ダークシュタイン伯爵の手紙
公爵邸に帰ると、手紙が届いていた。
「お父様からだわ」
ジェネヴィーブがチェリシラを呼び寄せる。
火傷の事は知らせていないが、知られれば連れ戻されるに決まっている。
「なんて?」
チェリシラが手紙を覗き込むように、身体を寄せて来る。
「明日、ここに挨拶に来るって!」
書いているのはそれだけではない、王の謁見の許可も得ているとある。
ジェネヴィーブがトルテア公爵夫人に会いに行けば、チェリシラは手紙を書くと慌てる。
「手紙!アレステア様と公爵閣下に手紙!」
帰って来たファーガソン公爵からは、受け入れの許可をもらったが、夜になってにアレステアがグラントリーを連れて帰ってきた。
「チェリ」
一緒にいるジェネヴィーブには目もくれず、アレステアはチェリシラに駆け寄る。
「体調はどうだ?火傷のところがぶり返して痛くないか?
伯爵が何と言っても、婚約は解消しないから!」
撫でてと言わんばかりに、アレステアはチェリシラにすり寄っている。
「いつもこうなのか?」
ジェネヴィーブの横に立つグラントリーが、呆れてきいてくる。
何を今更、と思いながらもジェネヴィーブは返事をする。
「そうです。
お久しぶりです殿下。いつもお花をありがとうございます。
ですが、今後はお控えいただきますようお願いします」
ジェネヴィーブは王太子の婚約者になるとして王都に来たが、王の許可を得られずに王太子候補となっている。
だが、キラルエへの想いがある今、王太子候補は負担でしかなく、プレゼントは受け取りたくない。
いざとなれば逃げればいい、なんて気楽に考えて王都に来た自分が情けない。
一瞬、グラントリーは怒ったような表情をしたが、すぐに何でもないようにする。
「婚約者に花を贈るのは普通だろう?」
「前はこんなことしなかったのに。
それに・・」
ジェネヴィーブが言おうとした言葉を、グラントリーは止める。
「君は僕の婚約者だ。君の才能はこの国に必要なんだ」
聞こえてきた会話にアレステアは、これじゃグラントリーの気持ちは伝わらないがグラントリーが自覚していない以上、どうしようもないと思う。
ジェネヴィーブはグラントリーを見て、言おうとした事をやめる。
じゃ、才能のある私は、結果を出し続けねばならない、ってことね。
伯爵領の干ばつを最小限に治めたのだって、何年も地道な観察を続けた結果だ。すぐに結果に結びついた訳ではない。
好きって気持ちを知ったから、建前でジェネヴィーブを妃にしようとするグラントリーを以前のようには接することができない。
「殿下、事件の処理は進展しているんですか?」
ジェネヴィーブは、婚約者候補の話は埒があかないと、事件の話に変える。
「行き詰っている。
それより、天使教に教会に行ったんだって?
なんて危険なことをするんだ」
情報源はヤーコブね、と思いながらジェネヴィーブは返事を考える。
「殿下は、天使教が危険だと思っているんですね?」
「ああ」
答えるグラントリーは、隠そうとしない。
「言いたくはなかったが、もう知ってしまったんだろう?」
「あの宗祖に代わってから、爆発的に信者が増えていて、ギラッシュ夫人の離宮にも出入りしている」
ギラッシュ夫人を通じて、王とも懇親であるようだ。
「だが、私もアレステアも必ず犯人を見つけ、報復を受けさせる。
ファーガソン公爵をはじめ、多くの貴族の支持を得ている」
王の愛妾の離宮に!?
絶対に、ヘンリエッテ王女のことで狙われたんだ。それで殺されかかるって、王宮って怖すぎる。
でも、絶対に屈したくない。
権力があるからって、間違ったことが許されるのなんて違う。
ヤーコブから聞いている、ヘンリエッテ王女を頭にしたクラスカーストを思い出す。
「その宗祖様にヤーコブが気に入られたみたいで、内情視察にヤーコブには教会に通ってもらおうかと」
「絶対にダメです!」
チェリシラをかまっていたアレステアが口を挟んできた。
「チェリを連れて、ジェネヴィーブも一緒に行くつもりでしょ!?
絶対にダメです。
慎重をきする相手なんです。だから、私達が時間がかかっているんです」
天使教の対策に時間が取られてしまい、ダークシュタイン伯爵への対策は講じられないで、グラントリーは王宮に帰って行った。