ジェネヴィーブの推測
走り出した馬車の中で、ジェネヴィーブは口を開いた。
「2カ所」
それ以上を言わなくとも、チェリシラとヤーコブには十分通じる。
走る馬車に障害物なく、矢を射れる場所を言っているのだ。
「きっと、殿下とアレステア様も、専門家に確認させているはずだけど、何か腑に落ちないのよ。
2か所はどちらも屋根の上で、目撃者がいないのが協力者がいたとしても不審過ぎるの。
たしかに、火矢で馬車が襲われれば人の目は馬車にいくわ。それにしても、王都の人通りの多い往来で誰も目撃者がいないなんて」
屋根の上から御者と護衛に矢を射るには、かなりの手練れに違いない。当然、逃走経路も用意しているはず。
王都のメイン通りの一つである通りは、飲食店や雑貨屋や宿屋、大小様々な店が並び、看板であふれている。その看板や通りに張り出した屋根が矢には邪魔になる。
走る馬車に矢を射るための距離と角度を考えれば、可能な場所は限られてくる。
3人の乗った馬車は、何度か通りを往復していた。
「お姉さま、せっかくだから新しくできたスイーツショップに寄りませんか?この辺りだそうです」
チェリシラの提案に、ヤーコブは呆れる。無理して出て来たのは、屋敷でじっと報告を待っていられないからだろう。
馬車の外に出るには、薬で火傷は治っても体力が戻ってないくせに。
馬車の窓を見たジェネヴィーブが声をあげた。
「止めて!」
外の馭者に聞こえるはずもなく、ヤーコブが慌てて扉の小窓を開けて顔を出して止めるように指示する。
通り側の窓に張り付いたジェネヴィーブは、通り過ぎた後ろを見ている。
「あそこよ、そうよ、矢を射た後すぐに窓を閉めれば、誰にも気づかれない。
屋根の上じゃないわ!
あそこの3階の通りに面した窓は、矢を射る方向に看板の障害物がない。
通りにある窓から射たのなら、馭者と護衛にも至近距離だから動いていても当てられる、馬車は的としては大きいから外しようがない。
射者を多く用意すれば、それは一瞬で済む。
3階なら人々の視線の死角になっているから、気がつかれる前に窓を閉めれば、目撃者はいない。
木製の扉が付いていて通りに面した3階にあって、矢を射る障害物がなく、柵のない大きな窓はあそこしかない」
建物の中から矢を射る、それは盲点だった。
ヤーコブも窓に張り付いて、ジェネヴィーブが指示した建物を見る。
その通りだ。
頭上から矢が飛んでくれば、屋根か塔からの襲撃と思ってしまう。
まさか、至近距離とは思えない。
目撃の可能性のある馭者と護衛は死んでいるのだから。
「すぐにアレステア様に連絡を」
馬車の中で立ちあがったヤーコブが立ち上がって、バランスを崩す。
「馬車の中で動いたら危ないわ、ヤーコブ。
うーん、ドレスでヤーコブは不似合いかな。呼び名を変えましょうよ」
「ヤンでいいんじゃない?」
どこかで聞いたような名前をジェネヴィーブが候補にあげる。
緊張感がない。
ヤーコブは、何度目かの溜息をついた。
でも、これがダークシュタイン姉妹だ、と強く思う。
「お姉さま、ケーキを食べたら傷の治りも早くなると思うの」
絶対にそんなことありえない、とヤーコブは思ってもチェリシラに逆らえない。
「じゃ、トルテア様にもお土産を買って帰りましょう。最近は食欲が出て来られたから」
ジェネヴィーブが合意したことで、ヤーコブはさらに溜息をついて、馭者にケーキ屋に行くように言う。
チェリシラはジェネヴィーブを垣間見る。
私が火傷を負って、お姉さまは悔やんでいる。
羽があってよかった、お姉さまを守れた。ずっと守ってもらってきたから、少しは返せたかな。
「フルーツのケーキがいいと思うわ」
チェリシラは明るく返事をした。