オープニング
「はぁい、共通ルート終わりいぃー」
宮部梓は携帯ゲーム機を布団の上に放り出す。
画面には「フィオナ √分岐」やら「ニーナ ①」などと記された複数のセーブデータが表示されていた。
この「セーブデータのコレクション」とでもいうようなものを毎度作成するのは彼女の習性である。
「あー。あれだね。やっぱこれはなかなかの苦行だと思うのですよわたしは」
梓はここ数日の生活のほとんどをそのゲームに費やしていた。
本来であれば学校に通うはずの時間であっても彼女にその必要はなく。
清潔さを維持されたその真っ白な寝台の上で、日がな一日ゲームと食事睡眠とを繰り返していたのである。
「システムが面白いからまだいいけど、でも飛ばせないってのは本当にどうなのメーカーさぁん」
今回のプレイでエンディングを見ること既に4回。
周回要素があり、攻略対象は5人。戦闘のミニゲームが面白さの代償かスキップできないことを除けば、梓はおおむねゲームの内容に満足していた。
何せ両手の指でもって数え切れるかどうかというほど何度もプレイしているノベルゲームである。
定期的に「あのキャラのルート読みたいなぁ」などといっては引っ張り出し、目的のルートを読み切っては「他のルートも久々に読むか!」といって完全攻略する。その繰り返し。
戦闘ミニゲーム中にもパックログに表示されない会話演出などがあるせいで、戦闘終了時のセーブデータを作ってロードすることで短縮する、という対策すら取れないそのゲームを、なんだかんだと言いつつ梓はこよなく愛していた。
「んンン、しかしほんとあのCGいいよねぇ。この時だけは素直にエヴァンのことイケメンだと思うんだよなぁ……ま、どうあがいても嫌いだけど」
自らのメイドの膝に頭を乗せて横たわる金髪の少年のCG。
とだけ聞けば、少年が主人公でメイドが攻略対象かとも思いそうだが、どちらも外れである。少年は悪役、そしてメイドにルートはない。
後者に対しては思うところのある……思うところしかなかった梓であるが、何週もプレイした今ではそれはそれでいいと考えるようになっていた。
「なんであのメイドさん攻略できないんだよぅ……させてくれよおまけみたいな短いルートでもいいからさぁ。てかコンシューマって人気サブヒロインのルート追加したりするもんじゃないの、挙句システム改修も新規キャラもないってどんだけ強気なんですか、ありえんでしょ誰が買うのよ、いやわたしが買うんだけどね」
などと初攻略時に早口でぼやいていたのも、今となっては懐かしむべきものである。
「さてさて、今は何時だー? お、まだ時間あるなぁ」
ベッドに備え付けられたデジタル式の時計を見て、夕食が運ばれてくるまでにまだ2時間ほど余裕があることを確認した梓は、手元にあるスイッチでベッドの角度を調整し再びゲーム機を手に取った。
いつものように。
「よし、それじゃあいよいよエステルちゃんのルートいきますかぁ! 待ってろよぉ妹―!」
意気込む彼女は手を伸ばしてゲーム機を高く掲げ、そして×ボタンを押下しセーブ画面を閉じた。
表示された画面は先ほどのCGだ。
悪役の少年と、そのメイドたる少女。
彼らはこのゲームのパッケージイラストには描かれていないキャラクターである。あくまでも物語を彩る脇役に過ぎない。世界が彼らを中心に動くことなど、決してない。
その小さな画面の中で彼は、赤く染まっていた。