娘たちの拒絶
ポーラが娘二人を連れてサロンに入ってくると、冷たい空気が漂っていた。
伯爵と、客二人が無言で座っているのだ。穏やかとは決して言えない雰囲気である。
「チェリ」
アレステアが立ちあがり、チェリシラの手を取る。
「足はどうだ? 痛いだろう、私が抱き上げるから歩かなくていい」
チェリシラは、パシンとその手を振り払う。
「これ見よがしに大事そうにしないで。公爵子息でもお断りよ。
羽目当ての人などお断りよ!」
チェリシラの羽という言葉で、ジェファーソンもポーラも察した。
娘たちは秘密を知られて、王太子と公爵子息はそれを手中にしようとしている。
「たとえ王家の総意としても、娘たちの意が添わない結婚を認める事はありません」
ジェファーソンもきっぱりと断りの言葉を口にする。
「違う!」
チェリシラに手を払われて茫然としていたアレステアが、正気に戻って否定する。
「たしかに羽は見た。それを隠したいのだろうと分かっている。
だが、それも含めてすべてがチェリなんだ。
私はそんなチェリに、一目惚れしたのだ。
羽の事でチェリが誰かに利用されるなど許さない。だから公爵家で守りたいのだ」
縋りつかんばかりに、チェリシラに説明するアレステアの姿は周りから見れば、哀れなほどだ。
だが、当人であるチェリシラは胡散臭そうにアレステアを見ている。
「伯爵、我々も秘密の共同体だと理解してほしい」
アレステアの様子を見ていたグラントリーが両手を組んで膝の上に置く。
「伯爵がご令嬢を隠している理由も察しがつく。それは正解だろう。
だが、我々が知ったように、いつまでも隠しておけるわけではあるまい。
それに、私もアレステアもご令嬢を利用するつもりなら、最初に攫えばすむ話だ。」
攫うのが無理なら脅威になる前に殺したはずだ、とグランベリーは暗に言っている。
王太子としてグラントリーが言うことは、もっともである。それにはジェフリーも同意する。
だからといって、娘の婚約を認めたくない。
「ノーよ!」
それはジェネヴィーブから声があがった。
「お父様、騙されないで。
王太子は自分達の正当性を言っただけよ。
チェリシラが好きになった人と結婚するのが幸せなのよ」
パンパン!
グラントリーが拍手をして、部屋の注目を集める。
「やはり君は素晴らしい。
知識があるだけでなく、判断力、推察力、考察力。
少し見せてもらったが、君の資料は着眼点が他人とは違う。その結果が伯爵領に出ている。
冷夏も干ばつも君は乗り切った。
王都の学院を卒業して、王立研究所に入ってほしい」
グラントリーの言葉に反応したのは、チェリシラである。
お姉さまを王都の学院に通わせるチャンス。
途中編入は難しいが、王太子の推薦ならば可能である。
「殿下の推薦で、お姉さまの編入試験を設定してもらえるのですね?」
「ああ、もちろんだとも。編入すれば、能力を誰もが認めるだろう。
だが、現在は論文の一つもない実績では難しいから、私の婚約者候補ということなら編入試験を設定できる」
グラントリーは、ここで婚約者候補を無理やりもってきた。
「それに、ジェネは誰よりも美しいんだ。君をおいて王都に戻ったら心配でしかたない」
グラントリーに反論しようとしていたジェネヴィーブは、誰よりも美しいと言われて出鼻をくじかれてしまった。
そんなはずないでしょう、貴族令嬢として普通に美人枠には入っているでしょうが、誰よりもなんてありえない。王太子殿下、視力は大丈夫か?
「まぁまぁ」
ポーラは口元を押さえ、ジェファーソンは苦虫を噛み潰したような表情で拳を握りしめた。
王太子の娘を見る目が、3割も4割も美化されている。
これは簡単に断れないということだ。
「殿下もご存知の通り、私は妹と離れるつもりはありません」
「お姉さまの才能は、人の役に立つのです。学院で学ぶべきです」
ジェネヴィーブとチェリシラの話に、アレステアが入ってくる。
「学院では誰もチェリに触れないように、私が守ります。
王都では、ファーガソン公爵家から通学すればいい」
「えー!? 私も?」
私は学院にいく必要ないでしょ、とチェリシラが思うも、グラントリーはジェネヴィーブとチェリシラの学院編入をジェファーソンと打合せ始めた。
学院は15歳になって新入学するのが基本であり、編入は難しい。
学院を卒業しなくとも貴族生活に問題ないが、王宮に出仕する高位貴族や研究所員、近衛騎士などは卒業が必要になる。
姉を学院に編入させるため、王太子の案は好都合だとチェリシラは考えた。婚約や王太子妃候補など、最終的には逃げればいい。
両親と共に逃げる算段は、何度もシミュレーションをしている。
自分が生まれてから、もしもの時はお互いが逃げて落ち合う場所まで決めてある。伯爵領を捨てても、領地が豊かであれば王家も捨て置かないだろうと、農地改革を推し進めたのだ。
王家と公爵家の権力、使わせてもらおう。
「お姉さま、私、学院に行きたい」
チェリシラが行くと言えば、ジェネヴィーブは心配でついてくるはずだ。