王妃ルシアーナ
王妃は、教務官を集めての教育会議の為に準備をしていた。
派手過ぎず、それでいて地味にならない装いは、王妃の美貌ならではこそだ。
姿見に移る姿に満足していると、侍女が王の訪れを告げた。
最近とみに、先触れもなく来る。
そろそろ鬱陶しくなってきた。 もういいだろう、十分に勘違いをさせた。
「陛下、どのような御用でしょうか?」
王妃がにっこりと微笑めば、王が口元をほころばせるのが分かる。
「いや、私も王妃と参加しようと思ってな」
王は断られるなど思ってもいない。
「何度も忙しいと断られた記憶がありますわ。
いまさら、軌道にのった会議に出られても困りますの」
王妃はツンと顎をしゃくりあげる。
若い頃には、冷たくつき離す事しか出来なかったが、人生を重ねて王を手玉に取る。
王も、忙しいと言って王妃を遠ざけ、ギラッシュ夫人と逢瀬をしていた記憶があるので、それ以上は強く言えない。
「そうか」
王妃は王の視線が集まるように、足の先まで神経を張り詰めて、誰よりも美しく歩く。
ほら、あの愛妾と比べてみなさい。
コンコン、扉がノックされてグラントリーが入ってきて、王がいる事に気がついた。
「陛下、おはようございます」
グラントリーは王を尊敬していないが、王としての執務は認めている。
「ああ、おはよう」
王も王妃に見惚れていた事など、微塵もみせずに声をかける。
「母上、参りましょう」
グラントリーにエスコートされて部屋を出れば、アレステアや護衛達が待機している。
部屋に王を残して、王妃とグラントリーは教育会議に向かう。
今日は、王妃が作り上げた教育制度をグラントリーに移行する会議なのだ。
「貴方が即位すれば、私は南の宮殿に行こうと思ってます。
私の実家は貴方には面倒になることでしょう。いくら外戚でも私がいなければ、多少はおとなしいでしょう。これからは、ファーガソン公爵家が貴族のまとめ役を担うわ」
王妃は、王に復讐をすれば王宮を出るつもりでいる。
「ファーガソン公爵は、これ以上の権力を得るよりも、早く公爵邸に帰りたい人なので、貴族の取りまとめなど時間のかかることはしませんよ」
グラントリーは、アレステアの変った姿を見て、ファーガソン公爵を理解できた。
「母上、南に行かれるなら、早めに準備をすることをお勧めします」
グラントリーの言葉に、王妃は顔を上げたが、すぐに視線をもとに戻す。
「わかりました」
王妃も、王の退位が迫っていると理解する。
「ごめんなさいね。貴方を置いて行くわ」
「もう子供ではありません」
それは、子供の頃は一人が辛かったと言っているのと同じである。
王妃は王に対抗するように、公務に明け暮れていた。
その夜の事だ。
静かな王宮に悲鳴があがる。
護衛の騎士が集まり駆け寄ったのは、王妃の部屋だ。
王が王妃の部屋に突入し、寝室に入ろうとしたのだ。
「我らは夫婦だ!」
王妃に抵抗されて、王妃の護衛が王を取り押さえていた。
「放せ! 私が王だ!」
王が叫ぶも、護衛が力を緩めることはない。
「王が乱心です」
王に乱暴されそうになり乱れた髪を、手櫛で直しながら、王妃ルシアーナは立ちあがって声をあげる。
「ああ、愛妾などという者をおいた時点で、乱心されていたのですわね?」
王妃がグラントリーを身籠った時に、王は浮気をして愛妾をおいた。
愛妾に子供が出来て、愛妾を優遇する王に、血の涙を流した。
王妃が王を諦めるのに、何年もかかった。
「愛妾をつくる男に、いつまでも愛情を持っている妻などいませんわ」
うふ、と妖艶で可愛い笑顔をみせる王妃。
貴方が捨てたものは二度と手に入らない。
王妃は復讐のため、王を陥落させて捨てるのだ。
王妃は侍女に目配せをする。
ギラッシュ夫人の耳に入るよう、王が王妃に執心で寝室に忍ぼうとして拒否された、と噂を広めなさい。