忍び寄る影
ヤーコブは公爵家で療養しているが、自分の回復状況に驚くばかりだ。
ジェネヴィーブが持って来た薬のおかげだというのは分かっているが、得体が知れない。
神童だと言われても、ジェネヴィーブは田舎から出て来たばかりの18歳の学生だ。
今までクラスで虐められ、王女の指示にさからうことは出来なかった。だが、チェリシラが編入してきて立場は一変した。
怪しい薬でも躊躇いなく飲む。
僕にとって、ジェネヴィーブ様とチェリシラ様は女神のような人だ。
「はい、馬車には護衛がいるし学院から公爵家までは短い距離です。
いつもなら後を追ったりしないのですが、学院で不穏は話を聞いたのです」
ヤーコブは火傷が良くなってきたので、王太子に呼ばれて状況を説明していた。
「不穏な話?」
王太子グラントリーが方眉をあげて、頬杖をついた。
「王女殿下は登校しなくなりましたが、クラスには王女殿下が作った制度が残っているのです」
クラスカーストだ。
王女に選ばれた学生は、その恩恵を手放したくないのだろう。
「マリリエンヌ・ガデウィン公爵令嬢が、クラスで王女の取り巻きにチェリシラ様が授業が終わって、馬車に向かったら教えるよう言っているのを聞いたのです。
それでファーガソン公爵家の馬車の後ろを付いていったのですが、ゼノン殿下も付けているのを見つけて様子をみていたら、火矢が公爵家の馬車に突き刺さり馬が興奮して暴走を始めたのです。
馬車じゃ追いつけないと、ゼノン殿下が馬車の馬を外して飛び乗ったので、同じように馬で追いかました」
どうしてガデウィン公爵令嬢、とグラントリーとアレステアは思ったが、王太子妃に一番近いと言われている令嬢だと思い出した。
「いい判断だった」
グラントリーはヤーコブを誉めてしげしげと見る。
可愛い顔をしているが、気の弱そうな雰囲気に、周りも油断するのだろうと思う。
「ゼノン殿下は学院では穏やかに見えてましたが、暴走する馬を一太刀でした」
ゼノン・ダジーナ・アドルマイヤ王子、学院で有名な存在なのでヤーコブは顔を知っていたのだ。
「倒れた馬に勢い余った馬車は乗り上げてスピードが落ちたので、僕が車輪に棒を射し込んで止めました。殿下が馬車の扉を蹴って開けると、中に飛び込んだので、僕も後をつづきました」
馬車の火は、かなりの勢いで燃え盛っていた。
あの時、ヤーコブは恐怖を感じてなかった、ジェネヴィーブとチェリシラを助ける事しか頭になかった。
「あ、公爵邸でジェネヴィーブ様とチェリシラ様には言いました」
最後にヤーコブが言うと、グラントリーとアレステアは頭を押さえた。
これで、公爵令嬢を秘密裡に処分することが出来なくなった。
「これで終わると思うか?」
グラントリーが問えば、ヤーコブではなくアレステアが答える。
「死ぬまで狙われる確率が高いな」
未だに実行犯は掴まっていない。
推測通りに、第4軍の仕業だとしたら、軍をこんな使い道もあったかと、思い知らされる。
そして、ギラッシュ夫人が考えつく事には思えない。
他に誰かいる。
「私も同じ考えだ」
グラントリーが同意すれば、苦笑いしかない。
「ヤーコブ」
アレステアが言えば、ヤーコブは顔をあげる。
「二人の護衛を増やして厳重する。
お前は、その容姿を生かして裏から守れ」
「はい」
力強くヤーコブは答えて、王太子執務室を去った。