ヤーコブの苦悩
護衛が付いてきても、絶対に危険だってば!
こんな事やめようよ!
何度も言ったが、ジェネヴィーブとチェリシラは楽しそうにして街行きを止めなかった。
ヤーコブは同じ馬車に乗って、緊張で身体を固くしていた。
お嬢様達と同じ馬車に乗ったなんて知れたら、殺される。
アレステア様か、王太子殿下どちらかに。
馬車の外に護衛がいるが、自分はその立場なのに。
「すっごく似合うわ!」
ヤーコブの前に座る二人は、目を輝かせている。
似合うと言われて嬉しいはずがない。
男性にしては低い身長、色白の可愛い顔。
ファーガソン公爵家の私兵団で訓練したが、筋肉は思うようにはつかず、華奢なままだ。
何よりも、クラスで虐められる原因となった強くは言えない性格。私兵団の訓練でずいぶん意見を言えるようになったが、ダークシュタイン姉妹には言えない。
ヤーコブはドレスを着せられて、馬車に乗っているのだ。
たしかに女装していた方が、どこにでも護衛に付いて行けるが、ヤーコブは劣等感の集大成に思えてしまう。
しかも、襲撃された現場を確認に行くと言うのだ。
止めた、すごく止めたが、ダークシュタイン姉妹には無駄だった。
ならば護衛に付いて行くというと、女装させられたのだ。
「あの薬のおかげで動けますが、普通ならば寝込んだままです。
アレステア様と殿下が動いているのですから、お任せするべきです」
かよわい令嬢なんですから、という言葉をヤーコブは飲み込む。
腕力があるわけではないが、ダークシュタイン姉妹にはかよわいという言葉が似合わない。
ジェネヴィーブ様は人並み外れた才覚がある、チェリシラ様はクラスでのけ者にされても堂々としている。
卑屈になっていた自分とは違う、眩しいんだ、とヤーコブは思った。
公爵邸を出て、さほどかからずに襲撃現場に着いた。馬車を通りの片隅に止め周りを確認する。
「こんなに近いのに、襲撃されたのね」
ぽつりと呟いたチェリシラの言葉に、ジェネヴィーブもヤーコブも同意する。
「だから、油断したわ。まさか狙われるとは思ってなかった。
御者と護衛には悪い事をした」
火矢を受けて、御者と護衛は亡くなってしまった。ジェネヴィーブの言葉は物静かだ。
「私達が外に出る訳にはいかないから、ヤーコブが周りを見て来てちょうだい。
窓から見てるので、通りを歩いてほしい。距離を確認するから。
その姿では、誰も馬車に飛び込んだ学生とは思わないわ」
ジェネヴィーブは歩く順番と角度を指示する。
目撃者を見つけられないので、矢がどこから射られたか分からないのだ。それを見つけようとしている。
「死角がたくさんある街中で、走る馬車を射る場所は限られてくるはず。
場所が分かれば、持ち主も逃走経路も考えられる」
ヤーコブはジェネヴィーブの言われるままに歩くが、慣れないドレスでヤーコブなりに淑女らしく歩くので、見てる側からは愛らしく見える。
「ご令嬢、お一人では危険です」
声をかけてきたのは、ガブリオだ。
もちろん、ヤーコブ自身も、ジェネヴィーブとチェリシラも彼を知らない。
ガブリオは、高位聖職者であることが分かる緋色の礼服を着ている。司祭か枢機卿であるということだ。
ヤーコブは慌てて手を組み、ガブリオに礼をする。
「馬車がすぐそこに止まっております」
ヤーコブが言うとガブリオが馬車の方を見たので、ジェネヴィーブとチェリシラは窓から慌てて離れる。
「ご令嬢一人では、街は危険が多いです。
早めに帰られることをお勧めします」
ガブリオが心配そうに言うのに、ヤーコブは返事をして馬車に戻る。
見送っているガブリオに、ヤーコブは一礼をして馬車に乗り込んだ。
ヤーコブの心臓はバクバク音をたてるように、動悸している。
「知っている人?」
ヤーコブが扉を閉めると、ジェネヴィーブが確認してくる。
「知らない司祭様です。女装がバレそうで心臓がいたい」
そう言って、ヤーコブは胸を抑えた。