母と息子
「グラントリー、不自由はしてませんか?」
軟禁されている私室の扉が開かれ、王妃が入ってきた。もちろん、警備の騎士が付いている。王妃の言動の監視と、王太子の逃亡防止のためである。
全て、王に報告されるのであろう。
「母上、よく王が入室を許可しましたね。
十分な食事と、有り余る睡眠時間がありますよ」
王の退位を進めていたとはいえ、今は王が最高権力者である。
ましてや、毒を盛られたという緊急事態での拘束である。
グラントリーには、この拘束をすぐに解除する術がない。
「王は、ギラッシュ夫人に興味をなくしたようで」
王妃の言葉が、王が王妃に固執しているのを語っている。
グラントリーも、騎士が聞いているので、迂闊な事は言えない。
それは、王妃も同じである。
「母上は、この国最高の貴婦人ですから、虜になる男も多いのでしょう」
王が王妃の執務に同行したり、私室に突入して護衛に止められたのを、多くの者が知っている。
王太子が毒を盛られるならともかく、王に王太子が毒を盛るメリットはなく、デメリットしかない。
それでも、王太子が犯人の可能背があると軟禁したのは、こういう事か、とグラントリーは納得した。
王は、王妃に王太子と会わせる条件として、何かを要求した。
王妃の提供次第で、軟禁も解除するのだろう。
王は、ギラッシュ夫人に様々な物を与えた。ギラッシュ夫人は財や物をねだったのだろう。
だが、王妃は違う。
そんなものでは、王妃の興味さえ引けない。
王妃を手に入れる為に、息子である王太子を人質にしたつもりか。
愚かな。
「母上、アレステアの婚約者のダークシュタイン伯爵令嬢は、王都のご令嬢達とは違い、清らかで地方の珍しい話をしてくれます。
私が、このような状態でご心配かけますので、彼女達の話は気分転換になることでしょう。
ファーガソン公爵夫人も、それで気が楽になって、体調回復の一因になっていると聞きます。
私は、陛下に毒など盛っていません。それはリスクしかないというのは、誰もが知ってます」
グラントリーは、王妃がグラントリーに会う為に、王と何らかの取引をしたと理解した。
それは、王が愛妾を囲って以来、王を夫と認めない王妃の屈辱の妥協であることも。
王妃は、グラントリーがダークシュタイン伯爵令嬢に連絡を取って欲しいと、理解した。
貴族令嬢だけならば、王も警戒を緩めるだろう。
王は王妃の周りから、男性を排除しようとしている。
「ファーガソン公子も軟禁されてますから、婚約者のご令嬢は不安でしょう。
私がお茶にお呼びして、心配はいらないと話しましょう」
ダークシュタインの令嬢といえば、グラントリー自身が婚約者にと望んだのもダークシュタイン伯爵令嬢だった、と王妃は思う。
先日、ダークシュタイン伯爵の希望で、婚約者候補から降りている。
王の愛妾のこともあり、息子がどれほどの想いでダークシュタイン伯爵令嬢を望んだのか、測り知れずにいた。
グラントリーは、王妃が帰っても扉を見つめていた。
幼い頃から、王太子教育として、物心ついた時には、たくさんの教師に囲まれ、剣術、馬術と最高を求められた。時間はいくらあっても足りなかった。
母である王妃は公務に忙しく、公的会食で会うぐらいであった。
大事にされていたが、父からも母からも愛情を感じた事はなかった。
公爵令嬢だった母にとって、父が愛妾に通うのはプライドが許せないと思っていた。自分を王にするのが、母と母の実家の公爵家の矜持だと思っていた。
それが、ここのところ母の愛情を感じる。
自分の受取り方が、変わったのかもしれない、グラントリーはそう思っていた。
王妃がグラントリーに面会して、僅かな時間でファーガソン公爵邸に、王妃の手紙が届けられた。