手紙
ジェネヴィーブとチェリシラが、ヤーコブを伴って王妃を訪れたのは、その日の午後だった。
王妃の手紙も、ジェネヴィーブ達の返答も異例の早さだった。
「領地での農地改革が、干ばつ被害を少なくしたと聞いてます」
王妃は、グラントリーの事は話さず、領地の話を聞きたいと言う。
ジェネヴィーブとチェリシラは、軟禁されているグラントリーとアレステアの話を聞きたいのに、その話題はでない。
王の間諜がいる茶会で、その話をすることはできず、王妃は笑顔を向ける。
ジェネヴィーブとチェリシラが感情を表さない練習をしてきたのは、チェリシラが興奮して羽を出さないようにする為なので、王妃とは違う。
相手に本音を悟らせない為に、王族は表情をコントロールする術を身に付ける。
グラントリーの人当たりのいい、穏やかな振る舞いもそれである。
ヤーコブは借りてきた猫のように、ドレスを握りしめて座っていて、チェリシラはアレステアの事を知りたくて、掌を握りしめている。
ジェネヴィーブは、王妃の言葉に何か隠して伝えている事はないかと、集中して聞いている。
結局、ジェネヴィーブもチェリシラも聞きたいことは聞けずにいた。
王妃が席を立つのを、礼をして見送り、ジェネヴィーブ達も、お茶会の開かれたサロンを出て車寄せに向う。
馬車に乗ると、プハァ、と大きく息を吐き出して、ヤーコブが大げさに息を吸う。
「二人とも、緊張しないの? 王妃様にだよ!」
ガサガサと、ヤーコブの手の中でクシャクシャになった紙を取り出した。
僅か5センチ四方の小さな紙切れ。
「お茶のソーサーの上にカップで隠れるように置かれていた」
誰にも気付かれないように、手の中に隠していたのだ。
『王の後ろに天使教がいる』
それは、グラントリーの字で書かれていた。王妃が受取り、ジェネヴィーブ達に渡したかった、と考えられる。
このために、王妃はお茶会をしたのだろう。
「お姉様、アレステア様に危険があるかもしれない。
こんなに側にいるのだから、助けにいきましょうよ」
ただの学生に過ぎないジェネヴィーブとチェリシラが登城する機会など、めったにない。
「グラントリー殿下とアレステア公子が逃げれば、それは毒を盛った犯人だと思わせてしまう。」
そう言われれば、チェリシラも黙る。
「私だって、殿下も公子も心配だけど、王妃陛下はもっと心配していると想う」
王が愛妾から離れだとはいえ、王太子を拘束するなど、愛妾の産んだ王子を立太子させるつもりかと、思うだろう。
それが、愛妾の子供に王位継承権がないとしても、不安を煽る。
動き出した馬車の窓から、チェリシラは王宮の窓を見る。
それのどこかにアレステアがいる。ため息をついて、静かに顔を上げた。
王妃はなんらかの方法でグラントリーからこれを託され、ジェネヴィーブとチェリシラはマークされているから、ヤーコブに目をつけたのだろう。
ヤーコブは性格の問題で、クラスカーストの最下位だったが、頭は悪くないし機転もきく。カップを取ろうとして紙に気がついて、手で隠したのは容易に想像がつく。
「天使教、やはり潜入が必要ね」
ジェネヴィーブは、にっこりのヤーコブを見た。
「絶対に、グラントリー殿下とアレステア公子の拘束をとかすわ」
ジェネヴィーブとチェリシラが頷き合い、ヤーコブもやる気になっていた。