父親の矜持
娘から届いた手紙に好きな人ができた、と書かれていたのは驚いた。それが婚約者と望んでくれた王太子殿下ではないという。
婚約者候補を降りたい、という記述にため息が出た。
ファーガソン公子に比べ、グラントリー王太子は熱意が感じられなかった。
娘の価値の話をしていたが、親として喜べる相手ではなかった。
娘自身が王都に行くことに納得していたので許したが、グラントリー王太子との婚約は許可をださなかった。
娘をジュヌと呼んで親しさをだしていたが、ファーガソン公子の視線とは違っていた。
それでも二人が納得しているなら、と思っていたが、娘の手紙である。
さらにアドルマイヤ王国より、ジェネヴィーブへの求婚の使者が来た。
娘からの手紙には相手の名前はなかったが、使者が言うにはキラルエ王太子だと言う。
心臓が苦しくなるほど、驚いた。
どうして、ジェネヴィーブが?
父として、娘に確認するのと、グラントリー王太子殿下に不義理な状態を避けるためにも、早期の婚約者候補辞退をせねばならない、と思いダークシュタイン伯爵は王都に来たのだ。
もっと早く来たかったが、王との謁見がやっと許可されたのだ。
静かな謁見室に足音が響いた。
王が着席になったのを確認して、ダークシュタイン伯爵は顔を上げた。
「ジェファーソン・ダークシュタインでございます。
陛下のご尊顔を拝見し、恐悦至極であります」
「よい、楽にするがよい。ご令嬢の件であろう」
王は手を広げると、寛容な態度を表す。
「ありがとうございます。
はい、長女ジェネヴィーブの王太子殿下の婚約者候補を辞退させていただきたく、お願いに参った次第でございます」
ジェファーソンが挺身に言葉を選べば、王は考えているように片肘をつく。
「王太子には、元々の婚約者候補がいる」
王は、後から割り込んできたのがお前の娘だ、と含ます。
「だが、王太子が言うのも納得できるほど、優秀なご令嬢であると認識している」
王は、ジェネヴィーブが優秀だと聞いているが、気候の調査方法や農地との関係を得られれば、ジェネヴィーブでなくとも、研究員でも問題ないだろうと考えている。
「だがな、優秀なご令嬢を他国に出すには問題が多い。
ダークシュタイン伯爵家は、ご令嬢だけであろう。
第2王子を婿としては?」
第2王子は、愛妾が産んだ王子とは呼称だけで、王位継承権もない。
正妃が産まれた王太子に比べて、噂にも乗らない存在感である。
ジェファーソンは、ぐっと力を入れた。
チェリシラが翼を持って生まれて、世間にバレた時の為に、何度も家族で逃げる打ち合わせをした。
王の不興を買って、逃げてもいいではないか。
娘に意に沿わぬ結婚をさせる訳にはいかない。
「せっかくのご縁ですが、娘には好いた男に嫁がせたいと思っております」
王はダークシュタイン伯爵を一瞥すると、片手をヒラリと振る。
「よい、無理を通したいわけではない」
王とて、愛妾の子供の評判が悪く、縁を結びたい家が少ないのは分かっている。
「婚約者候補の辞退は受け入れた。 下がるがよい」
ダークシュタイン伯爵は、顔を上げて王を見る。
「ありがとうございます」
幼い頃より、しっかりした娘であった。
チェリシラの事では、我慢もしてきたろう。
これからは、父として娘を守ってみせる。