ダークシュタイン伯爵の訪問
ダークシュタイン伯爵は、王との謁見を終え、娘たちがお世話になっているファーガソン公爵家に来ていた。
「元気にしているか?」
父親に嘘を言いたくないが、心配もさせたくない。
姉妹が曖昧に笑むと、伯爵は何か感づいたようだ。少し迷って、チェリシラの手を取る。
「私に心配かけまいとしているのは分かるが、言ってくれた方が安心する」
父親にそう言われると、ジェネヴィーブとチェリシラはポツリポツリと話し始めた。
火矢が馬車に射られた話になると、ダークシュタイン伯爵は頭を押さえた。
前かがみになって、息を吐くと、
「よく、無事だった。
その、ゼノン殿下とヤーコブ子息には、いくら礼を言っても足りない」
「お父様、ゼノン殿下とヤーコブには感謝している。
グラントリー殿下とアレステア公子も、もし近くにいたら助けてくれたと思う」
ジェネヴィーブがグラントリーとアレステアを庇う。
「分かっている。
それでも、彼らの勇気がお前達を助けたんだ。
なかなかできる事ではない、きちんとお礼を述べたい」
ましてや、一人はアドルマイヤ王国の王子だ。守られる立場でありながら、助けてくれた。
ジェネヴィーブに求婚してきたのは、その殿下の同母の兄の王太子だ。
ダークシュタイン伯爵が言う事は、もっともな意見である。
「それと、アドルマイヤ王国の王太子殿下から結婚の申し込みが来ている。
その人が、ジェネヴィーブの手紙の人に間違いないのか?」
ジェネヴィーブが頷くのをみて、ダークシュタイン伯爵は何度目かの溜息をついた。
「どうやって、アドルマイヤ王国の王太子と知り合うんだ?」
「初めて会ったのは、公爵夫人の薬草を探しに行った山の中だったの」
ジェネヴィーブは、話ながら頬が熱くなっていくのがわかる。
父親に、自分の恋愛を説明せねばならないのだ。恥ずかしいが、ごまかすことは出来ない。
恋愛主義のダークシュタイン拍車家だから許されるが、普通の貴族令嬢ならばそうはいかない。
「好きになってしまったものは仕方ない。
だが、グラントリー王太子殿下に不実であった。もっと早く、きちんとお断りをしてから、キラルエ王太子殿下に返事するべきであった」
「はい」
俯いて返事をするジェネヴィーブを、伯爵はみつめる。
ずっと子供ではいてくれない、父として寂しさを感じる。
「陛下と謁見して、王太子殿下の婚約者候補を辞退することを認めていただいた」
「お父様!」
「ダークシュタイン家の家長として当然のことをしたまでだ。だが」
だが、と言葉を止めてジェネヴィーブとチェリシラを見る。
「婚約者ではないが、候補という事も責務がある。それが、こんな簡単に辞退できるなんておかしい。
まるで、最初から候補を落とそうとしていたのではないか?」
「グラントリー殿下が、強引に私を婚約者にしようと思われているの、陛下が認めた婚約者候補は他にいるから。
でも、グラントリー殿下とアレステア公子が寝る間も惜しんで犯人を捕まえようとしてくれているけど、思うようにすすんでいないみたい。
殿下よりも強い権力が動いているかもしれない」
ジェネヴィーブは不確定と言っても、伯爵には確定しているように聞こえる。
チェリシラが翼をもって生まれた時から、ダークシュタイン家では最悪の状態を考えながら対策を練ってきた。
その時がきたのかもしれない、と伯爵は覚悟する。
「チェリシラ、アレステア公子は大事にしてくれるか?」
「はい」
嬉しそうに返事するチェリシラ、どうかこのまま幸せにと願う。
「公爵も公子も、戻ってこれないお詫びの連絡は頂いている。
私は、そろそろお暇しよう。
領地にもどるが、私は領地で準備をしている。いつ逃げて来てもいい」
伯爵が席を立つと、ジェネヴィーブとチェリシラも席を立つ。
「お父様、私は逃げない。
堂々と、キラルエ殿下のとこに行きたいし、危険があるような状態でチェリシラを置いていかない」
ジェネヴィーブが言えば、伯爵はそうか、と呟いた。
「グラントリー殿下には誠意を忘れないように、ジェネヴィーブとチェリシラを認めてくれたことは間違いないのだから」
「はい」
ジェネヴィーブとチェリシラは、伯爵を玄関まで送って行く。
永遠の別れではないのに、寂しい、今までなかった思いを感じる。