エンディング
「いったい、私が何をしたというんだッ——」
レンガ造りの街並みの中、三方を壁に囲まれた袋小路。
日は暮れかかり、地平線の彼方にうっすらと朱がのぞいている以外は、深い紫が天井を染めている。
傷ついた左腕を庇うようにして立ち、追ってきた断罪者らを睥睨する。そして腹の中に納めていたものを吐き出すかのように呟いた彼の前には、同じような年ごろの6人の少年少女があった。いずれも眉目秀麗、それぞれ傾向の差異こそあれど、およそ美形と称して誤りはない。
「何をしたも何も、貴方自分のしたことがわかってないの!?」
まっすぐに彼に向って怒りをぶつける少女は、紅い髪に金の瞳。
風にたなびくその長い髪は揺らめく炎のようで。柳眉を逆立てるその様は、女性にしては高いその背丈とも相まって、歴史に名だたる英雄のような勇壮さを漂わせている。
「ヒロイン」という言葉はまさに彼女のためにあるのだろう。
「ん。これは救いようがない。救うつもりなんてないけれど」
呆れたようにそう嘆息する少女は、銀の髪に蒼い瞳。
黒を基調に銀細工をあしらったチョーカーと、その瞳の色と同じ蒼いリボンで束ねられた2つの尻尾が、どことなく猫を思わせる。きまぐれにして孤高。心を許して甘えてきたかと思えば、次の瞬間には離れている。つかみどころのない少女。
この場の空気が冷え切っているのは、彼女の魔力によるものか。
「救えるのなら、俺はお前も救いたかったよ」
少年はそう語る。
整っていつつも大した特徴がある顔立ちではない。強いて挙げるならばこの周辺では珍しい黒い髪に黒い瞳だろう。それもそのはず、少年は異国からやってきたのだ。
異国からやってきて、そして、彼の欲していたものの殆どを攫っていったのだ。とはいえそれが悪しき行いであったはずはない。少年もまたそれらを努力の末に掴み取ったに過ぎない。正々堂々と。「主人公」たるにふさわしく。
しかしながら彼には、それが我慢できなかった。
「お前なんぞに救われるくらいなら、死んでやった方が何十倍もマシだ……!」
それは彼の本心であった。
そして少年もそれをわかっていたからこそ、「救えるのなら」などというありもしない仮定を口にしたのである。
最早、彼を救う術などありはしない。
各国の貴族らも生活するこの学園都市で、一大事件を起こした彼には、もう救われる道は残されていないのだ。
「変わらないのですね。あなたは幼い時から、何も——」
その言葉に込められたのは、ともすれば悲しみであったのか。
小さな声で、顔を伏せ、ただその事実を自分で受け止めるかのように発したその言葉は、小柄な少女自身の耳にしか届かなかった。
金の髪に碧い瞳。それは眼前にいる彼のものと瓜二つで。二人が血を分けた兄妹であることは、誰の目にも明らかであった。しかし今や、そんな繋がりなど無いも同然と化している。
誰からも妹のように愛される少女ではあるが、肉親である彼からだけは、愛情など注がれてはいないようだった。
「もう時間もありません! 悪役さんは諦めて、投降してください!」
血気盛んな少女は、自らの得物である薙刀を構えて、そう彼に言い放つ。
こちらも黒い髪に黒い瞳で、かの少年と同じ国から海を渡った少女である。
舌足らずで幼さの残る、というよりは幼いといってしまっていいだろう。あまり手入れもしていない髪を乱雑に一つに束ねた姿が表すように、容姿も内面も彼女は未熟である。だからこその白いキャンバスが彼女の魅力であるのだ。どこまでも真っ白で、自分が信じた道を往こうとするその姿勢は、失ってしまった者からすればとても眩く。
年長者がついつい彼女を支えたくなるのも、当然であった。
「エヴァン・フィッツジェラルド、我々は今から貴方を拘束します。よろしいですね?」
彼に向けて通告を行ったのは、この場における最年長の少女である。
翠の髪に灰の瞳。少年少女達の通う学院の学生会長を務めあげる才女。
普段は陽光の差し込む温室で、紅茶など嗜んでいる姿のよく似合う少女であるが、彼女が学院において様々な面で「優等生」であることは有名である。そして今、彼女の表情から柔らかさなどは感じられない。
「魔法」の腕も一流な彼女が「拘束する」と言ったならば、それは次の瞬間には事実となるのだ。それに抗えるような人物など——魔法の研究機関に属するような一部の大人や、あるいは連携の取れた優秀な複数人の集まりであれば別であろうが——いくら才能に恵まれた者が多いとはいえ、学院生単体では存在しない筈だった。
「そこで素直に認めるような男が、こんな計画を実行すると思うのかね、学生会長殿は」
先ほどまでかろうじてその姿を見せていた朱は、もう隠れてしまっていた。
金の髪に碧い瞳。誰もが認める端正な顔立ちをした彼のその瞳には、いまや光はなく。
冷たく吐き捨てた彼、エヴァンから放出される力は、本来少女たちの髪やリボンを揺らす風であった筈なのだが。
そうであったのなら、黒髪の少年と、同じく黒髪の少女の操る土属性の魔法で抑え込むことができた。
仮にその土でも、あるいは火でも、水でも——いわゆる魔法の「四属性」を各自で補い合う少年少女らは難なく対処を行えたし、彼を無力化し拘束することも可能だったに違いない。
しかし、彼の周囲から漏れ出したその力は「四属性」にはない「闇」であった。
だからこそ、少年少女は苦戦を強いられ、そして来るべき結末を招いてしまう。
こうなってしまっては、全てが遅い。
——いや、過程がどうであれ、結局は「こうなってしまう」のだ。
たとえ「主人公」が誰を選ぼうと、「彼」は闇の力を手にしてしまうのだ。
幾度となく繰り返す。
終わりはなく。
救いもなく。
この世界は彼を舞台から省いたままで歩みを進めていく。
そこに少年少女の幸福はあれど。
彼にとっての幸せは、最後の一瞬だけであったろう。
「主人の不始末のお片付けは、メイドの仕事ですから」
「お前が私を主人と呼ぶのは——何年振りだろうか、な——」
不十分なのだ。
そんな大多数の人間だけが喜ぶハッピーエンドでは足りないのだ。
そんなものを見るために繰り返さなければならかったというのか。
断じて否だ。
認めるわけにはいかぬ。
それがこの世界の限界だというのなら、この世界の外に目を向けるまで。
辿り着ける筈だ。
辿り着かなければならぬ。
いつだって私達が見たいのは、全員が笑って終われるトゥルーエンドなのだから。
お初にお目にかかります、赤石行孝と申します。
ライトノベルとしては処女作になりますが、どうか生暖かく見守ってくださいませ。