汚れ仕事
グラントリーもアレステアも、王というのは綺麗事だけではないと分かっている。
罪もない他国に進軍することも、些細なことで断罪する事もできる。
それが自分の責任になるだけだ。
王は王妃に絶大の信頼をおいているのに、何故に愛妾などおいたのか、グラントリーには理解できない。
王妃も心があるのだ。裏切りを許すことはないだろう。
「王が離れた今ならば、証拠などなくともいい。
ギラッシュ夫人の首を取れる」
嬉しそうにグラントリーが言うと、アレステアは止めるどころか賛同する。
「ええ、チェリの痛みを返せねばなりませんからね。
ああ、ヘンリエッタ王女は絶対に逃がしませんよ」
退学にしたぐらいで、チェリを殴った罪が消えるなんて許すはずがない。
そして、それは自分の手でするつもりだ。
王宮の屋上から、火矢を離宮に射る。
きっと、何食わぬ顔で王太子執務室に戻る自分がいる。
そして、グラントリーはアレステアのアリバイを立証するだろう。
それを想像して、アレステアの口元が緩む。
王妃は会議に出るために、準備をしていた。
「王妃様、陛下がおみえです」
王妃はまたか、と思っても顔に出さない。
愛情と希望を持って王家に嫁いできた。
なのに、王が愛妾を入れて何年も苦しんだ日々、愛妾に子供が生まれた時の地獄の思いを忘れてた訳では無い。
なら、することは一つ。
とてもイヤだが王を誘惑して、愛妾への愛情を無くしてしまえばいい。
グラントリーが立位すれば、王は権力を失う、その時に捨てればいい。
王国の至宝とまで言われた美貌は、歳を重ねて色香を漂わせる。
王妃を見慣れた周りも見惚れるほどの微笑みを浮かべ、王妃は王に話しかける。
そっと護衛に一瞬だけ視線を向けるのに気づいたのは、その護衛騎士だけだ。
「陛下、会議の時間にはしばらくありましてよ。
準備しますので、しばらくお待ち頂いてもよろしいでしょうか?」
王が頷いて、ソファに座るのを確認して、王妃は奥の部屋に移る。
王が離宮に行ってないのは報告を受けている。
愛妾と何があったかは知る由もないが、愛妾から離すチャンスとは分かっている。
グラントリーが立位するまでに、あの浪費家の愛妾一家を粛正したいと思うのは、王妃としてだ。
愛妾という身分が不満で、王妃と王太子の座を狙う愛妾親子の力を削いで、王太子に安全を願うのは母としてだ。
王への愛情を失くしたが、公務をこなしたのは正妃としての矜持だ。愛妾との能力の違いを知らしめるためと、息子が立位する時に王の力をそいでおいて王の影響を少なくする為でもある。
髪を整え、仕上げに簪を挿して鏡で確認して、満足すると王の待つ部屋に戻る。
「お待たせしました」
現れた王妃の姿に、王は見惚れる。
愛妾であるギラッシュ夫人と離れてみれば、王妃との違いが際立って目につく。
公爵令嬢だった王妃は教育もマナーも国中の淑女の手本であり、公務をこなす王妃との会話は外交から政務まで参考になるものも多い。
愛妾はすぐに強請るばかりで、それが頼られていると思っていた自分が情けない。
なにより圧倒的な美しさの違いだ。
そして同じ父親の子供だというのに、正妃が産んだ王太子と比べ、愛妾が産んだ4人の子供は何もかもが劣っている。
王はエスコートしようと、その手を差し出したが、王妃はエスコートを受けない。
「陛下のお手を煩わすわけにはいきませんわ。
離宮に方に知られたらと思うと、私、命が惜しいですもの」
長い睫毛をふせて、王妃は口元に片手を添えて首を少し傾けと、はらりと髪が一房流れ落ちる。
「王妃様」
護衛騎士がよろけた王妃の身体を支えて、手を取る。
「ありがとう、大丈夫でしてよ」
王妃は護衛から身体を離したが、エスコートされるかのように手はそのままである。
未遂であるが、王妃と王太子が何度か毒を盛られたのは報告を受けており、それが愛妾の仕業という者達を叱咤して愛妾を庇ってきたのは過去の自分だ、まともに調査もさせなかったと王は思い出す。
恰幅がよく媚びるばかりの愛妾と、細い身体で公務をする王妃では人の信頼が違う。皆が王妃を守ろうとして、未遂で済んできたのだ。
王は今更ながらに、王妃の華奢な身体に庇護欲を感じる。
王妃は王の視線を感じながら、それをあえて無視しているように装う。
「陛下、会議の時間ですわ。参りましょう」
王妃は明るい表情を作り、王を促す。
クズ男でも、王がいないと会議が始まらないわ。
王妃は護衛に守られて、足を踏み出した。