第四話 せめて親族には見られたくなかった
ルイス・アシュバートン。
ギャルゲー、「永遠なりしフォークロール」の舞台となる、アスプロタリア王立魔法学園の学園長にして作中「最高」の魔法使い——そして、悪役令息エヴァン・フィッツジェラルドの「元」家庭教師だ。
といっても、家庭教師だったのは一瞬のこと。教師としてはまだまだ駆け出しだったルイス先生。彼を講師として招きフィッツジェラルド家にて行われた初めての授業で、調子に乗った悪ガキエヴァンは魔法を暴走させ怪我を負う。
そしてエヴァンは言うのだ。
「あの講師の教え方が悪いんだ!」
——と。
まぁ当然そんなことはなく、エヴァンが大暴走して大爆発かましただけなんだけど、人のいいルイス先生は「自分の監督責任です」といって素直に辞めてしまう。
しかしその後、ルイス先生は才能が認められてめきめきと頭角を現し、エヴァンが成長する頃には「あのルイス先生に教えを受けたことがある」という肩書がエヴァンの格を高めるようなレベルにまで、その名を魔法界に轟かせることになる。
うん、そう、それでね。
昨日その大暴走イベント起こしちゃったんだなーこれが! あっぶねー! 記憶戻ったの辞めさせる前で良かったぁ!
ここで彼を引き止めることができれば物語は大きく変わる。
良い先生に指導を受けられるというだけじゃない。
いや、むしろそれはおまけと言ってもいいかもしれない。
ずっとフィッツジェラルド家のお抱えにしておきたいわけじゃないのです。むしろルイス先生が学園長してない学園なんて想像できないし、将来的にはぜひともゲームの内容通り学園長として大活躍していただきたい。
でも今は、今だけは。
「私」の幼少期だけは、ここにいてもらわないと困るんだ。
というわけで。
「辞めさせちゃダメです!」
「——はい?」
うん、シャノンさんからすればどういうわけだかだよね。
首をこてんとしてらっしゃる。その立ち絵保存したい。ではなく。
まずはおててを離せわたし。
「あぁほら、えーとね? 昨日のは『私』が暴走しすぎちゃっただけだから、辞めさせちゃうのも忍びないなぁ、みたいな?」
こう身振り手振りで説明するけど、ますますはてなマークのシャノンさん。
「ぼっちゃま、よっぽど強かに頭を打たれたのですね……」
「わぁー、分かってたけど扱い酷いやぁ『私』ぃー」
そらそうよ、でしかないけど。
「まぁうん、『私』——わたし? のことはともかく。ルイス先生を辞めさせないでください。先生には『わた……あぁもういいや、うん、わたしが謝ってたって伝えて欲しいな」
わたしと「私」がこんがらがってどうにかなってしまいそうだ。
もう、わたしはわたしでいいか。
昨日までの「私」の記憶も、感情も、しっかりここにはあるんだから。
「……ぼっちゃまがそうおっしゃるのでしたら」
シャノンさんは首がねじ切れるんじゃないかってくらいに首をかしげてから、一呼吸おいて頷いた。
「うん、よろしくお願いします」
そして、恭しく一礼してから部屋を出ていく。
頭を下げたときに靡いて煌めいた髪が、脳裏に焼き付いて離れない。
一呼吸。
あぁ。
あああああ。
あああぁぁぁぁァァ——好き。
はーぁ、ねぇもうほんと無理。
推しとこの距離で会話してて発狂しなかった私を、誰かほめてくだちい。
そしてちょっと一言言わせてください。
いや唐突になんですけどね。わたしちょっと青髪だめなんですよ、うん。
はい、これは単純に見た目の好みなんですけどね。
そしてクールな子好きなんですね? クールな時はシンプルにかっこいいし、デレたらそのギャップがね、破壊力マシマシになってこう一粒で二度おいしい的な。わかります? わかりますよね? クーデレは至高。
あ、でもデレの割合と程度については難しいところですよね。あくまでデレはクールからのギャップなんですよ。それがこう、俗にいうとブレイクですか? そこまでいっちゃダメなんです。
あぁいやいや、もちろんそういうのが好きって人も否定しませんよ。でれっでれのぐでんぐでんになってるのも、それはそれでいいものです。ただこう、わたしの好みはクールさも保っていてほしいというか。その中で信頼だったり好意が垣間見えるのがグッとくるといいますか。えぇ。
あとメイドさんもね、好きなんです。まぁちょっと、わたしのレベルでこの界隈でメイドが好きだというのもおこがましいかなとは思うんですが。そうですメイドの種類とかについてはそんな詳しくないです、すみません。パーラーメイドとかハウスメイドとか、メイド服でヴィクトリア朝がどうこうとか、そういう知識は全然ないんですが。でも好きだって言葉にオブラートをかける必要はないかなと思いまして。はい、メイドさん好きです。
……要するにね? シャノンさんドストライクすぎますありがとうございました。
とはいえ、いつまでもシャノンさんの可愛さに悶えていたらそれだけで一日が終わってしまうので。ここはそうですね。一回叫ぼう。
一度この感情を放出してしまえばだいぶすっきりするはずです。あ、でももちろん配慮は忘れずに。エヴァンがシャノンさんへの愛を叫んでるのなんて、誰かに聞かれたらいろいろと終わってしまうので。
布団を持ち上げて、顔をぼふっと埋める。
え、うわなにこれ感触やっば、シルク? シルクってやつ? 表面つるつる中もっふもふじゃないですか。焼きたてのコッペパンか何か? おなかすいてきたな。じゃ、なくて。
今はただシャノンさんのことを考えるのです。いやもう考えてる。というか考えるまでもなくこの辺にある。この心の中? 頭の中? にぐるぐるしてるこれを全部、一回ここでぶちまけてしまおう。
それではいきます大きく吸って、すーっ。
さぁ吐き出そう!
「#$%&@¥*!」
「おにいさま、なにをされてるのですか?」
「*¥@&%$#!?」
ちょっと一体なんですか、何事ですか、誰ですか。
いやおにいさまって言ってたなってことは——
布団からがばりと顔を上げると、半開きのドアから不思議そうにこちらを除く瞳がふたつ。
その色はきっと、わたしと同じなのでしょう、深い碧。
すべてをあるがままに受け入れてしまいそうな、懐の深い海の色。絵と実物の違いもあれど、それは間違いなくわたしの知っているものよりも、もっと純粋で無垢な色で。
「おめざめになっていたのですね、おにいさま!」
そうやって、その瞳の持ち主——わたしの妹、エステル・フィッツジェラルドはにっこりと笑った。
投稿やや遅れましてすみません!
そして見切り発車につきもうストックが切れました重ねてすみません……。
今後もぼちぼちと書いていきますので、よろしければ気が向いた時にでも見に来ていただければと。
というわけで前回に引き続いて荒ぶる梓。
次回、妹の登場回です。