ファーガソン公爵夫人の見解
ヤーコブは馬車の中で、ジェネヴィーブを伺っていた。
襲撃現場を見に行って、それからジェネヴィーブに求婚する男が現われて、すごい1日だった。
「ふっ!」
チェリシラが口元を押さえて笑いだした。
「ヤンたら、可愛い顔してお姉様をずっと睨んでる」
我慢できないとばかりに、チェリシラの笑い声が響く。
「いいのよ、気になるんでしょ?」
ジェネヴィーブ自身も笑いながらである。
「グラントリーには、お世話になっているし、王太子妃候補だから、簡単な話じゃないと思う」
ジェネヴィーブは王太子妃候補から外れるとは思えない。グラントリー自身が選んだ相手なのだから。
「僕は、ジェネヴィーブ様は王妃となって、この国を改革してくれると思っているし、期待している」
ヤーコブは、まっすぐにジェネヴィーブを見る。
キラルエの事で、ヤーコブや皆を裏切るような罪悪感がわいてくる。
ジェネヴィーブは、窓に視線をやると、キラルエは今どこを駆けているのだろう、と思ってしまう。
キラルエの事が気になる。好きってこういう事なのかな?
ジェネヴィーブは、恥ずかしいような嬉しいような気持ちに戸惑っていた。
だが、今はそれよりもやる事がある。
「ヤン、屋敷に戻ったら手紙を書くから、殿下に届けて欲しいの。
襲撃の場所の特定を伝えて欲しい」
「はい!」
表情を引き締めてヤーコブが返事をするが、ドレスが似合いすぎて、チェリシラの笑いをまた誘った。
ファーガソン公爵邸に着くと、ジェネヴィーブはすぐに手紙を書いた。
ヤーコブはドレスを脱ぐと、急いで王宮に向かった。
ジェネヴィーブとチェリシラは、日課である公爵夫人の部屋に向う。
公爵夫人の部屋には、すでにお茶が用意され、夫人が二人が訪ねてくるのを歓迎してるのがよく分かる。
公爵に囚われるように生活している夫人にとって、二人の話は刺激的であった。
夫人の熱と脈を測り、以前より強く脈打っていることに安心する。
ジェネヴィーブは、襲撃現場の事を話さないが、キラルエの事を話した。
夫人から公爵に伝わるといいと思ったからだ。
「まあ、ジェネヴィーブの初恋なのね」
夫人はお土産のケーキを一口食べて微笑んだ。
「そうなのです。私も側で見ていてびっくりしました。
二人が親密だから」
チェリシラが、からかうように口を挟んてくる。
「ジェネヴィーブは、王太子妃候補ということで悩んでいると思うわ」
夫人はまっすぐにジェネヴィーブを見た。
「私は物心着く頃には閣下が側にいたから、とても長い時間を閣下と一緒にいるの。
ファーガソン公爵家の人って、アレステアを見てるとわかるけど、一途で猪突猛進なの。それは、相手が怖く思うぐらいにね」
夫人は公爵との馴れ初めを話し始めた。
「私はファーガソン公爵家の傍系の家に生まれて、こういう姿だから、隠されるように育ったの。
前公爵と閣下が、私を見に来た時に閣下は私を見初めたと言うの、でも、私は多分幼児で色恋などわかるはずもなく、閣下は私が閣下を好きだと思い込ませようとしたの」
でも、と夫人は言う。
「側に優しいお兄さんがいれば、好きになっちゃうわ」
夫人はチェリシラを見る。
「チェリシラはアレステアの熱情をうっとおしいと思っているかもしれないけど、私にはずっとそれだったからそういうものだと身についていたの」
そして、またジェネヴィーブに視線を戻す。
「閣下に何度も何度も求婚されたけど、頷くことはない、
だって、私はこんな身体で弱いから」
「必ず閣下を残して先に逝くし、子供を産むのは無理と言われていたから」
そっと目を伏せた夫人に、目をひかれる。
「周りからも反対され、後継者だけでも他の女性に産ませろ、とさえ言われた。
けれど、私は閣下の側に居たかった。
閣下の側に私以外がいるのを見たくない、ということに気がついたの」
微笑んだ夫人は美しかった。
「アレステアがお腹にできた時に、閣下が私が死ぬから産むなと言うのよ。
どうせ先に逝くのだから、死んでも産みたかった。
好きな人の子供、産みたかった」