グラントリーの覚悟
アレステアが王宮に着くと、すでに準備が整っていた。
そこに父親であるファーガソン公爵の姿を見て、少し驚く。父親は、母親の元に帰っていると思っていたからだ。
「母上は、チェリシラ達と一緒に我が家の兵が、護衛をかためています。
屋敷の周りは静かなものでした」
アレステアが言外に、母親の所にいかないのか、と問う。
「今は、殿下の後見の一人として、ファーガソン公爵家当主が必要であろう。
それに、こんな時ぐらい父親として、お前の側にいてやりたい」
公爵の言葉に、アレステアは動揺しそうだった。
父は母最優先で、アレステアは乳母や教育係、侍従が育てた。
物心ついた時から、食事も一緒に食べた事が無かった。
ああ、チェリ、貴女のおかげですね。
アレステアは、屋敷に置いてきたチェリシラを想う。
ダークシュタイン姉妹が来てから、父と食事の機会があり、母が起き上がれるようになると、全員で食事をすることもあった。
母は変わった。それは、父も変えたのだ。
ダークシュタイン伯爵が娘のために、王に直談判したのを見たからかもしれない。
「父上、ありがとうございます」
「殿下、アレステア・ファーガソン、ただいま戻りました」
アレステアがそう言えば、グラントリーはアレステアの肩を小さく叩く。
「早かったな。もっと時間がかかると思っていた」
そして、アレステアにだけ聞こえるように、ポツリと言う。
「絶対に戻って来る、と思ってた」
「第1部隊長の指示の元で近衛が、王妃陛下を守っております」
ナバーハ総司令官が、王宮内の兵と騎士の配置を説明する。
「第4部隊は、ダークシュタイン伯爵令嬢襲撃犯として捕縛した以外も、権限のないギラッシュ夫人の指示を受けて動いていたようで、軍規律違反で拘置してあります」
「王の近衛は?」
グラントリーが確認すれば、総司令官は頷く。
「すでに、王の警備から解いております」
「そうか」
グラントリーは天を仰いだ。
有能な王と思っていたが、麻薬に侵されていたと聞くと、記憶力や判断力に波があったと思う。
麻薬の興奮状態の時は、有能であったのだろう。
母である王妃が公務を補助し、自分も早くから公務をしていた。それが、王を王として存在させていたということか。
今度は、アレステアがグラントリーの肩を叩く。
「お前は、一人じゃない。盾ぐらいにはなるぞ」
「ああ、そうだな」
グラントリーがいつもの愛想笑いを浮かべる。
これから、王に退位をせまる。受け入れなければ首を取ることになるだろう。
「殿下、準備ができました」
母方の叔父であるダグラス公爵、父方の叔父であるナバーハ総司令官が控えている。
先鋒にナバーハ総司令官が剣を手に歩き、その後をグラントリー、ダグラス公爵、ファーガソン公爵、アレステアと続き、周りを近衛が守る。
誰も、何も言わない。
天使教宗祖と王が癒着していることは、間違いないのだ。
麻薬に侵されている王は、天使教を否めない。それどころか、保護にまわるだろう。
天使教が薬物をつかい、人心を掌握していると分かった今、一刻も早く王の権限を奪わないといけない。
天使教徒が暴徒となった時に、王によって軍の出動を止めさせるわけにいかない。
王の執務室の前には、いるはずの立ち番の護衛の近衛がいない。鍵のかかっていない扉に手をかけ、一気に開く。
飛び込んだ中に、王はいなかった。
どこに!?
逃げたのか?
「母上の所だ」
グラントリーは、すでに走り出していた。ナバーハ公爵、アレステア、近衛は問題なく着いて行くが、ダグラス公爵とファーガソン公爵は遅れがちである。
「近衛の一部は、ダグラス公爵とファーガソン公爵を守りながら、後から来い!」
ナバーハ総司令官が言った途端、近衛は別れる。
階段を一気に駆け上がり、王妃の執務室に近づくにつれ、声が聞こえてくる。
「引け! 王の命令である! 王妃の部屋に入れるのだ!」
王妃の警備兵が、王の侵入を阻止しているようだ。
なさけなくて、涙がでそうだ。
これが、自分の両親。
走るのをやめたグラントリーが、一歩一歩、王に近づく。
「父上、退位を勧告にまいりました」
王の後ろに立ったグラントリー。それを守るように、アレステアと近衛が横に立つ。アレステアはすでに剣に手をかけている。
後ろにナバーハ総司令官が控え、追いついたダグラス公爵とファーガソン公爵が様子を見ている。
「退位だと?」
王が振り向きざま、グラントリーを睨む。
「ギラッシュ夫人が麻薬を使っていることが判明しました。陛下もそれを長期にわたり吸い込んでおります。
すぐに療養が必要です」