天使教のお札
ジェネヴィーブとチェリシラが侍女のお仕着せで、ヤーコブが豪華なドレスという主従逆転の状態で街にいた。
火傷で休んでいるジェネヴィーブとチェリシラが街にいる訳にいかないから、侍女の姿に変装しているのだ。
学院の報告を受けたジェネヴィーブが、ゼノンに連絡した。
『ヤーコブお嬢様のお供で街に出るので、護衛に来て欲しい』
「気を付けて」
そう言って、ジェネヴィーブとチェリシラを送り出すのは、公爵夫人トルテア。
部屋で安静にするしかなかった身体は、サロンで過ごせるようになっている。健康体とは言えないが、以前とは比べようもないぐらい回復している。
ジェネヴィーブとチェリシラと過ごす時間は、トルテアに楽しみを作り、笑顔が増えた。
ヤーコブを女装させるのは、トルテアの新たな遊びになっている。
学院を休んでいる間、ジェネヴィーブとチェリシラは実験を繰り返していた。
煙幕を作っていたのだ。
今回のように、不慮の事故でチェリシラの翼がでた時に、煙でごまかせるように、携帯用の煙幕の開発である。
煙は直ぐに作れたが、引火性だったり、わずかな振動で煙が出たり、と失敗の連続であった。
もし、翼を広げたら、田舎のダークシュタイン伯爵領と違って、王都では目撃者がいっぱいできる。
一国の王子がこんなことでいいのか、と思う程、ゼノンは無防備だ。
ジェネヴィーブとチェリシラには、ヤーコブ以外に、距離を取り目立たぬように護衛が付いているが、ゼノンは一人である。
「殿下、護衛は? この間もお一人でしたね?」
ヤーコブが心配して尋ねた。
「僕は、イーガンの次に強いから、いいんだよ」
待ち合わせ場所に現れたゼノン、何でもないかのように答えた。
イーガン?
たしか、キラルエ王太子の側近の名前だった。
ジェネヴィーブは、ゼノンが強さの引き合いにだすほどだから、国でも屈指の騎士かも知れないと思う。
「お姉さま、あれは?」
チェリシラが、店の奥に小さな紙が貼ってあるのを見つけた。
「あれは、天使教のお札だよ」
ジェネヴィーブの代わりにゼノンが答えた。
「最近、よく見かける」
「そういえば、この間行ったスィーツショップでもあったわ」
チェリシラが思い出した、と他にも見かけたと店の名前を羅列する。
ゼノンの目が真剣なのをジェネヴィーブは見ていた。
もしかして、ゼノン王子がこの国にいるのは・・・
ヘンリエッテ王女との縁談の話があって、留学してきたと聞いているが、すぐに縁談は断っていると言ってた。
それでも、この国にいるのは、この国の情報を兄の王太子に報告するためだろう。
それは、グラントリー達も分かっているはずだ。
「天使教って、そんなに?」
ジェネヴィーブは、ゼノンを見る。
ゼノンは首を横に振ると、両手をあげて肩をすぼめる。
「そんなに、です。
国に国境はあっても、人の心に国境はありません。
過ぎた信仰心は、不可能を不可能と思えなくさせる」
ゼノンは、あいまいに答えるが、ジェネヴィーブには言いたいことが分かる。
妄信的な信者にとっては、天使様の導きならば、正当性もなく勝因もなくても蜂起さえするだろう。
ゼノンは、アドルマイヤ王国に飛び火しないように天使教の見張りも兼ねているのではないか?
「天使教って、そんなに危険なの?」
「教義が危険なのではありません。この2~3年、劇的に信者が増えていることを憂慮しているのです」
ゼノンが言う。
アドルマイヤ王国でも、信者が増えているのだろう。
ゼノンがヤーコブをからかうように誉めだしたので、会話の終了ということだろう。
「可愛いな。屋敷の侍女はいい仕事をするな」
「ありがとうございます」
ヤーコブは、ゼノンに相槌を打つも、周りに気を回して危険がないかとピリピリしている。
ジェネヴィーブはチェリシラを連れて、その後ろを歩く。




