天使教のたくらみ
教会の奥の部屋で、ガブリオが待っていた。
「こんなところにお呼びして申し訳ない。
宗祖のガブリオと申します。護衛の方もどうぞお入りください」
穏やかな表情で、ガブリオがヤーコブに席を勧め、侍女のジェネヴィーブとチェリシラ、護衛のゼノンも
部屋に入る。
ゼノンはヤーコブの席の後ろに立ち、ノリノリで護衛役をしているのが感じられる。
ガブリオの他にも2名の司教が部屋にいる。
それだけの人数が入っても余裕のある、大きな部屋だった。
宗祖と聞いて、ヤーコブが立ちあがりカーテシーをしようとするが、見よう見まねで美しくできるほど簡単んではない。
剣の訓練で体感ができているとはいえ、カーテシーなどしたこともない男の子なのだから。
スカートを広げる手が、プルプルと震えている。
「ああ、緊張しているのですね。なんと初々しく可愛らしい」
ガブリオが手を挙げて、ヤーコブのカーテシーを受けたので、ヤーコブは顔を上げてカーテシーを終わらせる。
席に座って、出されたお茶のカップを持つのも、淑女らしくと気を使い過ぎてカチコチになっている。
「ああ、本当に可愛い。王都は初めてですか?」
ガブリオが目を細めてヤーコブを見ると、ヤーコブはコクンと頷く。
うまい、ヤーコブ、田舎娘をよく演じているわ、とジェネヴィーブは心の中で絶賛しているが、ヤーコブは演じているのではなく必死なのだ。
「お呼びしたのは、ご令嬢が熱心に祈っている姿が印象に残ったからです」
ガブリオの言葉に、ヤーコブはいつのいことだろう、と考える。
教会に入ってガブリオの説法が始まったが、祈っている振りをしていれば令嬢らしいだろうと思ったのだ。
ヤーコブの考えている姿が、ガブリオには恥じらっているように見えたらしい。
「責めている訳ではないのです。美しい祈りの姿でした」
チラリとジェネヴィーブを見れば笑顔なので、ヤーコブは自分が失敗していないと安心する。
「あの、姉のケガが早く治りますようにと」
「姉君がケガされたのですか?」
「火傷を負ったので、お見舞いに来たのです」
俯き加減にヤーコブが答えると、ガブリオが眉をさげて心配そうにする。
「それは心配ですね。私も夜の祈祷の時間に祈っておきますね」
ガブリオは司教に一人からロザリオを受け取ると、ヤーコブに渡す。
「お時間を取らせました。これは、私からの贈り物です。
ご令嬢の祈りが、天使様に通じますように」
「ありがとうございます」
ヤーコブが礼を言うと、ガブリオは司教に出口まで送るように指示をする。
ガブリオは窓辺に寄って、ヤーコブ達が馬車に乗り、司教に見送られて教会から去って行くのを確認した。
「どうだい? 彼女は可愛いね」
「はい、宗祖様」
残っている司祭が、同意する。
「きっと、天使様が気に入るだろう。
街の女にはない純真さ。容姿も最高だ。貴族令嬢として大事に育てられたのがわかる。
男の手など付いてないのは明白だ」
ふふ、と小さく笑い声を抑えてガブリオが口元を歪ませた。
「田舎娘のダークシュタイン姉妹を、天使様への祈りを捧げた火で、天使様の元におくる予定だったが、その妹がいるようだな」
司教は、ガブリオの話を静かに聞いている。
「穢れを嫌う天使様への捧げものは、清らかな身体でなければならない。
王都の貴族娘はいけないね。まず、心が汚く濁っている」
ギラッシュ夫人を使って、あの娘を呼び出そうか。
田舎貴族では、王の愛妾の呼び出しを断れないだろう。
ガブリオは、ヤーコブを呼び出す算段をする。
彼女の血は、花のようにかぐわしいだろうね。
最高の贄だ。
「儀式の準備を急がねば、ならないな」
「天使様の思し召しのままに」
司教は一礼をすると、ガブリオ一人を部屋に残して出て行いった。