男の影
護衛の報告は、すぐにアレステア、グラントリーに届けられた。
「なんだって!」
声をあげたのは、グラントリーだ。
護衛は、離れていてキラルエの名前まで聞こえてなく、ヤーコブは自信なく伝えた。
『キラルエ・アノール・アドルマイヤ』
「他国の王族なら、顔を知らないだろうと騙ったに決まっている。
しかもアドルマイヤの王太子の名前だ。忙しい王太子がいるはずがないんだ。
そんな男がジェネヴィーブに求婚しただと!?」
グラントリーが手にしている報告書は、握りしめられてしわくちゃになっている。
「ジェネヴィーブは私の婚約者だ」
「まだ、婚約者候補だ」
アレステアが、グラントリーを訂正する。
ダークシュタイン伯爵領から二人を連れ出す時に、アレステアは熱烈な求婚をし、グラントリーは王妃に相応しい才能だと、ダークシュタイン伯爵に言ったのだ。
結果、ダークシュタイン伯爵は、アレステアとチェリシラの婚約を認め、グラントリーには認めなかった。
アレステアは早急にファーガソン公爵に婚約許可を得た為、アレステアとチェリシラは正式な婚約者となっている。
グラントリーは王にジェネヴィーブを紹介したものの、王からは第2王子の婚約者にとさえ言われてしまっている。
グラントリーにとってジェネヴィーブとの婚約は、王を排除してからの順番になっていた。
ジェネヴィーブに好感を持っているし、ジェネヴィーブの才能はなんとしても王家に取り込みたい。
グラントリーなりにアピールをしてきたつもりだが、アレステアの必死な様子を冷めた目で見ていたのはいなめない。
「ジェネヴィーブが、まんざらでもなかったと?
偶然で3回も出会うなんてありえないだろう。
名前を騙るように、ジェネヴィーブを狙って付け回していたに決まっている。
だから女なんて、いくら賢くても騙されるんだ」
「グラントリー!」
今度はアレステアが声を荒げた。
「それ以上ジェネヴィーブを貶すなら、ファーガソン公爵家と決別すると受け取ります」
チェリシラの姉であり、母親である公爵夫人の恩人でもある。
最近は、父の公爵と庭を散歩する姿も見れるほど、回復しているのだ。
「悪い、アレステア、本気じゃなかったんだ。
ジェネヴィーブが・・」
ジェネヴィーブが自分を裏切るなど、と言いたいのか、グラントリー自身も言葉を見つけられない。
ジェネヴィーブとは良い関係を築いていると思っていた。
学院では一緒に昼食を食べ、同じ時間を過ごす仲間だった。
アレステアのように、自分は恋焦がれていないし、ジェネヴィーブも自分に好感以上を感じているようには見えなかった。
だが、王と王妃には恋愛感情よりも、信頼と同じ目標をもつ信念、国民への慈愛が何よりも必要なのだ。
「アレステアだって、ジェネヴィーブが詐欺男に騙されるなんて許さないだろう」
グラントリーは両手を机に押し付けるようにして顔を上げた。
「もちろんです、それは同意します。
まずは、アドルマイヤの王太子の名を言った男を調べましょう」
アレステアも、アドルマイヤの王太子は本物ではないと結論している。
だが、ダークシュタイン姉妹は、好きになった人と結婚したいと言っている。
その点で言えば、グラントリーは格好つけしているようにしか思えない。
王と王妃の関係、愛妾への侮蔑。育った環境から恋愛を至上にはおけないのだろう。
アレステアにすれば、グラントリーはジェネヴィーブに好意以上の気持ちを持っているようにしか思えない。
なにより、ジェネヴィーブに他の男が求婚したということに、こんなに怒っているではないか。