グラントリーの焦燥
深夜に休憩を取る僅かな時間も、アレステアは公爵邸に戻る。
もうすでに寝ているだろうチェリシラの寝顔を見る為に。
ザン!
睡眠不足で思考力が落ちているのかもしれない。
「ジェネヴィーブ」
名を呼んで、アレステアは、投げ捨てた書類が散らばるベッドに倒れ込む。
ジェネヴィーブの才能がギレンセン王国から流出する。
王は、それがどれほど危険か分かっていない。
観測データから長期気候を予測し、天災に準備する。それは災害の被害を小さくするだけでなく、災害に強い品種の開発にもなる。
あの火傷を治した薬。
突然変異で出来た効能と言っているが、チェリシラに関しているのかもしれない。
翼があるチェリシラには、特別な力があるのではないか?
実験を・・・・
グラントリーは、両手で顔を覆った。
「私は、なんてことを・・。それをすれば、ダークシュタイン姉妹を永遠に失う」
誰もいない部屋に、グラントリーの呟きが消える。
「なんだ、寝てなかったのか?」
誰もいないはずの部屋に、アレステアの声が響く。
「今、戻った。
先に執務室に行くから、すぐに来いよ」
アレステアが消えて、グラントリーは胸を抑えながら起き上がった。
まさか、聞かれていないだろうな。
考えただけだが、グラントリーは罪悪感に苛れる。
チェリシラは普通に生きる事を望み、ジェネヴィーブはそれを叶えようとしている。
ジェネヴィーブは素質があったのだろうが、あの才能は努力の賜物だ。
姉妹、家族。
グラントリーには、理解できない。
羨ましいとも思う。
グラントリーにとって、義弟妹は不要であり、憎むべき存在だ。
緩めたタイを締め直して、グラントリーは執務室に向かう。
執務室にはアレステアだけでなく、事務官が揃っていた。
「待たせた」
それだけ言うと、グラントリーは椅子に座って報告を受ける。
「陛下に視察の予定が入りました。
その視察に陛下は王妃陛下を同行させたい意向のようです」
事務官の報告に、グラントリーはペンを止めた。
「王妃陛下を同行させる理由は?」
「王妃陛下が行われている女性事務官の登用の為に、地方官舎の視察です」
事務官が告げると、グラントリーは持っていたペンを机の上に置く。
王が王妃の周りに現れている報告は受けている。
ギラッシュ夫人と王妃と比べれば、美貌も知性も教養も実家も王妃の圧倒的勝ちである。
いまさら、後悔しているということか。
王妃の興味のある視察を盛り込んだということだろう。
「殿下、王妃陛下には同行されないよう説得願いたい」
私室ではグラントリーと呼んだアレステアは、殿下と呼ぶ。公私の使い分けはキッチリとしている。
「王妃陛下は、陛下とは地方視察のような宿泊をする行定は同行されない」
グラントリーは、母親の事とは言え、言い切る。
王の愛妾に子供が生まれた時に、王妃は王を見限った。
グラントリーの記憶の中の母の姿。