ファーガソン公爵夫人
王宮でグラントリーと別れ、ファーガソン公爵家に向かうことになった。
「アレステア、くれぐれも頼むよ」
「お任せください、殿下」
ダークシュタイン伯爵領では名前呼びだったのが、ここでは殿下と呼んでいる。
ファーガソン公爵家の馬車にジェネヴィーブとチェリシラが乗り、最後にアレステアが乗り込んでファーガソン公爵家に向かう。
ダークシュタイン伯爵家も王都にタウンハウスがあるのだが、警備体制が弱いと言ってグラントリーとアレステアから却下されたのだ。
ジェネヴィーブとチェリシラは領地に引きこもっていたので、自分の家のタウンハウスは10年以上行っていないから使用人の顔も分からない。
ダークシュタイン伯爵夫妻が年に数回滞在するだけなので、使用人も少なく警備もゆるい。
悪意のある者が使用人を装って、ジェネヴィーブとチェリシラの側にいくかもしれないのだ。
「父は王宮に出仕しているので、夜に紹介しましょう。
まず、母に紹介します」
アレステアはファーガソン公爵邸につくと、出迎えの家令に公爵夫人に伝えるように言う。
ファーガソン公爵夫人ウィンディーヌは、美しい夫人だった。
そして、白い肌に真っ白い髪が妖精のようである。とても18歳の息子がいるようには見えない。
「母上、こちらが手紙で連絡していた、ダークシュタイン伯爵令嬢です」
「まあ、よくいらしたわ」
両手を頬に添えて微笑むさまは、少女のようである。
「アレステア、可愛いご令嬢ね。
時々、話相手になってくれると嬉しいわ」
ジェネヴィーブは、公爵夫人の瞳が薄いピンク色なのに気がついていた。
アルビノだ。それは色素が薄く、陽の光に弱い肌。弱い身体。
アレステアを産んだ?
アルビノの身体が出産に耐えられるのだろうか?
ジェネヴィーブが横目でアレステアを見れば、アレステアは正しく理解したようで、
「母上は、僕を産んでさらに身体を弱めてしまい、屋敷から出ることはほとんどないのです。
ジェネヴィーブ孃とチェリシラ孃が、母のお茶の相手をしてくれると喜ぶよ」
「田舎の話だけど、たくさんお話したいです」
チェリシラが、公爵夫人の側に寄って跪き笑顔を見せる。
アレステアにとって、母親は美しいが、チェリシラは生命の輝きが弾けるようである。
崖から落ちてきたチェリシラを受け止めた時、王太子を殴った時、キラキラ輝いて見えた。
誰もが近寄りがたい雰囲気の母親に、躊躇なく寄り添う。
「ジェネヴィーブ・ダークシュタインです。
ご挨拶が遅くなり申し訳ありません。
こちらは、妹のチェリシラ・ダークシュタインです。
ジェネヴィーブ、チェリシラと呼んでいただけると嬉しく思います」
ジェネヴィーブがチェリシラの横に跪くと、手を差し出した。
「頼りないかもしれませんが、医術の心得があります。
脈を見てもよろしいでしようか?
公爵家にお世話になる以上、滞在費相当をお返ししようと思います」
医術だと!?
ダークシュタイン伯爵領で、ジェネヴィーブの抜きん出た才能の結果を見たが、どれほどの能力があるのだろう。
アレステアは、ジェネヴィーブこそがこの世の奇跡かもしれない、と思った。
「公爵夫人、私は外に出れない身体で生まれました。しかも弱く何度も死にかけました。 けれど、姉の治療が私を変えました。
始めてお会いする私達を信用できるはずがないのは承知してます。ただ、毎日脈や体温を測ることで、体調管理ができます。
一緒に住んでいるからこそ、できるのです」
チェリシラの力説に、ウィンディーヌは困った顔をしても、ジェネヴィーブに手を差し出した。
短い時間、ジェネヴィーブは脈を測ると、サイドテーブルのメモに数値を書きこんだ。
「健康な身体にしますなどとは言いません。
けれど、悪化する予兆をみつけ、穏やかにお過ごしできるよう努めます」
脈が弱い、ジェネヴィーブは想像よりひどい状態が表情にでないように心がけた。
様子を見ていたアレステアは、チェリシラの手を取った。
「母上、僕はチェリシラ・ダークシュタイン嬢と結婚しようと思っています」
チェリシラは公爵夫人の前で否定するのは良くないと思ったが、それよりアリステアが僕と自称しているのが気になっていた。