第五話 せめて一歩を踏み出しましょう
天使が去ったと思ったらまた天使が来た、だと——!?
【エステル・フィッツジェラルド】
《ヒロインの1人。フィッツジェラルド家長女。一人称は「エステル」だが、あざとさを感じさせないほどそれが普段の彼女に馴染んでいる。学園のみんなの妹。一方、実兄との仲はあまり良好ではないようだ。》
ギャルゲー「永遠なりしフォークロール」で、ヒロインであるエステル・フィッジェラルドと、その兄で悪役のエヴァン・フィッツジェラルドの仲は、当然というべきか決して良いものじゃなかった。
エステルのルートの内容によると、幼少期のある出来事を切欠にして二人の仲はこじれていく。
そんな中、自分を止めてくれる存在を遠ざけたエヴァンはどんどん悪役たるにふさわしくねじ曲がり、一方のエステルはそんな兄を反面教師として、表と裏を使い分けるちょっと腹黒……強かなヒロインへと成長するのだけど。
ここでひとつ。今のわたしの記憶の上では、エステルとの仲を悪化させる出来事はまだ起こってなくて。
つまり今の妹はぴゅあっぴゅあなのです。
はいまず見てくださいこの輝かんばかりの瞳。
濁りのなく透き通った海の色。まだ悪役に成り果ててこそいないものの既に年相応にはクソガキであったこのわたしを、ただ兄であるが故に無垢に純粋に信じ尊敬するキラキラとした瞳。
てか、うん、そもそもわたし今さっき奇行してた者ぞ。なんでそんな眼で見つめられるのエステルたんマジ天使。
からの髪。
神様が人間を粘土から作ったのは、いったいどこの神話だったっけ。
きっと神様はこの子の髪を黄金から作ったのでしょう。
この母親譲りの金髪を、清楚感と愛らしさの溢れるボブカットに仕上げたメイドさんには拍手を送りたい。まぁシャノンさんなんですが。
そして見目は勿論として、忘れちゃいけないこの華やかな声。
シャノンさんとはまた違ったニュアンスのロリヴォイス。シャノンさんが少し背伸びしたような成長途中のクール属性とするなら、エステルはあえて子供であることを前面に押し出したパッション属性。
変声期前がゆえの高さ、遠慮などないがための大きさ。でもそれが不快には感じない、絶妙なバランスで成り立っている。
まさに天真爛漫。まさしく天衣無縫。どこまでも自由にのびやかに広がっていきそうな声。
えぇもうノックアウトですとも。
むしろシャノンさんで既にやられてるからオーバーキル。
思考回路はショートどころかオーバーヒートてなもんですよ。
うん、意味わからんですね。
だが。
そう。
——だが!
今わたしはエステルの「おにいさま」なのです。
シャノンさんの時は呆けてしまったけれど、エステルには頼り甲斐がある兄像というものを見せなくちゃいけない。……わたしにそんなものがあったかどうかは別として。
このキラキラ光る二つの碧い宝石を、曇らせちゃあいけないのですよ。
というわけで暴走もそこそこに正気に戻るのですよわたし。なおここまでわずか1秒。
「あぁ、エステル。おはよう」
「はい、おはようございます、おにいさま!」
てとてと、と音を立ててベッドへと近寄ってくるエステルに、あいさつをする。
出だしはなかなか自然なんじゃないですか? やるじゃんわたし。
「それでおにいさまは、なにをされてたのですか?」
エステル の せんせいこうげき!
「えぇと、あー、その……発声練習?」
エヴァン の わるあがき!
「そうなのですね!」
エヴァン は ぶじ に にげだせた!
いや、それでいいのかエステルちゃん、お兄ちゃんは心配です。
「そ、それで、エステルは何をしに来たの?」
その質問に、はっ、と顔をあげて「思い出した!」というような表情をする。
感情が100%顔に出る子ですね、ほほえましい。
「あ、はい! シャノンがおにいさまのおへやから出てくるのを見て。もしかしたらおめざめになったのかなぁ、と!」
なるほど、大した用事があったわけじゃないみたい。
「そっか。うん、おめざめになりました」
「よかったです! おいしゃさまは、がいしょう? はだいじょうぶと言われてましたけど、みんなしんぱいだったんですよ?」
がいしょう——外傷かな。
そうですね、どっちかといえば問題は内面ですし。
「心配してくれてありがとうね、エステル」
「あ……えへへへ」
エステルの頭を撫でると、幸せそうに顔が綻んだ。
その顔を見てるとこっちまで頬が自然と緩んじゃう。
ほんとにエステルたんは天使——うん? いや、待って。何してんのわたし。
「おにいさま?」
急に撫でる手を止めたのを不思議に思ったか、エステルが上目遣いでこちらを見る。
がっ、ぐっ、ぬっ、ちょっと待ってそれは破壊力が高いずるいぞ美幼女!
頭が回らない、いや別方向に回り出しちゃう!
……とりあえずなでなでは継続の方向で。
するとまた、ふやぁ、とエステルの顔が溶ける。あぁもう可愛いなぁうちの妹。
——でも。
なんでこんなことになってるんですかね。
宮部梓に、人を撫でた経験なんてない。
ましてやコミュニケーションの経験すら人よりはるかにない「引きこもり」のわたしが、人の頭を撫でるなんて、ふつう一大決心が必要なわけですよ。
そりゃあ乙女ゲーに出てくるショタっ子やら、ギャルゲーのちょっとロリっぽいヒロインやら、わしゃわしゃってしたくなったりはあったけど。
実際そうするかというとそこには大きな壁があるわけで。
でも今のわたしは、「撫でたい」とか「撫でるぞ」とか考えることすらなく、自然とエステルの頭に手を伸ばしてた。
エヴァンとして撫でたことは今までに何度もあるけど……。
やっぱり「梓」としての記憶を取り戻す前の「私」も、結局「わたし」なんだなぁ。この身体に行動が焼き付いているくらいに。
あのクソガキがわたし……ぬあー、黒歴史!
「お、おにいさま? かみがぐしゃぐしゃになってしまいますー!」
「ごっ、ごめんやりすぎた!」
エステルをベッドの脇に座らせて、手櫛で髪を解かす。
まぁ、考えたって仕方ないかぁ。
程よいスキンシップは関係を深めるのに大事だって言うし、気負わずにそれができるなら良いことでしょう。
「そうだ、『みんな』って言ってたけど、お母様は今どうされてるかな」
ふと思い出して、足をぱたぱたさせてご機嫌らしいエステルに問いかける。
「おかあさまは、いつもどおりお休みされてます! おにいさまのことでひんけつ、だとシャノンが言ってました」
う、罪悪感。
いやまぁ、エヴァンが魔法を暴発させた事故自体は原作にもあったわけで、わたしのせいでは……うぅん、ダメだな。わたしがエヴァンなんだから、そこは背負わないと。
「そっか。じゃあ謝りにいかないといけないね。」
「だいじょうぶです、おにいさま! エステルもいっしょにあやまります!」
本当に優しい妹だ。
だからこそ。
だからこそ心が痛くなる。
今までのエヴァンもわたしだったとするなら。
これからのエヴァンもわたしだった筈なんだ。
記憶が戻らなかったとしても、わたしだった筈なんだ。
懐いてくるこの子を無視したのも。
どこまでも無垢なこの子に、憎しみの目を向けたのも。
どうしようもない事実を、考えもなくいたずらにこの子にぶつけたのも。
紛れもなくわたしだった筈なんだ。
わたしはエヴァンとして、この世界を楽しむと決めた。
だったらこの痛みも、わたしが受けるべきものだ。
わたしは何度もあのゲームを繰り返した。
何度もあなたたちが苦しむ顔を、悔やむ所を、嘆く様子を見てきた。
今度はもう——繰り返さない。
「ありがとう。それじゃ行こうか」
お母さまのところへ。
全てが狂い出した、その第一歩を変えに行こう。
果てしなくお待たせいたしました……。
色々投稿できる状態ではなく……、現状まだ落ち着いてはないのですが、7月からさらにドタバタしますので今出さないともういつ出すんだ、という感じでしたので投稿再開です!
気長に待っていただけた方には感謝しきれません、ありがとうございます!
今回の投稿から見ていただけた方は初めまして! こんな感じのゆるゆる投稿ですがよろしくお願いします!
ということでエステルの登場です。
まぁ、梓が発狂してるのはいつものことということで、ひとつ。