女の子は愛でできている
公爵夫人は、バルコニーのガラス戸を閉めた部屋で、カウチに横になっていた。
ダルそうな瞳は開いているが、大勢の人の目に体力も気力も精魂尽きていた。
その手をジェネヴィーブとチェリシラが握っていた。
「トルテア様、ありがとうございます」
二人を見て、トルテアが握りかえして微笑んだ。
扉をノックする音と共に飛び込んで来たのは、キラルエとゼノンだ。
二人の姿は返り血で赤黒く染まっている。外がどれだけ悲壮だったか、それだけで分かる。
暴徒に襲われて死ぬ可能性だってあったのだ、それでも守ってくれた。
それを置いて逃げようとしていた自分が、ジェネヴィーブは情けなくなってしまった。
「キラルエ殿下、ゼノン殿下、ありがとうございます」
逃げるだけではダメなんだ、生きる道を見つけなければ。
キラルエはジェネヴィーブに歩み寄ると抱きしめた。
「殿下?」
「泣かないで、ジェネヴィーブ。
こんな血だらけで、ごめんね」
いつのまにか、ジェネヴィーブは泣いていたのだ。頬を涙が流れ落ちる。
キラルエの姿を見て、張り詰めていた気持ちが緩んだ。
「殿下、ケガは? こんな血まみれで、戦ってくれたのに、私、チェリシラを連れて逃げようとしてた」
「たいしたケガじゃない。ほとんどは返り血だ。
いいんだよ、私も二人を逃がそうと考えていた。公爵夫人には、返しきれない恩ができたな」
未婚のダークシュタイン伯爵令嬢が天使の正体であるのと、虚弱なアルビノのファーガソン公爵夫人が天使だというのでは、周りの反応が天と地ほどの差がある。
キラルエが、ジェネヴィーブの頭に手を添えて自分の肩に引き寄せれば、ジェネヴィーブは声をあげて泣いた。
「ジェネヴィーブは、誰にもできないことを成し遂げた。私の誇りだ」
「お姉さまが泣くのを、初めて見た」
チェリシラは、ジェネヴィーブの様子に瞳が潤んでくる。
実験で失敗してケガした時だって、どんなに痛くてもジェネヴィーブは泣かなかった。
「チェリ!!」
空いた扉から、アレステアが駆け込んできて、チェリシラの前に跪き、チェリシラの手を取る。
「勇気ある僕の天使、女神、妖精、言葉では言い尽くせない」
チェリシラの手にキスをすると、チェリシラがアレステアに飛びついた。
「怖かった! 怖かった!」
「チェリが無事でよかった。よく頑張ったね」
アレステアがチェリシラを抱きしめ返して、頬を摺り寄せる。
「バルコニーからチェリの声を聞いた時、チェリを失くしそうで、僕も怖かったよ。
チェリの温かさを確認できて、安心する」
「あ、なんか居づらいよな」
ゼノンが横に立つグラントリーに言えば、グラントリーも肩をあげて同意を表す。
「兄上より、僕が先にジェネヴィーブに目を付けたのに、いつの間にかこうなってるし」
ゼノンがグラントリーの肩を組んで、苦笑いをする。
「失恋だよ、殿下もそうだろう?」
「いや、私は、そんな」
グラントリーは否定の言葉を言おうとして、躊躇した。
「そうだな、失恋したんだな。今になって気がついたよ、初恋だったんだな」
笑おうとして失敗したグラントリーは、苦笑いさえ浮かべられない。普段は柔和な笑顔がトレンドマークのグラントリーだが、今は笑顔を作れない。
ゼノンがグラントリーの背中をトントンと軽くたたく。
うわぁ、これ聞いちゃいけないやつだ、とヤーコブが横を向けば、そこにはカウチに座って、夫人を抱きしめているファーガソン公爵の姿が目に入る。
「月の明かりを背に受けて、トルテアは女神だった。美し過ぎて、天に連れていかれるかと心配した。
私のトルテアは全力で守る。どんな者からも守る、絶対に手放さない」
誰もが公爵夫人を天使と思った状態で、様々な者が接触してくるだろう。それを公爵が言っているのだ。
公爵夫人がコテンと小首をかしげて公爵にもたれれば、公爵は嬉しそうに夫人の髪をすく。
「二人を助けようと思ったのは、ほんとよ。私がここまで元気になれたのも二人のおかげだし。
でも、それだけじゃないの。天使が降臨するかもしれないとなると、迫害を受けているアルビノの立場がよくなるのではないか、と思ったの」
「トルテア! なんて優しいのだ!」
公爵は夫人に負担をかけないように、そっと抱きしめる。
こっちもだよ、とヤーコブは肩をすくめるが、ジェネヴィーブもチェリシラも公爵夫人も嬉しそうに微笑んでいるから、それもいいかと思う。
「アレステア、これからあの大群の拘束者の処罰と天使教の捜査だぞ。忙しんだ、行くぞ」
グラントリーが声をあげれば、アレステアが反論する。
「チェリは、この国を救ったんですよ。安全に休ませるのが最優先です」
「そこに、お前がいなくてもいいだろう!」
グラントリーがアレステアを引き摺るようにするが、チェリシラから離れようとしない。
その横では、キラルエがジェネヴィーブを宥めている。
「我が国でも、天使教の力が問題になっている。教会の蝋燭を押収するよう手配したが、人民がここと同じように中毒になっているかもしれない。
ジェネヴィーブが安心して嫁いでこれるように、制圧せねばならない。
我が国には天使は降臨しないからな。奇跡は起きないから、私がするのだ」
「ああ、トルテアとジェネヴィーブ、チェリシラは私がいる限りは安心だ。
君達は職務に戻りたまえ」
ファーガソン公爵は絶対に夫人から離れないと、他の男達に言い放つ。
「一軍は置いていってくれたまえ。警備を厳重にせねばならないからね」
王位を継いだばかりのグラントリーも、側近のアレステアも時間はいくらあっても足りないが、ファーガソン公爵に追い出されるようで嬉しくない。
それに、少しでも、ジェネヴィーブとチェリシラの側にいたい。
彼らの会話を聞いて、チェリシラが笑うと、ジェネヴィーブもトルテアも笑う。
まだ、この後の処理とか、天使教宗祖の逃走だとか、アドルマイヤ王国での天使教弾圧など、問題だらけだが、彼女達が笑顔を見せるなら、守ってみせる、と男達は思う。
「アレステア様、グラントリー殿下、お姉様がアドルマイヤ王国に行っても、私が各地の気象データを集めますから、ご安心ください。
お姉様の助手ですから、ちゃんとお姉様に予報を教えてもらいます」
チェリシラがアレステアの腕の中から顔を出せば、ジェネヴィーブもキラルエの腕の中でもがく。
「もちろんよ、アドルマイヤ王国だけでなく、ギレンセン王国も安定するのがお互いに豊かになるのですもの!」
お任せください、とジェネヴィーブが言い切れば、アレステアとキラルエも、姉妹を閉じ込めておけないと思うしかない。
ゼノンとグラントリーが目配せすれば、ハハハと、笑い声がこぼれる。
王家の事、天使教の事、問題だらけだが、ジェネヴィーブとチェリシラが自信満々な態度をすれば、なんとかなると思わされる。
毎日更新を志して、完遂できました!
読者様のおかげで、完結まで書くことが出来ました。
誤字報告、感想、ありがとうございます!
再度になりますが、最後まで読んでくださり、ありがとうございます!
少し追加しました。
violet