天使教に仕掛ける
「母上、もうお止めになった方がいいです」
シューマンは、母親からお酒の入ったグラスを取り上げる。
王が離宮に来なくなって、ギラッシュ夫人は昼から酒を飲むことが増えた。
父である王は、毎日のように離宮に来ていた。
それが突然、全然訪れることがなくなり、予算も削られたと聞く。
ヘンリエッテが学院で問題を起こし、父に見限られたのが引き金だったと思い出す。
母の取り巻きだった貴族達の来訪が減り、ヘンリエッテは肌が変色して、部屋に閉じこもっている。
医師に診せたが、原因も分からず治療で処方された薬も効いていないようだ、
教会から司教が、何度も来て祈っているが、はかばかしくない。
王に会いに本宮に行ったが、会うことは叶わなかった。途中で、義兄の王太子に会ったが、弟はいないとまで言われた。
それどころか、王が王妃に執心だと噂も聞く。
王太子がいなくなれば、父も庶子の継承権を認めるだろう。
王だけでなく、貴族会でも認可が必要なのに、シューマンは簡単に考えていた。
王の誕生日がちかく、様々な贈り物が届けられていた。
その中に、王太子の名で王の好む酒を混じらせたのはシューマンである。
毒は母親が隠し持っているのを使った。
天使教の町外れの教会に、ヤーコブは女装して参拝していた。
もちろん、侍女としてジェネヴィーブとチェリシラも一緒である。
姉の治療祈願のためであり、お布施も献金している。
「ご熱心に祈られてましたね」
宇城から声をかけたのは、ガブリオである。
「宗祖様」
ヤーコブは深く頭を下げる。女装も回数が増えると、慣れてくるから、不思議である。
「明日、領地に戻らねばならないのです」
儚げな雰囲気を出して、時間がないと強調する。
これで、天使教が焦って仕掛けてこないか試しているのだ。
ファーガソン公爵邸に戻ると、キラルエから手紙が届いていた。
近いうちに、正式な婚約のために来る事と、天使教の信者が過激な行動をしていることが書かれていた。
ゼノンから、キラルエに連絡がいっているようだ。
そして、ゼノンを護衛として使うようにとあった。
たしかに、ゼノンの剣の腕なら護衛として信用できるだろう。
ヤーコブは護衛たが、剣や武術となると信用がない。
公爵家の護衛もいるが、天使教を調べるとなると絶対に止められる。
「チェリシラ、近いうちにキラルエ殿下が来られるわ」
「お姉様、今の状態はまずいです」
「そうよね、王太子が拘束されているなんて、近隣の国からしたら付け入るチャンスよね。
ゼノン殿下から報告がいって、それも確認にくるのだと思う」
手紙を封に戻して、ジェネヴィーブは考える。
ゼノン殿下は頼りになるが、これ以上、他国の王族を巻き込むべきてはない。
火傷以上のケガをさせるかもしれない。
「きっとキラルエ殿下は、お姉様の側にいられないのをご自身腹立たしいのではないかしら?
ゼノン殿下から、こちらの実情を知らされているのよね?」
まさか、ジェネヴィーブとチェリシラ自身で天使教を調べているとは思ってないだろう。
いや、ゼノンから聞いて思っているかもしれない。
「そうか、じゃ、ゼノン殿下に護衛を頼もうか?」
「それと、公爵家からも何人かお願いしよう」
公爵に連絡しよう、と二人で手紙を書き始める。
手紙を受け取ったファーガソン公爵は、王弟のナバーハ公爵を連れて帰ってきた。
王太子とファーガソン公子の軟禁に、心痛めているナバーハ公爵が、第2部隊を密かに忍ばせてくれると確約してくれた。