王妃の想い
「王子様を助けるわよ!」
勢いよく拳を上げるのはチェリシラである。
「はいはい、公子は貴女の王子様だものね」
すっかりアレステアに懐柔されているチェリシラが可愛くって、ジェネヴィーブは揶揄ってしまう。
その様子を、同じ馬車に乗っているヤーコブとゼノンが笑ってみている。
今回、天使教を探る事で、王の権力を揺さぶれるかわからないが、出来る事からするしかない。
ナバーハ公爵は第2部隊を配置してくれているが、それは襲撃犯のような武力を憂慮しているということだ。
「そう、すでに第2部隊は警備についているのね?」
その頃王宮では、王妃ルシアーナがナバーハ公爵から報告を受けていた。
ナバーハ公爵に、ファーガソン公爵に協力するよう要請したのが王妃だ。
グラントリーが王から譲位を早めようとしたように、王妃も動いていた。
王が愛妾に入れ込んだ時から、長い時間をかけて貴族院、軍部の執行権移行を準備していた。
軍の最高権力者である総司令官を名ばかりの王から、軍人である王弟のナバーハ公爵に移せたのも、王妃の実家である公爵家が、貴族、軍閥を取りまとめたからである。
息子である王太子が、王の退位を早めようとしているなら、喜んで援護するつもりでいた。
だが、王が健在の限り、王妃の力では制限がある。
すでに見限っていた王だが、王太子とファーガソン公子を、王の毒殺未遂容疑で軟禁したために、王妃は行動を早める必要になった。
王太子を解放する条件として、王が王妃に性的要求をしてきたからだ。
王妃の部屋に押し入ろうとして失敗した王が、毒を盛られた事を他用していることは明らかだった。
ナバーハ公爵は、王妃を見ながら、兄である王の愚行を案じていた。
高位貴族には美形が多い、王妃自身がそれである。
貴族をまとめる公爵家の令嬢で、幼い頃から王妃教育を受け、思慮深い。
王妃を裏切って愛妾に4人も子供を産ませて、今更王妃の魅力に固執するとは、情けなさすぎる。
幸いにして、王太子は有能で、王妃の苦しみを見ているから、王と同じ道は進まないだろう。
ダークシュタイン令嬢達が、襲撃され火傷を負ったのに、王は襲撃犯の探索を指示しなかった。王太子が動いていたとはいえ、我が国の貴族令嬢が襲われ、助けたアドルマイヤ王国の王子が負傷しているのにだ。
それどころか、王太子の捜査を妨害するような言動さえある。
王は犯人側を知っているか、接触があると考えられる。
「ナバーハ公爵、天使教は動くと思いますか?」
「ダークシュタイン令嬢を襲ったのは、なにか理由があると思われます。犯人が天使教かはわかりませんが、前回が失敗しているので、今回も犯人が動く可能性は高いでしょう」
「勇気あるご令嬢に幸があることを、祈るわ」
王妃がジェネヴィーブとチェリシラ、ヤーコブの心配をする。
「ダークシュタイン令嬢にお会いしましたが、姉も妹も非凡なものを感じました。
では、私は軍部に行きます」
王妃に礼をすると、ナバーハ公爵は静かに部屋を出て行った。
ギラッシュ夫人が天使教にのめり込んで、宗祖を離宮に呼び入れているのは知られている。
そこから、王とも接点ができたと考えられている。