蝋燭
アレステアは、教会を回っていた。
チェリシラ達は教会以外に運び込まれているかもしれない。だが、天使教の教会が一番可能性が高い。
大きな荷物が運び込まれた教会。
王都の中に天使教の教会は1つだが、他宗派の教会が天使教と協力しているか、変わっている可能性もある。
同じ国教の宗派であり、対立をしているわけでもない。
ジェネヴィーブ達は、地下を探索していた。
ジェネヴィーブ達が閉じ込められていた部屋ともう一部屋、そして集会所のような空間。
上へあがる階段は天井で蓋をされており、その先は確認が出来ない。
「それにしても、不用心ではありませんか?
僕らを閉じ込めたといっても、警備の一人もいないなんて」
ヤーコブが静まり返った空間で、当たりを見渡しながら言う。最初は警戒していたが、誰もいないと確認は終わっている。
「そうね、逃げない。もしくは逃げれないと思っている?」
疑問形でありながら、ジェネヴィーブは確信していた。
薄暗い地下の部屋の中には、自分達だけしかいない。蝋燭に照らされて長い影が延びている。
集会所の生け贄の腐乱と血の匂いが微かに漂って、気持ちが悪い。
「ぅっ」
チェリシラが口元を押さえて蹲る。
「チェリシラ!」
ジェネヴィーブが抱きかかえるが、チェリシラの顔色は悪い。
「やっぱり、頭を打っていたのかも。寝たからと言っても・・」
どうして、私達は寝たの?
あの時、疲れがでて急激な眠気があった。けれど、それなら騎士様から離れて、ここに閉じ込められた理由はない。
全員が寝た? それしか考えられない。
騎士も寝たから、ここに連れて来られたんだ。
あの時、何も口にしていない。薬を飲まされたわけではない。眠らされる要因は・・?
ユラリと影が揺れた。
「ヤン!全ての蝋燭を消して!」
ジェネヴィーブが叫ぶと、ヤーコブが走った。意味は分からないが、ジェネヴィーブが何かを感じたと思ったからだ。
蝋燭の火が消え真っ暗になった部屋に、ヤーコブが戻って来る足音が聞こえる。
「チェリシラ、聞こえる? 意識はある?」
ジェネヴィーブの問いかけにチェリシラが答える。
「大丈夫よ、お姉さま」
「後で説明するから、この暗闇なら羽を出しても大丈夫でしょ?
1枚羽根が欲しい」
パサリ、チェリシラを抱きかかえて座るジェネヴィーブに、広げた羽が触れる。
「お姉さま」
ジェネヴィーブの手に、チェリシラの羽根が1枚渡される。
「ありがとう」
チェリシラの羽根は万能薬ではない。
何度も実験を繰り返し、確かめた。
だけど、一時的に抵抗力を強化するし、ある種の薬草には何倍もの効力を高める。
羽根を三つに切って、一つをチェリシラに渡す。
「食べて、これで少しは楽になると思う」
「ジェネヴィーブ様、全ての蝋燭を消してきました。
チェリシラ様の様子はどうですか?」
ヤーコブが暗闇の中、壁伝いに戻て来て、足元を確かめながらジェネヴィーブとチェリシラの居場所を確かめる。
「大丈夫よ。それより、ここでは、ラン、テン、と呼ぶこと。
ヤン、手を出して。これを食べて」
ジェネヴィーブがヤーコブの気配を感じて、その手に羽根の一部を乗せる。
あまりに軽い感覚と、柔ら感触にヤーコブは驚いて握りしめるが、まったく個体感がない。
「テン、ヤン」
ジェネヴィーブが、チェリシラとヤーコブに声をかける。
「あの教会で休んでいる時、疲れが出て急に眠気に襲われたわ。それは、二人ともじゃないの?
でも、それなら
第2軍の騎士が私達を保護するはず。
こんなところで目が覚めたということは、攫われて運ばれたと分かっているわよね?
あの時、何も口にしていない。薬など飲んでいない。
あそこの祭壇に蝋燭の灯りがあった。
ここは見張りもなく、逃げられない、と思われているなら、何かがあるはず。
ここにも、蝋燭がある。
蝋燭に何かが混ぜられている、可能性が高いの。
教会では睡眠剤が混ぜられていたと思う。
ここの蝋燭は、何が混ぜられているか分からない。
今渡したのは薬よ。でも解毒剤じゃない、身体の抵抗力を一時的に高めるだけ。
これで、蝋燭に混ぜられている何かの薬剤から、自分の抵抗力で打ち勝つのよ。
私達は、もう食べたから」
ヤーコブが羽根を咀嚼する音が終わるのを待って、ジェネヴィーブがチェリシラに確認する。
「動ける?」
「はい」
暗闇の中では、声にださないと相手に伝わらない。
「ここがどこか、どうしてここに居るかなんて分からない。
でも、逃げるわよ」
ジェネヴィーブがチェリシラを支えて、立ち上がる。