王宮に到着
グラントリーは視察を、連れて来ていた文官達に任せて、アレステアと僅かな護衛と共に急遽帰郷した。
学院を1週間休んで、東部地方の視察に来ているのだが、ジェネヴィーブとチェリシラを編入させるとなると、早急に手を打たねばならない事が多い。
王家の馬車に、グラントリーとアレステアの他に二人の少女が乗っているのは、護衛にのみ極秘任務として伝えられた。
チェリシラとジェネヴィーブは直ぐに領地を離れるつもりはなかったのだが、グラントリーがチェリシラに殴られたと、ダークシュタイン伯爵家に圧力をかけたのだ。
「うっとうしい!」
チェリシラの肘鉄がアレステアのみぞおちにはいった。
「ひどいですよ、チェリ。痛いんですから」
「全然痛そうじゃない、どれだけ鍛えてるのよ!
引っ付かないで!」
狭い馬車の中で、チェリシラが離れた分、アレステアが引っ付いてくる。
反対の席では、グラントリーが農地改革の質問をジェネヴィーブにしている。
「これは、革新的だな。北部地方でも応用できるのではないか。観測のポイントが重要だな」
「資料はあげる、勝手にして」
グラントリーが話しかけても、ジェネは伯爵領から持ってきた資料に書き込みながら、淡々と答えるだけだ。
グラントリーとジェネヴィーブの温度が全然違う。
こんな女の子、今までいなかった、グラントリーは楽しくてしかたない。
「国全部でジェネの試案を実施してみたいだろう? ジェネの指導が必要だ」
「それは王太子妃でなくて、研究員で十分でしょ?」
「そんなに私は魅力ないかな?」
「王家の責任とかを凌駕するほどの?」
チェリシラが正面衝突で否定するなら、ジェネヴィーブは知的に打ち負かしてくる。
ジェネヴィーブは分かってなかった。
王家の責任をもって生まれたグラントリーにとって、まず最初にそれを理解しようとするジェネヴィーブに好感が深まることを。
「陛下に紹介せねばならない。
チェリシラ嬢のことは秘匿にしておこうと思っている。
陛下の認可を得るには、ジェネの気候対策と農業成果で十分だ。それは協力してくれるだろう」
グラントリーはニヤリと口の端をあげる。
誰もジェネヴィーブの才能には敵わないだろう、だがグラントリーには勝てるものがある。
駆け引きや、裏工作、隠密行動である。
「仕方ないですね」
ジェネヴィーブは、グラントリーを軽く睨みながら頷くしかない。
グラントリーとアレステアにとって楽しい馬車の旅は、翌日には王宮に着いて終わった。
ジェネヴィーブとチェリシラは、グラントリーとアレステアに先導されて王宮を歩いているが、馬車の中とは違って一言も話さない。
ジェネヴィーブとチェリシラは無表情になり、アレステアは威嚇するかのごとくで、反対なのがグラントリーだ。穏やかな雰囲気をだしている。
ジェネヴィーブは、グラントリーとアレステアを観察していた。
ほっておいても人が寄ってくるんだろうから、策略家のグラントリーは誰にでも優しい王太子殿下で、感情豊かなアレステアは近寄りがたい冷たさを漂わせた公爵子息を身に着けているみたい。
どちらも人をあしらうには、いい方法だろうけど、馬車の中の二人を知っているから違いすぎる。
王族や高位貴族って大変ね。
田舎に閉じこもっていても、多少は王家や王都の話は知っている。
王には、正妃だけでなく愛妾がいて、王子王女は5人。
正妃が産んだグラントリーが王太子だが、正妃の子供はグラントリーだけだ。
能力も血統も全てにおいて、グラントリーは絶対に立場が揺らがない王太子であるが、父である王は4人も子供を産ませるほど寵愛している愛妾がいる。王妃がそれを嬉しく思うはずもない。
そして愛妾の側も、グラントリーがいなければ愛妾の子供が次期王になると思っている。
正妃の子供のみが継承権をもち、グラントリーの次の順位は王弟であるが、愛妾は納得していないようである。
王太子殿下は身を守る為に、優しい王太子殿下でないとダメなんだろうな。
ジェネヴィーブは、自分の賢さに辟易している。
わかっちゃうと、冷たくできない。
「なんか、アレステア様、雰囲気怖いよね」
チェリシラは怖いもの知らずである。
「それに殿下は、周りに笑顔で胡散臭い」
コソコソと、チェリシラがジェネヴィーブに話しかける。
「王宮って、噂通り魔宮ね」
チェリシラが小声で話して、ジェネヴィーブが相打ちをする。
前を歩いている二人には聞こえているだろうけど、お構いなしである。
「あー、はいはい。興奮したりしないから大丈夫です」
羽は絶対に出しません、とチェリシラが決意を言えば、前を歩く二人が肩を震わせて笑いをこらえていた。