第七話 せめてやれるだけやってみよう
「ふふふ、見てみてエステル、エヴァンったら何を緊張してるのかしら〜」
こちらを見て笑うお母さま。
「ほんとです! おにいさま、どうしたのですか! このあいだ先生に出された宿題をやってないことですか?」
「まぁ、エヴァンったらそんなことを? いけませんよ〜。お父さまにお話ししちゃいますからね〜?」
なにもなかったような、和やかな会話。
——うぅん、なにもなかったんだ。
エヴァン・フィッツジェラルドは魔力暴走を起こしたけど、大きな怪我はなくここにいて。
担当だった家庭教師も、辞任を言い出したけど引き止められて。
異分子なんて、ここにはいない。
イレギュラーなんて、ここにはない。
顔ならさっき上げた。
この胸の中でぐるぐるしてるものは、わたし一人が飲み込めばいい。
「エっ、エステル! それは秘密だって!」
「あっ! すみませんおにいさま〜っ」
居場所はもう奪った。
それで認めて欲しいだなんて、なんて傲慢な願い事。
いや、奪ったわけじゃない。元から私はわたしだった。この世界では最初から、わたしはエヴァン・フィッツジェラルドだ。でも。
穏やかな空気に笑いながら、涙がこぼれそうになる。
ふと。視界が遮られた。そして伝わるあたたかさ。
お母さまに、抱きしめられている?
「ふふ、冗談ですよ〜、エヴァン。心配しないで。ほら、エステルもこっちにいらっしゃい」
「はいっ、おかあさまっ」
エステルも輪に加わって、あたたかさがいっぱいで。
ますます、泣きそうになる。ううん、頬を伝ってるこれはもう——。
「愛しい私のこどもたち。な〜んにも、心配しないで大丈夫。ぜ〜んぶ、お母さまが包み込んであげますから。こんな風に、ね?」
あぁ。
そうなんだ。お母さまはきっと全部わかってくれてるんだ。
うぅん、わたしがそう思いたいだけかもしれないけど。
お母さまが大丈夫だって言うなら、大丈夫だと信じるのが子どもの役目で。
わたしは、お母さまの子どもだから。
「……はい。お母さま、もう大丈夫です」
「あら〜? 遠慮しなくてもいいんですよ〜。ねぇ、エステル」
「はいっ、いつもおにいさまになでてもらってますし、おかえし、ですっ」
なんて優しい家族だろう。なんて柔らかな空気だろう。
こんな幸せを、わたしなんかが受け取っていいのかな。わたしだけが受け取っていても、いいのかな。
あたたかさを独り占めするのが申し訳なくなって、わたしはシャノンに目をうつす。
物理的にも精神的にも、一歩引いた立ち位置で。
目を閉じて、微笑んでくれている。動かずに、ただそこにいてくれている。
わたしはそんな健気な少女に、この幸せをお裾分けしたくて。
……違うかな。
わたしの共犯に、なって欲しくて。
「シャノンもこっちに来てください!」
わたしの視線に気づいていたのか、エステルに先んじられてしまう。
「い、いえ。私はメイドですし……」
急に誘われて、おどおどしたように断りを入れるシャノン。
「シャノン、ちがいますよー。シャノンはエステルにとっておねえさまですから!」
でも通じるわけがないんだ。
「気にしなくていいんですよ〜。シャノンもこちらへいらっしゃい?」
このひとたちの前では氷なんて、溶かされるだけ。
助けを求めるようにこちらに視線をよこすシャノンに、思わず、ふいっと顔を逸らしてしまう。
だって、こう、なんか。直視ができなかったので。
フィルターを挟んだ向こう側だったら、にやにやしながら眺めていただろうに。
うぅん、今だって見たいけど。見たいんだけど。身体がいうことを聞いてくれない。
「それじゃあ、『おねえさま』はおにいさまのとなりです!」
あ、それはだめですエステルたん。
おにいさま気絶しちゃう。
「あー、エステル? シャノンはエステルの『おねえさま』なんでしょ? だったら、エステルの隣の方がいいんじゃ」
「はいっ、なのでエステルも『おねえさま』のとなりです!」
エヴァンーシャノンーエステルのサンドイッチ。なるほど。
いやなるほど、ではない。
「あら〜、お母さまだって『もう一人の娘』と触れ合いたいですよ〜?」
「ほ、ほら! お母さまもこう言ってるし。シャノンはエステルとお母さまの間で!」
「むむ、それなら仕方ないですね……ではシャノン、はいっ!」
「いらっしゃ〜い」
エステルとお母さまに手を差し出され、おずおずとこちらへ足を進めるシャノン。
シャノンがこっちに近づいてくるたびに、わたしは妙に力が入って。
自分の意思に反して、思わず目をぎゅっとつぶってしまう!
「つかまえました!」
「我が娘達よ〜、なんて。ふふっ」
「あうあうあう……」
わああああ、シャノンそんな声出せるんですね、これはなんたるレアボイス! 脳内メモリに永久保存確定ですどうもありがとうございます! 表情もレアスチルとして抑えておきたいんですけどどうにも目が開きません! おのれ肉体め! 目の前に御尊顔があるというのにいうことを聞かないこの肉体め!
なんて頭の中でだけでもわちゃわちゃやってないと、落ち着けない。落ち着かない。
だってもう。なんか幸せだ。
五体満足のこの身体で、推しに会えて、認めてもらえて。
わたしが勝手に思ってるだけかもしれないけど——それでも。
やっぱり消えない引け目とか、待ってる結末への不安とか、色々問題はあるけれど。
それでも十分にお釣りが来る。
だから守らないと。
こんな幸せをあと3ヶ月で失うなんて、わたしにはどうあっても耐えられない。
いいや、わたしに「も」、どうあっても耐えられない。
わかってしまった。
この身体で、この記憶で。
エヴァンとして過ごして来た9年間で。
私が悪役に堕ちたのはどうしようもない運命だったのだと。
だから覆そう。
私にはできなかったことを、わたしがなんとかしてみよう。
できるなんて言わない。するとも言えない。けれどやれるだけやってみよう。
お母さま。
あなたの病は、きっとわたしが。
実はもうストックが尽きたとかいう……
明日投稿できるかはわかりませんが(明後日にできるかすらわかりませんが!)頑張りますので今後ともよろしくおねがいします!