逃走の準備
ジェネヴィーブがスカートをめくると、ヤーコブがあわてて視線をそらす。
暗闇で見えなくとも、視線をそらさずにはいられない。
もしもに備えて、準備はしてある。
ジェネヴィーブはスカートの下、ペチコートに縫い付けた様々な薬品を取り出す。
「下手に爆破すれば、天井が落ちてくるかもしれないわね」
「それは、困ります」
ジェネヴィーブとチェリシラが、ノンビリ会話する内容は、過激である。
「教会で拉致されたから、他の教会か、もしかしてあの教会の地下?」
そうよね、地下に閉じ込めるんだから、運び出す必要ないわよね。
「王都から、離れているから大きな爆発でないと気づいてもらえないかも。」
チェリシラもスカートをめくって、ペチコートからいろいろ取り出す。
「きっと、第2部隊が血眼で私達を探しているはず。
近くにいるかもしれない。そこまで、大きくなくてもいいかも」
ジェネヴィーブが、チェリシラが出した容器に薬剤を入れていくが、暗闇の中なので慎重にしないといけない。
「これと、これは混ざると爆発するのよ。
だから、私とチェリシラで別々に持っていたの」
何も知らないヤーコブに、ジェネヴィーブが説明する。
「そうですか」
説明されても、ヤーコブには理解できるはずなく、生返事しかできない。
「お姉様、もしここが天使教の教会だとして、それでアレステア様を助け出せるでしょうか?」
チェリシラは、アレステアが軟禁から飛び出してチェリシラを探しているなど知らない。
「直接、関係はないでしょうね。
でも、王と天使教の繋がりが証明できて、天使教が貴族令嬢を拐ったとなれば、王の力をそぐことができると思う」
「わかったわ、お姉様。
アレステア様を絶対に助けるから、早く爆破させましょう!」
体調が回復したチェリシラは、やる気に燃えている。
暗闇で表情はわからないけど、二人を想像して、ヤーコブから笑いがもれる。
こんな状況なのに、悲壮感とかがない。
編入初日に王女をやり込めたチェリシラを思い出す。
きみの悪い死体が安置された地下に閉じ込められ、腐乱とこびりついた血の匂いが充満する暗闇の中。
爆破して天井が落ちてきたら、死ぬかもしれない。
拉致犯が外にはいるに決まっている。逃げれる可能性なんてわずかだ。
それでも、学院のクラスカーストの最下位でイジメられていた頃より、不安がないのは、ジェネヴィーブとチェリシラが一緒だから。
「ヤン、聞いてる?」
返事をしないヤーコブに、チェリシラが確認してくる。
「あ、ああ、ごめん」
ヤーコブが聞いてなかったと謝ると、もう、と言いながらジェネヴィーブがもう一度言う。
「どう考えても、階段の蓋の部分が一番弱いだろうから、爆薬をしかける。
蓋が壊れたら、そこから次の爆薬を上の空間に投げ入れる。これは強力な爆薬、ね」
「ラン様、ね、って可愛く言っても爆弾ですよね?」
「だーって、大きな音とか、爆風がないと第2部隊に見つけてもらえないかもしれないもの」
「でも、それじゃ、私達、爆破の影響で建物の下敷きになるのでは?」
「建物の大きさとか強度とか何もわからないけど、爆薬を投げ入れる方向は計算したわ」
ジェネヴィーブとチェリシラの会話に、安心できるところは何もない。
「蓋を爆破できたら、爆薬を投げ入れるのはヤンよ。護衛だものね。
建物が壊れたら、煙幕をはって逃げるのよ。もちろん、先頭はヤン」
暗闇の中、手探りでジェネヴィーブがヤーコブに容器を渡す。
「それを投げたら、壁かどこかにぶつかった衝撃で破裂して、薬剤が混合されて爆裂するから」
ヤーコブは、手の中の容器を持つ手が冷や汗で滑る気がして、握りたいが力を入れるのも怖い。
そっとスカートにあるポケットに入れて、武具とぶつからないようにする。
「私は蓋に爆薬をしかけるわ。テンは手伝って。
ヤンは、爆風をさけれるように、外した扉で風よけを作って」
暗闇の中で、それぞれが準備を始めた。