居る方向に巨体が動き出す。
「ちょっとまってよう。そんなにボクにきょうみをもたないでよう」
なぜだかよく分からないけど、云い知れない恐怖を感じ、ボクは一歩後退る。
お魚さんとの距離が詰まらないように、また一歩、また一歩と、後ろ足を引いていく。
「ボク、おいしくないよ?」
ザクザクと音を鳴らすお魚さんが、次第に加速を始めていく。
青い触手を動かし、激しく砂地を叩き付けていく。
あ、死んだかも。
突然空を跳ぶお魚さん。
小さな牙を何層も重ねるお口を開けて、ボクに向かって飛び込んで来る。
「わっ!」
無意識にボクは、足を動かしていた。振り向かずに走りを開始している。
「だれかたすけてぇえええー!」
地響きと同時に砂が散り、その反動で、ボクの頭に砂粒が舞い落ちる。
「わあっ! うわあっ! うわぁあああー!」
メリメリと割れる何かの気配。
ザザっと払い除ける砂の物音。
魚特有の生臭い匂いが近づいてくるのを実感し、食べようとする意志力から逃れようと、ボクは必死で脚を動かしていく。
「くるなぁあああー! こないでぇえええー!」
その雰囲気を背中で受け止め、逃げるという意志力を足先に伝えていく。
本能のままに、両足を交互に動かし、激しく地面を蹴り付ける。
「わわわわわ……」
走れ、走るんだ。
止まったら人生が終わっちゃう。
「いやぁあああー!」
砂地を素足で踏み付け、全体重を前に出し、必死の思いで次の一歩に繋げていく。
まだ死にたくないんだもん。
ボクは生命活動の休止を拒絶していく。
「うぉおおおおおおー!」
格闘すること少しの時間。
瞬時と直角にターンを繰り出し、横目で後ろを確認する。
「うお?」
距離を稼いだみたい。
十数メートルくらいは進んだよね?
おそらく、お魚さんの間合いの外に出たはずだ。
もう少し走れば危険が無くなるはずだよね?
「ボロボロボロ……」
また鳴き声が変わったぞ。
「ボロボロボロ……」
変な声。
「ボロボロボロ……」
どこから鳴っているんだろう。
体の半分あるゴツゴツした広い顔が、まだら模様の茶色い肌をしている。
首にある胸ヒレから伸びる無数の赤い触手が、ゆらゆらと揺れ、下唇をフルフルと震わせている。
「ボロボロボロ……」
まるでカエルの鳴き声みたいだね。
「ボロボロボロ……」
真赤な目。
ボクに向ける目線がどこか恨めしそう。
「ボロボロボロ……」
もういいよね?
ここまで離れていれば危険はないよね?
だというのになんでなんだろう、この緊張感。
油断ができない。
ボクは前を向いて、更に距離を取ることにした。
「ゴロォゴロォゴロォ……」
あれ? また鳴き声が変わったぞ?
「ボボォオオオーッ!」
大きい声。
凄く怒っているみたい。
でもこれだけ離れているんだから、何かをできるはずもないよね? きっと。
パシュン。
「えっ?」
パシュン、パシュン。
耳の横に何かが通り過ぎる気配を感じる。
パシュン。
もう一度。
今度は右肩の後ろから伸びてきた。
「ひゃっ!」
パシュン、パシュン。
よく観ると、赤い触手の先のお口がパクパクとボクの顔の横から飛び出してくる。
「うそ?」
パシュン、パシュンと、幾度となく音を立て、走っているボクの背後の砂地を叩いていく。
更にボクの体を貫こうとする風圧の気配が感じられてくる。
「きゃぁあああー!」
余りの気持ち悪さと恐ろしさでボクは、思わず両手を上げて、声を張り上げる。
反射的に早く脚を動かし、走る行動を続けていく。
「だれかぁあああー! だれかたすけてぇえええっ!」
怖いよう。
死ぬのは嫌だよ。
あ、しまった。
「わっ!」
ボクは思わず、地面に全身を打ち付けてしまう。
まずいよう、死んだかも。
体を起こし、勢いよく振り返る、と?
「ゴォッ! ゴォッ! ゴォッ!」
信じられない光景が目の前に広がっていた。
「ぎゃぁあああー!」
更に大きい花のような化け物の触手が、巨大なお魚さんをつかんで、海の中へと引きずり込もうとしている。
「ゴォッ! ゴォッ! ゴォッ!」
ズザザザザーっと、砂地を払う音を鳴らし、何かの口のような器官へと運ぶ軟体動物のような生き物が、巨大なお魚さんの体を動かし、触手で体を固定し、そのまま海の中へと引っ張っていく。
「うえ?」
そのお花さんの触手がより数を増やし、お魚さんを上空へと持ち上げる。
その時がくる。
バリバリ。
ボリボリ。
「ぎぃいいっやぁあああー!」
大きなお魚さん、あっけなくもっと大きいお花の化け物に食べられてしまう。
「いやぁあああー!」
その光景が余りにもおぞましく、赤い体液を激しく散らしていく。
徐々に肉をそぎ落とし、お魚さんの体を小さくしていく。
急いでこの場から離れないと。
そうした強く願う思いから、ボクは小さな足を動かし、砂地を踏み付けていく。
一生懸命に走って、草の生えた地面の場所へとたどり着く。
「ここまでくればあんぜんだよね? ふう~」
木と木の隙間に顔を出し、ボクは海の方に意識を向けている。
遠くの方で、新しい生き物の影が見えている。
城壁のように巨大な生き物が、海水面に浮かんでいる。
「なにあれー?」
シロナガスクジラなんて比較にならないほどの大きさだよね。
世界にこんな大きい生き物が居たなんて、思わなかったよ。
「うわっ!」
先ほどのお魚さんを食べたお花さんのような化け物と戦いを始める。
触手のように長い何かを伸ばし、雷のような光りと轟音をまき散らす。
巨大な波しぶきを上げて、巨体が空を舞う姿が一望できる。
「やべえ、やべぇぞ」
怪獣と海獣が喧嘩をしているみたいだ。
ビオーランテとリバイアサンが戦ったら、こんな感じになるのかもしれないね。
「えっ!」
波が足元まで流れてきた。
さっき、あの場に居たら、死んでいたかもしれない。
二度と浜辺には近づかないでおこう。
ボクはそう心に誓い、砂浜とは別の場所に意識を向けていく。
「うーん。もっとはなれないとー」
様々な色合いの葉っぱを付ける木々が立ち並ぶ。
所々に高い草むらのすき間に、細い道のような空間が見えてくる。
もしかしたら、人が通った跡なのかもしれないね。
居るのかな? ボク以外の人。
ううん。絶対に居るはずなんだもん。
だって金属のような人工物が散乱としているから。
「うーん……」
手に取ってみると、懐かしい気持ちが込み上げてくる。
不思議。
自分の名前さえも分からないのに、これが鉄であるということが理解できるのだから。
不可解。
こんなにも手が小さくて幼いのに、どうして心が大人のように成熟しているんだろう。
だからかな?
忘れているけど、前世を詳しく知っているような気がする。
余り覚えていないけど、その知識が子供の感覚を大人にしている。
でもね。
再び転生を繰り返し、世界はボクに何をさせたいのかな?
きっと意味があるはずなんだと思う。
まあ、考えても答えは出ないのだろうけど。
「もうすこし、もりのおくにいってみよう」
だったら冒険をしようじゃないか。
この奥にパパとママが居るかもしれないからね。
「レッツ、ウォーキング」
潮風で股間と胸をスウスウとする。
踏み出す度に、足裏に小石が触れていく。
チクチクとした痛みを覚え、それでも木々の在る方向へと進んでいく。
途中で草の葉が素肌に触れていく。
その度に、かゆみが伴われる。
それでもボクは、勇気を出して、草木のすき間を進んでいく。
*
「こうしてボクは草むらの中に足を踏み入れて行くのでした」
これで二ページ目だね。次はこれかな?
「ボクの名前はニルト。【ゴッデス島】での暮らしを始めている」
あれ? 間違ったみたい。
もう一枚を見てみよう。
「あっ。これだ」
椅子に座ったまま足をブラブラとさせるボクは、一カ月分の記録をまとめたメモ書きを読み上げている。
その名もニルト備忘録。
「51ページ。全部あるね」
これで準備ができた。
「西暦2074年6月2日。20時21分。記録を開始します」
新しいメモ書きをする。
「電波時計による時刻の整合は問題なし」
腕時計を見て、時間の確認。まずは書き出しをする。
「緊急事態の発生。あと二日でボイラー室の燃料が底を尽きる。材料となる魔力石が足りないので、どうしても取りに行かないといけない」
ボクは過去に書いた備忘録を机の上に広げ、必要な情報を読み上げていく。
「5月4日。役所の建物を発見する。街の名前を知ることになる」
この街は、【タワーズラビリンス】と呼ばれている。
島の中にある塔のダンジョンが由来になる。
「5月30日。魔物除けの結界に異常はない」
週に一回役所にある結界石を確認しに行っている。
今回も見に行って来たが、別に問題は起きていない。
装置には、魔力石が使われている。
「5月10日。ダンジョン管理局、管理課の資料に目を通す」
島の中心にある塔の名前はアザーと呼ばれている。
迷宮型のダンジョンに分類されている。
「5月2日。街に着く」
運よく管理局の入り口が空いていたので、今もこうしていられる。
「5月3日。ダンジョン管理局の管理棟を探索する」
ワーレフ協会庶務管理署。
アイテム監査検疫署。
鑑士鑑定署。
「アイテム保管取引署」
保管取引署に乾パンと缶詰が置いてあった。
おかげで、今も食い繋ぐことができている。
「5月8日。管理局員の手記を読む。西暦2073年2月14日に世界でハイズショックが起きる」
世界中で疫病が流行した。
沢山の人が亡くなったことが書かれている。
「2073年5月末日にゴッデス島の放棄を豪州が指示する。そう英語で書かれた資料を見付けたので、非難した住民の軌跡をたどる。急きょ午後から空き家の調査を開始した」
生活感があったね。
遺体と遭遇して、びっくりしたのを覚えている。
「うえっ」
思い出したら、気持ち悪くなってきた。
「5月15日。追加調査。ハイズ感染致死率は一〇〇パーセント。空気感染は無く、ダンジョン固有の病気と認定される。世界保健機関WHOが定め、身体が弱く、魔力の少ない者から順に、発病することを公示する」
昔に流行ったコロナを超える影響があったようで、ダンジョンが関わる病気になるらしい。
「WHO調査団の報告を受け、各国の政府が、ダンジョン地域に住む人々の避難を強制する」
初期避難民、約一億人。
その間に発生した死者が一千万人強。
世界政府は、緊急議会を開き、人類に警鐘を鳴らす。
「同年5月9日。ゴッデス島の管理国である豪州がタワーズラビリンスの住民に、離島指示が出る」
数カ月間の期間を掛けて、南極の地に安住を求める人類。ゴッデス島の住人にも、一時避難の指示が出る。
豪州は、大陸の南に避難民地区を作り、全員をそこに隔離する計画を立てる。
だけど、そこにボクの姿はない。
「2073年6月1日からの記録が途絶える」
どうやら、完全にこの島を放棄したようだ。
「ふう~」
西暦2073年6月1日から、2074年5月1日までの一年。ボクはどうやって生きて来たんだろう。
目覚めと共に浜辺に立っていた。
しかも裸で海を見ていた。
ボクはあそこで何をしたかったんだろう。
う~ん。分かんない。
「でも、思い出したら腹が立ってきた」
あの気持ち悪いお魚さん、ムカつくよ。
あいつの顔を思い出すと、ぶん殴ってやりたくなる。
次に会ったら、ギッタンギッタンにしてやるんだからね。
「むぎぃいいいー!」
ああもう、せっかく調子よく書けていたのに、これじゃあ集中ができないよ。ぷんぷんだよ。ぷんぷん。
仕方がない。いったん休憩にしよう。
「ふはあ~」
ため息しか出ないよ。
あの化け物たちは、きっとあの海にまだ居るんだろうね。
生きるために、いつか外に出る必要がある。
食料のことを考えると、必ずその時がやってくる。
それに、他の人たちの存在も確認したいからね。
でも今は無理だ。
あんな化け物たちが住んでいる海に、行ける気がしないからね。
「あーあ、どうしようかなー」
なんだかのどが渇いてきちゃった。
ジュースでも飲もうかな?
ボクは、ペットボトルの蓋を開け、そのまま口を付けていく。
一気に傾け、口内に流し込む。
「ぷはぁー、うめぇー、うめぇーよ。エネドリ最高!」
エネルギーチャージ完了。
元気が出たね。
気を取り直し、続きの日記を書いて行こう。
「5月13日。身元確認」
ボクは、自分の名前を知らない。
だから、手がかりを探している。
記憶を失う前のボクが、どこで暮らしていたのかを知るために、その足取りを求めている。
「島には、教育機関がない」
役所の資料を見たけど、学校は無いみたい。
「5月25日。建物の再調査」
各国から、探索者がやって来る。
一般人は少ないらしい。
だから、旅行客に手がかりがあるのかもしれないと思い、再び調べることにした。
「同日、街の施設を巡る」
ホテルやモーテルを調べたけど、手がかりが一切ない。
「スーパーモールで、パンダパジャマを見付ける」
ボクのお気に入り。
今も着ているよ。
「はあー、疲れた」
無意識にボクは、置き鏡に手を付ける。
それを持って、映る顔に意識を向ける。
「前髪が長くなってきた」
人差し指で、ブラウンゴールドの後ろ髪に触れる。
「髪留めが必要かな?」
金色の美しい髪。
前髪から覗く、大きい目の瞳の色が、青緑に輝いている。
鼻と口のバランスが絶妙に整っている。小顔で、女の子らしい容姿をしている。
「学校でも人気者に成れたかな?」
可愛いね。
自分で言うのもなんだけど、美人さんだと思う。
こんなに美しいボクを残して、パパとママは、いったいどこに行ってしまったんだろう。
「一年前か……」
なにか理由があったんだろうね。きっと。
だって、ボクみたいな子供を置き去りにするなんて、考えられないよ。
「むう」
パパとママの居場所が知りたいな。
「はあ~」
考えても仕方がないよね。
置き鏡を手放し、ボクはもう一度ボールペンを握り直す。
「5月28日。役所の住民台帳を調べることにした。37カ国の職員全員の家族構成を読み上げていく」
ボクは、自分を【ニルト】と呼んでいる。
女の子を感じさせない、男の子のようなイントネーションがお気に入り。
「子供の戸籍を確認していく。自分の年齢と性別が合わないことから、調査を断念する。代わりに、ダンジョン内部の資料を見付ける」
今も持っているよ。
明日は、その資料を使う予定だ。
「5月19日。ワーレフ協会の資料を参照。ダンジョン最奥で、願いが叶う部屋があるとする事実を知る」
最上階のボスを倒して、奥の部屋にたどり着くと、願いを叶えてくれるギミックがあるとのこと。
「ダンジョンに入るには、ワーレフ協会の申請が必要になる」
ワーレフとは、前世で知る冒険者と同じ意味になる。
ダンジョンを探索し、モンスターと戦う者たちの通称。
「ダンジョンの歴史。50年前に発見された洞窟が最初になる。中央アフリカにあるマザーと呼ばれている」
洞窟探検家によって存在が明るみになったとかで、当時大事件のように騒がれたらしい。
ワーレフ協会の会誌にそう書かれている。
「ボクの魔力は15」
アザーの探索には、Cランク以上のワーレフが推奨とされている。
だからボクは、【鑑定石】で自分の能力を調べることにした。
「生命力が8」
評価シートを元に計算した結果、ボクのランクはGランクに相当する。
最弱の下級戦士だ。
「人族系。レベルは1」
アイテム保管倉庫に入り、たった一つ残されていた鑑定石を使わせてもらった。
「5月3日。宿舎内の電力が底を尽きる。電気が止まったため、ボイラー室に向かうことにした。近くに置かれていた資料から、マナ燃料の作り方を知る」
始めてボイラー室に入った時、なぜか発電機の操作を知っていたボクは、その場に置かれていた魔力石と軽油を使い、燃料を作ることにした。
「6月1日。残りの魔力石を全て使い切る」
仕方がないよね。
生きるためには、必要なことだからね。
「以上の理由から、わたくしニルトは、明日の朝に、アザーダンジョンに入ることを決意する」
終わりに、名前を記入し、その時刻を書き込んでいく。
ボールペンを手放し、エネドリが入った容器に口を付ける。
最後まで飲み干していく。
「ふうー」
一息付いたボクは、椅子から飛び降りる。
「うんしょ」
後は寝るだけ。
明日は念願のダンジョン探索に向かう予定だ。
「うふふ」
パンダ柄のスリッパを履くボクは、廊下に向かって歩いていく。
「えへへ。可愛い」
パンダさんはお気に入り。
モコモコで、足裏が気持ちいいよね。
「ダンジョンか……」
なんか楽しみ。
「ふふ」
だって、戦ったら強く成れるんでしょう?
「わくわくだよね」
ドゥラクエみたいで、いいよね。
「くふ」
明日は、目指せレベル2だ。
「早く歯みがきをして寝よう」
ボクはスキップをして、男子トイレへと向かっていく。
修正メモ
2024/8/15 「て」と「と」と「は」で終わる文の修正。主に削除を行った。
2024/11/17 なんかいろいろ直してみた。
2024/12/4 過去形の文章の修正。
2024/12/21 全部書き直し。
2025/6/3 またまた全部書き直し。これでもう直しません。次は2話目に行きたいと思います。
2025/7/18 微修正。これで新しく21話が書けそう。
2025/9/3 またまた微修正。少し読みやすくした。