アドルマイヤ王国とギレンセン王国の王子
キラルエはゼノンを連れて、ファーガソン公爵邸に滞在していた。
アレステリアが王宮に戻り、公爵が戻ってこない今、公爵邸には公爵夫人、ダークシュタイン伯爵家の姉妹、女性だけである。
使用人や護衛はいるが、キラルエは争いに精通している。
アドルマイヤ王国で王太子は軍の最高指導者として戦場に立つ。
なにより、王家自体が覇権争いの戦場でもあるのだ。ゼノンが、ギレンセン王の愛妾の娘との縁談をすぐに断らなかったのは、同母の兄キラルエの役に立つか確認する為でもあった。
「兄上、ギレンセン王家がきな臭いです」
「分かっている、だから、公式訪問を避けている。
ジェネヴィーブが心配だしな」
ゼノンは自分でお茶を淹れながら、キラルエに給仕する。
後宮のあるアドルマイヤには、たくさんの側妃がいて、王の子供はさらに多い。
同母の兄弟以外は信頼できず、権力争いの敵対者なのである。その中で王太子になったキラルエは、覇者なのである。
もし、ファーガソン公爵邸が賊に襲われたなら、キラルエ程、安心して任せられる騎士はいないのだ。
グラントリーが王を退位させた時に、王が刃を向けて抵抗するのは、グラントリー自身と、王妃の実家のダグラス公爵家、側近として後援しているファーガソン公爵家。
天使教がダークシュタイン伯爵令嬢を、狙ってくるかもしれない。
夫人の為になにより優先させて帰宅する公爵が、帰れないような状況が王宮で起こっている、ということだ。
「これが、我が国でも起こっているということだ」
キラルエは、グラントリーから交渉材料として届けられた資料をゼノンに渡した。
グラントリーが王を退陣に追い込み、体制を立て直す間、アドルマイヤ王国が侵攻しない、という確約が欲しい、というものだ。
それの交渉材料として届けられたのが、天使教の資料だった。
ジェネヴィーブとチェリシラ、ヤーコブが拉致された事により、たくさんの物品が押収され、信徒へ尋問がされた。
『満月の夜に、若い娘を天使に捧げる。
街の汚れた空気で育った娘より、田舎の美しい空気で育った娘を、天使は望まれる。
教会で灯す蝋燭に、様々なものが含有されているのが分かった。
ミサや説法の時は、麻薬を含んだ蝋燭を灯す。中毒になった信徒は、熱心に教会に通い、天使の僕となる。
贄の娘には催眠効果の蝋燭を使い、儀式の時には、興奮剤を含んだ蝋燭を灯す。時には、催淫効果のある蝋燭も灯す』
宗祖は、信徒を中毒にすることで爆発的に信徒を増やし、贄の儀式をすることで興奮と連帯感を与えたのだ。
キラルエに渡した書類には書かれていないが、離宮のギラッシュ夫人の寝室から押収された蝋燭からも、麻薬と催淫薬が見つかっている。
王がギラッシュ夫人の元に通ったのは、それが大きな要因であったのだろう。
中毒である王が、ギラッシュ夫人の束縛から離れられたのは、体調を崩した王に処方された薬の何かが偶然にも中毒を緩和する成分があったと考えられている。
それが、正妃に固執するようになったのは正気に戻ったからか、中毒が残っているからかはわからない。
「ゼノン、これが我が国でも信徒を増やしている要因だろう。
中毒になった信徒が暴徒になるのは、簡単なことだ」
宗祖が王家を倒せ、と叫んだら、信徒達は王宮を襲うだろう。
「はい、兄上。これはギレンセン王国だけの危機ではありません。
ギレンセン王の愛妾は、ずいぶん天使教の宗祖に貢いだようです。それが麻薬の購入になったのでしょう。
我が国の側妃達が、同じことをしないとは限りません。
宗教という隠れ蓑で、麻薬を使って布教をしていたということですね」
実際に側妃たちは、自分の子供を次期王にするために、様々な事をしてきたのだから。
ゼノンは、何度も兄に暗殺者が送られてきたことを知っている。
「そうだ、天使教にとって儀式は必然なのだろう。
この王都で、ダークシュタイン伯爵令嬢ほど、条件にあう贄はいない。
絶対にあきらめないだろう」
キラルエはゼノンにも、賊に対する準備をするように言う。
「姫君を自力で脱出させるなど、騎士として恥ずかしいだろう?」
キラルエが剣に手をかける。
教会で3人を拐われたゼノンにとっては、自分に言われていると分かる。
また同じ目に合う訳にいかないと、外の物音に耳を澄まし、ゼノンも剣に手を添えた。