疑い
ヤーコブは、ガブリオから貰ったロザリオを掌に乗せて眺めていた。
「僕、上手くできたかな?」
「ええ、とっても!」
ジェネヴィーブが言うとチェリシラも頷く。
「ヤンちゃん、頑張ったな」
ゼノンがポフンとヤーコブの頭に手を置く。
「僕、あまり教会とか行った事なかったけど、あんなんじゃなかった」
ヤーコブが首をかしげる。
「司祭様とか修道士様とかが、お話されてたけど。あくびしたり、こっそり話したりしてた。
あんな、全員が身動きもせずに聞いてるって、学院でもないよ。
それに、すごくいい香りがしてた。なんだろう?」
「香り?」
ゼノンも思いだしたように、香りと再度呟く。
「それにしても、あの宗祖、ヤンを可愛いと繰り返していたな」
「香り!」
チェリシラが、突然に声をあげた。
「そうよ、ヤーコブ、あの香りよ!」
ジェネヴィーブは、チェリシラが落ち着くように手を添える。
「チェリシラ?」
ふー、と一息ついてチェリシラが苦笑いする。
「大丈夫よ、お姉さま」
それから、ヤーコブを見て頷いた。
「あの香り、僅かだけど馬車でもしてた。
もしかして、火矢にあの香りが付いていたのかも」
ジェネヴィーブがチェリシラの手を握る手に力が入る。
「それは、あの襲撃に天使教が関わっている可能性があるってことよ。
私達を襲う理由が、天使教にあるのかしら?
天使教にあるのではなく、理由のある人物と繋がっているとしたら?
犯人を隠匿するのも容易だわよね?」
「そうだよ。
アドルマイヤ王国の王子である僕が大火傷を負ったんだ。兄が国を抑えているが、この国で騒ぎになっていないのは不自然すぎる。
王都の街中で、夕方は人通りも多い。目撃者もたくさんいるはずなのに。
天使教が関与しているなら、目撃者自体が天使教徒で協力者ということもありえる」
そして、とゼノンは続ける。
「グラントリー王太子もアレステア公子も、多少は掴んでいるのではないかな?
だが、犯人を捕まえられないのは、天使教がそれだけの権力者の支援を受けているってことだ」
「よーし、分かったわ」
ジェネヴィーブが、ニッコリ笑う。
「ヤーコブ、ずいぶん宗祖様に気に入られていたわよね。
潜入しなさいよ」
「ええ!?
嫌です、怖いです」
どんどん尻すぼみに、声が小さくなるヤーコブだ。
涙目で上目遣いにジェネヴィーブを見て、反応したのはゼノンである。
「お前、これで男って嘘だろう!?」
ゼノンはヤーコブの可愛い仕草をいったのだが、ヤーコブは男らしくないと言われたと思った。
「すみません、僕、頑張ります。恐いけど頑張ります」
悲壮な決意で拳を握りしめるヤーコブであるが、周りからは痛々しく見えるようだ。
「そんなの怖いなら、頑張らなくっていいのよ」
ジェネヴィーブはヤーコブが可哀想にみえて取りやめるが、ヤーコブの決意は固い。
「僕、今までの僕から変わるんです」
嫌と言えるようになっただけでも、すでに変わっているのだが、ヤーコブはそれには気がつかない。
「僕は本国に、香りの事を連絡するよ。あちらでも不穏な動きをしているかもしれないから」
ゼノンが、もう一度、ヤーコブの頭をなでるように手を置いた。