奇跡のような再会
結局、女性3人でケーキ屋に行くことになった。
馬車は、1時間後に迎えに来ることにして、護衛を引き連れて店まで歩く。
「!?」
ジェネヴィーブが振り返るのと、すれ違った男性が振り返るのは同時だった。
「ロン?」
「ラン?」
お互いが、半信半疑で名を呼ぶ。偽名と分かっていても、それが自分達の名前だ。
ヤーコブは身構え、チェリシラは状況がわかるまでは様子見に徹する。
幸いに、付いていた護衛は、西部の山に同行した護衛の一人だった。だからといって警戒態勢を解くことはないが、有無を言わさずということはない。
襲撃を受けた後だけに、護衛は神経を尖らせている。
「裕福な商家の娘かと思っていたが、貴族令嬢のようだな」
ロンは相変わらず冒険者の姿だが、一人ではなかった。連れはジェネヴィーブに警戒しているのがわかる。
「びっくりしました。こんな所でお会いするとは」
ジェネヴィーブはロンに肯定も否定もせずに、話を変える。
「君から貰った薬剤はよく効いた」
ジェネヴィーブはロンに、疲れた時に飲むように薬草を擦り潰してアルコール保存しただけの薬剤を1瓶プレゼントしていた。
チェリシラの羽の粉末を混合していないので奇跡のような効果はないが、薬草自体が効果あるものなのだ。
「礼に何か」
と言いかけて、ロンは目の前にケーキ屋があるのを見た。ジェネヴィーブ達が行こうとしていた店である。
ジェネヴィーブは目の前に差し出されたロンの手に一瞬躊躇したが、手を重ねる。
ロンにエスコートされる形で店に入ろうとするのを、ヤーコブが前に出て止める。
「お嬢様」
剣を持ってはいないが、いつでも盾になると言わんばかりに、間に入ろうとする。
「ヤン、怪しい人だけど、偶然で3回も会うなんてありえない。この人込みでよ?
きっと何か、会うべきものがあるのよ」
ジェネヴィーブがヤーコブを制止して止めるも、言葉に真剣みがない。
それに反して、ロンはエスコートしていない方の手で顔を覆って、笑い出した。
「怪しい人だけど、って。しかも、ヤン! ハハハ!」
その様子に、ロンの連れが驚いている。
「ああ、こいつはガンだ」
笑いながら連れを紹介するも、ガンと紹介されたイーガンは令嬢受けのいい笑顔をみせる。
「ロンに紹介されましたガンです」
王太子の側近だけあって、状況判断は早い。
「テン、とヤンよ」
ジェネヴィーブの紹介で、我慢できずにチェリシラが笑い出した。
「テン、です」
ジェネヴィーブとロンの後ろに付いて行きながら、チェリシラは自己紹介している間も肩は笑いで震えている。
店に入ると護衛は後ろで控えて、5人が席に着く。
「山では、こんな大層な護衛だとは思わなかった」
ロンが言うのも尤もである。山では護衛達も薬草探しに使われていた。
「あの薬草は環境変化に弱く見つけにくいから、探すのに人海戦術は当然だわ。護衛だってなんだって使うわよ。
当然よ、ロンだって手伝わされたでしょ?」
ジェネヴィーブの言葉にガンが目を見開く。
ロンはアドルマイヤ王国王太子キラルエだ。たとえお忍びだとしても薬草採集を手伝うなどありえない。
ケーキを注文して、ジェネヴィーブは西部の山でのことを話す。
それを、イーガン、チェリシラ、ヤーコブが聞いている。
馬車が壊れて街に戻った時に再会する話でありえなくはない、と思えても、王都の通りで3回目の出会いとなると奇跡だと思うしかない。
「狙おうと思っても、出会えないだろう。それが3回もだ。
運命なんて言葉は信じないが、ランとは縁がある」
キラルエはじっとジェネヴィーブを見る。
若く美しい令嬢だ。着ている衣類から裕福な貴族と考えるべきだろう。
「婚約者か夫はいるか?」
キラルエがジェネヴィーブの手を握ってきて、ジェネヴィーブに払われる。
「いないけど、ややこしい事になっている」
ジェネヴィーブにとって、王太子妃候補は希望していることではない。
キラルエが自分が注文したケーキを、ジェネヴィーブの方へ押しやる。
「甘いものは得意ではない」
じゃ、なんで注文したの、と思いながら、ジェネヴィーブは遠慮なくいただく。
「ロンは?」
「婚約者か妻か、ということか?
いないが、そろそろ考えないといけない」
アドルマイヤ王家は王子同士の王位争奪があり、結婚することによっての権力製図は慎重にならざるを得ない。
弟のゼノンが大やけどを負ったということで内密に様子を見に来たが、ジェネヴィーブ・ダークシュタインの用意した薬の薬効で信じられないような回復をしていると、ゼノンも従僕も証言していた。
国を長く開けわけにいかないキラルエは、トンボ帰りで帰国するために、馬舎に向かっている時にジェネヴィーブとすれ違ったのだ。
普通なら来るはずのない国に来て、3度も出会う。
キラルエにとって、ランは特別の存在になっている。
「俺の事が気になるか?」
「こんなに偶然が重なると変だと思うでしょ、それよ」
ジェネヴィーブが頬を染めて、プイと横を向いた。それを可笑しそうにキラルエが見ている。
「可愛いな、ラン」
隣に座っているイーガンはお茶にむせそうになり、チェリシラとヤーコブはこっそり目配せをしていた。