第一話 せめて悪役令嬢でありたかった
いつもと同じようにただゲームをして、いつもと同じように味の薄いご飯を食べて、いつもと同じようにただ眠った。違うとこがあったとすれば、ちょっとまぶたが重かったくらい?
そして目を覚まして瞳に映る天井は、やっぱりいつもと変わらない無機質なものの筈だった。
——いや、これ天蓋なんですけど。
わたしの眼と建物の天井との間には、確かに薄い布が1枚隔てられていて。そしてその布は四隅の枠から垂れ下がり、ベッドの四方も覆っている。よく見ればレース細工の施してあるそれは、差し込む陽の光をやわらかなものにしてくれていた。
これ。乙女が一度は夢見るあの。そしてお母さんに「普通の部屋にあってもイタいだけだから諦めなさい」って言われるあの。天蓋付きベッドってやつじゃないか。
いやなんでこんなベッドに寝てるんだわたし。
そもそもこれ絶対場所移動してるでしょわたし。
首だけ動かしてあたりを見回すけど、どう見たって知らない場所だ。
部屋に備え付けのシステマチックな調度品の姿は見当たらず、その代わりにアンティークっぽい家具がそこかしこに配置されている。
そもそも広さが違い過ぎる。わたしがいたところだってちょっと特別な個室だし決して狭くはなかったけど。何畳か考えるのも馬鹿らしいぞこの部屋。
思わずベッドに手をついて起き上がる。視界に入る自分の身体。
ん? あれ? わたしの手ってこんなに小さかったっけ。わたしの胸ってこんなに——
訪れるフラッシュバック。
あぁ。
うん、そうだ。
「私」の手はこんなに小さかった。
「私」の胸はこんなに平らだった。
部屋の調度品はアンティークで。
この小さな体では持て余すくらいの広さがあって。
「私」はいつもこの天蓋付きのベットで寝起きをしていた。
見慣れない「風景」が、馴染みのある「景色」へと。認識がそう書き換わっていく。
この世界での「私」は。
わたしでは、ない。
きっと「宮部梓」はあの世界での役割を終えて。
だからわたしはこの世界で、「私」の役割を果たさなくちゃいけない。
わかる。
えぇ、わかりますとも。
わたし乙女ゲーに飽き足らずギャルゲーにまで手を出したオタクですし? そらもう乙女ゲーム題材のWeb小説やら漫画やらはいっぱい読みましたから。時間だけはいくらでもあったし。
わたしもいつかそんな世界に行けたりするのかな、とか。実際行ったとしてうまくフラグ回避できるのかなとか、夢想して楽しんだことも一度や二度じゃないよ。
ただその「転生」先がコイツとなると話が違う——!
《有力貴族の出。非常にプライドが高い。エステル・フィッツジェラルドは妹であるが、お互いの仲はあまりよくない。魔法の才能はあるが、自らの能力を過信して努力をしていない為上の下といったところ。》
「頭の中の記憶」をたどれば、「私」はエヴァン・フィッツジェラルド。
わたしが何度となくプレイしてきたノベルゲーム、「永遠なりしフォークロール」に出てくる悪役だ。
努力の果てに功績をあげ、攻略対象の心を惹きつけながら名声を得ていく主人公をやっかんで、しょうもない嫌がらせを繰り返し、挙句の果てには暴走して事件を起こし、共通ルートの最後で天罰を下されるどうしようもない悪役だ。
断罪が共通ルートにある関係上、エヴァンが無事なルートなんてものは存在しない。
当然わたしも嫌いだった。
だって最初から最後まで完っ全に小物だし。
普通こういう悪役ってさ。どこか憎めなかったりさ。あるいはトゥルーで改心して味方になったりとかでさ。多少なりと汚名返上の機会が用意されてるもんじゃない?
エヴァンはなんもないの。
本当にひたすらいらないことをして。主人公たちに迷惑だけかけて。当然のように断罪されて消えてくの。
逆にすがすがしすぎて気持ちいいよね。そういうところが好きなんだけどさこのゲームの。
でも。
そのエヴァンに自分が転生するってなると話が違うわけですよ!
幸い今の「私」——エヴァンは9歳。
記憶をたどってもそこまで死亡フラグを建てた覚えはない。
これからの頑張りしだいではどうにでもなる、のかもしれない。
ただ、あの血にまみれたCGがそんな楽観視の邪魔をするのです。
メイドの膝に頭を乗せて横たわる、金髪の「少年」のCGが。
そう。
ひとつ文句を言わせてください神様。
悪役令嬢転生ものには憧れたと言いました。
この世界のもとになった「永遠なりしフォークロール」も大好きです。
だから、えぇ。若干どきどきわくわくしてることは、まぁ、認めましょう。
けれど。
けれども。
過去の世界でのわたし、「宮部梓」は女で。
「エヴァンは悪役『令嬢』じゃなくて『令息』なんですけどー!」
エヴァン・フィッツジェラルド。
ミネルシア王国の有力貴族、フィッツジェラルド家の「長男」にして、攻略ヒロインエステルの「兄」。
わたしの愛する「ギャルゲーの」嫌味なライバルキャラだった。
初回投稿はここまでとさせていただきます。
明日以降ゆるゆると進めて参りますので、もし気に入ってくださったならば、ゆるゆるとお付き合いいただければ幸いです。